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アロマンティックセクシャル

 披露宴会場は、金色がモチーフカラーの大人っぽくてゴージャスなイメージの会場だった。
「奥さん、綺麗な人だったよな。はるはもっと可愛い系の人を選ぶのかと思ってたけど、すらっとした美人系で驚いたよ。」
円卓の隣の席から恭介が笑って話しかけてきた。他の席でも同じサークルだった友達たちが、お互いの近況を話し合っていた。
「そうだな。はるが大学の時に付き合ってた女の子って、身長低くてどちらかと言うと天然ゆるふわ系が多かったイメージだしな。」
俺が笑って答えると、
「まぁ、みんな大人になると変わるよな。俺もさ、今度結婚するんだ。」
恭介はさらりとそう言った。
「そっか、おめでとう。大学時代は、女なんて低俗なものに興味はないとか言って二人でつるんでたのに、恭介も変わったな。」
俺が胸の奥の動揺を隠すように、小さく笑って言うと、
「そんなこともあったな。まぁ、結局付き合ってみたら、日常がそれまでの何倍もキラキラして見えて、みんなの言ってる意味がようやく分かったんだけどさ。食わず嫌いだったっていうか。お前は?いつまでも売れないアイドルやってないで、そろそろ彼女くらい作ったら?もう俺らも若くないんだしさ。」
恭介が悪気無くそう言っていることが分かるからこそ、俺の胸の奥はきゅっと締め付けられるように痛くなった。付き合って、結婚して、子供ができて・・・そんな当たり前の未来を、俺は昔から全く思い描けなかった。
 アロマンティックセクシャルというらしい。俺は昔から恋愛感情が抱けない。少女マンガを読んだり、友達の恋愛話を聞いたりするのは好きだ。理解はできる。けれど何度探しても、自分の中にそれに似た感情を見つけることができないのだ。昔はまだ良かった。周りに付き合ったことがない友達はたくさんいたし、付き合うことに興味がないふりをして、斜に構えて生きていれば良かった。でも、大人になるにつれて、昔からどこかで感じていた疎外感がどんどん大きくなっていく。
「俺はいいんだよ。ファンの子みんなが彼女みたいなものだしさ。」
俺は、心の奥の扉をそっと閉めて、アイドルスマイルを作って言った。
「お前さ、実際、お気に入りのファンの子と寝たりしてんの?」
恭介は興味本位なのか更に突っ込んで聞いてきたので、俺は呆れて少し笑ってしまった。
「してないよ。」
と答えると、恭介は熱く語りだした。
「なら、温もりが恋しくなることとかあるだろ?寂しくて不安な夜とかさ。」
初めて付き合った女の子との結婚を決めた恭介は、自慢したくて仕方が無いように見えた。
「別にないよ。俺は今の生活が幸せだし、猫飼ってるから温もりは足りてる。」
俺は気丈にそう言って笑ったけれど、胸の奥はざわざわと揺れていた。眩しいステージの後に、薄暗い家に帰るのは嫌いだ。それに、寂しさを紛らわそうと猫を飼ってみたものの、なぜか俺にだけ全く懐かず、実家で暮らす弟にあげてしまった。今の生活に納得はしているけれど、未来の事を考えるのは苦手だった。
 俺の返事に、恭介は納得しきれない様子で、意を決したように顔を近づけて聞いた。
「なぁ、前から気になってたんだけど、ここだけの話、お前ってもしかして同性にしか興味ない的なやつ?」
「違うよ。別に男に興味ないし。」
嘘ではなかった。時代が変わって、同性愛については、広く知られるようになってきたけれど、アロマンティックセクシャルという存在はまだまだ知られていない。例えカミングアウトしても、まだそういう相手に出会っていないだけと言われて傷つくのが目に見えているから、本当のことは言わない。
「だよな。まぁ、お前なら顔綺麗だし、絵にはなりそうだけどさ。やっぱ男はないよな。」
恭介はホッとしたようにそう言って、何度も頷いた。俺が曖昧に答えると、
「なら多分理想が高すぎるんだよ。アイドルも結婚していい時代だしさ、とりあえず誰でも良いから一回付き合ってみろよ。」
恭介はからっと笑って言った。
「・・・そういうことを、この先誰からも言われなくて良くなると思ったから、俺はアイドルになろうと思ったんだけどね。」
俺が小さな声で呟いた言葉は、新郎新婦との写真撮影に誘う、別の友達の声でかき消され、恭介が俺の腕を叩いて、早くしろと急かした。
「おう。今行く。」
俺は出来るだけ明るい声を作って返事をした。

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