小さな春乃の大冒険 IN カナダ!
Have a good night! 同僚と今日最後の言葉を交わし、私は職場を後にした。
昼間の雨がいつの間にか雪となり、ツンと冷え切った空気がマスクの隙間を抜けてやってきた。私はコートの帽子を深く被り直し青信号になるのを待った。
2018年2月1日
はるのの大冒険が始まった。この道を行くと決めるまでの数ヶ月、私は多くの葛藤の日々を過ごした。
幾度となく襲ってくる不安と恐れ・・・しかし、先の見えない恐怖に勝る強烈な感情が私を突き動かした。
「このままじゃいかん!」
「はるカレーをこのまま続けていても成長幅は低い」
という感覚があり、
「一度はるカレーを離れる」という決断に至ったのだ。
2021年1月中旬
私はトロントの夜道を歩きながら今までの旅を振り返った。
苦悩の連続
Hi, I try to improve my English! 私は何度も口ずさみこのフレーズを練習した。
しかしホストマザーを目の前に、緊張のあまり完全に目が泳いでしまった。そんな記憶が昨日のように蘇る。
トロントに来て3ヶ月後に見つけた初めての仕事場はレストランのキッチンであった。
私は無我夢中で働いた。
なぜ怒られているのかもよく分からず、納得のいかないことの連続だった。
しかし、言葉を聞き取れない中での仕事環境は私を大きく成長させた。
1年間の就労ビザが切れるころ、もう一度自分の進路を考えた。
高崎(はるカレー)に帰るべきか否か・・・。
「まだ帰れない・・・」
「ただいま!」と胸を張って言える自信がなかった。。。
「料理の基礎とお店の経営をゼロから勉強しよう!」
手探りでやってきたお店の運営はもちろん上手くいかず悩みの種であった。
そして何より料理に劣等感を感じていた私は料理を全て父に任せてきた。
そんな自分とさよならすべく、私は立ち上がった。
しかし、大学で専門教科を学ぶ為の語学力が足りなかったため、再び猛勉強の日々が始まった。
2020年1月
無事に大学入学。挑戦の日々が始まった。
私は授業について行くべく毎日の予習復習は欠かさなかった。
そして1ヶ月かけて探し回った新たな仕事場もようやく見つかり猛烈に忙しい日々を過ごした。
・・・しかし仕事を初めて間もない頃、私は40度の熱にみまわれ急きょ病院に運ばれた。
そしてそのまま入院することに。
食も喉を通らず涙ばかりをながす日々が始まった。
「苦しい、辛い、」。
始まったばかりの学校生活は苦難の連続だった。
学校では聞きなれない専門用語が飛び交い、ネイティブと同じフィールドで学ぶ環境に私はなかなか慣れることが出来なかった。
そしてそのストレスは少しずつ私の体力を奪っていったのである。
「おとうさん、もうダメ。ごめんなさい・・・」
私は思わず父に電話した・・・。
「そうか、はるちゃん、よく頑張った。もう帰っておいで。」
父の優しい言葉がさらに私の心を苦しめた。
状況を知った友達が駆けつけてきてくれ、熱が完全に引くまでの数日間、毎日看病してくれた。
“ We are always with you”
そんな友達の優しさに触れ、私は再び立ち上がった。
予期せぬ試練
2021年3月16日
トロントの街がコロナ感染の拡大によりロックダウン。
学校への通学が禁止され、更に職を失った・・・。
やる気に満ちていた最中の出来事であった為、ショックは大きかった。
ロックダウン以降は全ての授業がオンラインに切り替わり生活環境が大きく変わった。
2020年7月
前代未聞!自宅での調理実習が始まった。
(本来なら学校で行う調理を自宅で行った)
限らてたキッチン道具と小さなスペースで与えられた課題
(一度に3〜4種類の料理)をこなす。
まず、シェアハウスで暮らしている私は、自宅勤務中のルームメイトの邪魔にならないように調理時間を設定し、
実習中の約4時間キッチンを使わしてもらえるように交渉した。
次に、食材の調達!一週間の実習内容を確認して必要な食材をリストアップ、街のシェア自転車を走らせて3~4店舗をまわった。
もちろん全ての食材を買っていてはコストオーバーしてしまうので、すでにある食材での代替えを考えながらの作業である。
休む間も無くやってくる課題のレポート提出期限・・・。
心が折れそうになった。投げ出したくなた。
それでも友達と励まし合いながら乗り切った。
今になっては、あの夏の日差しが照りつく中の買い出しは楽しい思い出となった。
そして、この前代未聞の挑戦を乗り越えたことは、私の自信に繋がり、私を大きく成長させてくれた。
2020年9月
新学期が始まり、半年ぶりに学校への入校が許された。
私のクラスは早朝スタートの為、日の出前に家を出た。
久しぶりの学校に緊張と胸の高鳴りと複雑な感情が私の表情を強張らせた。
環境がガラリと変わってしまった校舎はすべての椅子が取り払われ、あの学生で賑わっていたフードコートは閑散としいた。
人との距離を取りながらの調理実習にはじめは戸惑った・・・
”Keep distance keep distance” / 「物の貸借り禁止!」 シェフが監視官となり大きな声で現場を仕切った。
料理の仕上がり時間はいつも私が最後。
マイペースな私はいつもお尻をペンペン叩かれているようであった。
自宅での調理実習では学べなかったチームワークを、仲間との調理実習を通して学んだ。
こうして私は学校で同じ夢を持つ同士と一緒に切磋琢磨しながら共に調理実習が出来る喜びをかみしめた。
料理の難しさに毎回ぶつかり、悔しい思いを繰り返したがそれ以上に仲間やシェフから学んだことは一生の宝物である。
そして、2020年の暮れ、私は学校での実習を無事に終えた。
2021年1月
私は次のステージに足を踏み入れた。職場実習のはじまりである。
コロナ渦で世界中の飲食業界は悲鳴をあげている。
あの大手スターバックスも全ての雇用を中止した。
私は実習先を探しに幾つかの店舗を周ったが良い返事はもらえなかった。
この状況下では百も承知だが、私は実習場所を見つけなければならなかった。
そしてついに、1件のレストランが申請を承諾してくれた。
給料はゼロだが、経験を積ませてもらうチャンスを得ることが出来た。
この旅を終えて思うこと・・・
あの時の辛さや苦しみ=成長痛
成長痛の分だけ私は成長できたんだから、結果オーライ!
そして私は思う。
「今なら胸張って高崎に帰れる!」と。
・・・おっと危ない、最寄りの駅を降り過ごすところだった。。。
私は電車を降り、シンシンと降る雪の下、これからの未来について思いを馳せた。
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