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かすみ草系アイドル

 今日も駄目だった。客席は一面真紅のサイリウムで埋まり、どこを見渡しても「ユリ」のうちわばかりが見えた。精一杯歌ったつもりで、踊ったつもりだった。トークも頑張ったつもりだった。でも、また駄目だった。

 私が最後に楽屋に戻ってドアを閉めると、先に戻ってきていたひまりが、ユリに怒りをぶつけていた。
「ちょっとユリ聞いてるの?それに今日の態度何?全然本気じゃなかったよね。」
「別に、私はいつも通りやったつもりだけど。」
ユリは、静かに受け流すようにそう言って、ペットボトルから水を飲んだ。
「人気者はあの程度で許されるんだからいいよね。」
ひまりは、ユリの方を一度も見ずに吐き捨てるように言った。
「ひまり、さすがに言いすぎじゃない・・・?」
私が咄嗟にそう言って、ひまりに困ったような視線を向けると、
「そうやって香純(かすみ)ばっかり、いつも良い子ぶってさ・・・。」
ひまりは、ふてくされたようにそう言って、手持ち無沙汰なのかスマホをいじり始めた。ユリに目を向けると、いつも通り部屋の隅で俯いて腕を組んだまま目を閉じていた。ユリは無表情で、何を考えているのかまったく読み取れなかった。私は手ごろな椅子に腰掛けたけれど、会話の無い楽屋の空気は重くて、用も無くスマホを手に取ったり置いたりした。
「私、ちょっとトイレ行ってくる。」
空気に耐えかねたのか、ユリが立ち上がって出て行った。
「・・・いいよね、ユリは。知名度も人気もあって、どんどんテレビとか雑誌のオファーが来てさ。 “孤高のセンター”だって。ほら見て。」
ひまりがスマホの画面を私に向けながら言った。ユリの単独インタビューの記事を読んでいたみたいだった。
「ひまりも、ユリみたいになりたかった?」
私が聞くと、
「ユリみたいには無理だけど、本当は私もセンターに立ちたかった。」
ひまりの告白にハッとした。私は、たとえ思っていても、自分に自信が無いから、そんなこと絶対に言えない。ひまりは強い。真っ直ぐで輝いているように見えた。
「私、こんなユリの引き立て役みたいな役割をやるためにアイドルになったんじゃない。香純は違うの?今のままで満足してる?」
ひまりは強い言葉で、感情を吐き出すようにまくし立てた。ひまりの言葉に促されるように、唇を噛み締めて想像してみた。センターでライトを浴びる私。ステージから見える一面のサイリウムは私のメンバーカラーである青。雑誌の表紙を飾る私。テレビのバラエティ番組に呼ばれる私・・・。それはかつて思い描いていた、アイドルの私だった。
「センターなんて、やりたいならいくらでもあげるわ・・・。私だってこんなアイドルになりたかったわけじゃない。」
硬い声に振り返ると、トイレから戻ってきたユリが部屋に入ってくるところだった。それはユリが初めて口に出した弱音だと思った。
「ユリ、ごめん。違うの。」
私が言い訳をするようにユリに駆け寄ると、
「別にいいよ。私は大丈夫だから。」
と落ち着いた声で言った。ユリの言葉は有無を言わさない空気を纏っていたけれど、同時に脆さや危うさを感じて、咄嗟に私が支えなければと思った。
「大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃないよ。」
ユリを抱きしめてそう言うと、ユリが驚いたような気配を感じた。
「香純・・・。」
ユリは大人びた静かな声で私を呼んだ。センターとして注目されることは同時に、誹謗や中傷の矢面に立つことでもあると知っていた。リーダーなのに、人気も実力も足りなくて、ユリを守りきれない自分が不甲斐なかった。
「本当、そういう“自分一人でグループを背負ってます”ってところがむかつくのよ。」
抱き合う私たちを横目に、ひまりが腕組みをして言った。
「ひまり、そういう言い方はっ・・・」
私が最後まで言い切る前にひまりは続けた。
「私だってユリを越えるくらい偉大なセンターになってやるんだから、いつまでも自分の方が人気だと思わないでよね。」
意地っ張りで負けず嫌いなひまりなりの愛情だと分かった。
「分かった。」
ユリは微笑んで頷いた。思えば、ステージ以外で、久しぶりにユリやひまりの笑顔を見た気がした。  

 二人の隣で笑う私はかつて目指していた姿とは少し違うけれど、私は人の心にそっと寄り添えるような、優しいアイドルであろうと思った。それがきっと、控えめな私らしいアイドル像だから。

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