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短編小説:合コンに不向きな世界

「音楽系の部活? 吹奏楽とか?」

 左斜向かいに座ったいかにも合コンとか慣れてますって顔した短髪の男の子に訊かれ、「似たようなものです」と私が答えると、隣に座ったアヤミが口を挟んできた。

「明日香が入ってるの、マンドリン部っていうマニアックな部活なんですよー」

 マニアックな部だけど、アヤミの女子テニス部の倍以上の部員数いるからね?

「マンダリン?」

 今度は向かいに座った男の子が訊いてきた。カラオケボックスのさして広くない個室で、テキパキとおしぼりをみんなに配ったりドリンクの注文をしたりと気配り上手な面を見せており第一印象の悪くなかった彼ではあったが、マンドリンという単語は知らなかったらしい。

「『ダ』じゃなくて『ド』だよー」

 私ではなくアヤミがいつもよりオクターブ高い声で答え、スマホでちゃちゃっと検索してマンドリンの画像をみんなに見せた。

「何これ、ウクレレ?」

「あ、ほんとだ、ウクレレに似てる」

 黙っているとあらぬ誤解を生みそうなので私は説明した。

「ウクレレはハワイの弦楽器で、マンドリンはイタリアの弦楽器です。あと、私がやってるのはマンドリンじゃなくてドラっていう楽器で……」

「ドラ? あの、中華っぽい平べったい鐘みたいなヤツ?」

「そうじゃなくて……マンドラ・テノールっていって、マンドリンより一オクターブ低い音が出る弦楽器ですっ!」

 私の説明に沈黙が訪れた。それから、「そうなんだ」と気配り男子が小さく笑んだところで、私の自己紹介タイムは終了した。

 ……やっぱり合コンなんて向いてない。

 今日は特別校舎の施設点検とかで、放課後の練習がなかった。何も新入生の勧誘で忙しい時期に点検なんてやらなくてもいいのにって文句は浮かべどしょうがない。

 そんな折、同じクラスのアヤミに声をかけられた。

 ――ナカ高の男子と遊びに行くんだけど、女子が足りなくてさー。明日香、部活ないなら来ない? 男子三、女子三でそんなに人数多くないしさ。

 アヤミとは美術の選択授業が同じだから仲はいいけど、アヤミが入ってる女子テニス部は派手な子が多かった。例に漏れず、私みたいな地味系文化部女子と比べるとアヤミもいかにもイマドキって感じで雰囲気が華やかだ。アヤミたちのグループに混ざったら一二〇パーセント浮くだろう。

 とは思いつつも、私は断ることなくその誘いに乗った。

 浮くかもしれないけど、他校の男子と知り合えるチャンスというのは悪くない気がしたのだ。

 気がつけば今年で十七歳の高校二年生、恋愛するなら他校とか最高だと思う。まがり間違っても部内恋愛はしたくない。

 ……そう思って内心意気込んでたのに。

 かわいらしく自己紹介を始めたアヤミに皆の関心は移り、場の雰囲気に求められてもいないマニアックな楽器の名前を出した私の存在はもはや完全にスルーされている。

 合コンとか向いてないよなーって改めて思った。自分の部活を、毎日のように弾いてる楽器を説明するだけでこの有様だし。そう考えると、確かに余計な説明なしに関係を始められる部内恋愛は楽かもしれない、けど。

 ここ数ヶ月の修羅場を思い出してうんざりする。三学年合わせて六十人以上部員がいるとしても、みんなその中で手っ取り早く済ませすぎじゃない?

 先輩たちにどこまで話が伝わってるかはわからないけど、ファースト・マンドリンの名越美夏と友坂恵実のギターパートの東山貴史を巡る戦いは壮絶だった。

 結果、軍配は美夏に上がって彼女は東山くんと付き合い始め、恵実と恵実についた子たちは先月部をやめてしまった。ファースト・マンドリンはトップの谷崎先輩がむちゃくちゃ厳しいから、それもやめた原因じゃないかって言われてるけど、少なくとも私はあのバトルが主要因だと思ってる。

 女子の戦いは本当に怖い。女子というのは一定以上人数が集まるとクラスでも部活でもグループに別れるもので、美夏と恵実の対立はそのままグループの対立に発展した。どちらのグループともほどほどの距離を保っていた第三のグループにいて本当に助かったと思う。自分の問題じゃないことで誰かといがみ合いたくなんかない。

 そういうわけで、恋愛をするなら絶対に部外だって心に決めていた私だけど、それはそれでハードルが高くて心が折れかける。私だって人並みに高校時代の青春というヤツを謳歌したいだけなのに。

 自己紹介タイムが終わり、私以外の場が温まってきたところでカラオケタイムに突入する。重たいリモコンが私のところにも回ってきたけど、それをそっと次の人へパスする。高校生になってからイタリア人作曲家の古いマンドリン曲ばかり聞いている私は、最近の流行りの歌など何も知らない。マンドリン音楽では有名な作曲家、ジュゼッペ・マネンテの名前などこの場で出すほど愚かではない。

 名前の覚えられないなんとかってアイドルの曲をアヤミが熱唱しているのをぼんやりと見ていたら、ふいに空いていた隣の席に男子が座ってきた。最後に自己紹介をしてた男子で、その頃にはもう完全にやる気をなくしていた私は名前すら覚えていなかった。

「ドラを始めたのは高校入ってから?」

 私が一人でつまらなそうな顔をしていたから気を遣ってくれたのかもしれない。「ドラ」だなんて単語まで使って話しかけてくれたその男子をまじまじと見る。ほかの二人の男子に比べると大人しそうで、こういう場には慣れてなさそうな様子に親近感を覚える。

「そう。マンドリン部がある中学ってほとんどないから」

「そうなんだ。弦楽器なんだよね? 弦って何本あるの?」

「八本。でも音は四つで複弦楽器っていって――」

 その男子は私のマニアックな話にも面倒そうな顔をせず、むしろ身を乗りだすように質問してきた。前髪が伸び気味で少々野暮ったい雰囲気ではあるものの、その目は興味津々といった様子で次第に輝きを帯びてくる。

「楽器、興味あるんだ?」

「実は僕、民族音楽研究会ってサークルに入ってるんだ。今日はヒマしてたからここに連れてこられたんだけど、まさかマンドリン部の人がいるだなんて思わなかった」

 そうして、彼は楽しげにアフリカだのなんだのの民族楽器の名前を口にしだした。知らない楽器の話は普通に面白くて話が盛り上がってしまい、気がつけばカラオケボックスの喧噪なんてすっかり気にならなくなっている。

 ……人生、どこにどんな出会いが転がってるかはわからない。

 民族楽器の話に相槌を打ったり質問をしたりしながら、どうしたらこの男子の名前を聞きだせるのか、気がつけば私はそればかり考えていた。

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