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ハーモニーアダルト文庫『本命』

作:平 和 (たいら なごみ)

「今年のバレンタインも手作りチョコ?」
「勿論です!」
 聖の冷やかしですら嬉しい美樹は、せっせと作った。ベリーの果肉とソース入りのチョコを。勿論、愛する俊の為だが、俊を愛する人は他にも居るんだった、と実感する日でもある。その殆どが義理だ(としても、届く数がちょっとしたタレント並みだから、甘い物がそう得意じゃない俊にしてみれば、嫌がらせにも等しい)が、マジですか的な勘違い女から、勝手に本命にされて招待状とか送り付けられるから傍迷惑この上ない。
「あら? はぁ…若には見せられない…」
「又、勘違い?」
「はい。式の日取りが書いてあります」
「ありゃ。凄い世の中だねぇ」
「ですねぇ。公式には、まどか嬢と言う婚約者が居るのに」
「だよねぇ。って、誰だ? この人」
 どれどれと身を乗り出して、ああっと短い返事をした。
「よし君の知った人?」
「会ったのは遠まきから1度だけですが、圭介さんの奥さんですよ」
「ああ。あのシトの。ふぅ〜ん。大変だねぇ、議員の妻って」
「ですね。こんな事もするんだ。どうせ、バイトでしょうけどね、宛て名書き」
「だろうね。で、どうするの? コレ」
「一応、お知らせしておきます」
「はいはい」
 バレンタインのカードを1枚持って部長室に入ったら、丁度、国際電話中だった。日本国内だけだろう、こんな事に現を抜かしているのわ。けれど、どうやらバレンタインの電話だったらしく、一言、要らんと返して切っちゃった。
「圭介さんの奥様から、バレンタインカードが届きました」
「あ〜ん? 圭介からじゃなく?」
「圭介さんから届いたら、問題あります」
「あ、そうか。まぁ、良いや。どうせ圭介とは、今晩会うし」
「えっ! マンションへは何時頃にお戻りに」
「深夜過ぎてるだろうな。何か、急ぎの案件でも入ったのか」
「いっいえ。何も。じゃ、14日水曜日は」
「予定入ってる」
「そうですか。失礼致します」
 何か、ションボリ。足取りも重くなる。
「金曜日の夕方以降から土日に掛けて、予定いれるなよ」
「あっ、はい。何かあるんですか?」
「特別な人への特別なサービス♡」
「どなたですか?」
「ふっふっふっ♡ 内緒♡ お前も付き合うんだからなっっ。良いなっっ」と言って一睨み。
「はっはいっっ」との美樹の返事も上擦った。更に、今週は弁当要らないと告げて、書類に視線を戻す。美樹はショックを受けたように、それでも一礼して部長室を出て行った。その背を見送り、俊が不満そうに口をへの字に曲げる。美樹の態度と言うか反応が、気に入らなかったのだ。
「気付きやがれっっ」
「何か言った? 矢っ張り気に入らなかったかな、こんなの」
「違う違う。旨いよ。俺も使わせて貰って良いか?」
「勿論、勿論。オーナーシェフを紹介したいから、会って行って」
「ああ」
 いつもの月曜日と同じく、21時迄キッチリ仕事して、圭介とデートしてるんだった。昼間の美樹の態度をちょいと思い出し、イカンと反省。今は圭介との時間だ。圭介の事を考えなくちゃ‥‥。
 俺は甘い物が苦手だし、だから、会社で貰う、嫌がらせとしか思えないチョコの山は、実家の、義理ですらチョコを貰えない若い連中にパーッと分けているが、情人(コイビト)達との時間は大切にしている。特に、こう言ったイヴェント事には気を配っていた。月曜日の昼から金曜日の昼迄に片付ける! 今年はバレンタイン当日が水曜日だったが、毎年、少なくともこの15〜6年は同じスケジュールなのに、その前から特別扱いを受けていたバカだけ、気付いていない。何故だろう? ワザとか? ワザとなのか?!
 バレンタインとホワイトデー週間は、毎年全ての情人達と、何とかやり繰りして過ごしてやっていた。いつも、唯一方的に呼び出して、犯るだけ犯ったら放り出すんだからと、摘み食いは別にして、自宅マンションに呼び付けられる12名(この内2名は海外が本拠地だが)には気を使っている。若干2名は泊まれたし、特別中の特別には部屋のスペアキー迄渡してあるってのに、気付けよっ! コラァ〜っっ!!
「ぁぅっっ」
 食事済ませて、ホテルの一室で圭介と犯ってるんだった。大丈夫か、俺。今年のバレンタイン週間は、今日始まったばかりだぞ。
 ゆさゆさと、圭介の白い小さな身体を揺する。さっきのが怪しまれないように、緩急付けて挿れたり出したり。
「今日は有り難う。付き合ってくれて」
「否。来月、お返しするからな」
「そんな事言うと、期待するぞぉ」
「身の丈の期待にしてくれ。じゃあな。気を付けて。おやすみ」
「おやすみなさい」
 ホテルの部屋で、キスして別れた。
 今週は俊も車通勤だ。呑んでいるので社用車だが、乗り込むとどうしてだが、大ボスが居た。
「どうしたんです」
「何してるかなって」
「はぁ…? ご用がありましたら、いつものようにお電話下されば、犯ってても止めて参りましたのに」
「その場合、止められちゃった人はどうなんだよ?」
「さぁ」
「さぁ、なのかよっ」
「はい。自分で慰めるかもだし諦めるかもだし。そんなの知りませんよ」
「そうか。それで良いのか…にゃ?」
「若も“にゃ”ですか?」
「可愛くなるかなと思ってだなにゃ」
「若はお小さい頃から、それは愛くるしいお子様でしたよ。当然、今も可愛いです」
「止めろ。美樹の方が可愛いと思ってるクセ」
「若とミキは次元が違います。付き従う方と、飼い犬の差」
「そう言う言い方、嫌いだ。はぁ。トシさんに恋してた頃に戻るから、この季節は嫌いだ。キスしろ、唇に」
「はい」
 重なった唇。けれど、それ以上にはならなかった。龍司から求める事はない。無論、俊も、情人達にするような求め方はしない。唯唇が、2人の唇が、密着しているだけ。
 それが、5分程続いたか。龍司が目を開け顔を引いた。俊も目を開ける。と━━‥‥。
「おっと」
 首っ玉に龍司が抱き付いて来た。
「先生…今年もあなた以上に好きになれる人物との出会いはありませんでした」
 その龍司を、軽く抱き締める。
「いつ迄1番で居られるでしょうねぇ」
「多分、一生。ちゅぷ」
「んっっ」
 俊の瞳を覗き込んで来た龍司の眼が何処か悲し気で、一瞬気を取られたら、マジキスされた。これが中々お上手で、随分と食って来たんだなぁと思ったが、俊を起こすレベルではない。
「先生っ」
「若」
「1回だけで良いからっ1回だけでっぇぐぇぐっ抱いてっ」
「若…」
 越えてはならない禁忌かも知れないが、腕に縋り付き泣きじゃくる、憎からず思っている者が抱け、なんざ言えば食うってば━━‥‥。
 龍司のネクタイを緩め、ブラウスのボタンは引き千切った。そして、男の扁平な胸にお飾り程度に座する乳首を口に含み、舌先で転がす。
 全く想像していなかった訳ではないが、身分が違うと厳しく躾られていた。だから、あくまでも妄想だった。けれど、今、腕の中にある。触れてはならぬと想い続けた人が━━‥‥。
 上半身に刺激を与えながら、下半身を剥き出しにさせた。これには本人の協力も必要だ。何分にも、狭い車での出来事である。自分も、前を寛がせペニスを出してみた。夜尚寒い、東京の2月だってのに龍司の身体は熱くて、俊の方も、久し振りに燃えている。
「はっぁぁっ先生っ」
「何ですか?」
「僕、処女だよっ。先生以外は要らないからっ」
 ここ迄の禁に手を染めた事は、多分、2人共なくて、その分興奮して年齢が10 年程若返っているようだった。
 龍司に経過がない事は、触れば直ぐに判る事だった。龍司のアナルは固く口を閉ざし、指さえ中々銜えない。が、たっぷりの時間を掛けて俊の節太のゴツイ指を3本、楽に出し入れ出来るくらいに柔らかくした。そして結合。
「うっああぁっ先生っ先生っ先生っ」
 ギチギチで、でも構わず揺すった。残る痛みが良いと、情人達も妃も言う。
 俊が1発イク間に、龍司は3発抜かれた。俊が相手だとするなら、これはかなりの好成績だ。1発イクのに短くても30分は揺すってなきゃだから、努力賞をやっても良い。
 俊の、鍛え抜かれた下腹部に擦り上げられ、俊の腹に3回もイッてしまった。恥ずかしいかも。どんな顔すりゃ良いんだ。
 どんな顔は俊も思っているところだった。バツが悪い。笑って誤魔化せるような行為でもないし。まっ、抜いとこっと━━‥‥。
 ズルッとペニスを抜くと、龍司が悲鳴を上げしがみ付いて来た。
「いやぁ〜っいやだっいやっ!」
「若っ? 若っ」
「いやだよっいやっいやだよっ先生っ先生っ」
「若っ私はここに居ります」
「何で出ちゃうのっ僕の中に溶けてよぉ」
 大号泣を始めて、何かもう、抱き締めるしかなかった。そう言えば美樹も、同じような事を口走り、泣き叫んだ事があったっけ。あの時も、今と同じく抱き締めていた。
「若、若、若、若」
「ぐすぐす、先生っ」
「綺麗にしましょうね。勿体ないので、舐めましょうかね」
「恥ずかしいけど、良いよ。でも、僕も舐めるから」
「ダメですよ」
「僕だから?」
 涙を湛えて見開かれた目と、イントネーションの付け方で、そぉいふ納得してたのかと、俊が頬を掻いた。今更どうにもならないけど‥‥、否、綴り直そう、今夜━━‥‥。
「じゃ、やりますか、69」
「ゔっうんっっ」
 ペロペロ、しゃぶしゃぶ。
「ブラウスのボタン、引き千切ってしまったので、言い訳が大変ですね」
 身嗜みをお互い先に整え一息吐いたら、龍司が戻って来た。
「ごめんなさい、先生。墓迄持ってくつもりだった想いなのに…ごめんよ。ふうっ」
「若」
「もう、“若”じゃねぇよ。1回こっきりの関係だ。胸の1番奥に仕舞っとく。たまに、取り出して見るかもだけどな。くくっ」
「ボス。私は貴方の物ですから」
「判ってる。もっかいだけ、トシさんのマジキスして…ん」
 しかし、3分くらいで龍司が根を上げた。
「こんなキス何分もされたら、イッちまうよ。スゲェな、トシさん」
「殺し屋ですから、私」
「ふふ。本社に戻ってから帰るわ。有り難う。俺なりのケジメが付いた。じゃ」
 龍司は1人で降りて行き、待機させていた車に乗り込み行ってしまった。無論、俊もマンションに向かわせた。犯ってる最中の車載カメラが作動していなかった事だけは、確認した。すると、今夜の運転当番だった奴から、実はと、先週から企んでいた事だと知らされた。
「何でそんな前から俺っ…て…お前…ボスの秘書の1人じゃねぇ〜か! いつ変わった!」
「お迎えの時から私です」
「ゔっゔ〜〜っっ」
 ボスの少女のような淡い想いがくすぐったくって、若時代からお世話していた彼には、この時季の俊のモテッ振りは、平静にして訊き流せるモノではなかったとか。それでまぁ、今年は迫ってみてはと、去年から種を撒いていたそうだ。
「何じゃそりゃ。若を傷物にされても平気なのかね」
「傷じゃないですょ。田口の若なら」
「そ〜かよっっ。他言無用だぞっっ」
「当たり前じゃないですかっ! 私が御前に手打ちにされますょ」
「どっちの耳に入っても、俺もお前も命はないな」
「お〜そろしい。では、おやすみなさいませ」
「あいよ」
 自宅マンションの玄関で別れ、俊は疲れたように部屋に入った。
 昔、若に叩き付けられた想いがピュア過ぎて、怖かったのを覚えている。戒めとならねばと、必要以上に自分を律していたのかも知れない。そして、押し付けていたようだ。
 まだ青いな、などと、自嘲気味に笑う。と同時に、若には謝罪した。自分がもっと長けていれば、若にこんな苦痛を強いる事もなかったろう。
「ふむ」今晩はこのまま寝もうか━━‥‥。
「ふむ」と、もう1人、風呂に入らずベッドに潜り込んだのが居た。勿論、龍司だ。今夜は、先生の匂いに包まれて眠りたい、と思った。痛みが消える迄は先生と一緒だ。消えたら、追わないように努力してみようかな━━‥‥。
 火曜日の昼は、情人の1人と摂った。これは、金曜日の昼迄続く。だから、この間の美樹が俊の為に用意した弁当は無駄になる訳で、その事は予め言ってあるのに、何でそうなのか美樹は判らないから、何かあった時の為と、作って来てしまう。
 14日水曜日。バレンタイン当日。約束の時間に間に合わないが、多少遅れても帰りゃせんだろう。21時を20分過ぎてから、オフィスを出た。
「若っ。今夜、お戻りはっ」
「女とシケ込むに決まってんだろっ」
「あっ! ぁぁっ」
「よし君」
「聖さん。嫌われましたかねぇ」
「今週だけだよ」
「そうですか?」
「うん。じゃ、お先」
 俊が美樹をどれだけ特別扱いにして来たのかは、矢っ張り、本人が1番知らないようだ。俊のこの数年のこの時季もこの週だけの、お仕事で居ない時以外は動かないスケジュールである。俊に近しいところは当然と知っているのだが、あれだけ若の事には敏感なのに、こう言うところは鈍い。好い加減で気付いてやれよ。じゃないと、若の努力が報われなくて気の毒過ぎる。
 俊は乗って来たBMWをブッ飛ばし、自宅マンションに急いだ。
「わりぃ〜」
「お仕置き! ぺんぺ〜ん」
 マンションの玄関で一端車を降りて、ひょっと中を覗いたらリズが居た。で、長ネギでおしりを叩かれ、もうちょっと待つように言って車を地下駐車場に入れ、リズを拾って部屋に向かった。
 毎年14日は女の子と過ごすと決めていて、リズをマンションに呼ぶようになってからは、リズと過ごしている。
 リズは自炊しているので、手料理を振る舞っていた。いつもは側にない特別な人に、心ばかりのお礼と気持ちを伝えたくて、チョコの代わりに大奮発したスコッチとネクタイをどうぞ♡
 リズにプレゼントされたネクタイ、これで何本目になるだろうか。軽く10本は超えていよう。
「お前、明日の予定は」
「店に出るくらいかな。だから、勝手に出て行くよ。気にしないでぇ〜」
「そうか。料理もお前も旨かった」
「キッザ〜〜っっでも様になるのよね、トシさんだと」
「それは、アバタもエクボだ」
「そんな事ないわっ! 私達のっ…ううん…私のトシさんが1番漢前なんだから!」
「ああ。今はお前のだ」
「わ〜い♡ でも明日、同じ台詞をマサシ君にも言うでしょう」
「だけじゃねぇがな」
「うふふ♡ でも、今は私だけのトシさん♡ おやすみなさぁい♡」
「起こさずに出てくぞ?」
「起きるもん! そして、寝直す」
「何じゃそりゃ」
「プレゼントしたネクタイに合うスーツを選ばなくちゃね♡」
「はいはい」
「わ〜い♡ トシさんを独り占め出来る日ぃ〜」
「寝るぞ」
「あい♡」
 リズは暫くゴソゴソしていたが、落ち着く場所が見付かったのか、大人しくなった。それから少しすると寝息が訊こえ、それを確認してから俊も瞼を閉じた。細いその肩が、愛おしいのだ。
 次の日、リズにスーツを選んで貰った。リズは前言通り、ネクタイに合うスーツを選ぶと(勿論、ポケットチーフもタイピンもカフスも選んだし、ブラウスの色やスタイルも選んだ)、手早く朝食を作ってくれてベッドに潜り直していた。
 頂きます、して美味しく食べて、食器を片付けてFAX用紙にメッセージを残し車で出社した。
「おーっス」
「おはよう御座います」
「おはよう御座います」
「今日は張り切って仕事をしよう!」
「どうしたんです?」
「何かありましたか?」
「後1日!」
「ああ! そう言うの! そうですっ! 若!」
「おうっ!」
 先が見えて機嫌の良い俊は、聖の声援に右手を振り、部長室に入って行った。
「えっ? あっあの…あと2日ですよぅ」
 美樹の声は届かない。
「気付いてやれよ、よし君」
「何に?」
「えっ!」
「えっ?! そんな、愕然とする事ですかっ」
「いやぁ〜。若、頑張って」
「何ですか、それぇ〜っっ」
 マヂか美樹。特別扱いが普通なのだから、その特別がない状態なんて考えられる訳もなくて、これでもマジなのだ、美樹は。愕然とするくらいなら教えてやれよ、聖。そんなに手間暇の掛かる事じゃないんだから━━‥‥。
 そして21時。
 ピッタリにオフィスから出て来た俊に、美樹の虚しい声が掛かるが、まともに返事もして貰えなかった。
「わ…か…ぐふっふぇ〜ん」
「うわっ。よし君? よし君。若はよし君を1番大事に思っているから!」
「じゃ、何で、さっさと行っちゃうんですか?」
「それは」
「答えてくれても良いじゃないですか」
「だぁ〜からぁ〜」
「ぇふぇふ」
「一緒帰ろ」
「聖さぁん」
「よしよし」
 28歳の青年をよしよしもないもんだが、25歳の娘の居る聖にとっては息子に近いかも。何と言っても、実の娘と3つしか違わない。こんな状態の美樹に運転なんかさせたら、絶対に事故る。だから自分の乗り付けた、車高調入ってるけどマフラー弄ってるくらいの、見た目だけ普通のスカイラインに乗せ、6点式シートベルトをさせる。木曜日の首都高は、金曜日より楽しいのさ♡
 るるるるるん♡ ←は、聖の心の声。
 700馬力に対応出来る足回りだってぇ事に、夜だから気付けないようだが、そもそも、700馬力にチューンしてるなんて考えない。そんなの、車検に通らない。でも、このまま、じゃなきゃ通るのだよ。それも、誠にあっさりと。詰まりはエンジンの載せ換えだが、技術と道具と車庫さえありゃ、朝飯前的に出来ちゃうのだ。で、この3点を聖は持っているから、no problem。
 今夜は美樹と言うバラスト付きだったけど、挑んで来る車は聖のように腕に覚えのある強者(?)ばかりで、いつになく楽しそうにしている聖を見ていて、いつしか美樹も熱くなっていた。
 通称、C1グルグル。大井埠頭に出張る程、若くはないが、今行っても負ける気はしない。そのくらい、事、運転に関しては自信があった。車の整備、点検にも手を抜いていない。
「さぁ、帰ろうか」
「はい。はぁ。スカッとしますね。聖さんに弟子入りしようかな。もう、遅いですか?」
「ストリートで遊ぶ程度なら、よし君にも出来るよ。ま、初めからは勝てないだろうけど、何度か経験したら、スタートのタイミングとか駆け引きとか覚えるだろうし」
「え〜っそんな手順踏まないとダメですか」
「う〜ん。勝てるとしたら、マグレか相手がヘボかだね」
「ガ〜ン」
「ふふ。よし君、車の外見とエンジン音で、どのくらいチューンしてあるか判らないだろう?」
「まさか、聖さんには判るんですかっ」
「ある程度ね。まず、外さないけど」
「そこ迄の車愛はないや〜っっ」
「よ〜っと、着いた着いた。明日は私に付き合って早目に出社しておくれ」
「いやっ。若のお弁当が」
「若の弁当は必要ない」
「どうしてですかっ」
「明日の昼で終わるから」
「何が?」
「若の今年のバレンタインが」
「ぇっ。僕まだ、渡してさえいないのに」
「あのさ、よし君」
「はい」
「若がよし君のチョコを受け取らなかった年なんてないだろう?」
「ん〜と…はい」
「必ず、金曜日の夕方か夜に受け取ってくれていたろう?」
「ん〜とぉ、そうだったかなぁ」
「まっまぁ良いや。車から降りようか」
「あっ! 済みません。でも聖さんっ」
「判った判った。教えるから、寝る準備してからでも良いよね。晩ご飯も食べてないし」
「はい。僕、有り合わせの物で何か作りますよ。聖さん、先にお風呂どうぞ」
「R34のメンテがあるから、よし君こそ」
「ぇっ。メンテって毎日ですか?」
「勿論。1㎜締め過ぎても緩めても、車の挙動は変わる。後は、天候ね。湿度と気温も拘って来る」
「へっへぇ〜。デリケートなんですね」
「銃と同じだよ」
 そう言うと納得してくれて、美樹は2人分の夕食作りとお風呂。聖は車のメンテとお風呂。2人共寝るだけの状態になって、聖が美樹の使わせて貰っている俊の部屋に訪ねて行き、まずはご飯を食べてから、さっきの続きと言う事になった。
 若がはっきり示さない事を明かしても良いのかなぁ〜? と思わなくもなかったが、余りにも鈍過ぎる。これじゃ、若の努力が報われない。最後の一言は若に言わせるように、お膳立て致しましょう! 田口家へほんのちょっぴりお返しを…。
 聖が訪ねて来て、晩ご飯を食べた。
「美味しかったぁ〜。料理の腕、又、上げたね」
「そんな事ないです。若、お弁当食べてくれなくなったし」
「それは明日迄。来週からは、会食とか入ってない限り、よし君の拵えたお弁当を、美味しいって言って食べるから」
「どうして判るんですか?」
「過去がずっとそうだったからさ」
「ぇっ、過去…?」
「そう。去年の事でも良いよ。この何年かの事、良く思い出してごらん? 以上、私からの情報。事の真相は、若を問い詰めて」
「そんな事出来ないですぅ〜」
「しなさい。する権利はあります。では、おやすみなさい。おご馳走様」
「う〜ん‥‥若。━━‥‥トシ兄」
 わなわなと震えるのは美樹の唇だけではなく、マサシはフニャフニャになっていた。
「今日、感じ過ぎちゃうっぁぁっ」
「うん。みたいな。淫剤でも飲んで来たか?」
「ばっかっそんなマネっするもんかっぁん」
「すっげぇっ締まる」
「ぁぁんっ」
「もっと喘(ナ)け」
「ばかんっんっんっぁぁっトシさんっ」
 本番は明日からの2泊3日だから、絶倫だけど長保ちするから30分揺すって1発だけってぇ省エネ作戦。1週間のトータルは7発。否、ボスが居たから8発か。1日平均2発じゃ俊は堪えない。寧ろ、30分だか40分、ずっとズコバコ犯られていた側に、一方的にダメージが現われる。こりゃ、仕方ない事だ。それ込みで俊に惚れているんだから。
 そして、最終日であり本命の金曜日。
 俊は、聖が言ったようにお昼は外に行ってしまい、矢っ張りお弁当を食べてくれなかった。美樹は声もなく涙を溢している。
 聖の出社時間に合わせたので、いつもより更に1時間早起きしなきゃだったけど、そんな、目も合わせてくれないなんて!!
 ポロポロと涙だけを溢す美樹に、聖のいつになく強い声が掛かった。
「若のお弁当を出してっ! 早くっ!」
「はっはいっっコレですけど…」
「フム。若の弁当箱だけど、智君に食べさせるよ。良いねっ」
「はっはい」
 反論など許されない口調と語気だったので、美樹は頷く事しか出来なくて、出前ついでに社食に行くと聖は一言言い置き、姿を消した。
 前室に1人ぼっちになった美樹は、聖の態度と語気の強さに泣き止んでいたが、何かを思い切るようにかぶりを振ると、弁当を美味しくなさそうに食べ始めた。1人で食べると美味しくない。2/3程も残しお茶を呑む。と、智がやって来た、俊用の弁当箱を持って。
「ごちそ〜さん」
「智さん」
「若が羨ましいねぇ。こんな旨い弁当を作って貰えるんだから」
「ダメです。今日なんて、まだ一度も目を合わせて貰えてません。飽きられたかしら」
「それはないわ〜」
「どうしてそんな事言えるんですか?」
「だって、出掛ける若の足取りが軽かったから、思わず今日本番ですねって声掛けたんだけど、Vサインくれたよ」
「本番って何の?」
「何のってそりゃお前」
「さ・と・し・君」
「はい!」
「お喋りが過ぎるよ」
「えっ? 何で?」
 いつの間にか聖が背後霊してて、ファイブカードもスペードのエースが、ビクッと身体を震わせていた。そんなに予想外だったのか━━‥‥。
 小首傾げて聖を見遣る智は、不思議顔。
「教えて下さいっ! 何ですか?!」
「だから」
「だからっ! 若を問い詰めなさい」
「えっ?」
「そほいふの」
「そう言うの。この時季の若のスケジュール、思い出した?」
「はぁ。かなりのバラ付きがあって」
「ないよっ」
「あるかっ」
 思わず、智と聖が同時に叫んでいた。
「え? かなり日付け的なバラ付きありましたけど?」
「日付けはね」
「ヒントは曜日」
「智君!」
「ごちそ〜さん♡」
 聖に殴られそうになり、智は交わして逃げて行った。
「ヒントは予備って何ですか」
「曜日。これ以上の事は、私には言えない。若に尋ねなさい」
「はい。曜日??」
 判らないと、美樹の目が物語っている。鋭いんだか鈍いんだか━━‥‥。明後日の方向いて溢した聖の溜め息は、俊を責めていた。
「ぅっゾクゾクしたっっ」
 その呪いか、ブルっと胴震いした俊は、今年は12人目の情人とのお昼を済ませ、本社ビルに車で向かっている時だった。何だろうとは思ったがちょっとの間で、直ぐに全面美樹になった。手間暇掛けられるだろうが、こっちだって手間暇掛けられるのだ。そう思うだけで笑いが━━‥‥。
 口許を手で隠し、俊はオフィスに入った。
「わっ…若…。すん」
「よし君」
「はいっ! 仕事、仕事っ」
 聖の呼び掛けを何と勘違いしたのか、美樹は手の甲で薄っすらと浮かんだ涙を拭い、手元に視線を落とした。
「ちゃんと若を追及するんだからね」
「えっ? 何…を?」
「忘れたのなら、智君の言った本番の意味でも良いよ。じゃないと、ずっとそうだよ?」
「そんな大事ですかっ」
「そうだね。本音は勝手にやれよ、なんだけど、よし君は神経保たないかもね」
「わっ判りました。忘れないように、手に書いとこっと…」と言いつつ、左手の甲にカキカキ。ボールペンで書いて、丸で囲んだ。忘れないようにしなきゃ。ずっとなんて嫌だ。
 そして、金曜日(ホンジツ)の17時。部長室の扉が開き、俊が出て来た。聖は事情を知っているから特別表情も変えなかったが、バレンタイン週間と言う事でいつも以上に郵便物が多くて、その郵便物に半ば埋もれていた美樹はドッキリして振り仰いでいた。その美樹の視界は黒。何でだろう? と思ったら、俊の鞄だった。
「帰るぞ。運転しろ」
「はぁ!? はっはいっえ〜と」
「後は良いよ〜。気を付けて。忘れないように」
「あっ! はいっ。お先します」
 俊の鞄を持って、ガチャコンとタイムカードを押す。そして、エレベーターで地下駐車場に向かった。が、好い加減で俊も美樹力が枯れていたので、エレベーターに乗るなりキスしていた。
 あもうもなく俊のマジキス10分もされちゃった美樹は大変。地下3階で役員用エレベーターを何分も止めちゃったけど、美樹はブルって頬を染める。今回も、美樹はイカされた。てか、イッて貰わないと虐め甲斐がない。
「お前、イッたな」
「はっはぃっ」
「汚れた下着付けてる気か」
「きっ着替えて来ますっっ」
「そんな時間はない」
「えっ?! ぁっ、特別な人への特別なサービス」
「?? そう、それそれ」と咄嗟に話を合わせた俊は、自分で吐いた台詞を忘れていた。てか、はっきり覚えていなかったので、その場の空気だ、こんなの。特に地下3階は裏社員用の駐車場だから、表社員はまず来ない。でも、来れない訳ではないし、全く来ない訳でもないだろうから、ドキドキ感満載。にしても、上手い事言いやがったなぁ〜。特別な人への特別なサービスか。やって貰おうじゃん、特別な俺様(ヒト)への特別なサービスを。とか思ってヤニ下がるのは勝手だが、これが真逆になっても真理なのだと、魔王様はお気付きじゃないようだ。
「脱げ」
「えっ!」
「下着だけ脱げ」
「えっ!! 下着なしでスラックス!?」
「早く」
「は・い」
 手にしていた鞄を一端下に置き、言われた通り、汚れた下着を脱いで直ぐにスラックスを履こうとしたが、止められた。当然である。そんな、面白くない。この日の為に1週間頑張ったんだぞ。ムラムラと沸き起こる悪戯心。虐めなきゃね。
「あのっ」
「誰が履いて良いと言った。そのままだ」
「そんなっ」
「特別な俺が決めてんだから良いよな」
「はっはぁ…??」
「汚れたパンツは、そこのゴミ箱に捨てようか」
「いっ嫌ですっ」
「捨てろっっ」
「は・い」
 ゴミの分別をする為に、ゴミ箱は一度改められる。その時、どう思われるだろう。ここを普段から使っている人物には限りがあって、突き詰めて行くと持ち主もバレちゃう! でもぉ、でもぉ、若、マジなんで怖いんですけどぉ〜‥‥。
 半泣きしながらゴミ箱にポイして、ズボンを腕に掛けたまま、腰を折って鞄に手を伸ばしたが、ビクンッと止まる。
 そんな、何の警戒もなくケツを突き出したらイカンだろう。ずっと欲していたんだから、手が出ちゃうよ。つう訳で、手を出してイヂイヂ。
「わっ若っ?」
「ん〜? おっ、入った」
「ひゃっ」
 美樹だって俊力ガタ落ちしていたのだから、ちょっと気持ち良い事されるだけでスタンバっちゃう。だもんで、大した時間も掛けず、俊のあのぶっとい指を3本、激しく出し入れされていた。で、どうなるか、と言うと、美樹用の、市販されている中では1番太いバイブを突っ込まれ、暫くの間、出したり入れたり。
 気持ち良いけど、美樹は堪らない。美樹のは、雄々しく頭をもたげている。こうして見ると、女顔の優男で細身ではあったが、中々どうして、立派なモノが付いていた。無論、俊とは比べ物にならないし、残りのファイブカードとも比べられない。でも、十人衆並みではある。さすが李家の末っ子。意味不明。
「わっわっ! かぁ〜」
「ああ。マズイ。時間が。急ぐぞ」
「あっはいっ」
 頭とっちらかってて、だから、マズイとか急ぐとか言われたら、条件反射的にそうしなきゃいけないとか思っちゃう。だもんで、美樹は、両手に荷物を持つと、おっ勃つペニスも極太バイブを銜え込んでいるケツも晒して、俊に優しく腰を抱かれ、本人の車ではなく、俊が置いてるベンツAGM GT-Rの助手席に座らされ、シートベルトもして貰っていた。
「ひゃんっ」
「悪い悪い」何て言いつつ、実際は悪いとは思っちゃいないので、イケズな感じで美樹のペニスを掴んだり、シゴいたりしてしる。でも、イカせてはやらない。寸前で止める。その辺の加減は熟知しているから、美樹は辛いだけ。そもそも、バイブも大暴れちうで、桃色吐息。
「ミキ、ズボン履け」
「はい」とお返事して、モタモタとズボンを履く。すると、エンジンが止まった。何? と顔を上げると俊が見えて、いきなり幸せになった。う〜んと両腕を伸べて抱き着いたら耳許にキスされて、くすぐったい‥‥。
「若ぁ〜♡♡」
「ん。お前、俺に何を食わせたかった。どんな料理を作るんだ?」
「え〜?」
 頭ボケボケで働かない。でも俊は、ココ迄来ればと、焦らせなかった。
「お前の特別な人である俺様への、特別なサービスだ」
「おお〜っ♡♡ はーい♡ お買い物♡」
「ん。3日分買うから、一緒に行こうな」
「はい♡」とお返事は良いが、美樹は正気じゃない。色んな悪戯されて、あちこちの配線が切れた状態だ。返事はすれども理解はしておらず、唯、ワカ〜メーターだけが生きている。
 この1週間、俊に食べて貰いたかった料理は沢山あるけれど、俊のマンションから1番近いスーパーだと何となくだけど判ったから、特売品とかセール品とかも一通り見て、計算の出来る、賢い主夫だった。1日3食3日分。ひょっとしておやつ? もしかしてコーヒーブレイク? のスナックなんかも込みで、どっさり買い込んだ。お支払は俊で、主な荷物運びも俊だったが、美樹もフラフラしながらレジ袋を持っていた。
 後部座席の足元にレジ袋を置き、助手席に着いた美樹のシートベルトをするついでに、矢っ張りズボンを脱がせる。ちょいとジタバタされたが珍質があったので、両手首の施錠は出来た。美樹に銜え込ませているバイブをハイパワーにして、30分程のドライヴ。
「あっ! ぁぁっ」
 側溝の上をガタガタと走り、刺激を与える。けれど、イキそうな寸前でアスファルトに戻る辺り、いかに美樹の加減を心得ているかだろう。
 美樹は唯、泣いていた。
 何でこんな目に合ってるの? 僕はどんな事をしたの? 僕が何をした? 唯辛くって、苦しくって、悲しくって、涙が溢れて仕方なかった。
 辛い時に、苦しい時に、悲しい時に、唱えると楽になれる言葉? があった筈だ。単語だったような呪文だったような、何だったろう。今言いたいのに、今唱えたいのに、その文句が判らない。身体が辛いのか、苦しいのか? それとも心が、悲しいのだろうか━━‥‥。
「ぁっぁっとっしっとしっトシっ」
「大声で叫んでみろ!」
「トシっ!!」
 思い出した。まだまだ小さかった自分を助けてくれた、カッコいいお兄ちゃん。彼の名前がトシで、何かあったら飛んで来るから呼べと言われた。広いお部屋、広いベッドに1人ぽっちで、怖くて悲しくて淋しくて泣き寝入り。そんな夜を幾晩過ごしてだろうか。余りに辛くて呼んだら本当に来てくれて、ギュウッと抱き締めてくれた。以来、そのお兄ちゃん(本当は、このお屋敷の若様なんだけど)のベッドで抱っこされて眠るようになった。そうしたらもう、怖くも悲しくも辛くもなくなっていて、若が大好きになっていた。
「トシっひっくっぇっく」
 大泣きしながら俊の名前を口にしたら、車が急に止まり大きく前のめりになった。けれど、一切構わず、美樹を抱き締める。強く強く、きつくきつく、でも大切そうに━━‥‥。
「まだかな?」
「ぇぐっ何がですか? ぐすぐすっ若ぁ〜」
「ああ。そうなるか。バレンタインの時だけに訊ける天使の囁きか。何て事だ」
「え〜? ひっくっぇぐぇぐ…イキたいですっ」
「ふん。も1回呼んでみ?」
「何を? ぐすぐすっ」
「俺を」
「若」
「バカ! もう良いっ! 帰るぞっ!」
「えっ? えっ? 何が悪いです〜? 判らないですよぉ〜っっ若ぁ〜」
「言うとれ!」
 抱き締めるのに邪魔だった手錠は外したが、イカせてはいない。
 グルグル回ったけど直線距離的には隣り町に居るだけだから、直ぐマンションに着いていた。
 怒っている俊は優しくなくて、レジ袋は全部持ってくれたけどさっさと行ってしまった。下半身裸だった美樹は車の中でせっせとズボンを履き俊の後を追ったが、1歩及ばず締め出されちゃった。
 だから、スペアキーを使ってエントランスに入り、エレベーターに乗り、部屋に入りと、一手間増やされた。
「若ぁ〜? あ、お風呂か」
 一目瞭然。俊が歩いた所に、俊の抜け殻が落ちている。迷いもなく、バスルームに続いていた。それを一個一個拾い、洗う物、クリーニングに出す物、吊るす物、仕舞う物に分ける。
「若! お背中流します」
『ああ』
 いつものトーンの俊の声で、ホッとした。イキたいけど我慢して、ケツのバイブも気になるけど俊の方が気になるので、まずは脱いでから俊の広い背中を流そう。
「失礼しまぁ!? わっか! 若! 拳! ひゃあっっ! 血の海っっ! 何をやって?!」
「ミキ!」
「はい! 手を出して!」
「はい…」
「あ〜あ〜、こんなの僕じゃどうにもなんない。電話して来ますから、手を心臓より上に」
「そんなの良いから訊けよ」
「良くないですっ! 若! これは僕の手には余るので」
「自分でやるから構うな。出てけ」
「何を言ってるんですか?! 若!? 若!」
「いつ迄俺は、バカで居れば良いんだ!」
「ババババババカだなんて頓でもないです。若ですよ。若。waka」
「今から出社迄、そう呼ぶな。ずっとなんて望まないから、年に3日間で良いから」
「? 何の話ですか? 3日間って? ずっと望んで下さいよ。私は若のポチです」
「そう呼ぶなっての!」
「わっ若がNGワードなんですねっっ。はい。判りました。じゃあ…俊…さま」
「止めれ」
「じゃ…トシ…さま」
「お前、俺をおちょくってるか〜っっ?!」
「いっいいえっ真剣ですっっ」
「頼むよ、ミキ。子供の頃と同じで良いんだっつ〜のっ! 大体、お前は李家の五男だったんじゃねぇ〜か」
「らしいですね。記憶、ありませんけど」
「死神狂死郎が和平の証として預かったお嫁さんだよ? 俺の」
「そのようでしたねぇ、あの文書では」
「何で嫁に、若って呼ばれてんの俺。唯のバカじゃねぇか」
「そんなそんな。私は田口家の使用人」
「じゃね〜だろう、お前わさぁ」
「いやいや」
「だからさぁ〜3日間で良いって、妥協案出してんだろうがっっ」
「そう興奮なさらずに。左手上に」
「ミキ、俺の話を真面目に訊けよっ!」
「不真面目なのは若の方ですっ! こんなマネしなくても、名前で呼べと仰れば済む事じゃないですかっ! 左手は上に〜」
「それで足りなかったんだろっ、今迄がっっ」
「何ですかっ! 失礼なっ! 若を名前で呼べますよっ! ちゃんとっ! トシっさまっ」
「もっ発、殴るかなっっ」
「や〜っめ〜って〜っ!」
 左の二の腕に力を込めたら、美樹がしがみ付いて止めた。思わず、ジト目になる。
「あっ! そだっ! 交換条件。本番って何ですか? 智さんに聞いた事ですけど」
「智にぃ〜? ああ、バレンタイン本番って意味だが、それが何」
「否、イヤイヤ。バレンタイン本番は14日です。今日は16日で2日遅れです。ちゃんと教えて下さい」
「だ〜からっっ俺の本命はお前だろっ! お前以外からのチョコなんざ食った事ねぇぞっ! その、本命のお前からチョコ貰える日が本番なんだっ! 判ったかっ!」
「ぇ…ぇっ? え〜っっ!! な〜にぃそれっ、なぁなぃ! ふぇ〜ん。僕には週末が14日の年しかバレンタインないって思っててっふぇっぇぐぇぐっトシ兄っトシ兄っあ〜ん」
「よしよし。バレンタインは毎年あるさ。唯、お前とはゆっくりしたかったから、14日に拘らず週末にしてた。気付かなかったのか?」
「うん。少しも。ぐすんぐすん。痛い?」
「否。痛みは切り離せる。はぁ。怒ってたら腹減った。何か作ってくれよ」
「勿論勿論! でもっ! イカせてっっ、辛いよぉう、トシ兄♡」
「うっく〜っ、モ〜レツ可愛い!」
 美樹が小首傾げて可愛くおねだりしたら、俊のがビンッとおっ勃った。左拳で鏡叩き割ったけど、そりゃ、頭に昇った血を落ち着ける為と美樹に心配して貰う為だったから、角度とか力加減とかは計算ずくで、血だらけだがそれもお湯で広げただけで見た目程出血してないし、骨も大丈夫だし、指も平気だ。だから、散らばっていた鏡のカケラをお湯でハジにやって結合しちゃった。
「あんっ♡」
 美樹に怪我をさせないように注意する必要はあったが、洗い場は広いし充分楽しめた。
「何か、お前、綺麗」
「え? 急に何ですか?」
 美樹は2発イッて、俊は30分で1発。その際、美樹の白い肌に血の紅が散って、それが美しいと思った。で、益々納得しちゃう。こいつこそが魔王の妃に違いない。この白い肌に、俺様の血で化粧してやがる。
「そこ、見てみ。見えねぇかなぁ。角度的に」
「ん〜?」
 言われて、割れた鏡の残ってる部分に目を向ける。
「僕、トシ兄の血で血塗れ…って忘れてた! 手が大変な事にっ!!」
 夢心地から冷めて、美樹が慌てふためく。
「大丈夫だ。もう、出血は止まってるから」
「そう?」
「ほれ」とシャワーで左拳を流したら、傷はあったが、確かに出血は止まっているようだった。
「又、改めて入るかな風呂。それよかメシ〜っ」
「はーい」と美樹が返事をし、股と尻をシャワーで流して先に出て行った。俊は、血だけ流してしまうと、後は放って出た。そして、さっさと部屋着になる。左拳はマジに大した事なくて、一応、傷薬塗ったけど絆創膏で事足りた。
「そんなんで良いんですか?」
「ああ」
「そか。良かった。呑んでますか?」
「もっと甘えて言え」
「えっ!? え〜っとぉっ…呑んでるぅ?」
「ん♡ スコッチ呑んでる。適当につまみ〜」
「はーい。あっ、チョコ! 作ったのだ、僕」
「それで呑んでる〜」
「はい。バレンタインデーには遅れちゃいましたけど」
「否々イヤイヤ。本命本命♡ ホワイトデー期待して良いぞ〜♡♡」
「すっごい期待しよ♡ 待ってて下さいねぇ」
「もっと気安く」
「んもぉっっいきなり出来ないですよぅ」
「じゃ訊くけどよ、お前の妄想の中で、俺達は何て呼び合ってんだよ」
「若、ミキ」
「あっあれっ?」
「若、もとい、トシ兄は違うですか?」
「違う〜。う〜んと甘ったれたトーンと仕草で、トシぃって呼ぶ」
「どんなフィルターですか」
「ほっとけ」
「ご飯作ろ」
「ケッっ」
 クルッと台所に向かった美樹は、裸だった。俊の所では、美樹は基本的に裸だ。その美樹が、いつも持っている洗い立てのエプロンをして、あれやこれやと食材を選び、不要の物達は冷蔵庫に入れて、豪華ディナーを作った。
 6人掛けの食卓一杯に、料理が並んでいる。どれもホカホカと湯気を上げていて、旨そうな匂いがした。手を引かれて着席した俊にサーブ。
「はい。食後のコーヒーはマンデリンです」
「ん。旨かったよ」
「有り難う御座います」
「なぁおい」
「はい」
「どうやりゃ、子供の頃のように、懐いてくれんだよ」
「懐いてますよぅ。懐いてなくて、裸で居られますかっっ」
「そらまぁそうなんだが。お前、シュンって言えなかったんだぜ?」
「そうでしたっけ」
「どう訊いても、ちゅん、にしか訊こえないから、トシになったんじゃねぇかっっ」
「えっ! そうだったんですか!!」
「覚えてねぇの?」との問いに、コクコクと頷いた。常々不思議には思っていたが、若がトシになった原因が自分にあったなんて━━‥‥。
「トシも、初めは、とち、だったくせ」
「え〜〜っっ」
「とち、とちって言って、俺の後を追っ掛けて来てた」との爆弾証言には、知らない知らないと、首をブンブン左右に振った。
「ああ、俺が守らなきゃいけねぇ命なんだなって、思ったんだぞっ! 純なトシ少年わっっ!」
「きゃあ」
「きゃあじゃねぇ。お仕置きしちゃる。はい、これ飲んで」
「何ですか? 栄養剤か何か?」とか言いつつ、手渡されたタブレットを口に放り込み、手渡された水で飲んだら、水じゃなくて酒だった。ゴクッと飲んだから盛大に咽せったが、俊は知らん顔。そもそも、何なのか答えを貰っていない。酒で飲ませたって事は、余り嬉しくない薬剤の筈だ。
「何の薬ですかっっ」
「そうさなぁ〜。酒で飲ませたから、10分15分で判るんじゃね?」
「何が? 教えて下さいっ!」と、問い詰めるけど、のらりくらりされて、結局10分くらい放置された。すると、いきなり来た。ガクンと腰から崩れ、赤い顔を伏せる。
「淫剤?! はっ!」
「そう♡ 俺ら用のなぁ〜♡ だから、抵抗しても無駄だぞぉ〜♡ さぁ、心置きなく!♡」
「ひんっ」
 ちょっと撫でられただけでビリビリ感じる。この晩美樹は、乱れに乱れた。6発はイカされ、4発は食らったと思う。モチのロンで、土曜日も日曜日も飲まされて、犯られまくったのである。
 拒否権は美樹にあったが、それを行使せず大人しく飲んだのは、美樹の意思。お風呂場の鏡を殴り付けちゃう程追い詰めていたとは、知らなかったのだ。鈍い自分のせいで負わせてしまった怪我。よもやそれさえも計算されていたとは、美樹は知る由もない━━‥‥。
 LOVE×2で良いんじゃないかな、平和で‥‥。

《終わり》

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