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咳をしても茶島

 かかりつけの耳鼻咽喉科の先生は、ぼくの鼻に問答無用で内視鏡のカメラみたいなのをつっこみ、映像をのぞきこみながら、のんびりした調子で「ひどいね~痛かったでしょう」。気管支炎と診断された。鼻の奥にも炎症があるらしい。

 まず喉にきた。火曜日だったか、急に喉が痛くなった。激闘の柏レイソル戦で張り切りったせいかしら。その日は龍角散をのんで済ませた。粉のヤツは意外と効くのである。

 水曜日、くしゃみが止まらなくなった。ぶえっくしという騒音に、我が家の猫3匹が一目散に逃げ出し、妻はプレー中のエルデンリングをミスった。あわせ技で鼻水もあふれる。鼻の穴から人中にかけてちょっとした小川が仕上がった。あわてて鼻をかむと、その騒音でまた猫たちは逃げ出し、妻はプレイステーション5のコントローラーを置いて、深いため息をついた。

 木曜日。咳がひっきりなしに出る。微熱もあった。いよいよだなと病院へ行き、冒頭の診断となった。帰り、病院のとなりの薬局で8種類の薬を処方された。「え、こんな飲むの?」って顔に出ちゃったんだろうな、薬剤師のかたが「おおごとになっちゃいましたね」と笑ってくれた。

 おかげさまで仕事はキャンセル、等々力行きもパーである。急に手持無沙汰になってしまった。なにをしようか。このまえの新潟戦を観かえすのもわるくない、いまの時期ならEURO、コパアメリカだってある。選びたい放題だ。ぼくが選んだのは、そのどれでもなく、三ツ沢で撮った動画だった。チームのウォーミングアップ中に別メニューをこなす茶島さん(と小原さん)の動画だ。

 メンバー外だったふたりは全体メニュー後、松尾コーチに連れられてバックスタンド側のタッチラインに移動、短い距離のダッシュを何本かこなした。ちょうどぼくがいたところがその真正面だった。チャントやコールがとびかうなか、ぼくはスマホを構える気まずさに耐えながら、ふたりの走る様子をiPhone7という古代文明の遺物におさめた。1試合観にいくと帰るころには充電が1ケタ%になる、しわくちゃのスマホである。とうぜん録画される映像も荒い。その荒い動画をベッドで横になりながら何度も観た。体調不良のときは茶島雄介成分を摂取するに限る。画像の良し悪しなんて些末。

 茶島さんの走りかたはきれいだ。身体がグラグラせず、スーッと走る。あげた足のほうにもちょっと重心が残る走りかたをする。軸足に傾きすぎることがない。キックもそう。蹴り足のほうに体重がだいぶ残っている。すこしだけシャビ・エルナンデスっぽい。つい最近までバルサの監督だったかれである。若いころよく観ていたそうだから、影響もなくはなかろう。

 茶島さん、出場できるかなあ。とぼんやり考える。右の大外には新井直人さんがいる。牙城は崩すのはなかなか骨が折れそうだ。越道さんも忘れてはいけない。いまハズれているのもおそらく怪我かなにかだろうし、油断ならない。とはいえベンチに入るところまではきているのだ。あとなにかきっかけがあれば……。

 と真面目に考え込んでいたら、また咳が出始めた。お薬をのもう。プリントアウトされた薬のリストとにらめっこしながら、黙々と包装シートをプチプチ。ティッシュの上に大量の錠剤を広げるとそれを手の平にうつし、あおった。なにかの儀式の作法をやっているみたいだなとおもった。なので、ひととおりのんだあと、お祈り。

 等々力で茶島さんが出場できますように。ぼく行けないけど。

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