ランキングシステムと直感のズレ
競技スマブラシーンでは、2015年ごろから慣例的に、さまざまな人たちが各地のコミュニティ大会の結果を集計してプレイヤーランキングを公開し、その中で一番権威のあるランキングを「事実上の標準」として受け入れる、ということを続けてきました。世界ではPanda Globalというesportsチームが公開するPanda Global Rankings(PGR)、日本では私が作ったJapan Power Rankings(JPR)がそれぞれ事実上の標準的なランキングとして扱われていました。どちらのランキングもいわば「勝手に」作られた非公式のランキングですが、最上位プレイヤーが自分のプロフィールに載せたり、esportsチームがプレイヤーを探す時の参考にするなど、プレイヤーの実力の指標として有効な働きをしています。2020年からは新型コロナウィルスの流行により長期間の凍結状態でしたが、2022年ごろから再開するのでは、という機運が高まりつつあります。
そんなスマブラのランキングですが、私個人の予想では、今後は「直感的な実力の指標」としてあんまり機能しなくなるのではないか、と予想しています。これはどういうことかというと、例えばあるランキングで〇〇さんが世界ランキング10位ですとか△△さんが日本ランキング15位ですとか言われても、「なんとなくしっくりこない」「ランキングは△△さんが15位って言ってるけど、どう考えてもTop10くらいの実力はあるよね」と言いたくなるような、直感的なプレイヤーの実力と乖離したランキングになってしまうのではないか、という予想です。
ランキングシステムと直感それぞれの評価方法
一般的に、ランキングシステムがどう順位付けするかというと、まず公式大会的な試合があり、その中から過去半年とか1年間の結果を、一定の規則に沿って機械的に集計し、最終的に勝率やポイントなどを高い順に並べる、これがランキングシステムのやり方で、「集計対象」と「一定の規則」が同じであればだれが計算しても同じ順位になるという点で比較的客観的な方法と言えます。この記事では、ランキングシステムが集計対象とする「公式大会っぽい大会の結果」を「実績」と呼びます。
一方で我々の直感はどうやって実力を判断しているかというと、ランキングシステムのようにキッチリとした計算などはしません。試合結果という実績をベースにしながらも、非公式な記録や、そのプレイヤーのプレイスタイルや、フォームとか立ち振る舞い、試合の中の印象的なプレイ、そのプレイヤーのイメージなど、とにかく色んな情報を総動員して、良く言えば柔軟に、悪く言えば場当たり的に決めています。
ランキングシステムの扱う範囲と、直感が扱う範囲を図にするとこんな感じになります。
ランキングシステムと直感が扱う範囲の違い
競技スマブラシーンにおいては、ほぼ全ての大会が非公式な上に、任天堂が直々に開く数少ない公式大会は競技シーンの本流とは異なるアイテム有りのルールだったりするので、ランキング作成における「実績」の定義が非常に難しいわけですが、基本的には休日に開かれるオープントーナメントの大会がこの図で言うところの「公式記録」に位置し、平日大会や、変則ルールの大会、オープンでない招待制の大会などが「非公式記録」とするのが慣例です。この記事ではオフラインにおけるランキングに限っているので、オンライン大会の結果も非公式記録とみなしていいでしょう。
スマブラシーンで何が起こるか
この原則を踏まえたうえで、競技スマブラシーンがこれからどうなっていき、それがランキングと我々の直感にどう影響するかをお話しします。
スマブラシーンは長らく「休日に開かれる誰でも参加できるダブルエリミネーション」の大会が主流でした。最近スマブラシーンに来た人には想像がつかないと思いますが、そもそも2016年頃の日本には「平日大会」が全くと言っていいほど存在しませんでした(関東の闘龍門、関西のCyclopsはそれぞれ2017年に始まりました)し、プレイを日常的に配信するプレイヤーも極僅かでした。このような時代では、ランキングシステムが扱う「実績」と、直感が扱う「起こったこと全部」との差分が非常に少ない状態です。そして当然、この差分が少なければ少ないほどランキングシステムのランキングと直感的に思うランキングの差が少なくなります。
2016年頃の競技スマブラシーンは、「実績」と「起こったこと全部」の差分が少ない時代だった
ここからは私個人の未来予想になりますが、これからは、ランキングシステムには入れられないけれど、我々の直感には影響する「非公式記録」の範囲が広くなり、相対的に「実績」の占める割合が少なくなっていくと予想しています。これは決してオープントーナメントが下火になるとかではなく、競技シーンの多様化によって、2016年頃の「休日オープントーナメント一辺倒」の状態から、既存の大会の枠に囚われないさまざまな形式の催しが開かれ、むしろ界隈としては発展していくんじゃないかと予想しています。
これからはランキングシステムでは扱えない「非公式記録」の部分が増えてくるという予想
象徴的なのが、Eastern Powerhouse Invitational(EPI)を始めとする招待制大会の台頭です。競技シーンが発展するにつれて、一部の最上位プレイヤーが人気を獲得し始め、オープントーナメントでたくさんの人を集めなくても、最上位プレイヤーを招待するクローズドな大会でも十分に注目度を集めることが可能になりました。私はこの流れが今後も加速すると考えていて、例えばストリートファイターで言うストリートファイターリーグのように、上位プレイヤーたちが長期間にわたってNo. 1を決めるようなリーグ戦もスマブラシーンに現れるかもしれません。
https://sf.esports.capcom.com/about/ より
こういった完全にオープンでない大会は、残念ながら現行のランキングシステムと相性が悪いです。なぜならランキングシステムにおいては「機会の平等」が非常に重要な要素としてあるからです。何らかの要因で出場機会を得やすいプレイヤー、例えば分かりやすいのが、ストリーマーとして人気があるため客寄せとして招待されやすいプレイヤーなどが、ランキングシステムにおいても有利な有利な立場に置かれるのは、興行としては良くても、機会平等や客観性を重視するランキングシステムとしては看過できないと多くの人が思うはずです。
一方で、我々の直感というのは、機会の不平等に対して、良くも悪くも後出しで柔軟に重みづけをすることで、機会の不平等が「直感的な強さ」に直接影響しにくい方法で無意識的に順位付けしています。例えば我々の直感は、たくさん出場機会があったプレイヤーだからといって、その出場機会をそのまま加算していってそのプレイヤーの順位がどんどん上がっていく、みたいなことにはしませんし、逆に出場機会に恵まれなかったプレイヤーでも、数少ないチャンスをしっかりものにすれば、そのプレイヤーを評価します。しかし、柔軟な判断というのは裏を返せば主観的な判断でもあるので、ランキングシステムにおいてこのようなやり方を導入するのは非常に難しいです。
システムと直感を使い分ける野球の例
システムによる順位付けと、直感による順位付けは、どちらが優れているという話ではなく、状況によって使い分けがされます。
ここで、高校野球の例を考えてみます。あなたが、プロ野球チームのスカウト担当だったとして、数多いる高校球児の中から、自分のチームに入れたい数名の選手を選ぶとします。この時、何を頼りに選べば良いでしょうか。
実績、すなわち甲子園等の公式記録から、打率や防御率などを計算して判断しようとすると、おそらく上手くいかないでしょう。なぜなら、高校野球においては、まずプロ野球ほどの試合数が無いこと(高校生の本分は勉強ですからね)や、ある選手同士を比較しようと思っても、その選手がレベルの高い地域に住んでいるのか、レベルの高い高校に所属しているのかで、打率や防御率の数字の意味が大きく変わってきます。言い換えれば、公式記録はデータとして量、質ともに優れていません。
このような状況では、試合以外の情報を頼りに、直感を総動員せざるを得ません。例えば、練習風景にスピードガン片手に足を運んで投球フォーム等を確認したり、球児と直接会話をして人柄やメンタルがプロ野球を生き抜くに値するかなどを直感的に判断する必要があります。このような不確実性の多い世界では、直感による順位付けがより「真の実力」を推定するのに役立つと言えるでしょう。
高校球児を順位付けするには、実績以外の要素を使って柔軟に判断せざるを得ない
一方でプロ野球の世界はどうかというと、彼らは野球をするのが本分なので、年間に140試合以上をこなします。そのうえ、セリーグ、パリーグなど対戦相手に偏りがあっても、実力にそこまで大きな差異があるわけではないので、違うリーグ同士の選手間の比較を容易です。データとして質、量ともに見ても、全スポーツの中で最も扱いやすいと言えるでしょう。さらに近年では、アウトやヒットの記録だけでなく、球の回転、投球の位置、打球の角度や速さなど、より解像度の高いデータが得られるようになっています。このような状況においては、直感よりもシステム的な手法(野球では「セイバーメトリクス」と呼ばれます)がはるかに優位です。
プロ野球では、「実績」の範囲が広いため、直感に頼る必要性が低い
このように、同じ野球界でも状況に応じて直感が優位になったりシステム側が優位になったりします。スマブラシーンにおいても、やはり状況に応じて直感とシステムの優位関係が変わっていき、今後は直感側に傾くだろう、というのが私の予想です。
実力順のランキングを作る最後の手段
さて、ではスマブラ界ではもう直感的に正しいと思えるようなランキングを見ることができないのでしょうか。私の考えでは、直感優位の状況でも実力順のランキングを作ることが方法が1つだけあります。それは直感をそのままランキングにする、投票形式です。英語ではパネリスト方式とかPanel-basedとか呼ばれる、有識者(パネリスト)が投票で決める方法で、これはつまり、パネリストたちの「直感」を多く集めて集計する方法になるので、ある意味妥協であり最終手段ともいえるでしょう。
野球界でも、公式記録があれだけ潤沢で統計学が優位な状況にも関わらず、MVPは日本でもアメリカでもパネリスト形式で選ばれます。これは、投手も野手も一緒くたにした中から「最優秀選手」を選ぶという不確実性の高い課題に対しては、いまだにランキングシステムよりも直感の方が優れているからでしょう(そもそも最近では野手と投手を兼ねたとんでもないプレイヤーがMVPを獲ったりしますし)。理想的には、何事も「評価」というものは客観的であるべきですが、どうしてもシステマティックに答えが出せない問題がまだ数多くあり、このような分野では直感を使う方法を選択せざるを得ません。
実を言うとこのパネリスト形式は突飛な話でもなく、世界ランキングであるPGRはもともと2020年から計算によるランキングシステムからパネリスト形式に移行予定でしたが(英語ですが、その経緯はBIG CHANGES COMING TO PGRU IN 2020でPGRの設計者によって語られています)、新型コロナウィルスの影響でランキングそのものが無くなりました。パネリスト形式に移行する理由は、この記事で語った内容だけではなくもっと複雑で多岐にわたるものですが、ランキングをパネリスト形式にするという発想は、残念ながら現実的に最後の手段として選択しなければならない状況があります。現実にパネリスト形式を選択するとなると、誰が音頭を取り、どうやって有識者を決め、各有識者にどのような軸でプレイヤーを評価してもらうかは、非常に悩ましい問題でしょう。
いずれにせよ、これからのスマブラのランキングは、今までの形式の延長戦ではなく、新たな発想の転換が必要だろうと考えています。この記事は主に作る側の人に向けて書いていますが、ランキングを見る側の人も、今までとは違う見方をする必要があるのかなと思います。
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