1ミリも役に立たない受験の話

受験の教訓とかないけど

今日は中学受験と大学受験の話をしたいと思います。
とはいえ、ためになるような話ではないので悪しからず。中学受験なんか8年前だし(笑)でも受験して思ったこととか書いていきます。

何も知らずに中学受験の道へ

私が中学受験をしようと決めたのは、と言いたいところですが自分で決めたと言うよりはいつの間にかそうなってたって感じなんですよね。
ひとつ前の自己紹介でも書きましたけど、私の小学生の時の親友が塾に通っているのを見て「私も一緒に行きたい!」と思ったのが始まり。その時は塾は勉強する場所ぐらいの認識で、中学受験というものすら知らなかったかもしれないです。

その塾は3つのクラスに成績で分かれてました。入塾テストが1、2ヶ月ごとに1回行われていて、そのテストで真ん中のクラスに入る資格が貰えたら塾入ってもいいよ、という約束でした。
そのために勉強したかは覚えてないですがきっとしたのでしょう(笑)無事に真ん中のクラスに入れる点数をとり、小4の2月(中学受験の塾は2月が学年の変わり目なので5年生扱いでした)、入塾しました。

勉強しない日々

最初の方は良かったんです。だんだん成績が上がり、この調子で行けば少し難しい所のチャレンジも出来るかもしれない。
しかし、しばらくするととにかく勉強しなくなりました。どうしてそうなったかは分かりませんが、各自進めておいて方式のドリルなんか全く進んでないし、算数はたまに居残りするし、漢字はめちゃくちゃ苦手だし(それは今もw)、受験を意識してないのもあったのか不真面目な生徒でした。

得意なのは理科だけ。なんでか分からないけど理科だけクラス上位にいました。ほんとに謎い。第1志望の理科の過去問解いたら満点で「理科よりほかの科目やりなさい」って言われたことも(笑)
(でも1回だけ大やらかしをして、昆虫の体は「頭胸腹」の3つに分かれているのに間違えて「顔」って書いたのは、未だに親にネタにされますw漢字苦手なのが露骨に影響しましたねw)

成績も落ち、初めは滑り止め候補だったところが偏差値ちょうどみたいな所まで。
でもなんか偏差値に見あったところでいいかなって思ってて、全く挑戦する気が無く、そのまま模試の偏差値ちょうどの学校を志望校にしていました。チャレンジすらしないのはいかがなものかと今は思いますけど、当時の私はそれで良かったんですかね。(笑)
あの時、もう少し「頑張る」ということをすれば今も努力出来る人間になったりしたかなぁ…と割と後悔もあります。とはいえ、通ってた中高はめちゃくちゃ楽しかったんで学校自体は悪くないんですけどね。

小さな私の大きな決断

6年生になって志望校を考え始めた時、初めに頭に浮かんだのは創価中学。知ってる方は知ってると思いますが…まぁそういうことですよ。
しかし、そこで父に「別に創価じゃなくてもいいんだよ」と言われて「え、じゃあいいや」とあっさり切り捨て(笑)まぁ行きたい気もするし行きたくない気もするし…って感じだったんでね。
色々学校を見たり、文化祭やオープンキャンパスに行って、いいなと思った2校。どちらにもメリットデメリットあって決めなくてはいけない11月ギリギリまで迷いました。
結局決め手は「男子が嫌い」ということで女子校の方に。だいぶ雑な決め方(笑)
ほかの滑り止めの中には共学も女子校も混じった感じで「珍しい」と言われたりも。あの時の私は学校の違いがあまり分かってなかった気がします(笑)

2013/2/2

小6の1月。いよいよ受験シーズン。まずは、ならし受験でひと足早く行われる埼玉の学校を受験。遠いからめちゃくちゃ早く起きて外もまだ暗い中電車に乗ったり。1回上履き忘れてコンビニでスリッパ買ったこともあります(笑)あくまでもならし受験、しかも自分の偏差値より低い滑り止め的の所だったので特に緊張せずにとりあえず合格。そのまま2月の本命へ…

2月1日、東京の私立中学の受験が一斉スタート。学校に向かうといろんな塾のいろんな先生が沢山。中学受験は学校が限られているからこういうことするんですかね?私が行ってた塾は大手だったんで当然のごとくいましたね(笑)
さすがにこの日は緊張。まぁ1日目なんで手応えがあったかも分からないし、午前中が第1志望でそのまま滑り止め校受けに行ったんでそんなに考えずに夜の合格発表。結果は不合格。とはいえ、受験できるチャンスは4回あったし、午後に受けた滑り止めは合格してたので特に不安がらずに次の日へ。

2日。基本的には2日は1日しかやらない学校に落ちた子達が滑り止めとして受けに来るので難しくなる(と思う)。私自身も大得意の理科があまり手応えがなく不安でいっぱい。夜、めちゃくちゃに緊張しながらホームページで合否判定を見ると見事合格。無事に第1志望に通うことに。さすがにその時はもう飛んで喜びましたねw

あまり頑張ったとは言えないかもしれないけれど、それでも一応努力はして、第1志望の合格を掴み取り、そのまま進みました。

第1志望

時は流れ高校生になった私。中高一貫なのであいかわらず同じ学校同じ仲間でのほほーんと過ごしていました。
通ってたところは一応上に大学があるものの、行くのは1割未満で他大学に進む人が多い(自称)進学校。私も大学に行くのが当然のように考えていたので少しずつ大学受験のことも考えていました。

実は私は小6の頃からの夢があって、それは食品関連の商品開発。その夢のために大学も食関連の所や学科を考えていました。やっぱり理科は好き(得意ではなくなってたけど)なんで初めは食関連だけではなくバイオとかの生物や化学寄りの所も見ていたものの、やっぱり食に特化したところが良くて、結局そういう所は1校だけでした。

2年生になって見つけたのが後に第1志望になる所。通学時間は1時間半、学費も定期代も最も高い所で正直妹もいるのにそんな所でいいのか迷いもしました。でも、その大学のその学科には商品開発について学べそうなことが沢山あるし、他にも食の表現やビジネス、マーケティングや地域振興など幅広いことを学べるのにとても惹かれました。
お金のことは心配しないでという親の言葉を信じて第1志望にしました。

塾に通い始めて

志望校を考え始めると同時に、高2からは塾も通い始めました。今度は個別指導の塾。私はその単元の理屈が分からないと言うよりは、覚えるべきことを覚えていなかったり計算が遅かったり勉強を怠ったりするタイプなので集団だと「そんなの分かってるよ」ってなりそうだし、東進(映像授業)も体験行ったものの、眠いし退屈だしで乗り気にならず。個別指導にしました。

塾に通い始めると勉強しなくてはいけない状況になったのもあって徐々に成績も回復。低いままではありましたが最底辺ではなくなりましたね(笑)
塾の先生と時々雑談しながら授業してそれなりに楽しかったですね。数学の先生が数学は出来るんだけど地理がめっぽう弱いらしく、都道府県も分からないことにめちゃくちゃ笑いながら私が教えたりもw
塾の自習室を主に使ってましたが飽きるので、高2の時学校に新しく大きな自習室が出来たんでそこでやったり、日曜日は塾も学校も空いてないので2、3週に1回程度ご褒美も兼ねてスタバで勉強したり、色々場所を変えてやってました。
あとは夜9時半の塾が閉まるまでは頑張って、家帰ったらもうそこからはゆっくりタイムでご飯お風呂とYouTube見るのに時間を割いてました。じゃないとやっていけないもん(笑)

並ぶA判定に悩む私

私は志望校を決める時にある悩みがありました。志望校としていた所はやりたい学びができて、他にもいろんなメリットがあったけれど、偏差値が低めでした。周りはGMARCHやそのレベルを受ける人達ばかり。それに比べると10〜15下だったので本当にそれでいいのか悩んでいました。
就職の学歴フィルターのことも過ぎりましたし、商品開発の職は管理栄養士とかの資格は無くてもできる仕事なので(もちろん、大学で食の勉強をすればしてない人より知識はあるから有利になるとは思いますが)ぶっちゃけ出身大学は関係ない可能性も。
1校だけチャレンジ校があったものの一般的にはそこまで難しい訳じゃないし、他はそこまで遠い目標ではなく、高3の夏過ぎると模試では(チャレンジ校はDでしたけど他は)A判定が並ぶほどに。これはもしかしたらいつの間にか逃げているんじゃないか。A判定なのに素直に喜べない自分がいました。
それでも「私はあの大学で勉強したいんだ」という気持ちでそのまま志望校を変えずにいました。
友達に特にやりたいことがないから海外(の語学学校みたいな所?)に行った子がいて、その子が「GMARCH受けさせるのなんかおかしいよね。いい大学に行くのはもちろんすごいけど、それを決めつけるのは進学実績欲しいだけじゃんね」って言ってたんでそういうことを思う人が私だけじゃなかったのも救いでした。
「あくまでも大学は学びたいことを学びに行くところ。周りの基準なんて関係ない。」
この気持ちは高校生から今もずっと持ってます。とか言っておいて専門学校は(受験に落ちた時の)最終手段的立ち位置と思ってたんですけどね…なんか矛盾(笑)

センター試験の奇跡(?)

1月も後半、いよいよ受験がスタート。センターから始まり、1番遅い受験日だったのは2月8日?だったので3週間程度。割とぎゅっとしてましたね。

センター1日目は国語と英語。センター利用を出願した所は全て国語使えて、その上現代文の100点分だけを判定に使う所がほとんど(1校だけ現文&古文)だったので現代文だけ受けました。何分だったか忘れたけどまぁ現古漢受ける時間で現代文しか解かなかったから時間は余裕でしたね(笑)理系だったのに何故か現代文が1番得意だったんでこれで7割取ってほかのリカバリーを…と考えての受験。いつも通りにスラスラ解けて漢字だけは不安という(笑)
英語は打って変わって大の苦手。単語がとにかく覚えられなくて文法分かってるのに解けないというのがずっと続いて受験まで引きづってしまってましたね…全く手応えを感じられずに終了。でも想定内だったんで全く落ち込んでませんでしたね。それはそれでいかがなものか…(笑)
ちなみに、リスニング1問目の野菜の妖精をリアルタイムで受けた世代ですwwwあのにんじんは衝撃すぎて(2回読まれるうちの)1回目全く頭に入りませんでしたねw簡単な問題でよかった(笑)

2日目、化学と数学(1A・2B)。数学は1Aは模試で平均ちょい上ぐらいをキープしてたんでそこまで緊張せずに受験。いつも通りの結果を出し切れた。2Bは平均とまでは行かないものの、ベクトルは相性がよければバンと点が上がる科目。ただ、相性良くなくて全然分からないままタイムアウト。数学解くのが遅くてね…
化学はなんかそんなに覚えてない(笑)すごく待ち時間が長かったことぐらい()でも相変わらず勉強出来ないのは続いてたんで普通に出来なかったね、うん。いつもの自分って感じで。

そして次の日の学校でのセンターリサーチ。英語は大コケ、化学や2Bも振るわず、1Aは直近の模試とほぼ変わらず。しかしここで現代文が奇跡を起こします。
なんと、漢字を1問間違えただけの98点。これまで模試で7割ばかりだったのでもう驚きまくり。信じられなくて5回ほど数え直しました(笑)ちなみにそれを担任の先生に見せると「すごいじゃん!でも漢字かい!」ってつっこまれました。まぁそりゃそうよねwまさか小学生の頃から苦手な漢字がここまで引きずるとは…

この現代文の奇跡があったおかげでセンター利用は出願した全ての学科でA判定を頂けました(チャレンジ校はセンター利用出しても英語&理科科目必須でさすがに無駄だと感じてだしてないです)。実は、第1志望の所もセンター利用出していたのですが念の為&もう出願しちゃってたので一般も受けることに。

一般受験スタート

まずは慣らしも兼ねての滑り止め校。とはいえセンターの手応えがあったのでさすがに大学生にはなれるだろってことで全く緊張せずに受験。ただ、試験会場が使う科目ごとに別れてたんですけど、私が使った現文&化学の人たちが少なすぎて教室に5人(理系の大学だから数学&理科が多い)。5人で本当に合ってるよね?って顔を見合わせたりも(笑)

次は本命、第1志望の一般受験。この時にはセンターリサーチの結果が返ってきていて第1、第2共に行ける確率が高かったとはいえさすがに緊張。
あ、ちなみに第1は一応で一般も受けましたが第2は学校に受けにすら行きませんでした。結局センター利用で合格したし(笑)
でもなんかあんまり覚えてないんですよね…なんでだろ…マークシートの丸が横長でやりずらかったことぐらい…なんの為にもならんな(笑)

そして2月2日、正式に第1志望の合格を頂きました。だいぶ前に書いてますけど中学受験の合格日も2月2日なんですよね。なんか不思議。
安心してその他の受験へ向かう…はずが…

インフルエンザ

(受けなかったけど)本来は第2志望を受けるはずだった2日と、チャレンジ校の受験日7、8日の間の4日にちょいチャレンジ校が1校控えてました。そこは実は1度志望校に入れたものの、やりたいこととは少し違って外したところ。だったのにその大学が最近伸びてきてるところらしくて、(そこの合格実績が欲しかったのかなんなのかよく分かりませんけど)半ば誘導されるように出願したところ。なので私自身は受ける気しなくて(笑)

しかし、3日の朝、完全に具合が悪い。熱に鼻水に関節痛。そして想像通りのインフルエンザ。
ちょうど第1志望とチャレンジ校の間にかかったからまだ良かったけど…やっぱり予防注射受けるべきだったかぁ…と()
しかし、私的には好都合。だってその大学受けなくていい(と言うより受けられない)んですから。学校のためなんかに受けたくねぇとか思ってたんでね(笑)まぁ受験料を捨てたようなもんなのは申し訳ないけど…

とはいえ、インフルにかかると5日間行けないみたいなのあるじゃないですか。それが終わる日が6日だったので受験日には被らなかったものの、前日すら塾に行けず。そして最初2日はちゃんと体調悪かったから勉強も出来ず。不安なままチャレンジ校の受験へ。

まぁ案の定ね

もう最初に言っちゃいますね。落ちましたね。
まぁ前日までインフルだった人がチャレンジ校受かるかって受からんわ、そりゃそうよ。
しかも受験科目が英語必須、生物or化学、国語or数学だったからどれかと言えば国語と数学ができる私には完全に不利な状況。
もちろんチャレンジ校にも行きたかったよ。唯一の共学だったし、大学もそこそこ大きめで色んな出会い(同性異性含め)も期待できたし、学歴フィルターのことが頭の片隅にあった私にとっては少しはいいところの方が…って気持ちやっぱりあったし。だから第1志望とチャレンジ校同じぐらい行きたかったんですよね。でも、チャレンジ校落ちたなら第1志望行けばいいじゃない!ぐらいの気持ちだったんでなんかそこまで悔しくなかったですね。その時はね。

そして私は第1志望の大学への入学手続きを済ませ、私の大学受験は終わりました。

その後の後悔

それからしばらくして大学生になってから衝撃の事実を知ることになります。
私には中学受験の塾時代から仲良くて、中高も共に登校した友達2人がいるのですが、なんとその2人が私がチャレンジ校としていた所に。片方はGMARCH志望、もう片方は国公立志望なのは知ってたので彼女たちにとってそこは滑り止め。私にとってはチャレンジ校だったのに。

その時はさすがにちょっとメンタルに来ましたね。そっか…いつの間にか2人とも勉強してもっと上を目指すような人になってたんだな…って。
私は確かに第1志望の大学に行ったけど。なんか…みんな勉強頑張って偉いなって。なんだろうね。分からないけどなんかわだかまりが残って。
とはいえ、私が行きたかったところに行ったから嫌いとかそんなの無いしむしろ尊敬するもん。

でも、後悔は、ちょっとあるな。

ね、為になることなんてないでしょ?

受験の体験談なのに特に為になることないどころか割とそれでいいのか?が多いという(笑)
そしてなんかめちゃくちゃ長くなったし。誰が読むかよ(笑)
以上、私の中学受験&大学受験体験談でした。

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