~お能「安達原 (黒塚) 」~
鬼は悲しい。
安達原、羅生門..お能に登場する鬼に直面すると、私は涙が溢れて止まらない。自らの悲しみを語らず、退治されるばかりの鬼は、ただひたすら哀れで、悲しい。
ほんのささいな不運から、人生の歯車が狂ってゆく。そして本来人であったものが、悲しみと怒りの極限を越えたとき、鬼と化すのでしょう。
安達原、人を食わずにいられない、業を背負った鬼がいた。たった一夜、人の心に戻れたはず..。
旅人のために集めた薪、背負ったままの般若の姿。あまりに悲痛で、胸に刺さって苦しくて、とても涙を堪えられない。
薪を背から落とすとき、人の心も振り落とし、再び鬼になりきってゆく..。
できることならあの薪を拾いあげ、さぞお苦しかったでしょうと、声をかけてあげたかった。
どれも叶わないならせめて、どうか安らかにと、手を合わせ、目を瞑ってことばをかけよう。
鬼になるのは人であり、鬼にするのも、また人なのか。であれば誰もが、心に閨があるのでしょう..。
** 2020.9.3 国立能楽堂 **