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第六章
FILE 暗闇
深い暗闇の中にわたしたちは降りていった。細く深くつづく、自然が作り出した鍾乳洞。懐中電灯を手に、ゆっくりと歩を進める。ひんやりとした風がほほをなでてゆく。遙か昔の歌を運んでくる風のように、その感触は音に満ちていた。
龍宮の島巡礼の最後の地として、なぜここを選んだのか、わたしにもわからなかった。島の地図を見ていると、どうしても惹かれる場所があって、心がそこから動こうとしなかったのだ。そして、その場所をよく調べると、鍾乳洞があることがわかった。観光地でもない、聖地でもない、地元の人でも訪れることのないような場所。それでも、わたしの直感は「ここだ」と叫んでいたんだ。
ずっとずっと奥まで進んでゆくと、大きな石柱のある場所にたどり着いた。懐中電灯を当てると、大きなごつごつした柱は白く輝いている。それは、まるで天と地を支えているかのように威厳を持って存在していた。
「なんだか、すごいね」
「うん、柱というか、橋というか、すべてを支えているように見えるね」
「すくなくとも、この洞窟を支える力だよね」
そっと触れながら、柱のまわりを回ってみる。
ちいさなキャンドルをたくさん灯して、わたしたちはそこにとどまった。
「この惑星と一緒に生きてゆくために、わたしたちにはなにができるのかなあ。ほんとうにわたしが許して愛して幸せになったとき、どんな変化が起きるんだろう。いつもと違う結末を見ることができるのかなあ」
あちこちで音楽を奏でるように、つららになった鍾乳石からしずくが落ちてゆく。気の遠くなるほどの時を重ねて鍾乳石は作られてゆく。ぽたり、ぽたりと、落ちるそのしずくによって、今もこの鍾乳洞の形は変わり続けている。
「昨日は、そのあとは夢を見なかったの?」しずくの水音と一緒に歌うように、芳明は訪ねた。
「うん。ほんとうに深く眠りについてしまったみたい」わたしは少し照れながら、芳明に言った。
「夢のつづきは、これからどう変化していくんだろうね」
「ほんとうに世界が幸せな夢が見たいよ」
その想いは洞窟に響いて、したたり落ちてゆく水にも染みこんでいくようだった。
「この奥にあるんだね」
「うん。いつか、海底にある鍾乳洞にも行けるといいね」
キャンドルの火をひとつずつ消して、わたしたちは戻る準備をはじめた。
不思議な柱にありがとうを告げて、背を向けて歩きはじめた。そのとき、強烈な感情がまるで子宮からわいてきたように、わたしを貫いた。
「芳明、こっちになにかあるのかも知れない」
そう口に出したわたしは、誰よりも驚いて、足を止めて振り返った。
「なに? どうしたの?」芳明も驚いている。
「わからない。でも、どうしてもそっちに行ってみたいの」
魂がふるえて、足を止める。もうそれ以上、洞窟から出て行くために足を前に出すことができなくなっていた。真っ暗闇の中なのに、ほんのりと明かりが灯されたようにわたしが向かいたい先は見えていた。
柱のところまで戻ってゆくと、ぽっかりとあいている穴を見つけた。そこだけがひらかれていて、その穴は、おいでとわたしを呼んでいた。その場に立っただけで、愛が溢れはじめる。地球の子宮の中に潜り込んでゆくように、わたしは穴に入っていった。
穴の奥にはそのまま一本の道がつづいていて、わたしはひたすら歩いてゆく。突き当たりかと思うほどに真直角に折れ曲がった道をすすむと、そこには大きな岩があった。頭上の岩盤の裂け目から光が射し込んでいる。それはこの洞窟に入ってから、はじめてみる外からの光だった。
天から降りてくる一条の光が、舞っているチリをきらめきに映し出している。あまりの美しさに、わたしたちは懐中電灯を消して、その光に見入っていた。
闇の中の光、それがこれほどに深いやすらぎを与えるものだということを、わたしははじめて知った。美しいコントラストを描きだす光と闇に、思わず祈らずにはいられないほど心打たれていた。
わたしは胸に手を当てて、名も知らぬ存在に問いかけた。
「お願いです。わたしがなにをするべきなのかを教えてください。どうすれば、世界を・・・」
そこまで語りかけて、わたしは言葉を失った。
「世界が滅びないようにするためには、それを止めるためには、わたしはなにをすればいいの?」
そう聞こうとしたとたんに、とめどなく涙があふれてきた。わたしのこころの中で、世界中の破滅のシーンが繰り返し繰り返し演じつづけられている。
わたしのこころの中に、死に絶えた世界が存在している。わたしの、こころの中に。
なにか大切なことがつかめそうで、でもつかめないでいた。こぼれ落ちる涙の暖かさを感じながら、わたしはより大きな存在に問いを投げつづけた。
「ほんとうのことを知りたいの。教えて。」
突然、洞窟の中にグワンと大きな音が響いた。芳明とわたしは思わず顔を見合わせた。
「なんだ?」芳明はわたしの腕を掴んで後ずさった。
「世界を滅びに導いたものの正体を知りたいのか?」静かな『声』が聞こえてきた。
「世界を滅びに導いたものの正体? 知りたい」わたしは、答える。そう、わたしはそれを知りたくてここまで来たのだから。
「それが、どれほどおそろしい真実でもか?」
「知りたい」
「待てよ、誰なんだ? 一体、どこから語りかけているんだ?」
「それを知って、お前はどうするのだ?」芳明の問いかけを無視して『声』はわたしに告げた。
「わたしにできることがあるなら、それを止める手になりたいの」
「もう、戻ることができなくても、それでも知りたいか?」
戻る? 一体、どこへ戻るって言うの? 戻るところなんて、ありやしない。
そう、わたしはあの頃とは違う。なにもできなくて震えているだけのわたしじゃない。わたしは、ここまでやってきた。世界の崩壊を止めるために、世界の終わりの日を見たくなくて、ここまで歩いてきたんだよ。
大きく深呼吸をしたあと、わたしは叫んだ。
「わたしは、真実を知りたい」
「待ってくれ」
芳明は、今まで聞いたことのないような大声を上げるとわたしの腕を掴んで歩きはじめた。
「なに芳明、どうして」
「ちょっと冷静になれよ。あんなところで声が聞こえるなんて、変じゃないか」
「でも」
「頼むよ、ひかり」ほんとうに困り切った顔をして芳明はわたしを見た。
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