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異なるものの中から「同じ」を見つける力が画期的な発想の土台になる

 こんにちは。
 今年の夏も猛暑でしたね。
 ここ数年、夏に工事現場や畑などで「空調服」をよく見かけるようになりました。
 ファンが2つついている上着です。

 株式会社空調服のサイトには次のように紹介されています。

 「空調服™」(ファン付ウェア)とは服に付いた小型ファンで、服の中に外気を取り入れ、体の表面に大量の風を流すことにより、汗を気化させて、涼しく快適にすごしていただくための製品です。(略) 工場や屋外作業などエアコンの使用できないような環境でも、快適にすごしていただけるようになります。

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https://www.9229.co.jp/products
より


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 両脇につけられたファンから取り込まれた空気が、服の中を通って首元や手首の隙間から外に出ていく構造になっています。

 私はこの服を見かけたとき、手持ちファンを服に取りつけたのだと思いました。

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ライフオンプロダクツ株式会社ウェブサイト
https://lifeonproducts.co.jp/product/pr-f072/
より


 言うまでもなく手持ちファンは、うちわや扇子で手動であおぐかわりに、電動で風を起こして涼しくするものです。手であおがなくても、楽に、パーソナルに涼しい風を受けることができる手持ちファン。たしにかに、これを服に取りつければ身体全体が涼しくなります。
 コロンブスの卵のような、言われてみれば「そんなのあたりまえじゃん」と思うけど、なかなかできない発想、グッドアイデア!と思ったのです。

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 ところが、「空調服」の開発秘話を読むと、以下のような着想、開発の段階をたどったそうです。
 https://www.9229.co.jp/about/story

 市ヶ谷弘司さんは、自分の会社で開発したブラウン管の評価装置を販売するために、1990年代の後半、タイやマレーシアなどのアジアの国々を回っていたそうです。そのとき、大きなビルが次々に建てられているのを目にしました。そして「エアコンの電気消費量はすごいだろう」「これをどうにか改善できないか」と漠然と思ったそうです。
 「省電力で涼しくするしくみ」を実現するために、打ち水(水が蒸発するときに周囲の熱が奪われて気温がさがる)にヒントを得て、水を活用することを思いつきます。
 そして、実験の途上で、空間全体を冷やす必要はなく、「人間だけを冷やせばいい」と考えついたそうです。部屋も着衣も、どちらも身体を囲む空間を作るという機能は同じです。つまり、市ヶ谷さんは部屋と着衣の等価性に気づき、部屋の空気を冷やすクーラーと同じように、着衣の中の空気を冷やせばいいことに気づいたのです。
 人がいる空間を涼しくするのではなく、人が着ている着衣の中を涼しくする、という発想の転換でした。市ヶ谷さんの発想は、「空調服」という名前のとおり、着衣の中を冷やすパーソナルなクーラーという発想だったのです。この着眼点を得たことが「空調服」という、これまでになかったものを生み出すのに決定的でした。

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 市ヶ谷さんはこの発想にもとづいて試作を開始しました。クーラーは気化熱(打ち水と同じ原理)と、熱交換の原理で部屋の空気を冷やします。市ヶ谷さんは、クーラーと同様に着衣の中の空気を冷やそうと、当初はペットボトル式のタンクから吸い上げた水を服に散布して、それをファンの風で気化させようと考えました。

 ところが、水漏れなどの問題に直面し、試作を繰り返したもののうまくいきませんでした。
 そこで水漏れ問題の解決方法を考えているうちに、市ヶ谷さんは、人間にも打ち水と同じ機能を持つ汗があることに気づきました。汗の主な機能は体温調節です。気温が高くなったり運動したり、風邪などで発熱したときに汗が出て、皮膚の表面上で水分が蒸発するときに熱を奪い体温を下げます。

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 この汗をファンで送った風で早く蒸発させることができれば、身体からより早く熱が奪われてより涼しくなります。打ち水の原理で外から水を持ち込んで空気を冷やそうとしていた市ヶ谷さんですが、暑くなれば身体から出る汗を気化させればいいことに気づいたのです。こうして、着衣の中の空気を冷やすのではなく、(汗をすばやく気化させることで)身体から直接熱を奪い、より効率よく涼しさを実現できる方法に到達しました。
 そのうえ、汗を利用するため、気化させる水や、水をうまく散布するための器具が不要になり、一気に実現性が高くなりました。その後は、最適に汗を蒸発させられるように、衣服にとりつけた小型軽量・バッテリーで稼働するファンを調整して「空調服」が完成しました。

 「空調服」の開発では、部屋と着衣の等価性に気づいたことが革新的な発見でした。それがうまくいかなかったとき、打ち水と汗の等価性に気づいたことで、問題を打開することができました。
 そうして、思いつきそうで思いつかない、シンプルでインパクトのある製品を作り出すことができました。
 
 もしかすると、「手持ちファンを服に取りつける」という発想はいずれ誰かが思いついていたかもしれません。けれども、現実にはそれより早く、部屋と着衣の等価性、打ち水と汗の等価性に気づいたことで、画期的な「空調服」が作られました。
 打ち水の原理は、注射を打つ前にアルコール綿花で消毒したときや、お風呂上りなど濡れた状態で風にあたるとひんやり涼しく感じるなど、だれでも体験していることです。それでも、その体験から新しいものを創造できる人はまれです。
 「空調服」の開発の過程からも、異なるものの中の「同じ」を見つける力=等価性を発見する力が画期的な発想の土台となることがわかるのではないでしょうか。

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