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まわり道

えらく遠回りを強いられている。

週に2日ほど、ほぼ旅といえる距離の場所に出勤する生活。暗くなった山の景色を眺めながら、いつもより少し早めに仕事場を出てひと息、というところだった。自宅からはるか遠くの地で、なぜか電車が止まっている。

さて、困った。ここは地元ではない。とりあえずスマホでどうにか帰れるルートを調べて、いつもと違う電車に乗る。雨に濡れた濃紺のメタリックな車両は、いつも乗る電車より格段にカッコいい。ダダ下がっていたテンションが少しだけ上向きになる。

乗って座席に座り、ぼんやりしていると、途中で記憶の片隅にある駅名が目に入る。大学時代の同級生の出身校と同じ名前だった。

へえ。こんなところにあるのか。

思わぬ邂逅。太めの眉と意志の強そうな眼差しが懐かしい。スマホを取り出し彼にLINEしようとして気づいた。

友だち登録されていない。それどころか、電話帳にも連絡先が無い。

ああ、わたしにとって彼はその程度の存在だったか。こんな雨の日に蜃気楼を見てしまったのは、疲れのせいか。だいたい、連絡できたとして何と声をかけるつもりだったのか。わずかな間でも彼の顔が頭をよぎって、思わず手が動いてしまったことについて。

何だか可笑しくなって、そっとスマホを鞄にしまった。




それから二度の乗り換えがあった。気を取り直して家族のグループLINEに連絡する。今日の夕食はカレーらしい。「まってるよ!!!」と娘からリプ。まってるらしい。言うほどまってないのは分かっているけれど、早く着かないだろうか。

地元駅到着を告げるアナウンスが、ノイズキャンセリングのイヤホン越しに届く。
遠回りしたけれどようやく、家に帰れそうだ。

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