「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」観ました。

タイトルからは何が何やら想像がつかなかったのですが、いざ観てみますと"TENET"以降の僕が例えるとすれば"TENET"での赤組と青組による恋愛ドラマでした。時間軸の順行組と逆行組がそれぞれ高寿と愛美で、お互いが20歳の3/15を中心点として30日間の限られた時間で繰り広げられる恋愛ドラマ、って感じで大体は説明はできると思うのですが、ところどころ腑に落ちないシーンが散りばめられていて、見終わった後1日中この映画のことで考え込んでいました。

異世界ってどこだよ、時間軸が逆って意味わかんねぇよ!それはその通りだと思いますが、僕はそんなことは大したことではないと思っていて(実際に日本のアニメではその手続きを省いても受け入れられているから)それよりも所々小道具の使い方にとても違和感を感じました。(僕の勝手な印象ですが三木孝浩監督は小道具の印象操作の監督だと思ってます)その違和感について批評されているブログや記事をインターネットの海から探しては見たのですが、なかなか見つからず、noteに書いて誰か助けてくれぇ!!!と嘆くに至った感じであります。

まず第1に、福寿愛美が途中で真っ赤の鞄を身につけていました。あれはなぜでしょうか。愛美の性格からも衣装は自分で選んだであろう比較的おとなしめの薄い色(ベージュや白といった優しめの色)であることがほとんどなのですが、なぜか1シーン(正確には2シーン)だけ真っ赤の鞄を身につけています。そのほかのシーンではベージュや青色の鞄を持っていますが、明らかに1シーンだけ意図的に赤い鞄をカメラに写して演出しています。なぜなのか?僕なりに考えはしてみました(愛美が途中から高寿に愛想を尽かして他の男と付き合った、その結果男からのプレゼントで真っ赤の鞄をもらった2又説。など..)が納得いくような説は浮かびませんでした。もしこの映画が好きすぎて、俺は(私は)福寿愛美なんだ!!くらいに熱心な方がいれば教えていただきたいものです。

第2に、高寿の実家の時代に残されている感、つまりスマホが存在する世界なのに瓶ビールを飲み、カセットフィルムの写真で写真を撮り、いかにも昔の人みたいな高寿の父が出てくる。そしてその父が1セリフだけ高寿に「金はあるか?」と聞く。高寿は「大丈夫だよ、バイトしてるし」と返す。
このシーン、息子を心配する昔ながらの父親という演出と解釈してもいいのですが、この物語の設定上違和感を覚えました。少なくとも僕はそうでした。もしかしたら高寿の父も逆行組(福寿愛美と同じ世界出身)なのではないか?と。愛美も携帯を持っていなかったように、逆行組は時代としては相対的に現代より古い世界の人々なのではないか?もし仮に父親も逆行しているとすれば第1の疑問にも関わってきます。「金はあるか?」という台詞の後に(順行組からすれば前)愛美が赤い鞄を身につけるようになる。それって、愛美と高寿父が同じ逆行組で、愛美が年をとっていくとき高寿はどんどん若くなる。大人なプレゼントはもらえない。それを案じた高寿父は取り計らって、愛美に赤い鞄をプレゼントしたのではないか?そうとも考えられそうです。(この女子高生やカップルをターゲットにしたような映画でこんな考察してるのキモオタだけでしょって、聞こえてますよ!!!)


この2つの謎について、この映画でこんなことを考察するなんて単なる無駄だと僕も思っています。でも、今この世界には無駄が足りなさすぎる。無駄を許してくれなくなっています。だからせめて、映画という嘘で塗り固められた嘘の世界の中だけでも、無駄遣いをさせてほしい。これが僕の映画に対する向き合い方です。これから先、映像表現なんて古くなる一方でしょう。映像の世紀は終わり、旬な人たちは真剣にビジネスxテクノロジーの世界で活躍していくことでしょう。だからこそ、1歩引いた場所で孤独な時間を過ごしたい。これからもどうでもいいような映画(感想)を、自分のために。

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