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笑顔の連鎖

成人式の準備を、した。

具体的に言えば、着物屋さんに行って振袖を選んだのだ。何着も代わる代わる目にも鮮やかな振袖をかけてもらって、娘はご満悦。

着物選びに口は出さない。わたしが出すのはお金だけ。一生に一度の晴れの日のための振袖は、着る娘が納得いくものを選んで欲しい。帯も、小物も吟味してひとつひとつ選んでいく姿を見ながら、自分の時のことを思い出した。

母に振袖をどうするかと訊かれ、「そんなものは要らないから、パソコンを買ってほしい」と返した。おまけに成人式当日は、朝からずっとバイトを入れていた。

嬉しそうにこちらを見て笑う娘の写真を何枚も撮って、夫にLINEで送っている。こんなささやかなよろこびを、わたしは母から奪っていたのかもしれないと気づく。

接客してくれた若い店員さんが笑顔で言う。「振袖のご案内をさせていただくの、初めてなんですよ」。記念すべき客のわたしは、何を見せられても「いいじゃんいいじゃん」「その柄も素敵」としか言わず、当の娘はどんな着物を掛けられても、ずっと笑顔を絶やさない。店員さんも娘もよほど楽しかったのだろう。

見積書にサインするわたしに、店長が感謝の言葉をかけてくれた。曰く、ウチの新入社員の最初のお客様がわたしたちで良かった、と。50年近くふつうに生きていて、初めての経験だ。

あの店員さんがこの先お仕事で壁にぶち当たった時、今日の娘との記憶が頭をよぎったりすることがあるかもしれない。その時、あの店員さんにとって今日のことが、お仕事の楽しさを思い出すきっかけになってくれたら良いな。

振袖よりパソコンを選んだハタチのわたしに、今日のことを教えてあげたくなった。


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