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覚え書き

あなたは今ここで、この画面を見ている。あなたの水晶体が光を集めて、網膜に当たった光は小さな電気信号になる。イオンが細胞を出たり入ったりして、シナプスの間を神経物質が流れていき、身体中で化学反応が起きている。あなたの小さな体は今もばちばちと光っている。そうやってあなたはこれを読んでいる。そうやってこの文章もいつか書かれた。

あなたが生まれた日から、運が良ければあなたは100年より長く生きる。次の世紀を見られるかもしれない。だけどどうしたって死ぬ。先のことは分からなくとも、それでもその日は確実に来る。明日かもしれない、明後日かもしれない、一ヶ月後かもしれないその日は確実に来て、墓石に刻まれる。あなたはいつか息を吸って、吸ったきりもう二度と吐かなくなる。あなたは決して23世紀を見ない。それなのに、あなたの死んだ後にも人は生まれ、物語は生まれ、あなたの決して出会えないものが生まれる。だから、精一杯愛してほしい。あなたが持てるものを愛してほしい。思い描いたもの全てにはなれないのだから、思い描く全てが手に入るわけではないのだから、あなたが持っているものを愛して。あなたが愛せるものを持って。歩いて。歩くことを愛して。

いつかあなたがひどく傷ついた時、あなたは歩くのをやめようとした。手に持っているものを全て捨ててしまってもいいと思った。それでもあなたは歩くのをやめなかった。いつかひどく辛いことがあった時に思い出してほしい。あなたは歩くのをやめてしまいたかった訳ではない。ただ少し、休みたかっただけ。それほど疲れていた。思い出してほしい。あなたはいつでもそこを歩き去ることができて、どこへ行ってどこで眠ることもできるということ。自分の人生の全てだと思っているものが壊れても、いつでも別の素晴らしいものがあることを。歩くのをやめないで。向こうにも出口があるということを、私は、あの時のあなたにとても伝えたかった。

それでも歩みを止めなかったあなたは、とても幸運だった。暗闇を取り払うような眩しい光はなくとも、沢山の人の小さな灯りが、間違いなくあなたを照らしていた。そうしてあなたの灯りも繋げられた。どうか忘れないで。あなたがあなたの松明を精一杯掲げていることが、少しずつ周りの誰かを助けていることを。夢など見なくてもいいから、誰にも見られなくてもいいから、あなたはただ好きなことを好きなだけやって、夢中になって、心を沢山動かせばいい。そうして死ぬまで松明を掲げて、命を燃やして、暗闇を照らせばいいのだ。あなたのその小さな点滅が、あなたの一生を超えていくのだから。




向こうにも出口があるということを あなたにとても知らせたかった 

沙羅みなみ


こんなに美しい夢を見たこと どうしてひとりの胸にしまっておけるだろう だれも気づかないかもしれなくても 発信をやめないで あなたの点滅が 信号が 人の短い一生を超えていく

雪舟えま「タラチネ・ドリーム・マイン」




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