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解離性同一性障害~私がいっぱいいる

はじめましての皆様、春香と申します。お金の話とメンタルのお話を得意としています。今日は解離性同一性障害について、お話させていただきます。

解離性同一性障害とは、昔で言う二重人格です。たいていは、二重どころではなく、際限なく増えていくパターンが多いかと思います。皆様になじみのあるのは、「24人のビリーミリガン」(ダニエル・キイス著)という本ではないでしょうか。

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この本を知らない方のために、簡単にあらすじを紹介しますと、アメリカでレイプ事件が発生し、その容疑者として、ビリー・ミリガンという青年が逮捕されます。ところが取り調べを進めるうちに、彼が多重人格者だということがわかり、精神科病棟で治療を受けることになります。彼が解離性障害を負うことになったいきさつを物語として綴った本です。

「24人のビリー・ミリガン」を読んでいて思うのですが、アメリカと日本では、解離性同一性障害についての認識が全く違います。この本でもそうでしたが、否定的な人が多いにしろ、「たくさんの人格が存在する状態」というのは、ひとつの精神疾患であると認められています。たとえ、レイプという重大事件を起こした犯人であっても、その治療をしようとしています。日本に比べて、精神疾患をタブー視する風潮はありません。

日本では、ようやく「うつ病」が市民権を得ましたが、それでも、「頑張りの足りない奴」「根性のない奴」という偏見は、いまだに顕在ではないでしょうか。精神科にいくような人間は、「負け組」「アウトサイダー」という目があります。

先日、知人がコロナがあまりに怖くて、不安で眠れなくなり、テレビを見るのも怖いと言っていました。マスコミでセンセーショナルに取り上げられるので、刺激が強すぎたのだろうと思います。(たしかに、コロナ問題は大変ですけどね)そのことを内科の先生に話したところ、軽い睡眠薬を処方され、

「これでだめなら精神科だよ。そんなところ、行きたくないだろう?」

と言われたと相談がありました。結局、その睡眠薬では眠れないとの訴えがありましたので、知り合いの精神科を紹介しました。男性ですが、やわらかい物腰のお医者様ですので、彼女に合うだろうと思ったのです。

結果は吉と出ました。ゆっくりお医者さんに話を聞いてもらった、というのが大きな安心感をもたらしたようです。やはり、不安感というのは波があり、すぐに収まるものではありませんが、お薬の力を借りながら、まずは食事と睡眠を整えるところから始めているようです。心の問題も、体が資本です。まずは体力回復が先決だろうと思います。

このように、軽い不安感であっても、「精神科なんて行きたくないだろう?」と言われるくらいですから、統合失調症や解離性同一性障害などになれば、変人扱いされるのは目に見えています。

<はじめての解離現象~私の場合>

ここで、私が初めて「解離現象」とでも呼べる状態になった時のことを、お話ししましょう。小学生にさかのぼります。当時、両親の仲は別に悪い方ではありませんでしたが、母はいろいろ不満を抱えており、常に私にその愚痴を吐き出していました。子どもながらに、母をかわいそうと思い、その攻撃が父に向っていたのでしょう。

ある日。料理をするために包丁を持った手が、勝手に動くのです。父を刺し殺そうとして。本当に、私の意志とは全く無関係に動くのです。力いっぱい頑張って、その手を押しとどめるのに必死でした。最初は、「手が勝手に動く」という症状だけでしたが、その恐怖は忘れもしません。

実は、「手が生き物のように勝手に動く」現象は、散見されています。まるでオカルトのように語られますが、心理学的にこれは説明が付きます。

皆様は、無意識という言葉をご存知でしょうか。自分で律することのできる表面意識の下には、自分では感知できない無意識の世界が広がっています。この「意識」の世界は、善悪の区別のつく、理性で動きますが、無意識の世界には善悪はありません。あるのは、快か不快か。「自分」を守るためならば、どんな強烈な手段でも使います。

時には心の中で、乱暴な思いを巡らせることもあるでしょう。運動会の嫌いな子どもが「明日台風が来たらいいのに!」嫌いな先生に「あんな先生、死んじゃえ!」学校へ行くのが嫌で「学校なんか、壊れてしまえ!」など。

普段は、こんな悪意あふれる無邪気?な無意識を、がっちりと理性が抑え込むのです。たまにこの無意識の指示通りに問題を起こす人もいますが、大抵の人は、善悪の区別がつくので、無意識を抑え込むのです。

ところが、本来、表面の意識よりも、無意識の持つパワーの方が強いのです。1対9という具合に。ですから、無意識は理性の隙間を塗って、普段から時々顔を出しています。「なんとなく」嫌い、とか「意味もなく」惹かれるとか。理由はわからないけど、そういう衝動がする、というのは、無意識が顔をのぞかせているからです。

話が少し横にそれましたが、要するに、私の無意識には「父は母を困らせる悪い奴」と毎日毎日、すりこまれていったのです。幼い理性では抑えきれなくなったその「衝動」は、やがて、「手が勝手に動く」という行動に出ました。理性と無意識の天秤が、均衡を崩したのです。

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今は、このからくりがわかっていますが、当時、小学生だった私にそんな知識はありません。ただ、いつか父を殺すのではないかという恐怖だけが、私を支配していました。出来る限り、父のそばにはいかず、口もきかず、必死で距離を取りました。

この段階で、理解あるカウンセラーさんにカウンセリングを受ける機会があったとしたら、状況は違っていたでしょう。しかし、現実は、中学生になるまで、私はこの恐怖と戦い、自分の「腕」にあらがい続けていました。もう限界だと思った時、「自己催眠術」と出会ったのです。それは、自分自身に暗示をかけ、より「良い自分」になるための方法。無意識を抑え込むため、私は強い暗示を使うことを覚えたのです。

はっきり言って、これは最悪の手でした。強力な暗示を使い、無意識を強烈に締め付けるもの。一時的に効いても、より大きな無意識の反発があるのは、目に見えているからです。

そして・・・私の中に、「彼」は生まれました。私の意識が弱まった時、表に現れて他人を傷つけるもの。もう「彼」のターゲットは父だけにとどまっていません。おそらくは、私がいやな思いをする全てに向けられているのでしょう。「彼」を表に出さないために、私は、より強力な自己暗示を使い続け、精神的に消耗し、自殺を選ぶことにしました。自分と共に、「彼」を葬るために。

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それからの戦いは割愛しますが、私は「彼」を理解する方向へと変わりました。何度か自殺衝動を乗り越え、死に逃げたい気持ちを押さえつつ、なんとか生き延び、ユング心理学にたどり着きました。そこで、無意識のからくりを知ったのです。

ユングの提唱する、無意識の話を聞いた時は、感動しました。何年も苦しんできたことの原因がわかった気がしたからです。その後、いくつか増えた人格たちは、困ったことをするにしても、基本的には、私の味方であること。全て(他の人格がしたことについても)を、自分で責任を取る決意が、彼らの信用を得ることなど。

今は、「彼」は出てきません。無意識を抑え込むことが無くなったからだと思います。

<無意識のチカラ>

何度か無意識という言葉が出てきましたが、奥底にある「本当の自分」だと思えばわかりやすいと思います。私たちは、本当は嫌だけど、常識的に考えて、理性的な行動をします。無意識は「本当にしたいこと」を優先するので、そこで抑え込まれるわけです。

もちろん、人間的な生活を送ろうと思ったら、善悪の区別もつかない、原始的な無意識のいうことを、全て受け入れるわけにはいきません。ただ、あまりにも抑圧しすぎると、問題が起きるのです。無意識の力をあなどってはいけません。

精神的に安定する生活を送りたいと思ったら、出来る限り「無理のない」生活をすることです。または、自分のやろうとすることを、無意識が納得するくらい、きちんと理由づけることです。

セラピーを受けたことがある人は、無意識の恐ろしさをご存知かと思います。特にトラウマなど、心の深いところに傷があり、それをいやすために、普段は隠している傷に触れる時は、安全な場所で、一緒に伴走してくれる信頼できるカウンセラーと一緒にすることをお勧めします。傷に触れることは痛いだけではなく、狂気を呼び起こす危険性があるからです。

人によってはパニックになり、泣き叫ぶでしょうし、辛さに耐えきれず、意識を失う人もいるでしょう。平静に戻っても、得体のしれない不安にさいなまれたりします。無意識の持つパワーは、計り知れず、ある意味危険です。

しかし、適切に無意識の浅い部分、(本当の奥底は、集合的無意識と言い、個人を超えた分野だと言われています)とコンタクトを取った人は、精神的に深く熟するので、とても思慮深くなります。

安全に出来る、無意識との遭遇は、インナーチャイルドセラピーでしょう。インナーチャイルドは、取り残された幼い自分自身です。親に十分甘えられなかったとか、寂しい気持ちを伝えられなかったとか、何か、人生の宿題を残しています。その子に対峙する気持ちで、よく話を聞いてあげる、その子の感情を感じることで、取り残された幼い自分、インナーチャイルドをいやすセラピーです。

これは、トラウマを扱うほど危険ではないので、一人でも十分出来ます。インナーチャイルドは、はっきりと自覚できる、比較的浅い部分の無意識にいるものです。理性的ですし、そんなに攻撃的な子はほとんどいないと思います。いわゆる多重人格、解離性同一性障害とは別のものです。

<たくさんの人格を持つ人へ>

一昔前、ミクシーというSNSが流行していました。その中には、解離性同一性障害の投稿がかなりありました。中には、なりきりさんも混じっていたことと思いますが、かなり多くの人が苦しんでいることがわかります。

ブームのようになったこともあり、当時はかなり表に出ていましたが、最近は見かけませんね。いや、私が見ていないだけかもしれません。しかし、苦しんでいる人はたくさんいるのに、その現象をきちんと理解している精神科医も、カウンセラーもとても少ない印象があります。本当は、解離を扱える専門の精神科医の先生に、セラピーをしてもらうのが一番いいと思います。

勘違いしていはいけないのは、人格たちは、本来、みんな、自分の味方だということです。辛い経験や抑圧から、か弱い自分を守るため、生まれてきたからです。ただ、無意識界には理性は及ばず、善悪の区別がないので、時に極端な行動をとるのです。自分を自分で制御できない感覚は、混乱と恐怖を生むと思いますが、まずは、人格たちとの交流が第一歩です。

そして、全ての物事、自分の分身たるすべての人格の行動を、自分で責任を取る自覚を持つことが、大切ではないかと思います。主人格である自分が弱っている時に、困った出来事が起きて、それを回避するために、他の人格たちに責任を押し付けてはいけないということです。そこまで強くなれれば、あなたを守る必要性が薄れるので、人格たちは、あなたを信頼してくれるようになるはずです。

あくまで、私自身の経験から言っていることなので、皆さん全員にあてはまるかはわかりません。もちろん、自分自身で対応できないところは、専門家を探しましょう。とても少ないですが。私も、自己流のセラピーを自分でしました。ネットで探しても、解離を扱える精神科医とは出会えなかったのです。日本ではね。アメリカにはいるみたいでした。一時は渡米しようかとも考えたくらいです。

そして、人格たちは、あなたと同様に、精神的に成長します。あなたが精神的に強くなると、あなたを信頼し、落ち着きを取り戻してくれます。もともと、大切なあなたの分身ですから。

苦しんでいる方が、もしも私の文章を読んでくれているとしたら、少しでも参考になれば幸いです。無意識にダイブするイメージをお伝えしたいのですが、わからない方には難しいかと思います。私の言葉で自由にイメージできる人は、一度、やってみて下さい。

心の病を治すのは、精神科医でもなく、カウンセラーでもなく、自分自身です。周りの援助者に知恵をもらったり、必要であれば、お薬の力を借りて、脳内物質やホルモンをコントロールするくらい。認知行動療法もありますが、考え方=心のあり方を矯正するトレーニングは、自分自身との戦いです。幸運を祈ります。

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