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チェスゲーム

 薄暗いバーのカウンターで、若い女とそれより年上だと思われる男がお酒を飲みながら話していた。女は体のラインが出るようなピタッとした深紅のワンピースを纏い、男はくたびれた地味なスーツを着ていた。二人は親子にしては歳が近すぎ、恋人にしては歳が離れすぎているように思えた。二人の間の空気には絶妙な緊張感があった。男はぴりぴりした様子で女を非難するように声を荒らげ、一方の女はそれを気にも留めていない余裕の表情だったが、二人の見た目の違和感のせいだろうか、とても歪に見えた。

男は机を叩きながら、声を荒らげた。
「君は男たちの好意を利用するというのか。」
「えぇ、するわよ。」
女はするりと微笑みさえ浮かべながら言った。
「いつか刺されるよ」
男は言ったが、女は薄く笑って言った。
「よく言われるわ。でも、生憎まだ一度も刺されたことなくぴんぴんしてるわ。」
「気を付けるんだな」
男が言うと
「大丈夫、だってその時はあなたが守ってくれるのでしょう?」
女は試すような視線を男に向けた。
「・・・・・・そうだな」
男は観念したようにふっと笑って言った。そのまま腰を抱くように女に手を伸ばしたが、女は自然にすり抜けるように男の手から逃れて微笑んだ。
「ありがとう、期待してるわ。」
「まったく、お前には負けるよ。」
男が言うと、
「勝ちも負けもないわよ。私は誰かの力を借りて強いふりをしているだけ。虎の威を借る狐みたいなものだわ。」
と、女が笑った。
「恐ろしい女だな。」
男も笑いながら言った。
「私は偉くなりたいのよ。そのためなら何だってする。ずっとそう言っているでしょう?」
女が美しく微笑んだ。
「ずっと気になっていたんだが、その何だってっていうのは、どこまでのことを含むんだい?」
男が聞いた。
「何だっては何だってよ。」
女が色っぽく微笑むと、
「体も売るのか?」
と、男が心配そうに聞いた。
「さぁ、どうかしらね?代わりに私に何を差し出してくれるか次第。」
女が不敵な瞳を男に向けた。
「何でそんなに偉くなりたいんだ?」
男が聞いた。
「さぁね、私ももう、忘れてしまったわ。」
女はふざけたように笑うと、
「もう、お開きにしましょう。」
と言った。
「フランソワ。」
男の声が急に真剣になった。
「なぁに?」
女は表情を変えずに男の方を振り返った。
「お前が好きだ。」
男が言った。
「知っているわ。」
女は微笑んだが、決して自分も好きだとは言わなかった。
「・・・知っていてくれるならそれでいいさ。」
男はそう言うと立ち去ろうとした。その後ろ姿に向かって女は呼びかけた。
「ロワル。」
男が立ち止まった。振り返りはしない。
「どうした?」
「寂しいって、こういう気持ちなのかしらね。」
女の声は少し小さく、憂いを帯びていた。
「そういうところだぞ・・・。」
男は口の中で噛みしめるように言うと、そのまま振り返らずに立ち去った。
「虚しい生き方だって分かっているけど、こういう風にしか生きられない。」
女の声は虚空に吸い込まれるように溶けて消えた。

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