「悪は存在しない」2023年日本(@KBCシネマ)を福岡の映画館で見て来ました。
監督:濱口竜介、音楽:石橋英子
福岡に用事があり行って来ました。格安航空券で行くので朝早くの便に乗って午前中には福岡空港に到着していました!天神まで移動して早めの昼食を「元祖 赤のれん」で食べました!11時過ぎに行ったらこの時間に何と並んでいました!昨年はすぐに入れたのですが…。10分くらい待って入店Aランチを注文。ラーメンと半チャーハンで700円。この値段、福岡の物価の安さに驚きです!
午後からこの映画を見ようと思いチケットを購入しました!見ようと思った最大のきっかけは蓮見重彦さんが朝日新聞にこの映画のことに関して寄稿された記事を読んだからです!
これはぜひ映画館で見た方がいいよ!という言葉が書かれてありました。福岡の朝日放送系のTV局KBC(九州朝日放送)が運営している映画館。いつも素敵な作品を上映されています。
スタッフの方も映画が好き!というような感じが漂います!劇場の中には上映中の映画に関する記事や映画評などがたくさん貼られています。
劇場で見てこの映画に関する音がとても印象的でした!そもそものこの映画が生まれるための企画発案者が音楽家の石橋英子さん。彼女の依頼によって濱口監督が動き出したということらしいです!最初は音楽に合わせたプロモーション用の動画をということだったかと何かに書かれていました。それがこのようなカタチで拡がり劇映画になったと言う意味では石橋さんはその時点で立派なプロデューサーではないでしょうか?彼女の創作する楽曲が流れ、そして無音の状態から自然の中での音を拡大して劇場で聴くことが出来ます。特に薪割のシーンの音がとても印象的でした!静寂と自然の中の音、そして石橋英子の音楽、さらには俳優たちの発話までが一緒になってまるである種の交響曲を聞いているような映画とでも言えばいいのでしょうか?そんな気持ちにさせてくれる映画です!
冒頭、冬の森の中を移動する描写から始まります!カメラは完全に天に向けてあおられています。空を見上げたような感じでまっすぐに前に進んで行くというような色は限りなくモノクロームに近い、移動ショット。ジンバルを使っているのでしょうか?カメラの移動が安定しています。以前見たジム・ジャームッシュの映画ダウン・バイ・ローでカメラマンのロビー・ミュラーの林を映した横移動のショットを髣髴とさせるシーンでした。
信州の山の中にある小さなまちの物語。湧水が美味しく、住民たちはその水を使って食事を作ったり、作物を育てたり、うどん屋さんをやったりしています。40前後?の男性と8歳になる娘が一緒に住んでいます。このまちは戦後の開拓のための場所で山林を切り開き、いろんなところから移り住んで来たという経緯のあるまち。そのまちでの自然の中での暮らしが淡々と描かれます。父親(映画の中では父親とかお父さんという言葉が出て来なかったように記憶しています。なので、父親と書いているのは私の推測です。)は娘と二人暮らし。小学校の送り迎えをするのですが、作業に没頭すると娘の迎えを良く忘れてしまいます。娘は父親を待たずに延々と森の中を歩いて帰宅するのです!このまちは山のそばなので鹿がたくさん住んでいます。映画の中で、鹿狩りをしている猟銃の銃声の音が何度も聞こえて来ます。
そんなまちにある日、公聴会と言うのでしょうか?ここに大きなグランピングの施設を作るための住民説明会が行われます。このあたりから静かに、しかし劇的に物語は展開していきます。コロナ後の補助金などの恩恵もあり、それを利用して東京にある芸能事務所が新規事業としてその施設の建設を行うことになり住民説明会を行ったのです!芸能事務所のマネージャーをしている男性と女性の2名が住民の前で説明をしました。ここで率直な住民との対話が行われます。特に環境へ対する評価の問題。まさに不確実性が高く難しい問題です!それが壊れてしまうのではないか?という住民の不安も良くわかります。濱口監督の映画を見るといつも「オープンダイアローグ」についてを考えてしまうのですが、今回もまさにその「対話をしつづけて精神の深みに到達するところまでを行う」ということから全くぶれずに創作が行われていることに驚きました!とともにそのテイストが濱口竜介監督の個性なんだろうな!とも思うのです!こうした、ある種哲学的とも演劇的とも言える手法から作られた映画は平田オリザさんが率いる「青年団」の作風と通底するものがあり、私は個人的にとても共感するものがあります。そして映画はわかりやすいものでなくてもいいんではないでしょうか?ということがこの映画ではかなりストレートに語られます。それ以上はネタバレになるので書きませんが、その事があのラストに近いシーンに象徴されているのではないでしょうか?あの森の中の出来事は何だったのか?それを感じ考える映画でもある、と。
この映画はヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞しています。この時の審査員は以下の方々でした。
審査員長は『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督。審査員には『パワー・オブ・ザ・ドッグのジェーン・カンピオン監督、『イニシェリン島の精霊』のマーティン・マクドナー監督、『ベルイマン島にて』のミア・ハンセン=ラヴ監督、『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』のガブリエーレ・マイネッティ監督、『アルゼンチン1985 歴史を変えた裁判』のサンディアゴ・ミトレ監督、『シチズンフォー スノーデンの暴露』のローラ・ポイトラス監督、『青いカフタンの仕立て屋』の俳優サーレフ・バクリ、『グレート・アドベンチャー』の女優スー・チーらが参加する。
(引用元:https://screenonline.jp/_ct/17644120
住民説明会では現場担当の二人に任せて、芸能事務所の社長もグランピング運営のコンサルを行っている会社の担当者も出て来ませんでした!その後、この担当の二人が東京に戻ってオンラインでコンサル会社の方と芸能事務所の担当者の2人と社長の計4名で打合せをします。現場でお話を聞いて来て葛藤する事務所の担当の男性と女性、「このプロジェクトをやる意味があるんですか?」と問い返します!事務所の社長はあの土地を既に購入してしまっている。そして補助金の申請をしている。さらにはコロナ禍で失った大きな損失を何らかの形で補填しなければならないという現状があることを声高に説明します。コンサルは昔気質のコンサルで現場にハンズオンしないで頭だけで考え仮説を立てて計画書を作成するだけの業務をたくさんこなすというやり方。常に安全地帯にいてわかり切ったことだけを現実に沿って提示する、というカタチで描かれています。建築計画が見直されると設計のやり直しがかかりますからさらに費用負担が増えますよ!というような当たり前のことをこのコンサルは発言します!
見ていてこの映画の題名との関係を考えます。「悪は存在しない」とはどういうことか?本当に悪いことをやろうとして生きている人はほとんどいない!でも人間が何か活動をすることはそれ自体が「悪」のようなことにもなってしまう!というようなことを言っているのでしょうか?
実は自然にも同じことがいえるのでは?と思います。豊かな恵みを与えてくれる自然ですがいったん牙をむくとものすごい脅威になる。その両面を知りながら絶妙なバランスで私たちは生かされていることに気づくのだと思います。そういうような意味も含めてこの映画の題名の「悪」は人間がそもそも持っている「業」(ごう)と同じようなものではないのでしょうか?その人間の「業」をこうしたカタチで表現したものが映画として公開されヴェネチアの審査員たちが評価してくれる。決して予算をかけた大作映画ではないのですが、ものすごくインパクトのある長く心の中に残る映画作品なのではないでしょうか?濱口監督と同じ時代に生きている幸福を感じています。
と同時に音楽の石橋英子さんの楽曲が映像と相まってとても素敵。昨年亡くなられた坂本龍一さんがこの映画を見たら嫉妬されていたのではないでしょうか?そしてこの世界に坂本龍一を継ぐような才能が出てきているということに感謝しなければなりません。自然の音なども含めてのこの映画のサウンドデザインを楽しむこともこの作品の大きな魅力ではないでしょうか?上映時間106分。
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