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呪詛の戦姫

【壱】

貧しい小さな村が軍の侵略を受け制圧された。
その際に死者が数名ほど出た。

兵士達は決して悪逆非道ではなかった。
必要以上に多くは殺さず、
村人達の嘆願にも耳を貸した。

略奪と陵辱を行わないことを条件に
村はなけなしの食料と金品、
そしてひとりの少女と老人を差し出した。
少女は色白で透き通るような金髪、
また豊かな胸をしていた。

慰安婦とその世話係という形で
少女と老人は軍に囲われた。

だがそれは戦禍を被った村人達の呪詛だった。

【弐】

慰安婦となった少女は、その器量の良さで
たちまち兵士達を虜にした。
少女が感情を表に出すことはなかった。
ただ押し付けられる運命に身を任せた。
老人は何度も穢される少女の体を丹念に拭き
かいがいしく身の回りの世話をし続けた。

老人と少女。
ふたりが祖父と孫ということは皆知っていた。

兵士達は少女をかわるがわる抱いた。
だが根が朴訥な青年である兵士達の心には
次第に罪悪感が芽生えていった。
彼らも徴兵されるまでは普通の男だったのだ。

膨れ上がる罪の意識から逃れるため、
やがて兵士達は少女を“皆の妻”として
愛でながら抱くようになった。

【参】

少女は誰のものとも知れない子を身篭った。

すると兵士達は少女を母として扱い始めた。
彼らは一妻多夫制によく似たかたちの
ある種の家族意識を持ち始めたのだ。

一方、老人は日に日に膨らむ少女の腹に向け
何かを囁き掛けていた。

十ヶ月後。女の子が生まれた。
母によく似た金髪の子だった。

彼女は生まれながらにひとりの母と
大勢の“父達”を持っていた。

産後しばらく経つと、少女は再び
皆の妻として愛でられ慰み者となった。
そして娘は殺戮と性からなるべく遠ざけられ
皆の子として大切に扱われた。

奇妙な集団の中で彼女の幼少期は過ぎた。

【肆】

破滅は突然訪れた。戦況の悪化だ。

敵軍の奇襲に遭い、軍は壊滅した。
少女も老人も戦いに巻き込まれて死んだ。

残ったのは“娘”、そして“父”のひとり。
恐らく遺伝上の父ではないであろう若き兵士。

“母”は死の間際、その若き兵士に娘を託した。

皆の妻、母とされた少女の最初で最後の願いは
娘を連れて逃げて下さい、というものだった。

【伍】

ふたりは戦場を抜け出した。
それから旅人に扮して諸国を放浪した。

仮初の親子は様々な土地を巡った。
平和な地で少しの安寧を楽しんだりもした。

数年後、ふたりは捕らえられた。
敵国の追っ手だった。

“父達”がかつて侵略した村を元々治めていた、
そして数年前に軍を壊滅させ皆を殺した敵軍。
ふたりはその国へ連行された。

【陸】

“父”は激しい拷問を受けた。
暫く無言を貫いていたが、痛みに耐えきれず
“娘”の生い立ちを洗いざらい明かし、死んだ。

まだ十にも満たない彼女は役人を通して
すべてを聞かされた。

優しかった父達。美しかった母。
大事にされていた記憶。
卑怯な不意打ちで皆を殺した憎い敵の兵士達。
旅の間ずっと守ってくれた最後の父。

全てが音を立てて崩れていった。

役人は同情的だった。
だがその生い立ちはあまりに重すぎた。
戦争の災禍が生んだ私生児の孤児は、
放免という形で捨てられることになった。

「わたしを軍人にしてくれ」
放免の直前、彼女は自らそう志願した。

【漆】

彼女の素質は優秀で、
少年兵の中でめきめきと頭角を現した。

体力こそ男にやや劣るものの、
体捌きは男以上に鋭く、銃の腕も良かった。
また窮地における判断力が群を抜いていた。

初陣は齢十三。大人の敵兵を四人殺した。

母を死に追いやったこの国も憎かった。
だが彼女は“父達”の国をより強く憎んだ。

頭の中に声が響く。
決して許すな。
それはかつて母の腹に囁きかけていた
あの老人、曽祖父の呪詛だった。

【捌】

武勲を挙げ、数百の兵を統率する将となると
彼女は指揮能力の高さを発揮した。

攻めより守りを得意とし、
地形と策略を活かして要塞を堅く守り抜き、
時には寡勢で打って出、多勢を打ち破った。

そしてどんな時も決して笑わなかった。

作戦成功、戦闘の勝利、宴の席などでも
その笑顔を見た者はひとりもいなかった。

十六になった彼女は「戦姫」と呼ばれていた。


※続かない
これは夢で見た内容を元に書いた話で、
ここで目が覚めたので終わりです。

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