【あつ森】World's End HappyBirthday もう1人の僕のエピローグ】
灯火も僕も、「もう一度」の人生。
灯火は恋を叶えて、それなら僕は?
新作短編です。
ワドハピ最終章の後日譚、雪くんのお話。
最終章と、灯火のエピローグはこちらです✨
1.氷の世界
四季咲 董子の誕生日、魔法の夜から1週間後。
僕ー『天野 雪』は、氷華さんに呼び出されて四季咲家を訪れていた。
遥か遠い昔に存在した、冬の精霊の氷の城を思わせる、白亜の洋館。
その奥の奥、氷華さん専用の応接間で、優美なアンティークの執務机に向かう彼女と相対していた。
4月も半ばの午後2時。氷華さんの背後の巨大な窓のようなスクリーンには、常に星の瞬く藍色の夜空が映し出されていた。
「今回の件、よくやったわね。
普通の人間の身体で、冬の精霊の氷の杖の力をあれだけ引き出せるなんて。」
「前世のスノウの力には、遠く及びませんでしたが…おかげで無事に事態を終息させることができました。
ご協力ありがとうございました。」
僕は氷華さんに頭を下げた。
正直なところ、冬の精霊の氷の杖の力を借りても前世の10分の1くらいしか力を発揮できなかった。
ついでに身体もぼろぼろ。
灯火と光はもっと重傷だったけれど、董子の花の魔法に治癒能力があったらしい。
いつも通りの生活が送れるくらい回復してよかった。
僕が頭を上げると、氷華さんは僕の目の前に、高く積み上げられた紙の束をばさっと置いた。
「…というわけで。
氷の杖のレンタル代金10万ベル、
博物館までの橋の撤去•再設置費用19万8000ベル、
博物館までの道の工事費用20万ベル、
校舎裏の原状回復工事費用50万ベル、
博物館前広場及び学校周辺の人払い、人件費…
諸々合わせて120万ベル。
あなたに請求するわ。」
「支払えるかしら?
今回の活躍に免じて、将来払いでいいわよ〜。」
「…………お金ならあります。」
僕は持参してきた銀色のアタッシュケースを机上に置き、氷華さんの前で開けた。
中にはベルの札束がぎっしりと詰められていた。
おそらくこうなることを予測して、事前に準備してきたのだった。
「あら。いい子ね〜。早期弁済ありがとう。」
氷華さんはうっとりと嬉しそうに笑った。
「お礼にいいことを教えてあげるわ。
あなたが今回の事態を予知した夢見の能力、あれは魔法の力ではないわね。
魔法が世界から消えた代わりに、別系統の新たな力が世界に生まれている。
あなた以外に、もっと自在に夢見の能力を使えるひとを、私は1人だけ知っているわ。」
それは僕も感じていたことだった。小さい頃から、断片的な予知夢を見ることがあったから。
氷華さんが言っているのは彼女のことだろうか…。僕も夢見の中で出会ったことがある。
「やはりあなたは貴重な存在ね。
けれど、それ以上に…
あなたの双子の弟、『灯火』。
正確にはもう1人のあなたと言ったほうがいいかしら?
別人格の別個体だけれど、元々は同一の存在。
あの子の存在は、この世界で希少すぎる。
魔術師スノウが最期に、世界中の優しいもの、美しいものを思い描いて、こうなりたいと願って生み出した『トーカ』の生まれ変わり。
消え去るはずだったスノウの人格までも現世に連れてきてしまうほどに、あの子は優しすぎて綺麗すぎる。
今回の件で、あなたを守るために使った魔法もそう…『アンタレスの炎』、自己犠牲も厭わない、爆発的な威力だったわね。
きっと狙っている者も沢山いるわ。
あなたたちの周りでは、これまでも奇妙なことが起こってきたけれど、あなたが灯火くんの知らない所で解決してきた…。
けれど今回の一件で、灯火くんも気づき始めているのではないかしら?
これからのあなたたちがどうなるか、楽しみね。」
氷華さんはそう言うと、ふわりと椅子から立ち上がり、僕に向かって近づいてきた。
白蛇が獲物を狙うような目つきだった。
「氷華さん…、何を企んでいるんですか。」
「そうね…。
冬以外も生きられるようになった今…、欲しいものは沢山あるの。
私とあなたたちなら、また世界を思いのままにすることだってできるわ。」
世界を終わらない冬に閉じこめたあの時のように、僕の耳元で甘く囁く。
「興味ありません。」
「あら、そう…。その気になる日を、いつまでも待っているわ。」
氷華さんは少しだけ寂しそうな顔をすると、真剣な眼差しで僕を見つめた。
「あなたたちは、一方の幸いのためだったら躊躇なく全てを投げ捨ててしまえる。自己防衛本能の一種ね。
でも、それでいいのかしら?
折角2人とも生きられるのだから、2人とも幸せになりなさい。」
「…はい。」
僕は四季咲家を後にする。
ひんやりと張り詰めた空気から、4月の午後の陽光に包まれてほっとする。
はあ……。120万ベル、いつもなら一括で払える額じゃなかった。
先週カブで一山あてておいて、本当に助かった…。
僕は夜型で朝にも弱くて、本当は日曜だって昼まで寝ていたいのだけど、カブを買うために頑張って毎週早起きしているのだった。
僕はゆっくりと歩いて家へと帰っていく。あれこれと考えごとをしながら、川沿いの遊歩道にさしかかった。
今回の件、氷華さんや董子が本気を出せば、すぐに解決できた話だった。
けれど、氷華さんは「これはあなたの因縁よ」などと言って僕たちに解決させ、貸しを作り、自身は優雅に事態を鑑賞していたのだ…。
もっとも、無形的な恩を売るより、すっきり精算できるお金の形で請求してくれたのは、ある意味良心的なのかもしれなかった。
そして、僕たちの窮地を救ってくれた指輪の石。
あれは確かに本物の魔石だったけれど、中に封じられた魔力量はおそらくわずかなものだったのだろう。
董子が指輪を持って駆けつけるまで、僕もあの魔石の存在に気づいていなかった…。
春休みの間忙しすぎて、実際に灯火が指輪を作っているところは見ていなかったし、僕の部屋にあった氷の杖と魔石の気配が強すぎて、かき消されてしまったようだ。
そんなわずかな魔力でも、春の精霊が活躍するには十分だった。
春の精霊モードの董子は、灯火と僕たちがぼろぼろにされた怒りも相まって、亡霊を封印するどころか、浄化して時の彼方へ消し飛ばしてしまったのだ。
しかも気を失った灯火を、軽々と抱き上げて治療していた…。
董子、ふんわりなお嬢様のようで、何気に素のフィジカルの強さも凄いよな…。
おそらくあれだけの力を発揮したのは、董子自身の力もあるのだろうが、灯火が指輪に込めた想いの力も作用したのかもしれない。
きっとあの指輪は、これからも彼女のことを守ってくれるだろう。
橋から川を眺めると、川面に自分の影が映っていた。
灯火も僕も、「もう一度」の人生。
灯火は恋を叶えて、それなら僕は?
僕もあんな風に、まっすぐに誰かを好きになったりできるのだろうか。
前世で大人になれなかった僕は、今度こそ、ちゃんと「大人」になりたい。
2 ケーキとクッキー、それから紅茶
家に帰り着き、玄関の扉を開けると、甘い香りが漂っていた。
あれ?僕たちのものじゃないスニーカーと、ショートブーツが並んでいる……。
灯火から聞いていなかったけど、光と董子が遊びに来ているのだろうか…?
リビングの方からとことこと、エプロンを着けたスピカが出てきて迎えてくれた。
「おかえりなさい、雪さん。みなさんお待ちですよ。」
スピカの後ろについてリビングに入ると、ダイニングテーブルの上に、彩り鮮やかなケーキやクッキーがたくさん並んでいた。
「あっ!おかえり、雪。」
キッチンの天蓋付きカウンターの向こうから、カフェエプロンとキッチンミトンを付けた灯火が、ハムスケと一緒にぴょこっと顔を覗かせた。
「おかえりなさい。」「おかえりー!」
やっぱり董子と光もいた。
灯火がフルーツカップケーキの乗ったお皿をキッチンから持ってくる。
「雪にたくさん助けて貰ったお礼に、みんなでお菓子を作ったんだ。」
「こんなに沢山…すごいな…。」
素直にびっくりしてしまった。
「雪くん、この前は助けてくれてありがとう!」
董子がふんわりと咲く花のように微笑んで言った。
確かに董子のことは博物館前で助けたけれど…むしろ最終的に助けてもらったのはこっちの方だ。
「うん…。怪我がなくてよかった。僕の方こそ、駆けつけて助けてくれてありがとう。」
董子にお礼を言って、ダイニングテーブルの椅子に座ると、目の前にはハロウィンのクッキーのお皿があった。
……?今は4月だけど…?
「あっ!それ、俺が作ったんだ!
魔法が使えたお礼だから、魔法っぽいのがいいかなって!」
訝しげな僕の視線に気づいたのか、光がぱあっと弾ける笑顔で言った。
やっぱり光が作ったものだった。
突飛な発想だけど、そう言われると妙に納得してしまう。
「俺たちさ、前世でも一緒に戦ったことってなかったじゃん?
憧れのスノウ様と一緒に戦えて、念願叶って嬉しかったよ!」
「…そうだな。
光の機転のおかげで亡霊をかなり弱体化させられたよ。ありがとう。」
前世ではきらきらした憧れの眼差しを向けられて、どうしたらいいか分からず冷たくあしらってしまった気がする…。
こうやって仲良くお菓子を食べる日が来るなんて、思いもしなかった。
「はい、紅茶も淹れたよ。」
灯火が僕の前に空のティーカップを置いた。
器用な手つきで陶器のティーポットからティーストレーナーで茶葉を漉して、透き通った琥珀色の紅茶を注いでくれる。
漉された茶葉には小さな花びらが残っていた。
湯気とともに、ベリーのような甘い香りが立ち昇る。
青い矢車菊と向日葵の花がブレンドされた、僕の好きなジャルダンブルーだ。
みんな席について、和やかなおやつタイムが始まった。
ケーキはクリームの口当たりがなめらかで、フルーツの甘さが瑞々しい。
クッキーはさくさくとバターの風味が香ばしく、アイシングの甘さを引き立てていた。
「…美味しい。」
自然と言葉がこぼれていた。
灯火が隣で微笑んでいる。
「よかった。カイゾーさんが教えてくれたんだ。
愛をこめれば自然と作りも丁寧になるって。
料理もきっと、そうだよね。」
春休みの初日、僕は旅に出ていた。
長い長い旅のようだった春休みは終わり、満開だった桜は散って、今度は庭の薄紅色のハナミズキが空に向かって沢山の花をつけていた。
ハナミズキの花言葉は「返礼」。
僕が願っていた穏やかな春が、ここにあった。
おしまい。
🌟最後まで読んでいただきありがとうございます🥰
雪くんが借りを返し、お返しをもらうお話でした💐
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ワドハピあとがきと、『春はどこへ行った』の未発表短編も今後投稿予定です🌸
🌸はるどこch
🌟制作パートナー ゆりーなちゃん
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