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23歳の春、世界から色が消えた

「死にたいと思いますか。」医師がわたしに尋ねた。

「大切なひとたちが悲しむので死のうとは思いません。」わたしは答えたが、質問の答えになっていない。

「なにか具体的に手段を考えたことはありますか。」と医師は続けた。

「死にたいけれど…」言葉が詰まった。本音が出てしまったと自分の本心に気づいた瞬間だった。「死にたいけれど…、大切なひとたちが悲しむので死のうとは思いません…。」

「それでは消えたいですね。」と医師は言った。

「いつ死んでもいい。と言うと、友人にそういうこと言うのやめてと言われます。」と言うわたしに対して、医師は次のように返した。「わたしたちのところで言ったらいいのですよ。ここに来て、その気持ちを伝えたらいいのです。」

なぜだか分からないけれど、涙が溢れて止まらなかった。

「悲しいわけではないんですけど、涙が止まりません…。こういうことが、最近またあります。」というわたしは、普段他者の前では愛想が良く笑顔で過ごしている。

自分の中に異なる人格を持った2人のひとがいるような違和感が、わたしを襲うときがある。


生きていることへの疑問が頭から離れない。


「ああ、なにやってるんだろう。っていう感情に取り憑かれます。」と言うわたしに、医師は言った。「きっと、今は言いたいことや話したいことがたくさんあると思います。しかし、あなたの場合は問題点が分かっているし、解決の糸口も見えている。だから、最初の問題を解決することができれば、そのあとは進み出せると思うのです。」

「いつからこんなに臆病になったのでしょうか。」とわたしはつぶやいた。

「わたしが先に投げ出すということはないので。また、次回も来てくれますね。」と医師はわたしに尋ねた。

「はい…。ありがとうございました。」と言い、わたしは診察室を出た。

大勢が待っていた待合室には、もうだれもいなかった。わたしは止まらない涙をハンカチで拭いながら、長い大学病院の廊下を静かに歩いた。


いつから、こんな感情に囚われるようになってしまったのだろう。

いつから、悲しくもないのに涙が流れるようになったのだろう。

いつから…もう、考えるのは難しかった。思い出せなかった。うつ病と診断されてから、2年の月日が経っていた。


 新シリーズ、『23歳の春、わたしはうつ病と診断された』を掲載していこうと思います。
 精神疾患について聞くだけでは分からない実態と向き合い、文字に落としこんでみようと考えました。
 家族や友人、職場の方など、生きているとうつ病になる可能性はあります。当事者の方、周囲でサポートしている方、精神疾患とはどのようなものかを知りたいと思う方などに読んでいただけますと幸いです。

 少しでもだれかの心に届きますように。

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