実際の父と理想の「父」
父、という存在が分からない。
父との楽しかった思い出は、小学校最後の持久走大会に来てくれたことで途切れています。
中学生になってからは、父とまともに会話をした記憶がありません。
今、父とは別居しています。もう8年近く一緒に暮らしていません。理由は言わずもがなかもしれませんが、両親の不仲です。(それ以外にも様々な理由があるのですがここでは割愛します。)
父がどんな感じの人かは知っています。優しくて、滅多に怒ったりしない人。いい人だったのは明確に記憶しています。
ですが、私自身が迷ったり悩んだりした時、もっといえばあらゆる場面で、父という存在がどんな言葉を私にかけてくれるのかを知らないのです。
ですが、そのような場面において、言葉をかけてくれる私にとってのもう1人の精神上の「父」がいます。
それは、ミスチル の桜井さん。
かなり厚かましいことは重々承知なのですが、桜井さんの言葉を道標に、私は今日まで生きてきました。迷った時、絶望した時、不安で眠れない時など、どんな時もいつもすぐそばで、誰よりも私の味方になってくれました。人生のQ&Aを優しく、そして時には厳しく教え諭してくれます。それは、私が求めている言葉であり、実際にかけてほしい言葉でもありました。(現実的に考えると、一般的な親によって与えられる言葉を、桜井さんの言葉ははるかに凌駕していると思いますが…。)
高校受験で失敗して、鬱々とした高校生活を送っていた時に、一筋の光を差し込んでくれたのも桜井さんの紡いだ言葉でした。
桜井さんの言葉で、何度救われてきたか分かりません。
大袈裟ではなく、生きる希望を与えてくれる桜井さんの言葉(もちろん、ミスチル の音楽も含め)があれば生きていけると私は確信しています。
あまりにも理想的で完璧すぎる「お父さん」ですが、これからも変わらず私の精神的な「父」であり、いつまでもついていきたいと思っています。桜井さんに出会えた人生で良かったと思うし、今しみじみ私は幸せ者だなと感じています。
一方、実の父に関しては、感謝しかありません。
私がもし父の立場だったら、毎日家族と暮らしているわけでもないのに、何のために働いているか分からなくなって仕事なんか投げ出してしまうと思います。しかし、そんなことをせず、毎日働いてくれる父には頭が上がりません。
中学生の頃に会話を避けてしまったことを今、後悔しているし、申し訳なく思っています。もし、お父さんが目の前にいる環境下にある人には、その存在を煙たがらず、大切にしてあげてほしいと思います。
そして、父には直接は言えないけれど、いつもありがとうと伝えたいです。
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