花れ時

 旅をしていると不思議な出会いをすることがある。
「手紙を届けてくれませんか。」街道の真ん中でそう叫ぶ少女を、周囲の人たちは気にもかけず通り過ぎる。気の毒に思った私は彼女に声をかけた。
「お嬢さん、どうしたんだい。」少女は壊れたラジオの様に同じ言葉を繰り返す。
「手紙を届けてくれませんか。」そう言って目の前に差し出された手紙を手に取ると、少女は花が咲いたようにぱぁっと笑った。
「この手紙をどこへ?」私は花柄の封蝋で丁寧に綴じられた淡い桜色の手紙に目をやりながら尋ねた。
「あの場所へ。」少女は遠く北の方角を指さした。はて、あの先には何もなかったはずなどと考えていると、左のポケットからチャリンという音がした。驚いて顔をあげるとそこに少女の姿はなかった。確認してみると左のポケットには銅貨が三枚入っていた。
 少女を探して断る選択もあったが、ポケットの銅貨と少女の笑みを考えるとやはりそれは難しかった。翌日、私は北の方角に歩き始めた。旅人という仕事の都合もあり別に向かう先はどこでもよかったので、その点この仕事は私が適任ではあったのだろう。
 しかし、私の中には一つの不安があった。それは昨晩のあることが原因だった。昨晩の私は手紙を受け取った後、手紙の送り先を知るために北の方角に建物はあるかと酒場で聞き込みをしていた。すると誰もが口を揃えて今は何もないという。なんでも、十数年前までは前領主の屋敷があったらしいが火事でなくなってしまったらしい。前領主は民に重税を課していたらしくひどく嫌われていたようで、街の人々からは火事で亡くなってよかったとさえ言われていた。果たしてそんなところに手紙を待つ人がいるのか。私にはそのことが不安だったのだ。
 丸一日歩き、屋敷のあった場所に着くとそこは一面が美しい花畑になっていた。不意にガサガサと草木に触れる音が聞こえた。現れたのは一人の青年。彼はこちらに気がつくと駆け寄ってきた。私は彼が手紙の相手だと確信しそれを差し出した。彼は手紙に勢いよく食いつくとバッと顔を上げた。
「これをどこで?!」動揺する彼に私は街で手紙を受け取った経緯を話した。すると彼は花畑の方を指差して話し始めた。
「この場所には元々領主様の屋敷があったんだ。嫌われ者ではあったが俺にとっては気さくな雇い主だった。領主様には俺と二つしか違わない歳のお嬢様がいてね。歳も近かったから彼女とは仲が良かったんだ。身体の弱い方で、花を愛でることがお好きだった。恥ずかしい話だが、俺はお嬢様のことが好きだったんだ。庭師だった親父の仕事を継いで、お嬢様のために沢山の花を育てようなんて思っていたよ。ただ、ここは燃えてしまった。屋敷も、花も、お嬢様たちもみんな。お嬢様に贈り物を買ってあげたくて街に下りていた俺だけが残ったんだ。」青年は俯いたまま手紙に目をやった。
「この封蝋の模様は領主様のものだ。桜色はお嬢様の好きだった色。」彼は手紙の封を切った。きっと短い手紙だったのだろう。数秒後、周囲のには彼の慟哭が響いた。
 どれだけの時間が過ぎたのだろうか、あたりはもう暗くなっていた。月明かりに薄く照らされた花畑を見つめ、青年は言った。
「綺麗な花畑だろう?」柔らかな風が花々の甘い香りを運ぶ。
「ああ、とても。」私は花畑から目を離すことなくそう言った。
「ありがとう。」少年の声だけがそこに残った。もう隣に彼の姿はなかった。
 花々はゆらゆらと踊る。もうしばらくこの景色(ゆめ)を見ていたいと、そう思った。

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