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ギリシャ神話の話9 テセウス4 アテナイへの道 中編2

vs足洗いおじさん

イストモス峡谷からしばらく進みテセウスはアテナイの隣国メガラ王国に辿り着いた。

アテナイまでもう少し

言葉を正確にするのであれば、かつてメガラ王国があった地に辿り着いた。
メガラ王国は先ごろあったクレタ王国の王子不審死によるクレタvsアテナイの戦争により、前線基地となったメガラ王国はクレタによって滅ぼされてしまったからだ。
アテナイ王家と縁のあった王家は散り散りとなり、今ではクレタの衛星都市の一つとなってしまった。
メガラに住む人々は統治者が変わったことによる圧政に苦しみ、軒並み暗い顔をしている。
治安も荒れているようで商いをしている商店主は常に盗人がいないかギラギラとした目で通行人を見定めている。
道行く人も痩せ細った人ばかりで、道端に座る物乞いの数も多い。

かつては大国アテナイの第一の交易国として栄えた国も一度戦が起こり負けてしまえばこうなってしまう。戦争の恐ろしさを肌に感じたテセウスは自身の力だけですぐ解決できないことに苛立ちと無力感を感じていた。
街を通過ししばらく歩いていると海岸が見えてきた。
少しここらで休むかと腰を下ろしたテセウスのもとに一人の旅人が声をかけてきた。
「あんさんあんさん、ここいらは危険だから離れた方がええで」
「野盗の類いでも出るんか?」
怪訝な顔でテセウスはその商人に問いかける。ただの盗賊ぐらいならこの旅の間だけでも数多く蹴散らしてきたので特に怖くはないが、と思いながらも詳しく聞きたくなったテセウスは商人の返事を待つ。
「いやいやそんな可愛らしいもんちゃうわ。メガラ王家の呪いが襲い掛かってくるらしいで」
呪い・・・。つい先日滅びた王家の怨念が辺りを呪おうと冥界の王であるハデスのもとから舞い戻ってきたとでも言うのだろうか。
「王家の呪い?なんや急に怖い話になったやないか」
テセウスはおどけて身震いするように肩をすくめる。
「せやから危ない言うてるやないか。なんでもな、夜この辺らを歩いてるとぼやーっと光が現れてな、そんで聞こえんねん」
「何が聞こえんねん」
ゴクリ、と商人は生唾を飲み込みおどろどろしく語りかける。
「『足洗って~足洗って~』って声が聞こえんねん、どや?怖いやろ?」
ブハッとその声色のギャップに思わず吹き出すテセウス。
「妖怪・小豆洗いの海バージョンの妖怪・足洗いてことかいな」
「なんかそんな感じやねんて知らんけど」
ハッハとお互い笑いあうと、テセウスは明るく
「足洗うだけなら怖ないやないか」
と返した。そんなテセウスに承認は手を横に振りながら
「まだ話に続きあんねん」
と期待感を煽ってきた。
「ならはよ言えや」
話をせかすテセウスに承認はまあまあとなだめる様に両手をテセウスに向ける。
「あんな、その声の方向に行くとおっさんがおんねん、でそのおっさんが『足洗って~』て言ってんねんて」
「ただの変なおっさんやないか、地元にもようおるで。暖かくなると増えるやつ」
「いやいやそういうんやなくて、そのおっさんよう見るとこないだまでメガラの王様やった人の弟にそっくりやねん」
ピクリとテセウスの眉が動く。何か思いあたることでもあるかのように視線を海の先に向けた。
「メガラ王家は滅んだはずやし。ホンマ誰なんやろな。」
商人は続けてこう言った。
「王様の弟・・・生き残りがおったっちゅーことか?」
「どうなんやろ。んでなあんまりにも足洗って~言うから洗ったげんねん。したらその足で海に落とされるらしいで」
「やっぱただのあかんおっさんやん」
「そして落とされた人はそのまま海亀に食われて誰も生きては戻れないそうなんや・・・」
そこまで商人が言うと、固まる二人。
「誰も生きては・・・」
テセウスがそう呟きそのまま無言で数秒、テセウスはようやく口を開いた。
「したら誰がこの話聞いたんや」
「せやねん。わいも道行く酔っ払いが歌ってた歌を友達の兄貴のはす向かいの家のオバハンから聞いた話なんや。」
「それただの酔っ払いのたわ言やんけ」

商人と別れ、噂の岩場に足を踏み入れるテセウス。
そんな変なオッサンばっか会わへんやろと思いながらも、噂の真相をただそうと辺りを伺い耳を澄ませる。
そうすると波の音に紛れ遠くの方から聞こえてくる謎の声。
これか、と思いその声の方に歩き出す。そうすると今度はハッキリと自分に向かって「足洗って~」と言ってるおじさんを発見した。
「なんやおっさん、足洗ってほしいんか?」
「誰がオッサンや、わしは由緒正しきメガラ王家に連なる王弟スケイロンやぞ」
「はー王弟サマでっか、そらー偉いこっちゃやで」
「なんだその言い草は。いいからこっちに来てこの高貴なるわしの足を洗わんかい」
岩場の高い所から上から目線で命令してくるスケイロンに胡散臭さを感じつつも、テセウスはやれやれと言った感じで岩場にあがっていった。
「ほなワイが足洗ってやるわ」
桶に張ってあった海水でスケイロンの足をジャブジャブと洗ってあげるテセウス。
そんなテセウスの様子を見てケタケタと笑うスケイロン。
「そんなんで綺麗になるか!このへたくそ!」
と言うやいなや、スケイロンはテセウスをドンッと足で蹴り飛ばした。
「んあ?」
しかし鍛えられたテセウスを動かすには脚力が足らず、微動だにしないテセウス。
「お、お、お、おおおああー!」
スケイロンは逆に反動で自身がバランスを崩し、あえなく海へと落下してしまった。
スケイロンが落ちたことに驚きテセウスが慌てて海を覗くと、巨大な海亀がスケイロンを丸呑みしていた。

「あー、酔っ払いのたわ言はホンマやったんか・・・」
ご愁傷様とテセウスは呟き岩場を後にした。

本当に王家の末裔だったのであれば、王家の血は途絶えこの後のメガラ復興は遠いものとなってしまう。
近隣国にあれだけ治安の良くない都市があるのも考えものだ、英雄であるならばメガラの今後を考えどげんかせんといかんとテセウスは心に誓ったのであった。

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