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ギリシャ神話の話9 テセウス3 アテナイへの道 前編

テセウスは実の父に会うため旅に出た。
行き先は海を挟んだ対岸のアテナイ、テセウスはこれから起こるであろう数々の冒険を思い目を輝かせた。
船に乗ればすぐ着く旅程となるが、テセウスはそれを良しとせずにあえて危険な道のりである陸路での行程を定めた。
あえて危険な道を選ぶことで中二病英雄症候群ともいえるが、ギリシャ中に名を轟かす英雄ヘラクレスのようになりたかったのだ。
腰には父の遺した剣を下げ、アテナイへの長い旅路が始まった。

その道のりはテセウスが考えるより容易なものではなく、様々な変態おじさんとの邂逅であった。

vs棍棒おじさん

トロイゼンを出たテセウスは後に世界一の神医と呼ばれるアスクレピオスゆかりの地であるエピダウロスという港町に向かった。

割と近距離

町に付くとテセウスは初めての一人での旅で見るもの全てに心躍らせていた。
朝日に揺れる海の輝きも地元とは違ってより輝いて見え、沸き立つ心の泡を胸の内にて潰すことは出来ないテセウスであった。
しかしふと港町の人々を見やると、テセウスの弾むような顔とは魔逆に漁民たちは一様に暗い顔をしていた。
テセウスは鼻を鳴らすようにスンスンと嗅ぐと
「これは英雄の道への匂いや」
と一人ごちた。

辺りを見回すように歩くが暗い顔の原因は分からなかったので、テセウスはエピダウロスの住人に声をかけることにした。
「あんさん、なんでみんな暗い顔してるんや」
「あぁ・・・旅人でっか?近くに山賊おんねん。さっきその山賊に荒らされたばっかやねん」
「山賊なんてワイがやっつけたるわ」
「ほんまでっか?それやったら頼むでほんま」
「任しとき」
テセウスは胸をドンと叩くと、住人に聞いた山賊のねぐらに向かった。

岩場の合間にその山賊の住処はあった。
その山賊の名はペリペテス、人呼んで棍棒使い(コリュネテス)のペリペテスといった。
ペリペテスは先程エピダウロスを荒らし、一仕事終えた後だったので呑気に焼いた魚を鼻歌混じりに食べていた。
その様子をこっそり岩影から伺っていたテセウスは、ペリペテスの得物である棍棒を探した。
それはすぐ見つかった。テセウスの隠れていた岩陰からすぐ手を伸ばしたところに立て掛けられていたのだ。
テセウスは手を伸ばし棍棒を握ると、そこからはあえて堂々とペリペテスの前に姿を現した。
突如現れた自らの棍棒を携えた大男にペリペテスは驚き、むしゃぶりついていた焼き魚をポトリと落としてしまっていた。
棍棒の固さを確かめるように、ポンポンと自らの手の平に叩きつけながら、テセウスはジリジリとペリペテスに歩みを寄せる。
ペリペテスはこれから自らを襲う災難を予見してテセウスに向かい手を伸ばし
「か、かえせ・・・」
とテセウスに懇願した。

テセウスはエピダウロスに戻って来ていた。
先程話しかけた人はどこだったかなと辺りを見回す。
港で網をいそいそとしまうおじさんの姿を見かけると、テセウスは歩み寄り
「棍棒の山賊倒しといたで!」
と声を投げかけた。
漁民はそんなテセウスの声に驚くも、その言葉とテセウスの元気な姿に目を輝かせ一言
「おおきに!」
と返すと大きく手を振ってテセウスに応えた。
テセウスは一つの冒険を終え満足げに新たな旅路に向かうため町を後にする。

───英雄とは数多の冒険を潜り抜けるもの也
「一個目が山賊退治かぁ」
戦利品の棍棒を担ぎ、テセウスの度は続く。

vs松曲げおじさん

エピダウロスを去ったテセウスはコリントスにあるイストモス地峡に辿り着いた。

アテナイ(アテネ)までの道は半ば

イストモス地峡はイオニアとペロポネソス半島を結ぶ谷で、ペロポネソス半島のトロイゼンから陸路でアテナイに向かう際は要衝であるここを通る必要があった。
地峡に着いた時には辺りが薄暗くなりかけており、テセウスはここらで野宿かと野営の支度をはじめた。

────ビィィィンンッ

何か分からないが不可思議な音が辺りに響いた。
テセウスが一体何の音だ?と周囲を軽快していると、うすぼんやりとテセウスの視界の先から女が歩いてくるのが見えた。
「だれや?」
テセウスが野党の類かと警戒し身構えそう尋ねると
「ウチはペリグネってもんでここらに住んどるもんや」
と返した。
すっかり姿が見える距離までペリグネが近づくと、テセウスはより警戒を強くした。
そんなテセウスの姿にペリグネは気づくと、慌てて手を振り
「ちゃうちゃう、怪しいもんちゃうで」
と否定した。
「怪しいやつは自分から怪しいって言わへんやろ」
「せやな」
ペリグネはやりとりがおかしかったのかクスクスと笑う。
「このへんは谷でぎょうさん人は通るけどなんもないやろ。何してんねん自分」
とテセウスが尋ねると
「家帰るとこやってん。おとんがまた悪さしとるからそれ見るの嫌やねん」
「悪さ?なんやおまえんとこの親父悪人なんか?」
「そやねん、うちのおとんシニス松の木をぐーっと曲げてロープを杭に縛ってな、その木に人くっ付けて杭引っこ抜いて谷の下に飛ばすねん」
「完全にやばいやつやん。そんなん見たらトラウマなるわ」
テセウスはペリグネの父の行動に恐怖を感じた。
「前に人が吹っ飛ぶとこ見て、それ以来その瞬間が寝る前とかにな蘇んねん」
大きく肩を落としため息をついたペリグネの頭をテセウスはポンと手を置き慰める。
「あんなんようしてたら神様からバチあたるわ、おとんも同じ目にあって飛んだったらええねん」
そういうペリグネにテセウスは悪戯を思いついた少年のようにニヤリと笑う
「やったりますか」
テセウスはそういうとペリグネの案内に導かれ、ペリグネの父シニスの待つ家へと向かった。

「今日は飛距離四本目の木・・・と」
シニスは先程飛ばした人間の記録を手元の粘土板に記していた。
毎度飛距離を記載し、常にベストの投擲法を探るのに余念がないシニス。
「さて、と」
記録を書き写すと庭の長椅子に寝そべりそのまま居眠りを始めた。
次回はもっと良い記録が出ると良いな、曲げる松を二本にするとか、でも前にそれやって誤って逆方向に曲がっちゃって真っ二つに裂けちゃったしな、と次回への構想を練っているとそのまま夢の世界へ旅立っていった。
「寝たんか?」
テセウスが物陰から様子を伺いつつペリグネに尋ねると、傍らの少女は無言でコクリと頷いた。
起きないよう忍び足でシニスに近づき、縄の端を輪っか状にしシニスの足に括りつける。
足がすっぽ抜けないよう雁字搦めに結ぶと、今度は一番大きな松の木に向かう。
「テセウスはん!その木はデカなってよう曲げられへんで!」
ひそひそ声で、かつ強めにペリグネがそう言うがテセウスは聞こえてか聞こえずかロープの端を巨大な松の枝に結ぶと松の木の幹を折りたたむように力を籠める。
「ぬぬぬっぬん・・・!」
テセウスの人間離れした膂力によってメリメリメリと大きな音を立て巨木と言えるほどの松の木はひしゃげる。
「・・・おん?なんだぁ?」
松の木がたてた大きな音に寝ていたシニスは寝ぼけながらも目を覚ます。
それに気づいたテセウスは白い歯を見せニカッと笑い
「いってらっしゃい!」
そう言うと松の木にかけていた力を解いた。
松の木はかけられていた巨大な抵抗を開放し、木ごと引っこ抜ける勢いでしなった。
「んんんっぐぬあああああああああああああッッ」
大きな叫びが谷に響きシニスは遥か彼方まで飛んで行った。
叫び声はだんだんと遠くに消えていき、谷間の五本目の大木を過ぎたあたりに落ちていくシニス。
テセウスは地面に並んだ粘土板の『4本目の木の麓!最高記録達成』の文字を見やりハッハと笑う。
「やったやん、自身の飛翔で最高記録塗り替えたで」
そういうとペリグネは手の平を掲げテセウスに向ける。
テセウスは右手でペリグネの手の平にパチリと手を合わせるとお互いに笑顔を交わし合った。

テセウスの英雄への道はまだまだ続く。
次に出てくるおじさんは一体どんな変質者なのだろう。
テセウスは谷の先のアテナイの方向を見つめまだ見ぬおじさん出会いに胸を躍らせた。

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