見出し画像

台風のあとに

「あれは、一体なんだったんだろう?」と今でも思う。
 
その頃の私はありとあらゆることに行き詰っていて、身体が地面から半分浮いているみたいだった。
そんな折、友人から久しぶりに連絡があり、夏休みに私の住む島に遊びにくることになった。
冴えない日々から心機一転、ゲストの来訪準備をウキウキと進めていたが、運悪く大型台風が襲来。
 
海はおろか、どこにもいけず、家の中で台風が過ぎ去るのを待つほかなかった。
 
3日目の朝、台風が遠ざかり、ようやく晴れ間がみえてきた。
せっかくなのでどこか外にいこうと、2人で近くの自然公園にむかう。
 
公園のなかには小さな昆虫博物館があって、この島特有のきれいな蝶や昆虫が展示されている。
その入口にガリガリの三毛猫がいた。大層人懐っこく、ちょうど博物館から出てきた観光客らしき家族にじゃれついている。
 
私たちが昆虫博物館から出てきた後も、まだその三毛猫は近くにいて、今度は私たちにじゃれついてきた。
 
鞄のなかにあったおやつを少しあげると、必死になって食べる姿が可愛くて、しばらく2人で目を細めてその猫をみていた。
 
さて、そろそろ公園内を散策しようかと腰をあげたとたん、小さな三毛猫は一生懸命なきながら後をついてきた。
 
私たちはその時点で、かなり後ろ髪をひかれていたのだが、なわばりから出ると自然に追ってこなくなるだろうと、そのまま歩き続けた。
 
ところが、猫はずっと追いかけてくる。その、なぜかとても確信に満ちた眼に、こちらが戸惑うくらい。
 
「連れて帰ったら?運命かもよ?」
 
友人にそういわれて、私の頭の中で連れていけない理由がずらっと並ぶ。
猫なんて飼ったことないし、誰かの猫かもしれないし、そもそもペット禁止だし。
でも。
 
連れて帰るべきか。帰らないべきか。
人生には、こんな唐突に、究極の選択を迫られる機会があるのか、と驚きながらも、すでにその時には覚悟を決めていた。
 
今、そばで丸くなって寝こけている、ふわふわの大きな毛玉をみながら、しみじみと思う。
 
「あれは、やっぱり運命だったんだ。」
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?