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ギリシャ神話の話9 テセウス4 アテナイへの道 中編

vs暴れ猪

「ワイはアテナイに行くんやけどよかったらワイと一緒に行かんか?」
ペリグネはそう言うテセウスの顔を見てパァッと顔が輝く。
しかしゆっくり目を閉じ、首を横に振った。
「あかんねん、行きたいのはやまやまなんやけど。ウチはここを離れられんねん」
「なんでやねん、行きたいなら一緒に行こうや」
「おかんのお墓守ったらんと。おとんおらんなったし、ウチだけでもお墓綺麗にしたげたいんや」
そういうペリグネの目は強い意志でテセウスの誘いを拒否していた。
固い意志だ、これは尊重すべきと感じたテセウスは何度か噛みしめるように頷く。
「そやったらまた遊びにくるわ!松のおっさんもおらんし少しは平和になったやろ」
「いやそういうわけでもないねん」
「なんやて?」
テセウスは驚く。シニスを退治したことでこの辺は平和になったんじゃないのか?とペリグネに問う。
ペリグネは腕を組み唸る。話すべきか話さないべきか。話したらこの「英雄」にこだわるアホはきっと挑みに行くだろう。
「なんやねん、そんな凄い悪いおっさんがおるんか?」
陽気におどけながら聞くテセウスに、ペリグネは思わず苦笑う。
「ちゃうちゃう、オッサンちゃうねん」
「ほならオバチャンか?」
「オバチャン、まあそやな。オバチャンてよりおばあちゃんや」
「腰の曲がったばーさんくらいならなんぼでも倒せるで」
「なんでおばーちゃんぶっ飛ばそうとしてんねん。そんなんしたらあかんあかん。」
「凄い強くて悪いばーさんがおんねやろ?」
「人ちゃうねん」
「もうだいぶお年を召してて、植物の精神に至ったとかそういう」
「ちゃうちゃうそんな達観した楚々としたおばあさんやなくて、暴れんねん」
「あー最近何かと話題なやつな。ヘルパーさん来ても人攫いだと思って暴れちゃうみたいな」
「ボケてんやなくてな。猪や猪。暴れ猪おんねん」
「おばあさんの話どこ行ったんや」
「せやから猪のババアなんや」
「急に口悪いなー」
「テセウスがよう分からん勘違いずっとしはるからやろ」
「おばあさんが猪になって追放されたけど、スローライフするため松おじ倒した英雄候補にざまぁしますってことか」
「なんや急になろうのタイトルみたいなんなっとるで」
「ようは猪倒しゃええんやろ」
「その猪、パイアっちゅー名前やけどテュポーンとエキドナの娘やで。いけんのかいな」
「やってみないとわからんが、生姜焼きは好きやで」
「ほなきばり」

ペリグネと別れたテセウスは、彼女から教わったパイラのねぐらに向かう。
イストモスの谷間の森をしばらく歩くと辺り一面で急に木々が無くなり、まるで競技場でもあるのかと錯覚するほど大きな空き地に出た。
「なんやねん、ここで円盤投げでもやんのかいな」
ずっと森が続いていたのに余りにも突然の広さに驚くテセウス。
空地をぐるりと見まわすと向こう正面に見える茶色の巨岩が少し動いた気がした。

「えっウソやん」
そう呟いたテセウスは岩に歩みを寄せると、岩だと思っていた大きな塊は岩ではなく目的の巨大猪であった。
「家よりデカイ猪なんておるんか」
未知の怪物への驚きとその巨躯に挑むのかという恐怖、そして怪物退治なんて実に英雄らしいじゃあないかと沸き立つ心で三分された心情をテセウスは噛み潰すように不敵に笑んだ。
パイアは何者かが近づいてくる気配を感じ重たげな瞼をゆっくりと開ける。
気だるげに薄く開かれた目でテセウスを視界内に捕らえるとくぐもった声で少し呻き、またゆっくりと瞼を閉じた。
「なんや!眠いんか!?ワイはテセウスや!かかってこんかい!」
パイアはテセウスが叫ぶ啖呵に低く笑うように唸るとまた重たげに瞼を開き、その横たえていた巨体を瞼同様ゆっくりとゆっくりと起こした。

テセウスの視線はパイアを逸らさず捉えていたが、パイアが身を起こすのに合わせその視線は人の腰ほどからやや見上げるようになる、とうとう空を見上げるほど視線を上げていた。
「予定よりデカいやん・・・」
余りの巨体さに呆然としつつも漏らした一言にパイアはまた低く笑い、その巨体を浴びせかけようとテセウスに向かい一直線に突っ込んできた。
「ううううおおおおおあああああぶねえええ!」
テセウスは突っ込んできたパイアの巨体から逃れようと真横に一目散に駆け出し、そして飛び込み転がる。
自身の身の丈を大きく超える生物の明確な殺意を感じ、テセウスは転がりながら込み上げる英雄への道への期待感が増していく。
「ずいぶん元気なババアやな!体力なら若いもんのが優秀ってとこを見せたるわ!」

それからどれくらいの時間が経ったであろう。突進してくるパイアを間一髪避け続け、テセウスは大きく肩を揺らし呼吸をしていた。
またパイアも何度目のチャージを行ったかのか自身でも分からないくらい行い、最初に放っていた明確な殺意よりも明確に疲労の色が見えてきた。
突進の速度も段々と遅くなり、ついに突進しながらも足がもつれテセウスに辿り着く前に前のめりに倒れてしまった。
それでも必死に立ち上がろうとするパイアの前にテセウスは立ち、ペリペテスから奪った棍棒をパイアの頭蓋めがけ振り下ろした。

「そろそろイストモス峡谷も終わりやな」
崖の端に立ち、海の向こうから登ってきた朝日を見ながら呟いた。
テセウスは柱をその場に挿すと今まで来た方側に木板をとり付け字を書き殴る。
『ここまでペロポネソス、イオニアやないで』
その反対にもう一つ木板をつけ同じ様に書き殴る。
『ここからイオニアやで』

「これでよし、と」
テセウスはついにアテナイがあるイオニア地方に降り立ったのだ。

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