カラオケ行こ!に沼りはじめた記録

 私は映画をよく見にいく。
 よく見にいく、といっても、いろんな作品を見る映画通というわけではない。気に入った一つの作品を繰り返し見る、いわゆるオタクである。本稿はそんなオタクがなんらかの沼にハマっている記録である。

 二十代の間は自分の人生に夢中でオタク戦線から遠ざかっていたが、出産を機に子育てて外出もままならない私の心の隙間を埋めてくれたのがアニメと漫画だった。ありがちな展開だと思う。そして社会人になりちょっとした財力を得た私は、学生時代よりも推しを推すことに邁進していくことになる。

 きっかけは2021年12月に放映された呪術廻戦の映画だった。私は作中屈指のイケメンである五条悟を推していたが、クリスマスイブの公開日、見にいった満席の映画館で、私は何もかもが理解できずに立ち尽くしていた。90分の映画はアニメーションのクオリティもストーリーも素晴らしいものだった。しかし理解らない。なぜ五条悟があんなにかっこいいのか。彼の戦闘シーンの一コマ一コマでどんな表情をしていたのか。何をどう考えてどんなアクションをしていたのか。知りたい。もっと知りたい。翌日に同じ映画を見にいく、と夫に告げた時、かなり困惑していたのを覚えている。わかる。私も同じ映画を連続で見にいくことなんてなかった。劇場の椅子が揺れたり風や香りを感じることのできるMX4Dが公開された時には、都内映画館によって設備が違うとのことで、各地を巡った。もしかしたら推しの残り香が嗅げるかもしれない。その一心だった。(後に公式サイトにて「今回の上映には匂いの効果はありません」という回答があり、徒労に終わった。)
 情熱のままに劇場に通い続け、結局5月末までの上映期間での間に劇場での鑑賞回数は二十回を超えた。子供を寝かしつけた後、レイトショーを見にチャリで爆走していた日々は幕を閉じた。最終上映の日は主演声優さんに心から感謝の気持ちを送った。本当にありがとう。私に出会ってくれてありがとう。人生に生きる喜びをくれてありがとう。深く深く感謝をした。

 もうここまで何かにハマることはないだろう。マッキーはもう恋なんてしないなんて言わないよ絶対、と歌ったが、私はもうここまでオタクになることなんてないよ絶対、と思っていた。しかし黒船はすぐにやってきた。2022年12月公開の「THE FIRST SLAMDUNK」である。

 スラムダンクはリアルタイム世代じゃなかった。映画が公開されることも聞いていたけどそこまで気になっていなかった。しかし観てきた夫に「めっちゃ良かったよ」という強い勧めのもと、また子供が早く寝落ちした日に暇だからとフラッと向かった映画館にて、出会ってしまった。
 衝撃を受けた。
 呪術廻戦と違って原作をあまり知らなかった分、更に理解できなかった。原作コミックを読み直してから何度も劇場に向かい、試合を見る度に熱い気持ちになり、私も自分の試合(と書いて人生と読む)を頑張ろう!と思わせてくれる作品だった。井上雄彦先生の情熱は偉大だった。2023年8月までの超長期の上映期間の間、十回ほど劇場で鑑賞することができた。幸せな時間だった。

 同じ映画をそんなに何度も見に行って面白いの? とよく聞かれる。私も沼にハマる前はそう思っていた。しかし、好きな作品を映画館で見るというのは最高の贅沢である。まず映画館という作品に没入できる空間で、大画面と大音量を味わえるのは何者にも変え難い体験である。更に同じ作品を繰り返し見るからこそ、細部に渡って観察することができる。戦闘時の浅い溜息。アクションシーンの一瞬の緊張した顔。BGMと演出が神がかったベストなタイミング。背景に紛れている、映画には出てこないが原作では愛されているキャラクター。素晴らしい作品は細部にまで神が宿っている。それをじっくり鑑賞できるのが楽しい。サウナーがサウナで整うように、私は映画館で推し作品を浴びることで整っているのである。

 2022年は呪術廻戦、2023年はスラムダンクと、それぞれオタクをエンジョイすることができた。とはいえもうこれ以上沼はないだろう、と思っていた矢先、出会ってしまった。

 2024年は「カラオケ行こ!」だった。
 原作コミックがあるのは知っていて、1月末に見に行きたいという友人のツイートに便乗して一緒に見てきた。
 ヤクザが中学生とカラオケに行く映画、というぶっ飛んだ設定ではあるのだが非常に面白い。主演のヤクザ役の綾野剛が、とんでもなく色っぽい。関西弁がたおやかに聞こえ、彼の映るシーンだけ時が止まる(私の中では)。足が長過ぎて黒スーツがとてもよく映える。暴力シーンすら(一瞬しかないが)セクシーである。そして中学生役の斉藤潤くんという今回初主演の男の子もとんでもなく可愛く、世に出てきた感がある。現在進行形の沼なので上手く言語化できないのが悔しい。これまでの沼は超大型作品だったので長期上映が叶ったが、本作はそこまで長くは上映されないだろう。本原稿執筆中の2024年2月現在、劇場に通いつつも綾野剛の出演作品を片っ端から見始めている。

 この沼の帰着する先がどこになるのかは私もまだよくわからない。よくわからないけれど沼の中でもがいている時というのは楽しい。どこにぶつけていいかわからない情熱を持て余して、こんな風に文章に書き散らして、主題歌の「紅」(X -Japan)を毎日歌いまくる。最近息子が「くれないにそまる〜って、まま、なんのうた?」と聞いてきた。どうやら母親が別ジャンルにハマっていることを察しつつあるらしい。息子にバレると保育園の先生たちにすぐバラされるのでできるだけ隠しておきたいが、察されるのも時間の問題だろう。Amazonで片っ端からカラオケ行こ!の資料を注文しながら、私は部屋のどこに新たなオタクグッズ隠し場所を作ろうか、頭を悩ませるのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?