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ギリシャ神話の話9 テセウスの話2 旅立ち編

父は誰?

トロイゼンの王女アイトラはアテナイの王アイゲウスとの一晩の愛の末に身ごもった。
アイトラは生まれた子にテセウスという名を付け、トロイゼンの地で大事に育てた。
テセウスは母の愛を一身に受け育ち、同じ年ごろの子供と比べても大きく成長していった。
成長するにつれテセウスは自身の父がいないことが気になってきた。
母も祖父も自分には父の存在について何も伝えなかった。
母の昔の恋人が隣国のキマイラ退治の英雄王ベレロポンとの噂話を耳にしたが、それとなく母に聞いてもそういう気配はない。

父はいったいどこの誰なんだろう?テセウスの疑問は晴れることはなかった。
そんなテセウスの様子に母であるアイトラは気付いていた。
テセウスの父であるアイゲアスの名を今はまだ出すことはできない。
───君と幼い子を連れて国に戻れば殺されてしまうかもしれない
その言葉の通りアテナイは後継者問題に悩まされ、さらに今はさらに大きな問題を抱えていた。

アテナイvsクレタ

アテナイに滞在していた大国クレタの王子が死んだ。
死因は分からなかったが、クレタの王はアテナイの陰謀だと決めつけ大軍を率いてアテナイに攻め込んできたのだ。
クレタは当時ギリシャ最大の先進国であり、周辺を支配下にしようと考えていた。
クレタの王は王子が死んだことに当然怒りはあったが、それ以上に自国の衛星都市としてギリシャ第二の国であるアテナイに公明正大に攻め込む口実を得ることが出来たことを喜んだ。

クレタは大艦隊を率いてギリシャ本土に攻め込んでくる。
まずクレタはアテナイの隣国であるメガラに攻め込んだ。
メガラはアテナイの王アイゲウスの弟が治めている国であり、要衝とされるアテナイの壁としても機能していた。
メガラの抵抗は激しかったが、メガラの王女を調略しクレタはメガラの王を殺すことに成功した。

メガラが落ちたことに驚いたアイゲウスはなんとかクレタとの和睦を結ぶために使者をクレタに送った。
その結果アテナイはクレタに毎年少年少女を7人ずつ生贄として送る条件で和睦となった。
後継者問題に加えクレタへの実質的従属と相成ったアテナイはさらに混迷の道を進むこととなった。

テセウスと大岩

やがてテセウスは成長し勇敢さ優しさを兼ね備えた青年となった。
そして長年疑問だった父の存在を母に問うのだった。
「母さん、ずっと聞けへんかったけど俺の父さんはどこにおんねん?」
アイトラはすっかり猛虎弁になってしまったテセウスの成長を確かめるように、かつてアイゲウスと誓った洞窟へテセウスを案内した。
「テセウス、この大岩を持ち上げることは出来る?」
テセウスの身の丈よりも大きな岩をポンポンと叩くアイトラ。母が急に無理難題を言ってくることに驚くテセウス。
「なんぼなんでもこんな大岩持ち上げられるわけないやろ」
テセウスが岩を持ち上げようと力を込めると、すんなり持ち上がった。
「なんやねん。いけるやん。思たより軽かったわ」

ローラン・ド・ラ・イール
《岩を持ち上げるテセウス》
だいぶ人工的な岩

軽々と岩を持ち上げ、横にポイっと投げ捨てる。丸めた新聞紙を捨てるようにテセウスは軽々と投げるが、その軽々さとは反対に大岩は大きな地響きを立てる。
「んでこの岩がなんやねん?」
アイトラは岩があった地面を探り、鈍色に光る剣と皮でできたサンダルを拾い上げテセウスに渡す。
「テセウス、貴方の父親はアテナイの王アイゲウスなの。貴方はこれを持って父の元に向かうといいわ」
「父さんめちゃめちゃ有名人やん!」
父の名と存在を知れたテセウスは喜び、その場で興奮のあまり飛び跳ねる。
「でもなんで剣とサンダル?いや剣はまだ分かる。なんか意匠とか彫ってあるし。でもなんでサンダル?匂いで判断ってこと?ってカビ臭い以外わからんやんか」
サンダルの匂いを嗅ぐが長年ジメジメとした洞窟にあったせいか、既に往時の匂いを嗅ぎ取ることはできなかった。
「あなたの父がそう言えって置いてったから知らないのよ。直接聞いてきてもらえる?」
そういうと母は息子の背中を見送るように軽くたたいた。
「任せてや、せっかくだから大国アテナイに行って英雄になってくるわ!」
テセウスは暗く湿った洞窟を飛び出した。
洞窟から出た直後に目に入る青空は、テセウスの今の心の内を映したように晴れ渡っていた。

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