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国籍の違いを否が応でも突きつけられるこの未曾有の事態について

数ヵ月ぶりに note を書きます。
久しぶりなので、まともな文章になるかどうか分からないのですが、今の想いを残すという意味で綴ってみようと思います。

今日、note を書こうと思ったのには訳があります。
実のところ、ロシアとウクライナの戦争が始まってから、アイルランド居住者として周りから感じたことを note を書こうと何度か思っていたのですが、怠惰な性格のためずるずると書くことを引き延ばしていました。
重い腰を上げたのは、明日、ウクライナからの避難民の方々に会う機会が出来たためです。彼ら彼女らと話す前の自分の気持ちを残しておこうと思ったのです。


アイルランドに来てから、ロシア人の友人が何人か出来ました。東欧出身の友人達も。国を挙げると、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ジョージア(モルドバ)、クロアチア。
多国籍が溢れているように見えますが、別に私の周囲が特殊な訳ではありません。というのも、アイルランドは IT や医薬品の分野で、海外から専門職を呼び込んでいるため、人材が入ってきやすい環境にあるからです。
加えて、EU内で日常会話が英語である唯一の国なので(英国がEUから抜けてしまいましたからね)、子供の教育を考えてEU圏内で移住してくるパターンもあるようです。

この戦争が始まり、最も驚いたことは、ロシアとウクライナの双方にルーツを持つ人が非常に多いということ。友人達から改めて聞いたところ、本人はロシア人(ロシア国籍保有という意味)でも、親のどちらかがウクライナ人だったり。ロシア出身なのよ、と聞いていたのに、実はウクライナ人だったり。で、ロシア人と結婚していたり。
そこまで双方の血縁的な関係が深いにも関わらず、今回の(侵略)戦争が起こるという事態が、正直私には理解できません。それぞれの国にルーツを持つ一般市民の気持ちはいかばかりかと思うと深い鬱屈を感じます。

さて。
人のルーツが絡み合っているという点から、思い出した画像があるので以下に貼っておきます。
近代のヨーロッパの国境遷移のビデオです。目まぐるしい変化。ヨーロッパ諸国の人々と日本人とが、全く違う世界観を持っていることが腑に落ちる、ような気になります。。。
政治経済的視点で引かれる国境線。
自らのルーツを辿る民族という括り。
信仰する宗教。
時空間的に入り乱れる中、個々人はどのように折り合いをつけているのか。容易く理解できるとは思えませんが、折を見て勉強していきたいと思います。

ここからは、友人達から聞いた第二次世界大戦や冷戦時代の名残の話を散文的に綴ります。

  • 我が子の遊び友達であるポーランド人の子供曰く。彼女のおじいちゃんの足には銃弾の後が残っている。

  • 私と同年代のスロバキア人の友人の話。彼女の親はロシア語も話せるそう。昔はロシア語が公用語だったから(?)。

  • 私と同年代のリトアニア人の友人の話。軍隊経験6年あり。兄弟やいとこは今も軍にいる。話してくれた彼の口ぶりからすると、軍に入るのはごく自然のことのよう。

  • 私より少し年上のハンガリー人の友人の話。ハンガリーにいた頃(冷戦時代)に聞いていた西側諸国の話と、今のアイルランドで体験する西側諸国は全く違う。

  • 私より10歳ほど若いロシア人の友人の話。ロシア(特に老人や、地方居住者)は、国営放送の言う事しか聞かない(←この話を聞いたのは、かれこれ3年前)。彼らは、ずっとこの件を憂いていました。当時の私はさほど深刻に捉えず(日本人的な思考回路で)、母国に対する謙遜でそういう表現をしているのかな、と軽く考えていたのですが、現在のこの状況ではとても深刻な話題だったと分かりました。

以上。とりとめもなく、書き綴ってみました。

出だしでも少し触れましたが、明日は、母国から避難してきたウクライナ人の方々に会ってきます。
どうしてそのような機会に巡り合ったかと言いますと、、、

アイルランドは今までにウクライナから数万人の避難民を受け入れています。身寄りのない方はホテルに一時的に滞在し、家を探しています。
このホテル一時滞在中の際に、子供達はやることがなく、非常に退屈しているとのこと。で、私が普段お世話になっている市民団体が、アートやヨガなどのボランティアを募集していたので、折り紙を教えに行くことにしました。
アイルランドでは市民の自主的な活動が活発です。Facebookでも地元密着のウクライナ避難民のサポートグループが立ち上がり、自ら出来ることを自然にする風潮です。ただし、今回のような国家間の戦争の場合、ロシア人が直接ウクライナ人にサポートしに行くことは難しいだろうということは想像に難くありません(仮に日本が周辺諸国と紛争になった場合、相手国の人と新たに知り合うことは心情的に難しいですよね)。
ということで、アート系WSが出来るロシア人は、恐らく明日は来ないのではないかと思っています。そんな時には、アジア人の私。バトンを繋ぎあって、サポートしたいと思います。

明日の折り紙WSでは、正直、彼らにどのように接すればいいのか。今も悩んでいますが、気分転換の一助になりますよう頑張ります。

オチもまとめも無いので恐縮ですが、ここまでお読みくださりありがとうございました。


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