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長期付き添い入院について

■2024年2月20日:厚生労働省 子どもの「付き添い入院」、家族の負担軽減へ

先日、こちらの嬉しいニュースがありました。ここまでご尽力くださったNPO法人の皆様に大変感謝します。記事内にあるNPO法人から、2023年6月にこども家庭庁と厚生労働省に膨大なアンケート結果(「入院中の子どもに付き添う家族の生活実態調査」)が手渡されました。
全国の小児患児をもつ家族(もちろん我が家も)が回答したものです。
特に最優先事項としていた「食事・睡眠・見守り」の3点、を改善する内容が盛り込まれています。


■長期付き添い入院が過酷と言われる理由

我が子が目の前で苦しんでいる・命が助かるのか分からないという病気本来の不安のなか、
・家族に会えない(患児以外の子供に長期間会えない、コロナ禍で面会禁止)
・眠れない 1(夜中の看護対応、点滴)
・眠れない 2(病人ではないのでベッドが無い=パイプ椅子/簡易ベッド/子供と同じベッド)

・親の食事はない(持ち込み禁止/外出禁止/コンビニに行くのも制限あり)
・経済的不安(親のどちらか仕事を辞める/治療のために引越しや二重生活)
・孤独(感染症対策で院内コミュニケーションも制限)

これが年単位で続く場合があります。付き添い入院をしている家族も、家で待っている家族も、生活は一変します。


■付き添い入院中の頭の中

入院当初は、治療を乗り越えたら治るんだ、と当たり前に思って前を向いていました。副作用で辛い時間が長くても生きるため、元気になるためと隣で励ましました。
しかし、息子は治療が順調に進まなかったケースでした。途中で厳しい状況を伝えられました。海外での治療を調べたり、セカンドオピニオンに行ったり、主治医も次の治療を模索している状況のなか、どんなに頑張ってもどうしようもできない、悔しくて悲しい現実を目の当たりにし、死生観について考えることになりました。

子供が生きることが今よりもっと難しかった時代の親達のこと。個室から全く出れない状況と重ねてアンネフランクの生活を思い出したり、死ということを常に意識しながら生きていた時代の若者たちのこと。
多くの先人たちの過酷な状況下での思考を想像して【今を生きよう】と思いました。(ここを記載すると長文になりすぎるので割愛)

悲観して家族の心も自分の心も壊れてしまうということは避けたかった。
息子の希望(妹に会いたい・外に出たい・好きなものを食べたい)→全部かなえられません。身体は大変な状況でも少しでも幸せと思ってほしいと願いました。
閉塞した病室で長期入院をどう過ごすか、ウェルビーイング、ファミリーレジリエンスを意識して過ごしていました。
ビジネスや育児でも使われるワードですが当初の幸福/健康側面で使っています。障害や重病の家族をもつ家族介護者の分析論文などを読んでいました。

■2019年〜2020年:ウェルビーイングを意識したコロナ禍の付き添い入院

息子の症状を見ては落ち込むことも多かったですが、できるだけ意識していたことがあります。意識するのとしないのとでは大きな差が出たと思っています。

【1】社会的つながりを作ろうとする

コロナ禍でしたので、会えるのは医療従事者だけです。看護師さんの名前を全員覚えました。名前以外に特技や趣味、その方らしさをどんどん知って、大好きになりました。(アナウンサーの笠井さんも闘病中に同じことをおっしゃっていました)
息子も好きな人の名前を口に出し照れていました。それだけで毎日の生活がちょっと楽しくなります。当時3歳、うまくかけないひらがなで沢山お手紙を書いていました。
ドクターから言われたこと「ここが家だと思ってください。制限が沢山あり叶えることはできないかもしれないけど、希望を伝えてほしい」と。
親子2人で24時間、精神的にこもっているのはかなりしんどいです。些細な感情を共有して沢山助けてもらいました。
もう少し大きなお子さんでしたら、今はオンラインで勉強や交流の仕組みもあります。

【2】前向きになる活動をする

空をみあげること・日光を感じること(セロトニン)
子供を抱きしめること(オキシトシン)
自分の想いを話す時間をつくること(といっても病室では大人は1人なので、想いを記すノートを作り、夫と交代で書いていました。)
アファメーション(ポジティブな言葉を使って幸せにすること)→私はあまり得意ではなかったのですが、夫が毎日のように伝えてくれるので大きな支えになりました。

【3】体を動かす

一歩も個室から出ない日もあります。意識しないとほとんど動きません。食事はコンビニ食ですし、そうとう不健康です。寝る前に息子と二人でヨガをするのを日課にしました。大きく呼吸する・身体を伸ばす。

寝る前の日課

【4】心の壁を作らず第三者に支援を求める

【1】の社会的つながりにつながっていくのですが、
本当の意味で他人にこんなに助けを求めたのは初めてのことでした。
家族だけで乗り越えようと思わないで、頑張りすぎないでほしいです。
コロナ流行前、長期入院中の患児を対象にボランティアさんが週に1回、2時間ほどベッドの横に来て一緒に遊んでくれる時間がありました。
入院当初、息子はその時間を楽しみにしていたので、コロナ禍で中止になったときは親子そろってがっかりしました。(2024年3月現在、少し内容を変えて復活しつつあります)
私は特に、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)の方に自分の気持ちを聞いてもらっていました。聞いてもらうだけでスッキリしましたし、その方からドクターに申し送りしていただき、良い方向に進んだ(後々分かった)こともありました。

2020/5/29 医療従事者に敬意と感謝の気持ちで飛行したブルーインパルス
息子の病室は特等席!と言って看護師さんがたくさん集まってくれました



■日本の小児がん治療・ドラッグラグ

今年6月から適用されるという新制度で少しでも小児がん患児とそのご家族を取り巻く環境が改善されることを願います。
そしてもう一つ、海外でできる小児がんの治療を日本でもできるようにしてほしい

日本では年間2500人の子供が小児がんと診断されています。
成人向けの薬は欧米と大きな差がなくなってきましたが、小児がんは患者数が少ないため薬の利益が出にくく、使用許可までのプロセスも長く使える薬や治療法は欧米と大きな差があります。(欧米の製薬会社の立ち位置は日本と大きく違います)

最近では、神経芽種再発の治療でちーちゃんがイタリアへ出発しました。
心から応援しています。ちーちゃんのイタリアでの治療については日本の小児がん治療の権威である名古屋大学の小島教授の後押しもあります。
最前線で戦っている医師たちもどうにか日本でこの治療を実現させたい、欧米でできる治療を日本にも持ってきたいと考えています。

仕組みで解決しなければ太刀打ちできない大きな課題ですが、小さな声をあげること・みんなの声を集めて届けることは重要だと、改めて今回の厚生労働省の発表で感じたのでした。
この気持ちを綴っておこう、今だ!と、久しぶりにnoteをひらきました。


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イラストは、夫が前々から描いてくれていたもの。お気に入りです。
病室は常に温度管理されており、春夏秋冬ほぼ同じ服を着ていたな。


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