児童養護施設~福祉関連の人には知ってほしい~

はるき×心理カウンセラー  です。

今までの内容は


性同一性障害


をテーマとして書いてきました。
戸籍の性別を変更して11年が経った今でも、
身体への嫌悪感が完全に、無くなった訳では有りません。
とは言え、昔ほど気分が沈むほど、それしか考えられないほど気にすることは大幅に減りました。
乳腺摘出をしてから、ガラッと変わったのを今でも思い出せます。
社会人になってからのことは、また後日に。



前の記事(幼少期)で書きましたが、
僕が児童養護施設に入所した理由は、
親元での生活ができなかったからです。
親が子育て出来るような人間・生活環境ではありませんでした。


・借金
・薬物依存↔精神疾患
・精神疾患による情緒不安定から暴力、暴言


が、主な理由です。
細かいところまで言えば、
父親の兄弟達(叔父さん)からは父親自体が疎まれていたため、親族からの引き取り手も有りませんでした。
現在も親類関係の付き合いは有りません。
祖母の訃報(葬儀後しばらくしてから)が、
僕の兄弟から連絡があったのみです。



僕が入所した養護施設の他の子ども達も、
それぞれ違った理由で入所していました。

・両親の事故死(交通事故、天災、火災)
・離婚により、どちらの親にも引き取られなかった
・シングルでの子育てが難しかった
・生まれてすぐに両親が姿を消した
・両親または兄弟による虐待
・経済的に余裕がない
・児童相談所による決定で離ればなれに


などなど。
入所している子どもの数だけ理由があります。



幼児期の子どもや小学校低学年の子どもは、
親が恋しかったり、過去の記憶を思い出して夜泣きしたり、突然泣きだしたり。
小学校高学年、中高生に上がっても、嫌な記憶を思い出してしまうことがある子もいました。

夏休みなどの長期休みの一時帰宅では、親から離れられずに何日も帰園が遅れた子もいました。
逆に親が子どもを園に帰さない、ということもしばしば。



数人の子どもを1人の職員が見るため、
1人1人と向き合う時間を割けるのには限度があります。

・寂しい
・構って
・甘えたい
・一緒に寝てほしい
・一緒に遊んでほしい
・話を聞いてほしい


自然とこういった思いが蓄積されていきます。
構ってもらうために(自分のことを見てもらうために)

・わざと泣く、うそ泣き
・怒られるようなことを自分からする
・言うことを聞かない
・暴力的になって当たり散らす
・誰にも構ってもらえない、と1人の世界に入るために姿を隠す
・出来たのすごいでしょ!アピール
・無断外出、無断外泊
・感情を抑えるために自傷行為
・○○ちゃんは出来ないからダメだね!
・ほかの子どもへのいじめ


と言った行動をすることが増えます。
(僕では思い付かないことをする子もいました)
※一部の子どもです
次第にこういった行為がエスカレートしてしまい、
施設内だけでなく学校でも同じようなことをしてしまう子も…


周りの人からは
※一部の人たちです

施設の子ども=親がいない

親がいない=かわいそう、変な子、危ない子


というレッテルを貼られ保育園や幼稚園、小学校や中学校でからかわれたり、イジメられたり。

「親がいないんでしょ?」
「親は何してるの?」
「親に嫌われたの?」
「施設だから〜出来ないね!」
「親がいないと〇〇くんみたいになるんだね」
「施設でかわいそうだから、優しくしなきゃダメ」


といった言葉で引け目を感じ、人との関わりを避けたり、自分は要らない子なんだと自責してしまったり。
気にしない子もいれば、はね返す子もいる。
言葉をストレートに受け止めてしまう子も、もちろんいます。




施設では集団生活になります。
何人かで1つの部屋、または高校生は個室だったり。
これは施設ごとに違います。
僕が過ごした施設では、1つの部屋に対して1人の職員が付く。そういう割り当てをされてました。

職員からはよく、

・〇〇しなきゃダメ
・ガマンしなさい
・なんでみんなが出来ることができないの?!
・お願いだからワガママ言わないで
・甘えないで自分で何とかしなさい
・〇〇くん(ちゃん)はできてたよ?
・年下の面倒くらいみて
・それはダメ、これも無理、できないに決まってるでしょ!


職員として施設をスムーズに回すのに、悪気は無いにせよ、こういう言葉を掛けられるのは一般家庭に比べて多いかなと思います。

話を聞いてもらえる機会が少ないと


「聞いてもらえないなら、もう言わない」
「聞いてくれないくせに怒ることはするんだ?」
「話してもムダじゃん」
「何でアンタの言うこと聞かなきゃいけないの?」


自分の気持ちや考えを言わなくなったり、
職員の言うことを聞かない、無視するようになったり。

「大人って自分のことだけで何もしてくれない」



と諦めモードになってしまう子がいました。
人付き合いが嫌になって不登校になってしまう。
ストレス発散に万引などに手を出したり。
良い子じゃないとダメなんだ、怒られることをしたらダメなんだ、と自分自身を責めたり過剰にプレッシャーを掛けたり。
(養護施設では手に負えない、と児童相談所と施設が判断した場合、児童自立支援施設に移ることになります)



施設に入所している時の楽しみといえば、

・高校生の慰問
(他の養護施設に入所している友だちに会えるのが、僕はすごく嬉しかった)
・子ども会のイベント
・県内の養護施設主催のスポーツ大会
(部活動で本気で取り組んでいる子も出場するので、レベル高いです)
・米軍基地の招待
(空母に乗った時は興奮しました)
・自衛隊の慰問

たくさんの人たちに支えられてる。
子どもの時分は楽しいという気持ちが勝っていましたが、今は感謝しか出てきません。
今の僕を形作っている

「負けず嫌い」
「目標を達成するための諦めの悪さ」
「人の役に立てる人間になりたい」


は、この時期に芽を出したんだろうなと思います。




子どもにとって養護施設という集団生活は最低限の衣食住があり、親や兄弟(姉妹)からの虐待やイジメから逃れたりの安全が確保される場所ですが。
ニュースで流れるように、施設内での虐待やイジメ(職員→児童、児童→児童)が起きてしまうこともあります。
近年とくに、



・子どもと親は一緒にするべきだ!
・親子を離すほうが虐待ではないのか?!
・施設の育った子は、思考や行動が危険だ!
・児童相談所の判断が、明らかに親子を話したいだけじゃないのか?!
・施設でも暴力が無い訳じゃないだろ?!


など言われていますが。
何より大切なのは、子どもの安全と未来です。
親目線の安全、児童相談所目線の安全ではなく、本当に

その子どもと同じ目線で判断がされているのか?


だと思います(僕個人の見解です)。
肉体的な暴力や精神的な暴力、育児放棄などの
被害にあう事がない方が良いに越したことはないです。
しかし、愛情も無ければ育たない・持つことができない部分があるのは事実です。

「自分への愛」
「他者への愛」



色んな定義がありますが、シンプルに

見返りや期待の結果を求めず
損得勘定抜きで大切に、尊重しているか



だと僕は思います。
子どもの頃に言われた言葉で性格や考え方、
ものごとの見方やとらえ方に影響します。
大人になってからも周囲からの影響は受けますが、軸となる根本部分は、幼少期から積み重なったものがベースです。



そして子どもは敏感です。


「こうだろうな」
「かわいそう」
「めんどくさい」
「この子は苦手」
「またか」


こういうことを思いながらする行動は察知されてます。
顔色をうかがうのがクセになっているんです。
特に虐待やネグレクトを受けた子は、マイナスなほうの感情に対して、無意識下でも敏感にとらえます
(表情や声のトーンなど少しの変化でも)

心の傷が癒えていない子も、性格が暗い子も、
我の強い子も、素直な子も、明るい子も、優しい子も。
過去は「かわいそう」な境遇かもしれません。
凄惨な環境だったかもしれません。
肉親から離れて施設で暮らす1日は、確実に前に進んでいます。
子どもなりに葛藤して受け入れようとし、気持ちを整理して生活を送っています。

同情の憐れみ



ではなく、


愛情の慈しみ


で接してほしい。
子どもたちが前を向いて進めるように。



今日もあなたが幸せであるように

質問や聞きたいことがあれば遠慮なく
メッセージを。


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