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どうやら神様は俺にカッコつけることを許さないらしい

昔からそうだった

幼稚園児の時は、ブランコの前で好きな女の子にお花をプレゼントしその場を立ち去った瞬間、あごにブランコが当たり後ろに吹っ飛んで気を失った。

中学生の時はテニスのダブルス中だった。
このサーブを外せば負ける。そういう局面でペアの同級生に「諦めたら、そこで試合終了だぜ」と恥ずかしげもなくスラムダンクの名言をそのまま引用し、全力で放ったサーブは同級生の頭に直撃し試合終了した。

大学生の時は、飲み会で一気飲みを強要されている友達のグラスを奪い変わりに飲み干して「俺が相手するぜ」とカマしてその後ちゃんとゲロ吐いたし、社会人になってからも「あの案件どうなってる!?」と納期を忘れてい発狂してる上司に詰め寄られても、「部長…もうできてますよ!」と意気揚々に提出した書類はだいたい間違っていた。

そういえば、年賀状配達のアルバイトをしているときも、僕の働きっぷりがあまりにも良かったらしく、近所の住民から御礼の言葉が届いたそうで元旦から全従業員の前で郵便局の長みたいな人に「彼を見本にしてみんなも一層励むように!」と褒められた。その2時間後には配達間違いを起こして長に「何だてめぇは!?」とめちゃくちゃ切れられていた。

どうやら、僕の人生においてカッコつける行為またはかっこいい展開に直面すると、質量保存の法則が適用されるらしい。寄せては返す波のように、カッコつけた分痛い目に合うのだ。

なのでなるべくカッコつけないように、「あれ?もしかしてこれってカッコいい???」と思ったときも神様に見つからないようにわざとダサく振る舞ったりして今まで細々と生きてきた。

しかし、いくら気をつけていても事件は起こるのです。

        *************

その日は近所に住んでいる大学時代の後輩と岩盤浴に行って飲みに行くというどう考えても最&高の休日を過ごす予定だった

「先輩、ひさしぶりですねぇ!今日は結構話したいことあるすよ!先輩と飲めるなんてめっちゃ楽しみで今日バイト休んじゃいました!」
少しテンション高めの後輩に動揺しつつも、「なんだこいつ。嬉しいじゃねぇか可愛い奴め。」とにっこりしてしまった

普段人付き合いが悪い俺のきまぐれに付き合わせてるっていうのに…
こいつがおじさんという事以外差し引けばパーフェクトだな

スパの前で合流した我々は他愛もない会話に花を咲かせながらロウリュウで汗を流しては体を冷やし、時に水を飲み夜に備えて体を作っていた。

日も落ちてすっかり体も出来上がり、後はビールにありつくだけだと。
アサヒちゃん、キリンちゃん、サッポロちゃん、今日のビアはなにかな~と一人浮ついてる時、隣で後輩ちゃんが青ざめた表情で立っていた。

最初、十分な水分補給ができていないことによる貧血!?かと思ったが、そういうことではないらしい。話を聞いてみるとどうやらないらしい。

あれがこない、いや、あれがないらしい。

家の鍵がないらしい。

ここで有識者の諸君にとっては、釈迦に説法、講師に論語、猿に木登りかもしれないが、鍵をなくすということはめちゃくちゃめんどくさい。鍵屋を呼んで嘘みたいな方法でドアを開けてもらい、次に大家に連絡をしてドアの交換を申し出、合鍵があればそれを代用で使い、なければ合鍵を作り…とまぁもう、書いててくそだるい~~~~!!!!!!!

後輩はすでに金も時間も自由も奪われたような絶望・恐怖のどん底に陥れられた。まるで帝愛の地下労働施設行きが確定したような表情だ。この時点ですでに飲みに行くという予定から鍵どうにかして探しだすという内容に変わっていた。

まずは、一度退出したスパに戻り受付の人に鍵の落とし物がないかを確認するが、もちろん良い返事は帰ってこない。お店の人が店内を探してくれている間、後輩はもしかしたら家に挿しっぱなしかも…というので、俺はいったん自宅に戻り、原付きで後輩の家に向かう。

もちろん鍵が刺さっているということはなく、施錠もしっかりされていた。

その後後輩がやってきて「どうだった?鍵あった?」「いや、だめでした…」と報告しあい落胆した。もしかしたら窓を開けっ放しかもしれないという一筋の希望をかけて後輩はマンションの裏手に回り、2階にある自身の部屋へ行ってみるがこれも虚しく見事に施錠されていた。

もしかしたらここに来るまでのどこかで落としたのかも!!!!とスパからの道を這いつくばって探してみたが見つからない。

もうダメだ。完全に手詰まりだ。もう一度鞄、ポケット、なんなら俺の鞄の中も見てみたが出てこない。もうダメだ…こりゃ呼ぶしかねぇな…鍵のレスキューを。震える手で、鍵のレスキューを呼ぶ後輩をただ見守ることしかできない。

鍵のレスキューを呼ぶということは、この後鍵の交換が待っている。
鍵の交換をするということは、つまり…それだけの金を払う必要がある。

まぁこんな事を言うのもなんだけど、俺たちは圧倒的に金がなかった。
大学卒業後奨学金返済で600万円の負債を抱えていた俺を筆頭に、とにかく俺の周りには金のないやつが集まっていた。そう金は命より重いのだ。

鍵のレスキューが到着し、ドアの形状を確かめてる。電話の時点では、「普通のドアだったらだいたい3000円(多分それくらい)ですかね。ちょっと特殊なドアだと5000円からです。でも最悪の場合2万円です」と言っていた。

後輩は5000円しか持っていなくて、もし足りなかったら貸してほしいとお願いされたので、「それは任せてくれ。今から金を下ろしに行くのも大変だろう」と返事した。ちょうど財布の中には2万円入っていたから最悪のケースを迎えても大丈夫だった。

それでも3000円は高い。その日の飲み代と同等の金額だ。鍵を落としただけなのに…

まぁ俺が言うのもあれだけど、大したアパートに住んでなくてよかったねと思った。後輩は今から消えていく3000円に思いを馳せながらも、とりあえず家に入れるということを少し喜んでいた。

点検が終わったのか鍵のレスキューは手を止めてそして衝撃的な発言をした。

「このドアめちゃくちゃ特殊な鍵使ってるんで通常の方法じゃ開けられないんですよ」

え?このアパート実はそんなにしっかりした防犯体制なの!?

目が泳ぐ。

「通常は~~~~なんですけど、このドア防犯がしっかりしてるから~~~~なんですよね。」

話が専門的すぎて全く頭に入ってこない。

「なので見積もりが…」

い、いくらなんだね?

「2万円です。」

え、!!!!2万円!?!?!?!?!?!?


「2万円ですか!?」

なぜか聞き直してしまった。

「2万円です。いいですか?もう戻れないっすよ?もっかい探します?」

鍵のレスキューは念押ししてくるが、もう我々はやり尽くした。首を縦に振り、その作業を見守ることにした。

その後、鍵のレスキューの人は見たことのない謎の工具と謎の金属棒を取り出して、到底我々凡人では考えつかないと方法で鍵を開けてくれた。その工程を見守りながら、心で「あ、これは2万円だわ」と思った。

もう笑っちゃったよね。こうやって開けるんだって。さすがにこういうことネットに書いちゃうと怒られそうだから詳しくは書けないんだけど、もしこれがリアル脱出ゲームの最後のトリックとしても通用してしまう、そんな奇妙な開け方は、マジックショーの種明かしを見てるようだった。

そして、見事ドアは開き、俺は鍵のレスキューに2万円払って、二人で部屋に入り腰を下ろした。

「いや、まさかこんなことになるなんて…ほんと申し訳ない」

しょんぼりした顔で後輩が言う。

「いやいや、気にすんなよ。いや、しかし不運だったな…」

この時、僕の心のなかではもうお金返してもらわなくてもいいかな。っていう気持ちが芽生えていた。なぜなら後輩はこのあとも合鍵を作って、鍵の交換を大家に申し出、とかなんかもうかわいそう…そう思うとせめて今なにか少しでも力になってあげたい。そういう母性の気持ちが芽生えていた。

しかし、とはいえ2万円。これはデカイ。奨学金の返済が600万円ある俺にとって2万円は月の返済額と同等なのだ。なにかきっかけがほしい、全てをぶち壊すようななにか衝撃的なことが。

「今日は、なんか一日台無しになっちゃいましたね…」

そんな事言わないで~~!岩盤浴気持ちよかったし、鍵のレスキューのマジックショーも楽しかったよ!でもそんなこと言えない…でも…でも…

「はぁ…でももうホンマに鍵どこ言ったんやろ…くそ!」

おもむろに立ち上がり衣服を入れていたかばんを叩きつける後輩。

床に当たって飛び出る下着、タオル、財布、そして鍵。

「え、鍵!?」

思わず声が出た。そこには鍵があった。紛れもない正真正銘の鍵だ。

鞄の中も机の中も、探したけれど見つからなかったはずの鍵が今目の前にある。

「あああああああああああ!嘘だあああ!」

自分の無能さを呪っているのか発狂する後輩を見て、僕は笑っていた。人はこういう時に絶叫するんだなと。マジックショーからまだ五分も立ってない。今目の前で2万円が泡になって溶けたのだ。

そしてそれは同時に、彼に救いの手を差し伸べるチャンスでもあった。

「お金だけどさ、別に返さなくていいよ」

言っっちゃった…カッコつけちゃったな…

「え?そんなん悪いっすよ!」

申し訳無さそうに、でも少し嬉しそうに後輩が言う。

「いや、いいんだよ。面白かったし、いい思い出できたしさ。またなんかこれとおんなじくらいのピンチの場面があった時に俺を助けてよ」

「いや、ほんとすいません。ありがとうございます!もう頭上がらないわ」

そういって僕らは熱い握手を交わした。

そんなこんなでその後はお互い熱が冷めるまで談笑を続けてそしてお開きとなった。

          *************

そして、あれから一ヶ月が立った今、俺は駅のトイレに閉じ込められている。正確には、自分で鍵をかけているわけだが訳あって出ることができない。正直あんまり大きな声では言えないので、簡単にラップでお伝えします。

YOYO!チェケラ!今から始まるぜ俺のフリースタイルダンジョン

今日も今日とて励むぜ労働 教徒?に成り下がった覚えないぜ宗教
会社は上場 気分も上々 だけどやばくなる状況
俺は天下の無宗教 神の右の御手には救いを 俺の右手には運賃を

うんち、漏れそうだぜ相当 想像以上だぜ便意
焦る心と遅くなる速度は裏腹 誰か教えてくれ切り抜ける裏技 

たどり着いたぜ駅ナカ便所 個室に入ってズボンを脱いで
着席待たずに肛門が開門 ぁぁぁぁぁぁあああああああああ


すいません。リリックの途中ですがどうやらうんこが漏れてしまったようです。これは非常にまずい展開です。

着席を待たずに肛門が開門したせいでズボンが完全にやられてるんですよね。あ、今乗るはずの電車が駅から旅立っていきました。

今日は、なんか一日台無しになっちゃいましたね…自分で自分を慰める。とりあえずトイレットペーパーを使って軽く応急処置をしてみるがどう考えても外に出れる気がしない。

となるとまずやることがある。スマホを取り出して上司に電話だ。

「あ、もしもし。あ、はい。あの。ちょっと今日体調悪くて…今病院に来てて、、はい午後からは出勤します。ご迷惑おかけいたしますがよろしくお願いいたします。はい、失礼いたします。」

「熱が出ないと学校は休めない。」そういう教育を受けて育った子どもたちは、大人になっても熱が出ていない限り会社を休むことができない。それが例え圧倒的に不利な状況に追い込まれていてもだ。

そうこうしている間に、第二波が押し寄せてた。もうすべてを諦めてしまっても良かったのだが、これ以上被害をもたらすわけにはいかない。どうにかしてズボンを脱いで床に置き、よごれた太ももがこれ以上悪さしないようにスクワットの一番しんどいポジションをキープしつつ本日二度目の御開帳を終えた。俺がアイザック・ニュートンなら多分今万有引力の法則を発見したと思う。

そして、ジャケ(NO)パンスタイルで洒落込みながらこれからの動向について考えていた。このままこの場に居座り続けるわけにもいかないが、もう今床に転がるズボンを履く気になれない。かといってこのまま外に出るわけも行かない。今必要なのは、変えのパンツとズボンだ。

万策尽きたか…と思われたが、1つだけまだ方法があった。誰かこの辺に住んでいる知り合いに電話して、助けてもらうしかない。しかし、こんなド平日の朝っぱらから助けてくれる人なんているのか…

いた、一人だけいた!

後輩だ!

あの2万の後輩に電話をして助けてもらうしかない。今この街で俺を助けてくれるのはあいつしかない…渡りに船、捨てる神あれば拾う神ありだ(適当

すがる思いで後輩に電話をする。

プルルル、プルルル。

数回コールが続き

そして

「はい。もしもし」

救われた!!!!いや、まだ気が早い

「あ、おはよう!突然ごめん!今からって予定ある?」

「え、あーこれからバイトなんで家出ようかと思ってました」

救われた!!!!
危なかった。後少し判断が遅れていたらもう取り返しのつかないことになっていた。

「………実は今駅のトイレに閉じ込められてて…本当に申し訳ないんだけど、スエットかなにか持ってきてくれない?」

「いいっすよ!ちょっとまっててください!」

こうして僕は、見事トイレから脱出することができた。

あの日、鍵をなくて家に入れなかった後輩が、今度はトイレから出れなくなった俺を救ってくれたのだ。

それからも、電車で絡まれてる女性を助けたら絡んでたおっさんに「ああああ?なんだてめぇ?あ、え、口くっせぇ~~」と煽られたり、「この見積もり提出してOK?」と上司に言われて「完璧です。行きましょう」と自信を持って返事したらだいたい間違ってるそんな日々を過ごしています。

拝啓神様、そろそろ許しちゃもらえないでしょうか?

そう思うのであった。

fin

#キナリ杯

あなたの応援が血となり肉となり、安い居酒屋で頼むビール代に消えていかないようにがんばります。