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愛おしさと永遠と

 止められなかった。俺は、一体何を間違えたのだろう?数十分前にはお前とセックスしていたはずで、お前は色っぽく、無邪気に、楽しそうに笑っていたはずだった。何を間違えた?どこで間違えた?

 遺書は無かった。俺に送る最後の言葉もなかったってことかよと、半ば自嘲気味に思った。お前と俺の関係は良く言えば付かず離れずで、悪く言えばはっきりしなかった。昔は付き合っていたこともあったけど、俺が、お前の誕生日プレゼントのためにとバイトに明け暮れている間に、お前はいつの間にか他に男を作っていて、俺はいつの間にか振られていた。あの時、俺はお前を責めたよな。
「俺はお前の感性を疑うわ。」
ってさ。でもお前は、
「それでも私のこと好きなくせに。」
って、余裕たっぷりに笑って、強引にタバコの味がするキスをした。悔しいけど、否定できなかった。浮気されて、振られてもなお、俺はお前を好きだった。俺を振り回すお前が好きだったよ。いや、今もだ。お前が死んだ今でさえも、お前のことで俺の頭はいっぱいだ。

 お前は最初から死ぬつもりで俺に会いに来たのかな?会うのは久しぶりだった。別れてからも時々、お前がアポなしでふらりと俺のマンションを訪ねてくるのが嬉しかった。俺はいつも迷惑だと言っていたけど、本当は嬉しかったんだ。普通なら誰も訪ねて来ないような時間にチャイムが鳴ると、お前だとすぐに分かる。俺はにやける頬を引き締めなおして、玄関へ向かうんだ。都合の良い男でも良かった。お前の中のどこかに、小さくても俺の存在が引っかかっていてくれるなら。
 お前はわがままを言って振り回すことしか、人を愛する方法を知らない女王様みたいで、それなのに嫌われる不安に怯えているみたいに見えた。どこまでなら自分のわがままに付き合ってくれるのか、どこからは嫌われてしまうのか、いつもピンと張った糸の上で駆け引きをしているようだった。

 その顔を、瞳を思い浮かべていたら、お前との最後のセックスが蘇ってきた。お前はいつになく挑発的で、いつになくわがままで、それでいていつになく不安そうだった。
「ねぇ、自分の命と引き換えに何か一つだけ願いが叶うとしたら、何に使う?」
うつぶせに寝転んだお前は、顔だけ俺に向けて唐突にそう聞いた。滑らかな背中が色っぽいと思った。
「さぁ、なんだろ?」
一瞬、冗談交じりに「お前がほしい。」と答えそうになってやめた。
「お前は?」
俺がそう聞き返すと、
「うーん、・・・私は、誰かに私っていう存在を永遠に刻みたいなぁ。絶対、私のことを忘れられないようにさ。」
お前はいたずらっぽく俺を見て笑っていて、でも、少しだけ寂しそうな瞳をしていた。
「何だそれ。意味不明。」
俺が笑い飛ばすと、
「こーゆーこと。」
お前はそう言って俺に抱きついて、俺の首もとの柔らかい部分を思い切り噛んだ。犬歯が刺さって痛いと思った。
「いてーよ。」
俺が無理やり引き剥がすと、お前は、はははと無邪気に笑った。セックスを終えたお前は、
「シャワーの後バニラアイスが食べたい。ハーゲンダッツがいいな。」
と駄々をこねた。
「そんなの家に常備してねーよ。」
と言ったら、
「急いで買ってきて。すぐそこにコンビ二あるじゃん。」
と命令された。せっかく走って買いに行ったのにさ。バニラアイス、食べたかったんじゃねーのかよ。死んだら食べらんねーじゃん。

 一緒に買いに行こうと誘えば良かったのかな?お前を一人で留守番させた俺が間違っていたのかな?お前が命と引き換えに叶えたい願いを聞いてきた時、「お前がほしい。」って答えてたら、お前はここで死なずに済んだのかな?お前が死んでからずっと、俺はそうやって答えのない問いを続けている。これがお前の願い事かよ。意味不明。感性を疑うわ。

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