見出し画像

『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方』

今日は、中村恵氏の著書『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方』をご紹介します。中村さんはNPO法人国連UNHCR協会の設立に関わったお一人で、以後職員として難民支援活動を続けられており、ミャンマーなどのフィールドにも出られた方です。国連難民高等弁務官退任後の緒方貞子さんのパーソナル・アシスタントを務め、私が翻訳でお世話になっている方でもあります。

緒方貞子さんについてはご存知の方も多いと思いますが、1991年に第8代国連難民高等弁務官に就任し、2000年の退任後も難民問題や国際政治の場で精力的に活動され、2018年にJICAの名誉顧問を最後に一線を退かれ、2019年10月に92歳で逝去されました。

本書は、弁務官としての仕事や難民にまつわる基礎知識が丁寧に書かれているだけでなく、犬養毅氏を曽祖父に外交官の父の元に生まれ、聖心女子大学一期生となり(私の好きな作家である須賀敦子さんと同級生だそう)、大学教授などを経て国連デビューを果たすまでのストーリーや、パーソナル・アシスタントをされていた中村さんだからこそ垣間見ることができた緒方さんのお人柄などについても楽しめる一冊です。

屈強そうな軍人に囲まれて、防弾チョッキを着た小柄な緒方さんがサラエボに降り立つ姿をテレビで見た時の衝撃を、私は今でもよく覚えています。現場主義と言われていたように、可能な限り、自分の目で現場を見て回ったそうです。

「難民」とは、この本にも書かれているように、1951年に制定された「難民の地位に関する条約」により、「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいるものであって、その国籍国の保護を受けられないものまたはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」と定義されています。

つまり、難民はあくまでも「国境を越えて他国に逃れてきた人」です。緒方さんはこれを、人の命を守るのに国境に何の意味があるのかと、国境を超えずに国内で避難している人を支援の対象にするという英断を下します。これにより、イラク国内に留まるクルド人を援助したり、ユーゴスラヴィア連邦崩壊に伴う共和国間の紛争によって発生した国内避難民への対応も可能になりました。ほかにも、72時間以内にすぐに応援に駆けつける「緊急対応チーム」を創設したり、それまでは行われていなかった難民帰還後の援助を継続したりと、今では当たり前になっているUNHCRの活動の基盤を作ったのです。

学者でもある緒方さんならではだと思いますが、さまざまな英断の背景には、カリフォルニア大学バークレー校の博士課程で出会った外交政策決定過程論という思考方法があったというのも興味深いです。国と国の戦争だけれど、そこには一人ひとりの人間がいるという「人間の安全保障」の考えを提唱し、実践されてきました。少女期に戦争や東京大空襲を経験したことがその後の研究や活動の原動力にもなったのではないか、などと感じたりもします。

並外れた体力をお持ちだったり、「言葉の遣い手」であったり、「質問力」に長けていたり、「常に学ぶ」姿勢があったりと、読んでいると身が引き締まる思いもします。なんせ、弁務官に就任したのは63歳ですから。もちろんそれまでの人生のキャリアがあってこそですが、せめて少しでも見習って、「自分に何ができるか」を考え、実践していかなければと思わされます。また、ご家族曰く、緒方さんの強みは「スタミナ」と「楽天的なところ」なのだそう。

資金面の問題も大きく立ちはだかり、UNHCRの支援が、必要とされるすべてのところに届くわけではありません。それでも、中村さんがミャンマーでロヒンギャの支援活動に従事した際、ロヒンギャ系のローカル・スタッフからは「いてくれるだけでいいんです。いてくれるということは、世界が自分達を見捨てていないということなんです」という言葉をかけられたそうで、protection by presenceー存在することによる保護、つまり、「そこにいること」にも大きな意味があるのだということに深く頷きました。

今の世界情勢を、緒方さんならどのように考えるでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?