打算

 人の言葉には表と裏があるが、彼女の言葉に裏腹は存在していなかった。
「愛なんて所詮は打算ですよ。」皮肉っぽく言う彼女は私と目を合わせてくれない。
 うん、そうかもしれないね。
 私は窓の外に向いた彼女の横顔を眺めながら彼女に同意した。
 夕陽を写す彼女の瞳は少し潤んでいて、ガラス玉にはない輝きを持っていた。
 あぁ、そんな顔をしないでおくれよ。
 彼女の涙を止めなくてはならないのに、この身体は動かない。
「無償の愛なんてないんです。」彼女はいくつもの感情が流れ出てしまうのを堪えて、ぎゅっと唇を噛みながら複雑な顔をしていた。
 でも君は僕を捨てないでいてくれる。
 それなのに僕には何一つ返すことができない。
 君は僕に打算をできていないじゃないか。
 聡い君ならばその程度のことに気付かないはずもないだろう。

 先輩が口をパクパクとさせる。
 昔からよく話す人で、少し、いや、だいぶ芝居掛かった話し方が特徴的な人だった。
 でも彼は病で声も四肢の自由も失ってしまった。
 彼の周りにいた人達は彼を木偶と謗り消えていった。
 それでも私はこの人の側でこの人を愛し続けるだろう。
 私にはそんな小さな確信があった。
 一人では日常生活もままならない人、私だけが救える人、私がいなければならない人、どこまでも愛しい人。
「先輩。」ぽつりと一言が零れ落ちる。
 本当は違うのだ。
 この愛はたしかに打算だけれど、注いだ愛の分だけあの頃のように甘い声で愛を囁いて欲しかっただけなのだ。
 無償の愛なんて存在しない。
 私は愛することで愛を確かめている。
 先輩の座る車椅子を押す。
 私は自分の愛を、価値を実感し安堵した。
 そんな自分から自覚する。
 やっぱり、この愛は打算でしかないのだと

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