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#1 あぁ、言い切る強さよ

かくれんぼ三つかぞえて冬となる

はい、これ誰の句でしょう? その答えは……









なーーんて、いきなり答えを教えるわけないじゃないですか。

作者を知っちゃうと作者のイメージが先行して、それが有名な人ならなおさら、「おぉ〜、素晴らしい✨ さすが〇〇さんだ」と瞬く間に名句に見えてきちゃいます。

自分の中から湧き起こる機微と出会うことが、この瞬間、永久になってしまうわけです。

作者が誰かなんて、二の次、三の次。先入観なしに、純粋に句と向き合ってみましょう。

といっても、ここからは私が好き勝手なことを書き出すので、読みたくない人はここでお別れしましょう。さようなら。またいつかどこかで。


さて、それでも読むよという奇特な方、いきますよ。

この句は「常識」という色メガネをがっつりかけて日々生きている人ほど「なんやこれ? あり得へんやろ」(なぜか関西弁。w)となると思います。3つ数えようが、10数えようが、100数えようが、

冬にはなりません。なり得ません。

それを作者は「冬となる」と言い切っています。「冬になる」ではなく「冬となる」と「に」よりも強く響く「と」を使って、問答無用感を強調しています。

強気です。

「かくれんぼ」と限定しているところに秘密があるのかもしれない、もしかしたら……と考える愛あるロマンチストさんがいたら、ごめんなさいトドメを刺します。

3次元では2000%無理です。

そんなこと、その辺を歩くアリンコだって知っています(※表現はELLE GARDENの高橋のブログの記述のパクりhttps://lineblog.me/takahashihirotaka/archives/1062451978.html)

じゃあ、この句はなんなのか。文章として成立しないじゃないか! と思われる常識ある方へ。


それが俳句です。


続けます。

かくれんぼ。だれもが子どものころ、少なくとも1回はやったことがあると思います。やったことのない超レアな方でも、かくれんぼがどんなものかということは雑学として知っているはずです。

鬼が目を閉じて数を数えているうちに、他の子どもたちは散り散りに隠れていきます。さっきまでいた、あの子もこの子も目を開けるといなくなっていてる。ここにいるのは自分だけ。賑やかな風景から一転、静寂の風景に取り残された切なさ、儚さ、頼りなさ。

同じ風景なのに友だちがいないだけでこみ上げてくる、そんなふと湧き起こる感情に、作者は冬を重ねて見たのです(あくまで推測ですが)。

それも数は3つ。かくれんぼで3つで隠れるのは、かなりハードルが高いといえます。最低でも10、いえ私なら20を強く主張し、断固押し通すでしょう。

そして、ここで疑惑が生まれます。

鬼の掟破りです。

作者と思しき鬼は3つまで数えて目を開けたのではないか、はたまた薄目を開けて、だれがどっちの方角へ逃げて行ったかをチェックする姑息な手段を取ったのではないか。

鬼への不信感が募ります。

でも、ゲーム放棄した鬼、ズルをしたかもしれない鬼は、数を数える途中で「冬」を見て、その瞬間を俳句として表現したのです。

ここで、ここまで読んでくださっている方に問いたい。

そんな繊細な心をもつ鬼が、果たして掟破りをするでしょうか?

私は断じて「否」です。いいえ「否」であって欲しい。そもそも「目を開けた」とはどこにも書いていません。つまり、この句では証拠不十分なのです。そして目撃者、証人がいないため、鬼の不正は、どこかの国の政治家の不正よろしく、立件することができません。

さらに言えば、「目」で冬を見たとは限りません。ルールにのっとって、目を開けずして3つまで数えた時に、ふと周囲にあった気配がスッと消えた。それを察知して鬼役の子が感覚的に「冬」を捉えた可能性は十分あり得ます。

鬼は黒か白か。

永遠に解けない謎であり、意見が分かれるところです。お酒でも飲みながら大いに議論するのもいいでしょう。それもまた俳句の面白さです。

謎と言えばもう1つ。なぜ「三」なのか。中七(俳句の5・7・5の7のこと)の座りの良さから安易に「三」にしたとは思えません。日本人DNAなのか、「三」は何かと区切り、バランスのいい数字という印象がどこかにあります。

かくれんぼ四つ数えて冬となる 

かくれんぼ八つ数えて冬となる

かくれんぼ百数えて冬となる

なんだかしっくりこない、しまりのない感じがしてしまいます。

「三」ならではのシャープで小気味いいリズム感。この句をキリリと引き締める大黒柱のような、ねじり鉢巻のような役割をもっている気がします。

三と似た特性をもつ数字に「七」がありますが(かなり主観です)、この句では七でもやはり間延び感が否めません。「三」というかくれんぼにしては短い刹那がサスペンス&ミステリーなスパイスになっています。

どの数字を入れるかで、全く印象が変わる。それを教えてくれるありがたい句でもあります。

というわけで、この強く言い切った前衛的な句の作者を、ここで発表したいと思います。

ジャジャーン!!!



寺山修司

です。

青森出身の寺山修司だとわかると、鬼役の寺山少年が見た「冬」は、青森の冬の風景かもしれない。そう思うとよりいっそう「冬となる」の「冬」の寒さが身に染みてきますね。

なんだか熱燗🍶が飲みたくなってきたところで、今日はここまで。

ありがとうございました🍀


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