劇場の妖精(ということにしている)の話

「人の集まるところには霊も集まる」と聞いたことがある。

小劇場のような人が密集し暗闇も多いところで怪談話がささやかれるのは、必然なのかもしれない。

暗転中ひとりきりのはずなのに誰かとぶつかったとか、誰もいないはずの楽屋で人影をみたとか、仕込み中に灯体が倒れたとか、終戦近くに戦争を題材にした作品を上演すると客席に兵隊がみえるとか。

稽古中や飲みの席で耳にすることが多い。とはいえ悪いものばかりではないようで、たとえば暗転中にはけ口が分からなくなってしまったときに手を引かれて無事にたどり着けた(けど誰も手をひいていなかった)なんてことも聞いたことがある。噂好きの人たちが多いこともあって舞台経験の少ない私でも似たような話はいくつか聞いたことがあるし、いろいろな団体に出ている人ならもっと聞いたこともあるだろう。

冒頭から触れておいてなんだが、私はホラーが苦手だ。霊感もない。できればこのまま一生ないままでいたい。しかし私が体験した出来事は、今まで聞いてきた「小劇場怪奇現象あるある」にあてはまってしまうような気がする。いやだなあ。怖いし。こういうのって名前をつけてしまうと「それ」として具現化してしまう気がするから。

なので、あえて「劇場の妖精」に出会っただけ、ということにする。


もう5年以上前の話。

私は当時通っていた声優事務所の養成所メンバーと演劇集団を結成し、オムニバス公演に参加した。ちなみに最初で最後の公演である。各団体30分ほどの持ち時間のうちに歌でも演劇でもその他のパフォーマンスでも、好きにやっていいというような、そんな企画。私たちは5人1組×2チームに分かれて、別々の演目を2ステージずつ上演した。

あらすじとしては、バイクの運転免許を取得した兄が交通事故に遭い、植物状態になってしまう。臓器提供の選択を迫られ、両親は承諾するが次女は「まだ生きているのに、私の選択で兄を殺してしまう」と拒否し、公園へと向かう。そのあと長女、バイク店の親子と話し合い、次女は葛藤しつつも決断する…という話だった。ちょっとうろ覚えだけど。免許証の裏面にある臓器提供の意思表示をまじえた話というか。教習所の教材ビデオを模したファンシーなウサギの被り物をした者たちが現実のシーンにも出てきたりして、明るいシーンもあるけれど基本不気味なシリアスって感じだった。

私は次女の役だった。そして件の「劇場の妖精」と出会った(?)のは、2ステージ目だったと思う。兄が事故に遭い、長女の説得にも耳を貸さず、病院を飛び出して別の場所へと移動した暗転明けのシーン。

舞台セットは箱馬(椅子になったりなにがしかになったりする四角いやつ)が4つ、客席面の左右に出入り口、中央幕の左右にも出入り口。

    客席

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 □□      □□ ←箱馬

ーーーー   ---- ←幕

ーーーーーーーーーーー

シンプル!!!

おおまかな動きの流れは

・ウサギ(の被り物をしたキャスト・次女には見えない存在)が左端の箱馬に座っている

・次女(私)が中央の右幕から入ってきてウサギの右隣に座る

・ウサギが次女のほうに首を向けて、無言ででていく。

だった。わかりづらいが「ウサギは左、次女は右に座る」と覚えておいてもらえばこれからの話は分かってもらえると…思う。あと「ウサギの視界は非常に悪い」ということ。

初日はすんなりといった。暗転から薄明かりがついて、放心状態の次女が入り、右に座った。ウサギは無言でこちらを見たし、無事にはけていった。

2ステージ目。

同じように、暗転明け、薄明かりのなか舞台上に入ると、

ウサギが右に座っていた。

見た瞬間、心の中で「まちがえてる~~~!」と叫んだ。別に間違えたって私が左に座ればいい、いや、見えていない存在を避けるように座るのは変だから、さも左に座りたかったんだよ私は、という風に座ればいい。できていたかはそのときの観客にしかわからないが、それとは別に、問題はウサギの振り向く方向だと思った。視界が悪いので、もしウサギ自身が右に座ったと気づいていないままだったら、左に私が座り、ウサギは右を振り向き、そしてはけるときに私にぶつかったりなんかしたら、やばい、やばいぞ。

いつもより音をたてて座ろう、それならわかるはず、と考えながら箱馬に向かった時。

客席から笑い声が聞こえた。

私は演出家が笑ったのだと思った。この公演のために頼んだ、今はもう芝居から離れている、専門学校の同期が過ちに吹きだしたのだと。そんなことするような人間ではなかったが、リピーターもいなかった客席でこの状態が「普段とは違う」とわかるのは演出家だけだと。私はまた心の中で「ふざけんな笑ってんじゃねえ」と悪態をつきつつ、不自然にならない程度に大きめの音をたてて座った。

ウサギは左、私のほうを向いて、ぶつかることなく出ていった。

それからはとくにアクシデントもなく、公演は幕を閉じた。

が。

終わってから演出家に「本番中、笑ったでしょ」と聞いたら「満席だったから外にいた」と返されたのである。じゃあ笑ったのは誰だ、あんな静かなシーンで空耳なわけあるか、と思って他の出演者に聞いても「聞こえなかった」と返された。そして最後に、ウサギ役だった共演者に聞いたところ、予想外の返答をされた。


「俺は「そっちかよ!」って聞こえた。それで、あ、俺逆に座ってる!?って分かったんだよね」


その公演を観てくれた友人に聞いてみたが、笑い声も、ましてや公演中に客席から発声があったことも記憶にないと言われた。

同じシーンに出ていた私とウサギ役の彼だけが、劇場にいた誰か(あるいは何か)の存在に触れたのである。

冒頭で書いた通り、私はホラーが苦手だ。苦手だが、不思議と恐怖はなく、むしろ鼻息荒く「妖精さんの仕業だー!!」と叫びたくなる衝動にかられた。いや実際叫んだし、時が経った今でも思い出して、こうして文章に残している。


「小劇場怪奇現象あるある」に名を連ねてしまう出来事かどうかは、読んでいただいた貴方に委ねたいと思う。


(ちなみに数年後、別の団体でその劇場に立った時はなにも起こりませんでした。)



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