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パラダイスはどこか―『地方にこもる若者たち』

 昨年夏、「モールの想像力」という企画展を見に行った。「ショッピングモール」が若者の集う場となっていることや、文学やミュージックビデオで重要なモチーフとして度々登場していることを取り上げており、小さい展示ながらとても面白かった。


 阿部真大『地方にこもる若者たち――都会と田舎の間に出現した新しい社会』も、ショッピングモールが若者の重要な拠点となっている、という話から始まる。岡山県に住む若者を調査対象とし、「余暇を過ごす場所」や人間関係の満足度について聞いた調査結果から見えてくることをまとめている。

 


 第1章の冒頭からして印象的だ。

 

岡山県倉敷市は歴史の街として知られている。(中略)しかし、ひとたび駅の北側に出ると、まったく違った風景が広がっている。いや、「違った」と言うより「見慣れた」と言ったほうが正確かもしれない。それは現代日本を生きる私たちにとって見慣れた郊外の風景、自動車とトラックがひっきりなしに行き交う広い国道とそれに沿って立ち並ぶ巨大なロードサイド店と広大な駐車場の風景である(p.10, 12)


 名所が多く街並みの美しい場所として知られている倉敷市のもう一つの側面。私は倉敷市に行ったことはないけれど、これはとても「わかる」風景だ。私の地元も観光地だが、広い駐車場と郊外にデンと立つショッピングモールも、また「地元の景色」で、何なら観光名所より馴染みがある。

 ショッピングモールとの距離感も私にはわりとわかりやすいものだった。たとえば、著者は調査対象者の回答から、イオンで売られている服は「楽しむための服」、地元のチェーン店の服は「必要のための服」になっているとまとめている(p.21)。これはまったく同じ感覚を私も抱いていた。イオンに服を買いに行くときは「出かけるため」や「東京に旅行するときのため」で、地元の安いチェーン店の服は「汚してもいい」くらいに思ってた(実際、本書でインタビューされる人たちも、そうした服は「汚れてもいい」と言っている[p.22-23])。
 そんな楽しみが揃うイオンは「ほどほどパラダイス」だ(p.32)。調査対象者たちは、「田舎」はつまらないが、大都市は暮らすには不向きだという。その中間に位置するのが「ほどほどに楽しい地方都市」だ、というのが著者の見解だ(p.33)。そこから「ほどほど」の地方都市が好まれる傾向を批判的に見ていくのだが、この「ほどほど」というのは、私にはわりと「わかる」感覚だった。いまは大都市に住んでいるが、引っ越すとしても地方都市がいいと思っている。私は「田舎」住まいだったので、地方都市に行くだけでもけっこうなお出かけだった。


 面白いことに、若者論の一つとしてJPOPを分析した章がある。B'zやミスチルの曲を通して「地元」と「若者」の関係の変遷を追っていくのだ!あとがきによると授業を基に書き下ろした章らしい。社会学の本だけれど音楽分析としてとても参考になると思う。私が、ここで取り上げられているグループの曲が苦手な理由もわかった。


 「現在篇 地方にこもる若者たち」の章をもっと読みたかったけれど、「現在」「歴史」「未来」とコンパクトにまとまっていて読みやすい。出版が2013年なので、今はもっと変化しているのかも。

 ところで、この本ではアヴリル・ラヴィーンのミュージックビデオにショッピングモールが使われていると書かれていたけれど、最初に書いたショッピングモール展では、ビリー・アイリッシュのショッピングモールを舞台にしたミュージックビデオが流れていたので、アメリカのポップカルチャーとショッピングモールのつながりって強いなーと思った。

 『地方にこもる若者たち――都会と田舎の間に出現した新しい社会』
阿部真大、朝日新書、2013年、760円+税

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