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「聖杯」とは何だったのか ミュージカル『キングアーサー』

「アーサー王伝説」。
正直、あまり予備知識がない。いや、はっきり言おう。ほとんど知らない。

知らないからGoogle先生に訊いてみる。どうしたことだ。Wikipediaを読んでみたがよく分からない。どうやら伝説の王であるらしいが、史実上存在したかどうかハッキリ分からないとのこと。

ミュージカル『キングアーサー』公演決定のニュースが入ってきたのは、2021年の年末。ドーヴ・アチア氏の作曲で、フレンチロックの彩るカッコいい殺陣ありダンスありの華やかな作品になりそうだ。この時点でキャストは発表になっていなかったが、すでに行く気満々。キャストが分かってからはますます楽しみになった。公演開始を今か今かと首を長くして待っていた作品である。

そんなわけで調べてみてもたいした予備知識は得られなかったものの、「ひとりの青年が聖剣エクスカリバーを抜いて王になっていく物語」と思っておけば問題なさそうだ。そう勝手に結論付けて、2023年1月21日、新国立劇場へ向かった。

ストーリーについて

魔術師マーリン(石川禅さん)がドラゴンと話している。ドラゴンの声が鹿賀丈史さんであることにすぐ気づいて驚いた瞬間、聴覚への集中度合いがぐぐっと上がる。

マーリンは言う。ユーサー王がこの世を去ってから、サクソン人がブリテンに侵入し王国は危機に瀕していると。ドラゴンが言う。ユーサーの息子を見つけ王位につかせろと。

騎士の決闘により聖剣エクスカリバーを抜く権利を得たメレアガン(伊礼彼方さんと加藤和樹さんのダブルキャスト)はエクスカリバーを抜けず、消沈しているところにフラフラとアーサー(浦井健治さん)がエクスカリバーに近寄り、あっさりと抜いてしまう。

こうして、アーサーはよくわからないうちに王となる。少年のように微笑みながら民を見渡す。

まあ、メレアガンには恨まれるよな・・・だってヤツは頑張って頑張って王国のルールの中で王になるべく努力したわけで、決闘場に現れた気の良い青年が突然エクスカリバー抜いちゃったら恨むわな。しかも理由が「ユーサー王の息子だから」ではね。

という展開からはじまり、アーサーは自身の出生にまつわるいざこざで、異母姉のモルガン(安蘭けいさん)にも恨まれる。自分のせいじゃないのに恨まれっぱなしなのである。

グィネヴィア(小南満佑子さんと宮澤佐江さんのダブルキャスト)と恋に落ちたりもするが、結局グィネヴィアは騎士ランスロット(太田基裕さんと平間壮一さんのダブルキャスト)との禁断の恋に落ちるわけで、アーサーがにんげんとして生きる上でのやり切れなさが、イヤになるほど作品全体を覆い尽くしている。

次々降りかかる火の粉を払いのけるたび、無邪気な青年だったアーサーの声のトーンが次第に落ち着いていく。意志を持った決断をするたび、苦悩が増していく。

字面だけ読むと胃の底に鉄の塊を放り込まれたような気持ちになるが、作品自体はとてもエンターテイメント性の高いものになっている。理由は「音楽」と「ダンス」だ。

音楽について

特にメレアガンやモルガンの歌う曲については、むちゃくちゃ怒りとか復讐心とかを歌い上げているのに、耳から離れないポップさと信じられないほどのハイトーンで構成されていて、中毒性がとても高い。終演後思わず口ずさんでしまうのは、間違いなくメレアガンやモルガンら「悪役チーム」のナンバーで、ストーリーの重苦しさをどこかへうっちゃる効果があるように感じた。

一方でアーサーの歌うナンバーにはリプライズが多用されていて、彼の内面自体はあまり変わって無いことを感じさせる。オープニングの場面、決闘場で「誰が勝つのか楽しみ」と歌うナンバーと、1幕ラストの「私は立ち上がる」が同じメロディであることからも、本来持っていたものが発露しただけなのだと思わされる。

ダンスについて

アンサンブルキャストの皆さんが素晴らしいダンスを披露してくれる。群舞のあるナンバーが多く、つい一緒に踊りたくなってしまう。
鹿(工藤広夢さん)と狼(長澤風海さん)、レイア(碓井菜央さん)の身体能力には何回観ても驚かされた。「踊る」ということがこれほど雄弁だと感じた作品は初めてかもしれない。

聖杯とは何か

アーサーには2つの大きな命題が課されていた。ひとつはサクソン人を追い払うこと、もうひとつはブリテン王国に富と繁栄をもたらす聖杯を探すことだ。

アーサーは、いわば自身の部下の1人であるランスロットに聖杯を探させるのだけど、探している途中で愛するグィネヴィアがメレアガンに拐われたと聞き、ランスロットは何もかも放り出して彼女を救いに行く。

「聖杯」については、非常に宙ぶらりんな状態でほっとかれる。いったい聖杯はどうなった?観客の胸に疑問を残す。

だがランスロットが聖杯を探すこの場面で、森の妖精たちは「目を覚ませ愚か者」と歌い、ドラゴンは彼に問いかける。「お前の心の中の聖杯はなんだ?」と。

聖なる杯。杯自体はただの器だ。「聖なる」と冠されるのは中に何が入ってる時なのか。ランスロットにとっては愛する女性だった。

わたしは、感じた。
国に繁栄をもたらす聖杯とは「名君」のことであり、時代により在不在があるのだろうと。

つまり、聖杯とはアーサー王自身。国に平和と富をもたらす。杯を聖なるものたらしめているのは、彼の中の聖なるものがブリテンの民であるからだ。

だが、杯の中の聖なるものが、永遠に民であるわけではないのだろう。

だから聖杯は常に「探される」ものなのではないだろうか。

終わりに

歌とダンスがとても印象に残るエンターテイメント作品。初見ではそんなふうに感じられたこの作品は、何度か観るうちに姿を変えていった。

普通の青年が、聖杯になっていく物語。聖杯になっていく過程を丹念に他の出演者との関わりで紡ぐ役者・浦井健治の芝居を堪能する作品。今はそんなふうに感じている。

3月31日まで配信にて視聴可能。未見の方はぜひ。

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