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マジックミラー

 私は私の影とお別れすることにした。
 影はいつも、スカートをパニエでめいっぱい膨らませたピンクのドレスを身に纏い、胸まである髪をゆるく巻いたツインテールにして、リボンをつけていた。ステージでは客席が一面ピンク色に煌めき、ウインクするだけでファンたちは熱狂した。二人きりで過ごす一瞬のために、ファンたちは誰よりも長い握手会の列に何時間も並んだ。公式プロフィールに書いてある、好きな食べ物はマカロン、好きな飲み物はイチゴオーレ、好きな動物はうさぎ。影は完璧な女の子だった。影はみんなから愛される女の子だった。

「お人形さんみたいで可愛い。」
「ほんわかした雰囲気が好きです。」
「女の子らしくて羨ましい。」
みんなの言葉は私の喜びで、希望で、居場所だった。

 でもみんなが愛する私はただの虚像だ。みんなが思い描くような完璧な女の子ではないと、自分が一番よく分かっていた。
 私はタイトなズボンや黒い革ジャンが好きだった。好きなのは辛いものや炭酸で、好きな動物は狼だった。童顔でチビな私には“かっこいい”が似合わないと分かっている。いつだって似合うものと好きなものは一致しない。

 本当は自分の好きな格好をして、自由に生きていたい。本当は他人の評価なんて気にしないで生きていきたい。本当は誰かに好きになって欲しいとか、誰かに嫌われたくないとか、そういうのを全部抜きにして生きていきたい。
 だけど、人は一人では生きていけないらしい。私の居場所をなくすのが怖くて、理想と正反対の私を見せる勇気が出ない。誰かの目が気になって仕方がない。

 シーソーのように揺れていた私の心を動かしたのは先週SNSで見かけた言葉だった。
「普段は可愛いイメージだけど、かっこいい服も似合いそうですね。」
そっとタンスを開けて、一番上の引き出しの底から一度も着たことが無いズボンと革ジャンを取り出した。着る予定も無いのに、一目惚れして購入ボタンをクリックしてしまった洋服だった。鏡の前に立った私は可愛くもかっこよくもなくて落胆した。
『似合うはず無い・・・。』
小さな声で言って、革ジャンを脱ごうとした時、机の上のハサミが目に留まった。ゆっくり手を伸ばす。
 私は知っている。影とのお別れの仕方。深呼吸をして、長い髪を切り落とした。

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