5. 三人と一人の話
「ナターシャで思い出したんだけどよ。」
食事が終わってふと話題を振ったブラスターに、イシアが身を乗り出した。
「別のツケ、思い出した?」
「ちげぇよもうねぇだろ…。もうねぇよな?」
冗談だよとイシアが落ち着かせる。ブラスターはジュースを一口飲んでから続けた。
「あいつは結局、何しに来たんだ?」
「え?だから、工場に付いて来て欲しかったんだって。それで一緒に行ってきたよ。」
「お前の親しいおっさんのいるところだな?いろいろ作ってくれる。」
「そうそう。それでなんか、乗り物造ってもらってたよ。」
ブラスターがなにか考え込んだ。
「あいつと知り合ってから、どれくらい経った?」
イシアとフィフィは顔を見合わせた。イシアはしばらく宙を見て数えた。
「えっとー…私が一回天車レースを辞める前…だから、大体五年くらい?」
「それくらいかなぁ?私はもう少し後だと思うけど。」
フィフィは自信なさげに、何となく頷いた。
「フィフィは最初、俺とイシアから話に聞いたことあっただけだったな。」
フィフィはしっかり頷いて、首を傾けた。
「そうだったねぇ。でも、どうしたの?」
「やっぱり、納得がいかなくてよ。」
ブラスターは神妙な面持ちで、初めて会った時のことを思い出していた。
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ナターシャが初めてイシアとブラスターの前に現れた時、彼女はクウトの警官の姿をしていた。緑色を基調とした制服に茶色のブーツやベルトを身に着け、イシアの家を訪問してきたのだった。ブラスターはその時、ちょうど家に遊びに来ていて、イシアと共にナターシャを出迎えることになった。
「こんにちは。ちょっとお邪魔してもいいかしら?」
「なんだよ。何の用だよ。」
ブラスターが扉を開けたイシアの前に出て、戸口を塞いだ。
「うん?私、こういう者なんだけど。」
ナターシャは上着から警察手帳を出して見せた。ブラスターの後ろから、手帳とナターシャの顔を見比べたイシアが、ぽつりと言った。
「ブラスター…。その人、入れてあげて。」
ブラスターは少し驚いた後、ナターシャを睨みながらゆっくりと下がって道を開けた。
「ありがとう。」
軽く会釈したナターシャは穏やかにそう言って、室内に入っていった。
ナターシャが先にテーブルに座り、イシアとブラスターは並んで向かい側に座った。イシアがまじまじと帽子を取ったナターシャのことを観察していて、無言の時間が流れた。彼女の左前髪には、四角い銀の髪留めが光っている。やがてイシアは「ちょっと待ってて」と席を立ち、奥の部屋に入っていった。何か部屋をあちこちひっくり返している音がして、ブラスターが怪訝そうに様子を見ていると、イシアは一枚の封筒を持って帰ってきた。ブラスターは動揺した。
「お前、それ…」
封筒から便箋が取り出された。文章をなぞっていたイシアの指が、ある場所で止まった。
「『白い髪の彼女』って、お姉さんのことだよね?絶対そうだよね!?話を聞いてってパパに言われてるんだけど…。私、ずっと待ってたの!」
イシアがナターシャの顔を見て言った。ブラスターは身を乗り出しているイシアの身体を抑えつつ、イシアに言った。
「おいおい。落ち着けって。こいつはなんか変だって。俺、この島の警察にこんなやつ知らないぞ。色んなやつ見てきたし歩いてるやつみんな知ってるけど、こいつは知らねぇぞ。」
ナターシャは最初に座った姿勢のまま、ゆっくりと答えた。
「私は、最近配属になったから。」
ブラスターは穏やかに見ているナターシャの顔を見た。
「嘘だ。今の時期に新しいやつなんて入ってこねえだろ。」
「ちょっと、訳あって降格した。偉くなくなったのよね。」
ナターシャは肩をすぼめて見せた。イシアを椅子に座らせたブラスターは、ナターシャの顔を指して言った。
「それも嘘だな。お前みたいなやつは自分の失敗、自分で言わねえだろ。知ってんだぞ。」
「…」
ふうん、とだけ言うと、ナターシャはブラスターの目を黒い瞳で見つめた。ブラスターはナターシャの、どこまでも深く黒い瞳に吸い込まれそうになって、堪らずイシアに向いて肩を揺さぶった。
「おい…おいっ。聞いてんのかよお前っ。やっぱりこいつはもう帰って…」
しかし、イシアはこの間に便箋を何度か読み直して、確信していた。
「ううん。大丈夫だよ。私はこの人ともっと話したい。だってほら、何度も出てくるんだ。『白い髪の』って。名前は出てこないんだけど、色々特徴が合ってるし、パパが言ってたのはこの人のことだよ。」
ブラスターは揺らす手を止めて、離した。
「そこに何が書いてあるのかは知らないけど、名前が出てこないのは、私に気を使ったということでしょうね。あの人らしいわ。」
ナターシャは頷いて目を閉じた。
「お前、ほんとにこいつの父親と知り合いなのか…?」
ブラスターの問いかけにナターシャは黙って頷き、笑顔になって目を開いた。
「さぁ、本題に入りましょう。今日は、あなた達に手伝ってもらいたいことがあって来たの。」
イシアは首をひねり、ブラスターは腕を組んだ。
「手伝う?」
「なんだ。バイト?嫌だね。金くれるなら話は別だけどな。」
ふふっとナターシャが小さく笑った。
「そうね。バイトね。給与は悪くない自信があるわ。その辺じゃ出ない額よ。」
「ほう?」
ナターシャは取り出したメモ帳に、数字を書いて見せた。
「えっ。」
「うっ!?」
ブラスターがナターシャの顔を見上げる。
「レースで優勝した時の賞金には及ばないけど…どう?」
ナターシャはブラスターが黙っているのを見て、イシアに目線を向けた。
「もちろんやるよ。」
ブラスターがイシアの顔を見た。イシアは決心した表情で、ナターシャを真っすぐ見ている。
「パパのお願いは聞きたいし、それに、パパが信頼してた人だって、分かるもん。信じたいし、付いていきたいな。新しいことできるし!」
イシアは立ち上がって、両手でナターシャの手を取った。
「よろしくね!」
ナターシャはイシアの手に、もう一方の手を添えてしっかりと包んだ。
「よろしくね。」
白い手袋の手がイシアの手を優しく撫でて、ナターシャは微笑んだ。ブラスターに視線を向けると、彼は頭をがっくりと落として、首を振りながら立ち上がった。
「…仕方ねぇな。お前がやるなら、俺もやってやるよ。貰えるんだろ。それ。」
指先でテーブルのメモ帳を叩いた。
「ええ。もちろん。」
ブラスターは大きなため息をつきながら、ナターシャと握手をした。こうして二人は、契約を交わすことになった。
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