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#89 伝統的な畜産とブランド化の関係_論文まとめ

#論文まとめ #EU農業 #事例

key words:地理的表示、伝統性、ブランド化、ファングラ牛、フランス

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グローバル化、自由貿易化の下で厳しい競争にさらされている畜産地域にとって、肉類や加工品のブランド化・高付加価値化は、経営の維持と発展にとって重要な要素となっている。

今回紹介するのは、「フランスのブランド牛が地域においてどのように生産され、いかにしてその伝統性や品質が保持されているか」を明らかにした論文だ。

市川康夫(2015):
フランス山間地域における行肉の伝統性とブランド化―「ファングラ・ド・メザン」の事例から―:E-journal GEO Vol.10(2) 115-126

フランス山間地域における行肉の伝統性とブランド化―「ファングラ・ド・メザン」の事例から―

【Highlights】

伝統性や品質の保持
・伝統的な牧草のみでの飼養(粗放的、長期飼養、生産の季節性)
・家畜農家1戸当たりの飼養頭数制限
・牛肉の生産だけでなく消費圏、販売圏も制限している(スーパーや大手流通業者を参入させず、ローカルな流通と消費に支えられている)

ブランド化の社会的側面
・安定的高値の維持による、狂牛病や産地競争に耐えられるだけの経済的レジリエンスがある
・ファングラ牛が地域の象徴的存在となることで、地域間の連携を強め、地方の価値やノウハウをもたらした
・観光資源として新たな消費者の呼び込みが意識されている
・ブランド化の背景には財政支援の存在があり、山間地域畜産におけるブランド化にはローカルな試みや条件不利地への政策的援助が必要だといえる

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◆対象:ファングラ・ド・メザンとは

Fin gras du Mézenc (以下ファングラ牛)は、フランスの山間地帯、マッシフ・サントラルで飼養される牛で、良質な霜降り肉として19世紀には世間に知られていた。20世紀を通じて忘れられた存在となっていたが、1990年代より、地域主体のローカル産品の再発見と創出運動によってブランド化された。

≪Fin gras≫とは「良質な牧草で飼養した完璧な質の高さ」を示すもので、メザン山周辺(地図参照)の伝統的な地域固有の表現である。メザン地域における畜産の伝統的性を担保する表現として用いられ、現在は「繊細:fin」な「脂肪:gras」という意味が加えられている。

◆ファングラ牛の研究対象としての特徴

・地理的表示制度を活用してブランド化に成功した例である

・AOC(※1)を牛肉で取得した希少な例である
→畜産は地域独自の家畜品種、またその地域の土壌や気候。品種との関係性の実証が難しく、地域の特異性を証明する地域指定も困難である。

◆調査方法

・フランスにおける肉類のブランド化の展開を調査

・ファングラ牛のブランド化展開について、関連団体、畜産農家への聞き取り調査とその資料提供、周辺地域の農業者向け専門紙、地域農業情報誌を用いた調査

◆結果:ファングラ牛の自然・社会との結びつき

・自生する牧草「シストル」

メザン山周辺の高原地帯特有の牧草「シストル (cistre)」は、ファングラ牛の地域固有性と伝統性を担保するのに欠かせない存在である。

シストルは、アルプスフェンネル (le Fenouil des Alpes) とも呼ばる。メザン山周辺のものは、特に香りがよく質の高さが評価されている。

・伝統的な飼育方法による生産の季節性

ファングラ牛は牧草のみで育てられるため、春から夏の半年は放牧地、秋から冬は屋内で飼育されており、出荷は冬の終わりから8月初旬、加工は2月1日~5月31日と定められている。

このような伝統的生産の季節性が地域固有性を特徴づけている。

・限定された流通と消費

ファングラ牛を取り扱うレストランと肉やの分布を見ると、AOC の地理的範囲を有するオート・ロワール県とアルデッシュ県に販売者の大半が集中している。一方で、地理的範囲外での取り扱いはわずかで、パリにレストランが1店舗(世界的な料理家アラン・デュカス氏の伝統料理レストラン)あるのみだ。限られた範囲での流通と消費、スーパーや大手流通業者に参入させないことで価格と品質を維持している。

また、毎年のファングラ牛シーズンの到来を祝祭する祭り (Fête du Fin Gras du Mézenc) が消費拡大と伝統性の強調、観光資源として重要な役割を果たしている。

・ファングラ牛の社会的側面

生産や加工・販売に関わる人たちへの聴き取り調査で、以下のようなファングラ牛の社会的側面も明らかになった。
・ファングラ牛は「不安定な価格変動の外側」にあるため、経済的な影響を受けにくい
・ファングラ牛が地域の象徴となることで、地域の原動力となり、地域間の連携を強める。
・地域間連携は、地方の価値やノウハウをもたらす
・ファングラ牛は地域唯一の経済手段というよりは、観光資源として意識されている

・ブランド化の背景には財政支援の存在があり、山間地域畜産におけるブランド化にはローカルな試みや条件不利地への政策的援助が必要だといえる

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興味のある方は論文を読んでほしいが、ここまでざっくりとまとめてみた。以下で、個人的に気になったことに触れながら、読んでみた感想を書いてみる。

所感

①”伝統的な生産“と自然環境保全

論文内の以下の注釈に注目して、伝統的な生産と自然環境保全について少し考えてみる。

メザン地域の牧草は MEA(農業環境措置政策)および EU の自然保護区ネットワーク「ナチュラ 2000」(保護対象: 山間地域固有の牧草や植生の保護)によって保護に対する補助が行われている.

「ナチュラ 2000」とは、EU域内の生物保護地区のネットワークである。野鳥の生息地を指定し、保護することを義務付ける「鳥類指令」(1979)に続く、450種類の動物と500種の植物を貴重な野生種としてその生息地の保全を定めた「生息地指令」(1992)の発行によって確立された。(※2)

EUの土地利用の50%以上が農地にあたるので、生物多様性保全を始めとした自然環境保全にとって農地重要な役割を果たす。例えば「高山の採草地と放牧地」は自然的価値の高い農地のひとつとして挙げられており、自然価値と言う意味でもメゾン地域の価値は高い。また、シストルあってのファングラ牛という意味でもメザン地域の自然環境とファングラ牛を取り巻く伝統的飼育法や料理などの「地域文化」は切っても切り離せない関係と言える。

自然環境を守ることが伝統的な生産方法の継続にもつながり、また伝統的な生産方法が自然環境守る。このような人と自然の相互作用による二次的自然環境の保全が生物多様性にとっても重要だと思う。

前回の投稿で、景観の美しさと鳥の多様性を結びつけるキーワードとして「伝統性」が挙げられたが、農業においても「伝統性」と言うキーワードは共通のようだ。しかし伝統的なら何でもいいかと言うことに対しては、慎重であるべきでだと思う。

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ちなみにシストルのことを ≪l’herbe à viande≫、「肉の草」と呼ぶ人もいるそうだ(参考文献2)。言葉に現れるほどメザン地域では畜産と牧草の結びつきが強いと言うことがうかがえる。

下のリンクは、メザン山周辺の高原植物のイメージが伝わるような記事。※シストルの綴りが論文中では cictre だが、リンク先の記事内では cistre になっている。

②フランスの消費者の意識

フランスの消費者には「ローカルな産品はその土地で消費する」という意識があるということが本文中に書かれていた。こういう意識は、フランスでは各地の産品は実際に産地に赴かないと手に入らないものが多いことが消費者意識の根底にあるからと考えられるそうだ。

日本では、デパートに行けば物産展などで地方の産品を東京に居ながら楽しめる。なんて便利なんだと思う。そして地方に興味を持つきっかけとしては、それもよいのかなと思う。

ただ、こんなにも苦労せずに手に入ってしまっては、あまりその食べ物のありがたみは感じない。食を求めて旅するときの、道中の風景が変わる様や、生産地の雰囲気を楽しむことも知らずに、「まあまあ美味しいかな」なんて思いながら食べて終わってしまう気がする。

日本でもブランド化という言葉をよく聞くようになったが、ブランド化には、生産者が頑張ってアピールするだけではなくて、消費者がその楽しみ方を知っているということも大事ではないか。知らないということが悪いのではなくて、消費者として、興味をもって知ろうとする姿勢が大切だと思う。

私も一消費者として、日本の食にいつでも興味をもっていたいし、地域の食を守る生産者についてもっと知りたいと思った。

注釈

※1フランスのブランド肉ラベル認証は主に3つある。
・AOC:フランスの原産地呼称統制 (1935~)
食品の風味と品質が原産地にて証明されるという思想を前提とし、限定的な地理的範囲での生産区域が求められる
・IGP:EUの地理的表示 (1992~)
生産・加工・調整のいずれかが地域内で行われていればよく、AOC より取得の難易度は低い
・Label Rouge:フランスの生産地指定を伴わない品質保証 (1960~)

※2

http://eumag.jp/issues/c1012/

参考文献

カバー写真引用元:Les 11 filières viandes AOP se fédèrent et s'installent dans le département

1. 市川康夫(2015):フランス山間地域における行肉の伝統性とブランド化―「ファングラ・ド・メザン」の事例から―:E-journal GEO Vol.10(2) 115-126

2. Association Fin Gras du Mézenc

3. 欧州環境庁と国連環境計画欧州地域事務所の共同報告書「自然的価値の高い農地-その特徴、動向および政策課題-」

関連単語

AOC(Appellation d'Origine Contrôlée):原産地呼称統制

le boef:牛(狭義では去勢された雄牛のこと)

Cahier des charges:仕様書

Fin gras;良質な牧草で飼養した完璧な質の高さ

le foin:干し草

le herbage:牧草地

le pâturage:牧草地、放牧地

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