見出し画像

3.ジュースを飲む

 ナターシャがクウトの駅に降りたしばらく後、イシアの自宅前に訪問者が来ていた。背丈の低い、明るい金色のツインテールをした少女が、呼び鈴のブザーを鳴らしている。
 その様子を、少しガラの悪い男が見ている。上下に黒い革ジャンを着たサングラスの男が、道路の反対側から見ていた。男は少し様子を窺った後、後ろに近づいて声をかけた。
「おい、何してるんだ?」
 少女は手を止めると、ゆっくりと不機嫌そうな顔で振り返った。見上げた目線で上から下まで男をジトリと見渡すと、警戒心を込めて尋ねた。
「…あんた、誰?」
 男は答えた。
「俺はそこの家に用事があって来た。お前こそ誰だよ。」
「あたしも用事があって来たのよ。でも残念。生憎留守みたいよ。」
 少女は首を振った。男は二階を見上げた。
「今日は朝から出かけているからな。それだけブザー鳴らして出てこないなら、まだ帰っていないんだろ。」
 少女はドアを見て少し考えたが、すぐに男を見上げた。
「え。あたしのことずっと見てたの?キモ…」
「き…なんだ?」
「ふん。いいわ。さよなら。」
 男が聞き返す前に、少女はその場を離れた。
「なんだったんだあのガキ…。」
 男は怪訝な顔をしていたが、やることがなくなった彼は、間もなくその場を離れた。

~~~~~

 イシアの家の近所には、賑やかな商店街がある。その中央には噴水があって、買い物客のいい休憩場所になっている。そこへ男がふらふらとやってきた。
「ブラスター!」
 噴水を眺めるベンチから声がした。見ると、ニット帽を被った少女が手を振っている。
「フィフィ。もうレースは終わったのか?」
 彼女はファイリー・フィ。あだ名はフィフィ。今日はイシアと同じレースに出場していた。
「もう終わったんだよ~。ブラスターは何してたの?」
「今日は配達してたんだ。」
 ブラスター・ミッドガン。フィフィやイシアが出るレースはよく観戦しに行っているが、今日は行かなかった。
「ああ〜。そうだったんだぁ。何運んでたの?」
「駅から古本屋に、貨物で届いた箱を幾つかな。」
「ふむふむ。思ったより普通だったんだね。」
「運ぶ物はな。だけど報告が必要なタイプだったから、運んだ先と送り元でまどろっこしい確認が必要だったな。その後は…その、あれだ。」
「あれ?」
「…イシアに払うツケの用意をしてた。」
「ああ…。」
 フィフィは目を逸らして、持っているジュースを一口飲んだ。
「イシアちゃんには会えた?」
「いいや。それがまだ帰っていないみたいでな。仕方なく暇をつぶしにこっちに来たんだ。だからここでお前に声かけられて、驚いたんだけどよ。」
「そうなんだ〜。今日、レース場のガレージにナターシャちゃんが来ててね。イシアちゃんとレースの後、車に乗って出かけて行ったんだよ。」
「あいつが?そうか、だからまだ帰ってないんだな…。」
 残念そうに、少しだるそうにため息をついたブラスターを見て、フィフィが話を振る。
「そうだ。今日レースが終わって家に帰ったら、洗剤を切らしてたのに気が付いて買い物に来たんだけどね。やっぱりちょっと疲れたな~と思って、休憩にそこでこのジュース買ったんだ。」
 ブラスターがフィフィの持つピンク色のジュースを見る。よく冷えていて、果物の味がしそうだ。
「テレビで見た新作のさくらんぼ味が売ってたんだ。でもチラシには載ってなかったの。珍しいよねぇ〜。」
「ん。あ、ああ。そうかもな。」
 ブラスターはピンときていない。
「良かったら、飲む?」
「あ?」
「ジュース。」
 ストローと一緒にゆらゆらと揺れるジュースを見て、ブラスターが素早く首を振った。
「いやいやいや。ちょっと待て。それはマズいだろうが…。」
 ブラスターはそっぽを向いた。フィフィはジュースを見ながら首を傾げている。
「え~?おいしいよ?ほら、飲んでみなよ〜。」
 フィフィに勧められて、ちらりとブラスターが見ると…。
「とりあえず一本あげるから。はい、どうぞ。」
 同じジュースの小さいボトルが差し出されていた。
「……ああ、ありがとうな。」
「どういたしまして。気分良くなると思うよぉ。」
 パキリとキャップを開けて一口。
「意外に爽やかだな。うまい。」
「でしょ〜?」
 ブラスターは青空を見上げて一息ついた。
「飲み終わったら、買い物行くか?」
「そうだねぇ。行こ行こ〜。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?