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ギリシア神話の話4 ナルキッソス

世に美しいものは数あれど最も美しいものは何か知っているか?
答えは簡単、それは僕のことだ。
子供の頃から「あれもしかして僕って美少年?」と思ってはいたものの、大人になった今でも美しいまま。
道行く人はみんな振り返るし、インスタに僕の写真をあげれば万バズ余裕だし、繁華街に行けば「芸能界に興味ないかい?」って名刺を毎度渡される。

ある時届け物が僕の家にやってきた。
誰からだろう。また僕のファンからきた投げ銭か何かか?と思いつつも包み紙を開ける。
ファンからの贈り物であることは間違いないが、凄いファンがいたものだ。天界の女神アフロディテからの届け物だった。
秋物のスカーフが入っていて中には「今年の新作を送ります。 美の女神アフロディテより」とだけ書いてあった。
なかなかいいセンスのスカーフじゃないかと思ったが、解せない。手紙が解せない。
最も美しい僕という存在を差し置いて『美の女神』って名乗るとは、随分と神はものを知らないらしい。
気に入ったスカーフだったが、明日の燃えるゴミの日にでもだしてしまおう、とゴミ箱にたたき込んだ。

その晩、僕は不思議な夢を見た。

夢の中に美の女神(笑)が現れてこう言ったんだ。
「私のプレゼントを捨てるなんていい度胸ね。貴方にはもうひとつプレゼントをあげる」
僕が怪訝な顔をしていると女神は僕の頭に手をかざし
「あなたは自分が大好きなようだから、決して他の誰のものにもならないようにしてあげるわね」
女神はそう言い笑うと僕の頭をトンッと押した。
僕はどこかへ落ちるのを感じた。
遠くに見える光を見て分かったここはオリュンポス神殿だったんだ。

目が覚めた僕は背中に冷たい汗を多量にかいてるのに気づいた。
「不思議な夢だったな」
と呟きまずは汗を流すために近所の銭湯へ向かうことにした。

僕は昔から男女問わずモテる。もうモテモテである。おじさんにもよくモテる。そのオジサンは僕のことが好きすぎて何か知らんけど自殺してた。
そんな僕にまた恋する子がやってきた。その子の名前は森の妖精でエコーっていう名前らしい。
”らしい”ってのはその子が自分から名乗ったわけじゃなく共通の友人から聞いたからだ。

今日も木陰で自作のハンモックに寝そべっていると彼女がやってきた。
「元気かい?」
「元気」
いつも通り僕の言葉を繰り返すだけの彼女。
最初の内はそれも楽しかった。
「僕って最高に美しいよね」
「最高に美しいよね」
「神様の最高傑作は僕のことだよね」
「最高傑作だよね」
「君はここにいて楽しい?」
「楽しい」
「最高に美しい僕のことを眺めるだけで楽しいなんて幸せ者だね」
「幸せ者だね」
他愛ない会話を繰り返していても、彼女が返してくるのはこだまのような言葉だけ。
正直段々飽きてきた。
会話のレパートリーが少なすぎる。

あるとき僕はついにいら立ちを彼女にぶつけることにした。
「もっと語彙力ある形で僕を褒めてよ!」
「語彙力・・・」
「たくさん褒めてくれなきゃつまらないよ!」
「たくさん褒める」
「隣の客はよく柿食う客だ!」
「隣のきゃき・・・」
「もうここに来ないでくれ、退屈だ」
そういうと彼女は周囲に溶け込むように消えてしまった。
辺りは彼女の「きゃき・・・」という声だけが響いた。

そして彼女の声も聞こえなくなった。
僕はいつの間にか寝てしまっていたようだ。
森の中のハンモックで寝る僕、なんと絵になる光景だろう。
その光景を頭に浮かべながらハンモックから降りると、目の前に一人の女性が現れた。

「私はネメシス。復讐の女神ネメシスだ」
「復習・・・?」
「そっちではないリベンジの方だ。」
うっかり凡ミスする僕もなんて愛らしいんだろうと思ったのに、目の前の女性はピクリとも笑わない。
「お前は神の眷属であるエコーを傷つけた、罰を与える」
そういうとネメシスは僕に向かって手のひらをひらひらと泳がせた。
「また女神から罰せられるのか、どんな罰だというんだい?」
「お前は他人へ愛を広めない、だから自分自身しか愛せないようにしてやった」
「そうかい」
僕は女神の言葉に鼻で笑うと
「もともと僕は自分しか愛してないから何も変わらない」
と言ってやった。
ネメシスは呆れたような顔で僕を見つめる。
やっぱり女神であっても僕を見つめてしまうほど僕は美しいというのか。なんと罪深い存在なんだろう。
僕がそんなことを考えているとネメシスは僕に
「お前はまだ寝起きだろう?美しい顔を洗顔しなくて良いのか?」
と僕の心配をしてくれた。
そうだね確かに。どんなに美しい僕の顔でも目ヤニとヨダレまみれだったら少しテン下げしちゃうよな。
目の前の泉で顔を洗うとするか。

「えっ」
僕は泉を見て驚いた。
「なんて美しい人なんだ」
泉に映った人のあまりの美しさに僕の心は早鐘を打った。
「あれ?僕?僕こんなに美しかったっけ・・・?」
僕は泉から目を離せなくなった、自分自身に恋をしてしまったから。
ここで目を離したらもう会えなくなるかもと思うと、目を逸らすわけにはいかない。

そして僕はこの泉で気付けば花になっていた。
泉には今でも僕のように綺麗な水仙の花が咲き乱れ、旅人が近づくと「きゃき・・・」という声だけがどこからともなく響くという。

─────和名スイセンの花は洋名ではナルシスと呼ばれる。

『ナルキッソス』 カラヴァッジョ作 16世紀

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