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再びチャーリイ・ゴードンに会える日を願って ミュージカル『アルジャーノンに花束を』

ミュージカル『アルジャーノンに花束を』を観に行った話は、前に書いた。

ネタバレを含む感想を書いていなかったので、だいぶ時間が空いてしまったがきちんと書き残しておきたい。なんせ、わたしの観劇史上(大して長くはないけれど)でも一二を争う作品なのだ。残しておかないのは、罪と言うもの。

2023年上演版のキャストと劇場は以下の通り。

【キャスト】
チャーリイ・ゴードン 浦井健治
アリス・キニアン 北翔海莉
ストラウス博士 東山義久
ニーマー教授 大山真志
バート・セルドン 若松渓太
アルジャーノン 長澤風海
ノーマ 大月さゆ
フェイ・リルマン 渡来美友

【劇場】
2023年4月27日(木)~5月7日(日) 日本青年館ホール
2023年5月13日(土)~5月14日(日) COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール

ミュージカル『アルジャーノンに花束を』公式HPより

見どころその1 チャーリイ・ゴードン

オープニング。上手にアリス・キニアン先生が登場して、チャーリイが自分のもとに来た時のことを語り始める。チャーリイの声が聞こえてくる。かしこくなりたい一心でやってきたチャーリイが登場したその瞬間、息を呑んだ。

チャーリイが、そこに居た。ずっと前に本で読んで、想像していた通りのチャーリイ。少しわたしの想像より身体が大きいけれど、無垢な笑顔とまっすぐさ、人懐っこさが脳内のイメージとぴったり重なる。

キニアン先生のもとに通い、勉強するもなかなか覚えられない彼に、賢くなるための脳の手術の話が舞い込む場面での、まっすぐな必死さ。テストが出来ないことに苛立つチャーリイ。

チャーリイ役の浦井健治さんは、ここから手術を受け、「徐々に賢くなっていく」様子を実に繊細に表現してくれていた。声の出し方を細かく変えていたように思う。その後も彼の知能の発達と、わかってもらえない苦悩と、退行で愛するアリスへの思いまでもが失われていく様子が、真に迫っていて苦しかった。

浦井健治さんのお芝居については・・・見どころその4で。

見どころその2 アルジャーノンの身体表現

ネズミのアルジャーノンをダンサー・長澤風海さんが演じている。

アルジャーノンを生身の人間が演じることで、チャーリイの心象風景が浮き彫りになる。映画やドラマでは単なる「実験動物」だが、チャーリイはアルジャーノンを「分かりあえるたったひとりの友達」であり、「自分自身を写す鏡」として見ていることが、明確になる。

これは、虚構の世界へと観客が積極的にダイブしに来る、「演劇」でしか成立しえない表現の仕方だ。アルジャーノンにセリフはほぼない。時にチャーリイとかけっこをしたり、時に後ろで苦悩を表現したり。一緒に父親のもとへ行き、小さかった頃のチャーリイになったりもする。

物語の途中から、アルジャーノンはチャーリイ自身に重なっていることに気づく。それだけに、アルジャーノンが次第に退行していく姿や、アルジャーノンの死を受け止める時のチャーリイが、心を抉る。

見どころその3 「異なる役」と「同じ役者」のリンク

ストラウス博士役の東山義久さんがチャーリイの働くパン屋の店主を、ニーマー教授役の大山真志さんがパン屋の店員で、チャーリイを都合よく扱い、蔑む役をも担っている。

手術を受ける研究所とパン屋それぞれでチャーリイに対するスタンスが似通っている役を、同じ役者が演じることで、チャーリイの周辺のひとびとが、チャーリイから「かつては」どう見えていて、「知能が発達した後」はどう見えているのかが、ダイレクトに観客へ届く。そのことが、チャーリイを苦しめていることも。

典型的なのが、大月さゆさんである。

大月さゆさんは本作で、チャーリイの手術直後に優しく彼を包む看護師ヒルダ、チャーリイの記憶の中の母・ローズ、成長した妹のノーマ役などを演じている。

まさに「チャーリイからの視点」で「ちゃんと見つめてほしかった存在」を体現しているのだ。看護師ヒルダが聖母のように優しくチャーリイを見つめるその間、母に頭を撫でられた子どものようにベッドで足を嬉しそうに動かすチャーリイの運命を思うと…

かしこくなれる!という期待にただ胸を躍らせているチャーリイと観客を繋ぐ大切な役を、この看護師ヒルダは担っている。

若き日の母・ローズも切ない。夫はチャーリイに理解を示すようで、実際は何もしない。なんとか自立させるためにどうしたら良いか、考えて考えて考えた結果、あのような言動になったと思うと、おいそれと彼女を責める気になれない。

ちなみにこのローズの夫役は、東山義久さん。「理解は示すが本質的な助け舟は出さない」ところが、すべての役に重なる。

見どころその4 役者・浦井健治の魅力全部のせ

もともと「けえかほおこく」の形式で最初から最後まで記述されている小説なので、ミュージカルになってもほぼチャーリイの独白のようなナンバーが多い。しかも曲が難しい。これらの曲を歌いこなすだけでも大変だと思うが…

とにかく、浦井健治さんの芝居が素晴らしい。

生身のにんげんにこんな表現が可能なのか?と感じるほど驚かされたのは、一度や二度では無い。そもそも、オープニングで見せた純粋無垢なチャーリイの声、苛立ちつつもしだいに知能が高まっていく時の声、アリスと初めて映画に出かけた場面での声、研究者たちをも凌ぐ知能を身につけ、孤独になっていく時の声。すべて違う。別人のようだった。

声だけではない。姿勢も表情も別人。しかしチャーリイの内面には、「かしこくなって、みんなと仲良くなりたい」「かしこくなって、母に自分を見てほしい」という思いがあるだけなのだ。彼は別人に見えるけれど、何も変わっていない。

繊細かつ丁寧に、チャーリイの内面の動きを体現するまさに圧倒的なお芝居を、この目で観られたことは、わたしにとってここ数年で1番の喜びとなった。

技術的にすごいと思ったポイントも多々ある(代表格が退行の場面で見せる落ちてゆく知能とそれへの不安と焦燥とを秒単位で切り替え博士たちにぶつける場面)。だが技術的な難易度を超えて、チャーリイが「かしこくなって、仲良くなりたい」人としてずっと板の上に存在したことに、わたしの心は持っていかれてしまったのである。

終わりに

ことしの読売演劇大賞にノミネートもあるかな?と思っていたが、対象にはならなかったようだ。浦井健治さんがチャーリイ・ゴードンを演じるのは3回目で、1回目は菊田一夫演劇賞を、2回目は読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞したわけだからノミネート無しも当然かもしれない。

だがそんなことはもはやどうでも良い。2023年のゴールデンウィーク、わたしの心をわしづかみにした役者は浦井健治さんであったことに、変わりはない。

あえて言うなら、初演も再演も観られなかったことを大変後悔している。どんなに素晴らしいものを魅せてくれていたのだろうか。舞台作品との出会いは本当に一期一会であることを痛感した。

負担の大きな役だ。作品は受け継がれていくべきものとも思う。だからダブルキャストやトリプルキャストで良い。可能な限りチャーリイ・ゴードンを浦井健治さんに演じ続けてもらえないだろうか。

もう一度、彼の演じるチャーリイに会いたい。
そう願う観客は、きっとわたしだけではないはずだ。

けっしてハッピーエンドとは言えない物語の救いは、チャーリイの笑顔だった。あの笑顔をもう一度見せて欲しいと、心の底から願っている。

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