色褪せた宝石箱

 何年か前、小さな古着屋を訪れた。古民家を改築したのだろう背の低い天井の店内には多種多様な古着がそれぞれの持ち場に並び、新しい主人が現れるのを待っていた。その日は手持ちも少なく、何かを買うつもりはなかったので店内をフラフラとして時間を潰していると店の奥に古民家特有のやたらと傾斜のきつい階段があることに気がついた。別に立ち入りに制限もされておらず、店員も気にした様子がないので私は恐る恐るその階段を登ってみた。
 そこは先ほどよりも天井こそ高いものの窮屈な空間で、そこにある古着たちは下に置かれていた古着たちとは全く違う雰囲気を纏っていた。
「お客さん。」突然背後から声をかけられ、私はその場で跳ね上がる。ここが一階であれば頭をぶつけていただろう。振り返るとそこには先程の店員がいた。よく見ると店の雰囲気に対してだいぶ若い人であることに驚いた。彼女はそんな私の様子を見てクスクスと笑うとその容姿に似つかわしくない嗄れた声で言った。
「ここにある服はね、運命の相手だけを待っているんだ。」彼女は目の前に置かれた服を手に取るとバッとその場で広げた。服の背中には二つの手形があった。表には猫っぽい何かの絵と英文がプリントされていた。
「Dear My child…」私はもう一度その服の背中側を見て片方の大きな手形に手を当て、
「なるほど。」と呟いた。 
店員はその場でクルリと一周し、また私に視線を戻すと、
「彼らは自分がどれだけ古くなっても誰かを待ち続けてる。」と言った。そして俯くと悲しげな声で、
「この服は私が生まれるよりずっと前からここにある。」と唇を噛み締めた。私は彼女に彼らの物語を聞きながら店内を回った。私は彼らの生き方に魅力され、気がついた頃にはもう日が沈みかけていた。
 左手に紙袋を下げ、私は店を後にしようとしたら。すると、トンっとその背中を誰かに押されたような気がした。あの日から私の部屋の壁には一着の服が飾られている。

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