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コロ休みアダルト文庫『指輪』

作:平 和 (たいら なごみ)

「涼一! 書斎に来い!」
 クレジットカードの明細を見て、父親が怒声を上げた。けれど、涼一は無視している。
「行って来まぁ〜す」
「涼一!!」
「何だ、黒ブタ。物の言い方も知らんのか。これだから低脳な奴って嫌いだ」
「涼一っお父さんに何て事をっ」
「ボクのお父さんは、ボクが8歳の時、この黒ブタが乗る自転車と衝突して1ヶ月後に死んだ。これは人殺しだ。どうしてお母さんは、人殺しと再婚したの!」
「あの事故は育斗が」
「ママ」
「はい」
 夫に窘められて、口を噤んだ。それを何と思ったか、涼一が声を荒げる。
「死人に口無し。死んだ人のせいにする気か。卑怯者め」
「涼一さん、書斎に来て下さい」
「嫌だ。人殺しと2人切りになれるもんか。話があるならココでして」
「クレジットカードに50万円超の請求がある」
「それが? 稼ぐしか能がないんだから稼いでよ」
「何に使ったんだろうと思って」
「お前に内訳を言えと? このボクに?」
「内訳は良いです」
「恋人へのプレゼントっ」
「そうですか。行ってらっしゃい」
 プイッとそっぽを向き、涼一は智との待ち合わせ場所に向かった。
「智さん♡」
「待たせたか。って10分前」
「ふふ♡ 待ちながら、色々妄想するの。今日の智さんの服装とか、小物とか、デートプランとかね♡ そうするとあっと言う間だよ♡」
「そうか」
 幼い恋人が嬉しそうに微笑む。それを見て、智も表情を和らげた。
「行こうか」
「うん♡」
 今日は学校のない土曜日。
 2人は手を繋いで、街の雑踏の中に姿を消した。
 涼一が、出掛けの父親の言動を愚痴っている。智は、困ったなぁ〜と、頭を掻いていた。
 そんなに人殺しと連呼されるのもなぁ〜。
 俺、人殺しだし━━‥‥。
「涼一の家にお伺いしようかなぁ〜。ご両親に挨拶したいし」
「黒ブタはどうでも良いけど、お母さんとは会って。すっごい美人だよ〜」
「そうか」
 そんな話をして数ヶ月。母の休みと重なったので、今日、智が訪ねて来る。時間的に間もなく着くから、目障りな奴を追い出そう。
「黒ブタ、夜10時過ぎ迄家空けて」
「涼一? もうそろそろお前の恋人さんが」
「そうだよ。だから出て。お前なんかに紹介しない。そんな謂れはないだろう。黒ブタ」
「涼一!」
「何だよ! お父さんを裏切った売女のクセに」
「ママを悪く言わないで下さい。少し出て来る」
「あなたっ」
「追い出される訳じゃない」
「でもっ」
「さっさと行って!」
 そう怒鳴ったら、ドアチャイムが鳴った。
 涼一がビクッとして、時計に目をやる。まだ、約束の時間迄30分もあった。新聞の勧誘? 新興宗教? それともNHKだろうか?
 父親にその対応もついでに押し付け、2階の自分の部屋に戻った。すると、直ぐに母に呼ばれた。
 何だろうと思って行くと、何と、智が黒ブタと話している。びっくりしてその間に割って入り、出て行けと手で払った。それに従うように背中を丸めた人を見遣り、智が涼一の頭を撫でる。そして、淋しそうに去り行く中年男に、声を掛けた。
「待って下さい。お父さんにも会いに来たんです」
「智さん?!」
「えっっ私?」
 涼一は表情に出して気分悪そうだが、お父さんは機嫌が良い。
 4人して卓を囲んだが、直ぐに涼一が立ち上がり、智の左腕を強く引いた。
「まだ何も頂いていないし、話しもしてないが」
「する事ないじゃない」
「涼一」
「はっはい」
 涼一は内弁慶。元々は気弱な優しい子だ。智がちょっとマジに声を張ると、ビクッと緊張する。
「お前、18歳だよな」
「はい」
「事の善悪は判るな」
「はい」
「座りなさい」
「はい…」
 座布団の上にちょこまかっと、涼一が正座し深く俯いた。両親の方も見遣る。こちらも、どんよりと暗い。
「お父さん、お母さん。涼一は8つではなく18歳です。どんな事実でも受け止められる年齢です。本当の事を話してやったら良いじゃないですか。涼一は、お2人の実の子ですよ?」
「きっ君は、何を何処迄知って…」
「本社のデータバンクと、気になった事を追加調査させたので、9割程は」
「そうか。何故、君の口から教えなかったのかね?」
「それは」
「口の利き方に気を付けろよっ黒ブタ! お前なんか父親じゃない! 人殺し!」
「涼一」
「だって、生意気なんだもんっ!」
「涼一」
「はい」
 興奮して膝立ちになった涼一を、今一度座らせる。
「私の口から話さなかったのは、親子の、家族の問題だと思えたからです。第三者が訳知り顔で、横から口を挟む事じゃない」
「うーん」
「事の真相を知っている訳でもありませんし」
「判りました。欠席裁判のようで気が引けていたけれど、真実を」
「何の事?」
「お父さんが話してくれるよ」
「お父さんなんかじゃないよ。ボクのお父さんは」
 金切り声を上げた涼一を、母が遮った。
「本当のお父さんなの」
「は?」
「一ノ瀬彰(イチノセアキラ)がお前の本当の、実の父親で、死んだ榊育斗(サカキイクト)は、彰さんの社会的信用を盾に取って私と結婚し、私の女としての幸せを粉々に打ち砕いた憎い男! あんな奴、死んで当然よ! もっと早く死んでくれればっ!!」
「京子(キョウコ)ちゃんっ落ち着いてっ」
「ごっごめんなさいっ。つい、悔しくて」
「何の話だよ」
「育斗は、お前の誕生を喜んだわ。自分の子だと思っていたから。でも、お前が7つの時に患った腹膜炎の手術の時に、ずっと隠して来たお前の血液型が知れてしまった。嫉妬深い育斗は、こっそりとDNA鑑定もさせて、お前が彰さんの子供だと知った。お前も覚えている筈よ。いきなり育斗が冷たくなって、平気で手を上げるようになったの」
 そう言われて、涼一が小さい頃を回想した。
 そう言えば、退院後間もなくから、良くぶたれるようになったっけ。
「でもあれは、ボクの成績が悪くて」
「98点の答案用紙を持ち帰って、殴る親があるもんですかっ! 良くやったって褒めるわよっ」
 そうなのかなぁ〜? と悩む。でも、判らなかった。今の家は85点でも褒めてくれるけど…。
 側で訊いていた智も、若干1名は違うと思った。少なくとも若は満点以上しか求められていなかったから、98点なんて取った日には━━‥‥? 怖過ぎて想像出来ないです。
「お前の出自を知ってから事故迄の1年間は、彰さんへの復讐の為に費やされた。育斗は、何時に何処に彰さんが居る事が多いかを探偵を使って調べると、彰さんが通勤で使っていたロードバイクを盗んでブレーキコードを切断した。そして、彰さん目掛けて急坂を一気に下り、自分は自転車から飛び降りて野次馬に紛れて逃走予定だった。けれど、そんなウルトラC、素人に出来る筈もなく、案の定、打ち所が悪くて1ヶ月後に死亡。即死すりゃ良かったのよっ」
「京子ちゃん。代わる」
「えっええ。ごめんなさい。感情的になって」
「否。君は9年も我慢したんだし」
「育斗と過ごした年数ね」
「京子ちゃん」
「ごめんなさい。黙ってる」
 母が感情的になるのも珍しい。涼一は、どんぐり眼で話を訊いていた。
「さて。事故で私は、入院3ヶ月、リハビリ半年と言う怪我を負った。幸いな事に完治したが、お父さんっ子だった君に事の真相を明かさずに、お父さんが好きなままで、私と京子ちゃんの再婚をOKさせる方法はないかと考えた。そして、事故の加害者と被害者を反対に教え、私が償うと言う形での再婚をでっち上げた」
 いつになく、父親の声は冷静だった。普段は怒鳴り散らしているクセに、何気取っているんだ。
「何で、そんな細かくお父さんのやった事が判るんだよっ。おかしいじゃないかっ」
「刑事事件だったからね。裁判になったよ。民事でも争った。いずれも勝訴した、私が」
「裁判っ」
「ああ」
「育斗は、犯行計画書を作っていたわ。日記にも事細かく書いてあった。彰さんへの恨み辛みが書き殴られていたわ」
「お母さんは、どうしてお父さんと結婚したんだよっ。ボクを孕っていながらっ。お父さんが可哀想。妻に裏切られていたなんて」
「だから言ったでしょう。彰さんの社会的信用を盾に取って、私に結婚を迫ったのよ。私は既に彰さんと結納も取り交わし、結婚の日取りも決まっていた。私がうんと言わなければ、彰さんの官僚としての信用を失墜させると脅して来た。最低な男よ」
「えっ」
 お父さん、庇い切れないよ。
「育斗みたいな人でなしをお父さんと呼ぶのは辞めなさい。お前は、一ノ瀬彰の長男です」
 母の声色が、いつもの自信に満ち溢れたものになった。論破前って感じかなぁ〜‥‥?
「京子ちゃん」
「はいっ。判っています。死んだら仏様」
「そうだよ? 医者の君が、人から言われてんじゃお話にもならないよ?」
「はい」
 母がシュンっと視線を落とした。いつも、夫婦ではこんな風に話すんだろうか━━‥‥。
「涼一…さんは、ゆっくり考えて下さい。では、私は座を外そう。どうぞごゆっくり」
「彰さんっ何処へっ?!」
「黒ブタと蔑まれてはいるが、その黒ブタにもプライドはある、と言う事さ。頑張って父親やる必要もないしね〜」
 立ち上がり、う〜んと伸びをした彰は、やれやれと言いたげに言葉を綴ると、日本間を出て行った。
 う〜ん父子、と思ったのは智。涼一も変なところで頑固でプライドが高い。たって、そのプライドは粉々に粉砕したので、せいぜい家で威張るのが関の山。尚、お父さんが黒ブタなのは、日焼けして色が黒いからだろう。中々の美丈夫だ。
 頑張って父親をやっていた。
 可愛い盛りの我が子と過ごせず、途中登板のリリーフ。しかも、エースじゃない。何もかもが手探りだった。でも、愛する女と我が子の為に頑張って来た。それをやらなくて良いってどうしようかな━━‥‥? 仕事、辞めようかなぁ〜。
「涼一。良いのか」
「だって、急に言われても」
「子供じゃないだろう。今お父さんを行かせたら、永遠にお父さんを失う。そして、お母さんもな」
「お母さんは…あっ居ないっっ」
「お父さんの後を追って行ったよ」
「うん。あ、姉さんは?」
「榊育斗の連れ子だ」
 両親を追い掛けようと腰を上げた涼一が躊躇して、大嫌いな姉の事を尋ねた。
「血の繋がりは」
「ない。他人同士だ。早く行け」
「あ、うんっ」
 涼一が、弾かれたように飛び出して行った。
 踏ん切りが付かなかったのは、姉が居たから。
 10歳上になる姉は、28歳にしてやっとゴールイン。年収と結婚した姉は、さる大企業(智さんには負けるけど)の重役の後妻に収まった。
 子供の頃は良く泣かされた。どうして泣かされていたのか判らなかったが、明かしてくれた話が本当なら、納得出来る。自分は、死んだけど犯人の娘。そして涼一は、被害者の実の息子。父親は分け隔てなく接していたが、姉は僻み易くて嫉妬深い。そして、癇癪待ちだった。そんな姉を嫁に貰う人ってどんな人なんだか楽しみだったけど、見る事は叶わなかった。
 涼一の姉を嫁に貰ったのは、ジジイだ。孫みたいで可愛いと言って、希望通り、式をハワイで挙げた。どう言う結婚生活を送るのかは知らないが、贅沢は出来るだろう、飽きっぽいジジイの気が変わらなければ━━‥‥。
 尚、ジジイはバツが5個も付いてて、愛人も複数人居る。知らされてないらしいけど━━‥‥。
 さて‥‥。30分くらい留守番したかなぁ〜?
 3人は、笑いながら帰って来た。それぞれが着席し、3人共に智に礼を言った。あのままだったら、家族断絶するところだったと━━‥‥。
 今日から新しく始まるのかな?
 困ってしまった智は、自分には両親がなく、だから仲良くして欲しかったとも続けた。
「亡くなられたのかね」
「はい。その話はもう」
「そっそうだね。済まない」
「いえ」
 両親の思い出はない。気が付いたら孤児院で普通に生活していた。
 そこの生活が不自然だと思った事もない。院長先生をお父さんと呼び、その妻の副院長先生をお母さんと呼び、多くの院の子供達は、それに疑問は感じていなかったと思う。
 反発するのは年嵩のお兄ちゃんで、夜になって泣くのも、先生達に反発する子達だった。後年、親の記憶があるからだと知ったが、自分には、思い出せる父との記憶も母の記憶もない。俺は天涯孤独だと思った。
 成り上がってやる。そう強く心に決め、勉強もスポーツも1番だった。
 そんな10歳のある日、祖父母だと名告る老夫婦がやって来て、引き取られて育てられる事になった。DNAも調べたんだろうが、それは今思うところで、迎えに来てくれた祖父母に対面して、その時、祖父に強く抱き締められたのだが、唯それだけで心を開き、安心して大泣きをしたのを覚えている。以降、祖父に抱き締められた事はない。
 厳しい祖父だった。
 対象的に、唯優しいだけの祖母だった。
 その祖母に、家出同前で勘当されたと言う父の若い頃の写真を沢山見せて貰ったが、必ず約束させられた。祖父には、写真も処分した、と言ってあったらしい。あの人なら、全て処分しろ、くらい言うなと思ったので、祖父には言わないと約束した。祖父は父に期待していたらしい。なのに、中途半端なままで逃げ出したから、可愛さ余って憎さ百倍ってとこか。
 祖父は、父を、唯の腰抜けの出来損ないだと断罪した。そして、2度と父の話をするなと言った。だから祖父には1回しかしていない。
 祖母は、優しい子だったと言った。けれど、母の話はして貰っていない。唯の一度も。口に出すのも憚られた。
 ま、後年、調べて知ったが、母はさる企業の社長令嬢で、謂わば父は逆玉。
 美しく聡明な人だったらしい。父との馴れ初めは、大学の先輩後輩で、同じゼミ生だったとか。
 大学のマドンナは父に夢中で、何度もアタックして母の方が父を落とした。それで父は逆玉なのだが、当然、祖父は許さない。何度掛け合ってもダメで、家出したら勘当されて、父もムキになって母方に婿養子に入った。そして、幸せな新婚生活、となる筈だったのだが、父を受け入れた事で母方の企業は山下コーポレーションの敵になってしまい、数百億円の負債を負って叩き潰された。
 家屋敷、別荘などの不動産、預貯金は差し押さえられ、心労で母方の祖父が急死。将来に不安しか感じなかった祖母は首吊り自殺。
 その時、智は既に生まれていて、両親は、親子3人で慎ましやかに暮らして行こうと頑張った。父は、二流企業の平社員だったけど、妻子の為に懸命に頑張った。母も家計のやり繰りと、やった事のない家事に追われた。けれど、上げ膳据え膳のお嬢様だった母に、家事なんて出来よう筈がなくて、一間だけの汚いアパートにも我慢がならなかったのだろう。その挙げ句の、キッチンドランカーからの急性アルコール中毒で死亡。
 父は智を渡すまいとして姿を消し智をあの孤児院に預けて、それから数日後、北海道の寂れた漁村に居るところを発見され、攻防の末無駄死に。
 孤児院に預けられた時、智は2歳になったばかりだったから、覚えてろと言う方が無理だろう。
 そんな過去があったから、家族が在るなら仲良くして欲しい。うーだかーだ、御前の事を煩わしそうにしている若でさえ、2月に1度くらいはご実家に帰っているんだし━━‥‥。
 だが、自分を探すのに8年も掛かったのだろうか? だとしたら、親父も大したもんだ。
 祖父には何十回と殴られたが、抱き締められたのは迎えに来てくれた時の1度切りで、抱き締めたのも1度切り。
 智を一人前にしようと老体に鞭打って、自ら手本を示しながら仕込んでいた。結局、それが無理だった訳だが、高等部への進級が無事決まった3月の麗かなある日、智は送迎の車から降りると足早に祖父の寝室に直行した。
「バカ者。静かにせんか。起きてしもうたわい」
「済みません」
 祖父の軽口。
「どうじゃった」
「無事に進級出来ます」
「じゃな。1度も首席から落ちとらん」
「はい」
「智、悪いんじゃが、ジイちゃんを抱いてくれんかのぉ」
「えっ」
 ジジイ、それも、死に掛けのジジイなんて抱けねぇ。否。抱きたくねぇ、と思ったが、意味が違った。
「お前を抱き締めたいんじゃが、この老い耄れた両腕が持ち上がらん」
 そう言う事か! と安心して、祖父を抱き締めた。この時、智の身長は180㎝を超えていたが、それだけのせいじゃないと思う。祖父は、凄く小さくなっていて、そう思ったら抱く腕に力が入り、祖父がずんっと重くなった。祖父は智の腕の中で死んだ。今でも、祖父の小ささと重さは、腕に残っている。
 祖母は、入社式迄頑張ってくれた。
 同じく車を降りた智は、祖母の元に急いだ。
「お祖母様」
「どうでしたか?」
「部署は若がいらっしゃる営業部で、俺は3課です」
「そうですか。頑張り過ぎない事ですよ」
「はい」
「おばぁちゃんも、抱き締めてくれますか?」
「勿論ですっ」
 祖母も、智の腕の中で、丸で眠るように亡くなった。
 今頃は地獄で、先に逝ったじーさんと夫婦漫才でもやっている事だろう。
 そんな事をボンヤリと思い出していた。
「八尋智さん。山下コーポレーションにお勤めするエリートなんだよ」
「?」
 得意な涼一の声で我に返り、目の前の平和そうな中年の男女、つまり、涼一の父母に目を止めた。
「今更だけど、父の彰。母の京子」
「こりゃ凄いな。一流企業じゃないか」
「これ、私の名刺です」
「おお。有り難う。後で私のも渡そう。否。忘れるとあれだから、ママ、私の名刺入れを取って来てくれよ」
「はい」と言い、涼一の母親は少し座を外した。
「ボクも欲しい」
「何を?」
「智さんの名刺」
「ん」
「わーい♡」
 名刺1枚で喜べるなんてお手軽。
 そこにママが戻って来て、涼一の父親から名刺を貰った。
「有り難う御座います」
「否々。課長か。失礼だか年は」
 全く失礼だぜ! と思ったが言ってない。
「今31歳です」
「ほうっ。31歳で課長か。こりゃ凄いな」
「だからエリートなんだってばっ」
「そうだな」
「いえいえ。私なんて」と、1コ上の部長の事は言わなかった。比較されるのもシャクだ。あの人には何も勝てない。
 優しく延べられていた祖父母の手を嫌い、反抗反発した頃があるのだが、たった1歳上の、自分よりチビな野郎のビンタと一喝でシャンとなった。
「余所見してんじゃねぇ! ちゃんと前を見ねーかっ!」
 この言葉は、今も智の宝物だ。
「ん?」
「もう、自己紹介終わったでしょ。晩ご飯の用意が出来る迄、ボクの部屋に行こう〜」
「ああ、どうぞ」
「ええ。支度が整ったら、声を掛けますわ」
「では、お言葉に甘えて」
「おおっ」はパパの声で、ママは声もない。
「デカイなぁ〜君。私も小さい方じゃないが、大人と子供」と言って、パパが立ち上がって並び、傍らの息子に目を止めた。そして一言。
「赤ちゃん」
「バカー! ボクはこれから大っきくなるんだい!」
 パパをボカスカ殴っている。
 済みません(などとは、更々思っちゃいないが)ねぇ。お2人の天使、羽を血の紅で染めて堕天使にしちゃいましたぁ〜。テヘッ…。
「涼一、案内してやりなさい」
「あ、うん。こっちだよ」
 智の左手を強く引き、涼一達2人は日本間から居なくなった。
「男が恋人かぁ〜」
「綺麗な方でしたね」
「いくら綺麗でも、男じゃ子は産めん」
「そうですねぇ」
「ママ、もっと危機感をっ」
「パパと涼一の関係、隠していた事実の告白の切っ掛け作り、この両方をやって頂いた方なので、ママは涼一の味方です」
「あー、狡いなぁ〜」
「くすくす。お認めになれば宜しいのよ」
「そうだけど」
「けど?」
「頑張ってもう1人♡」
「よっよーし! 今晩は頑張って精の付く物を作りましょう」
「おーし。モリモリ食わないと」
「嫌ですよ、もう」
 そんな話がなされているなんて想像もしていない2階の2人。
「ぁ〜ん」なんて鳴いている涼一は、又アクロバティックな格好をさせられて、アナルをヌポヌポされていた。
「結構、綺麗にしてるな。机の上は別だけど」
「勉・強…してたのっいや〜んっこんなのやだぁ〜っ智さんのでしてぇ〜〜っっ」
「俺の指だが。旨そうに銜えてるぞ」
「あ〜んっ意地悪ぅ〜っ智さんの勃起したチンコを挿れてぇ〜っ」
「挿れてもなぁ〜俺はイケないじゃん」
「あんあんっどっしてぇ〜ぁん」
「待てと言われたが、待って10分15分だろう。せめて30分ないとねぇ、俺イケない」
「んっんっぁ〜んっぁっあっぅう〜っっ」
「イッたな」
「はい」
「手、洗って来よう。洗面所は?」
「下の一番奥」
 ぶーっと膨れる涼一を他所に、智は足音も立てずにさっき迄居た日本間近くに来た。すると、話し声が。ついつい習慣で耳をそばだてる。
「だっだめですよ、彰さんっっ」
「大丈夫大丈夫。向こうもお楽しみの最中に違いない。なっ? 1発だけ」
「ダメですぅ。お夕飯の支度をしないと」
「30分が40分でも待つさ。なっ? 1発」
 なる程。そう言う事ですか! ならば、お手助け致しまするぞ、お父上様!
「物は相談なんですけど」
「きゃあっ!」
「うわぁっ!」
 言いつつ、ぴょんと正座。すると、あ〜れ〜のお2人も、正座した。
「本当に30分から40分頂けますか。なら私も、心置きなく犯れるのですが」
「勿論だよ、智君! なぁ、京子ちゃん」
「知りませんっっ」
「じゃあお夕食は、今から凡そ40分後と言う事で宜しいですね?」
「OKだ。君は出来る男だね」
「まぁ色々とは。営業ですし」
「じゃ、決定だ」
 パパとガッチリ握手した。が、思い出す。その手の指でヌポヌポやっていたのだ。まぁ、良いか。そんなに気にしないだろう。
 取って返した智は、とっとこ脱ぎ始めた。
「なっなぁに?」
「さっさと脱げ。猶予は40分なんだ」
「何の?」
 急かされて脱ぎ始めた涼一が、声だけで智に訊ねる。
「夕食会迄の猶予」
「そうなの? お母さん、朝から用意始めてたけどなぁ〜」
「大人の事情だ」
「ボクもう大人だよ。選挙権も持ってるもん」
「ぐちゃぐちゃ言うならしてやらん」
「わ〜っ! 何も言わない! 納得出来た! はいっ♡ し〜よ♡」
「2人乗って大丈夫か、このベッド」
「さぁ。部屋で犯った事ないじゃん」
「そらそーだ。壊したらヤバイので、カーペットの上で♡」
「はーい。ぁんっ♡ 待って! 音楽流す!」
 それはグッドなアイディアです。下の音も訊かなくて済みますね。改めてガオー♡
 そして、約50分後、ママの声で呼ばれた。お返事は、30分も突き上げられて、やっと1発イッてくれた智のペニスを、お口で綺麗にしていた最中だった涼一がした。
「はーい!」
 舐め残しはないか調べてからお尻を向ける。それから、んっと力んで中に残っていた分も出した。それを智がティッシュで拭き取り、2人して大急ぎで身形を整えた。そして、手を洗いに行ってから、日本間に戻った。
「うわっ。すっごいご馳走♡ 有り難う、お母さん♡」
「まっ」
 ちゅっとお母さんの頬にキス。は良いんだが…オイ、その口濯いでねぇーだろう! さっき迄、俺様のチンコをしゃぶっていたんだぞ! と思ったけど、言えなぁ〜い。
 何かスッキリしている父と、何か満足気な母の表情に気付き、涼一が首を傾げた。よもや、自分が犯って貰っていると同じ時、両親が励んでいたなんて知らないし、想像も出来ないし、夢にも思っていないから不思議そうにしている。
 子供って、両親はSEXしない、とでも考えているのだろうか━━‥‥?
 自分がまず、その証拠だってぇのに━━‥‥。
 ともあれ夕食会。
 涼一の父親は下戸らしいので、手土産は虎屋の羊羹にした。とでも喜んでくれた。どうやら、餡子物には目がないらしい。そんなんだから車で来た訳だけど、お父さんは車に興味がなく、停めてある車はお母さんのだとか。その隣りの空きスペースに、智が乗って来たエボ6が停まっている。
 本宅住み込みも若の専属ドライバーだった、今じゃ秘書やらされている聖さんのオススメでエボに乗り、気に入って乗り継いで来た。地上の乗り物のエキスパートのオススメだけはある。
 勿論、フルチューンされた特別仕様車。
 美味しい手料理を頂き、香り高い煎茶と土産で持って来た羊羹を食後に頂き、掛け時計が10時になった事を告げた。
「では、そろそろお暇致します。おご馳走様でした」
「いいえ。お粗末様でした」
「又、訪ねておいで」
「はい。次はどら焼きですかね」
「大好物だよ♡」
「ははは」
 何となく和気あいあい。涼一は面白くない。
「何だよっ! ボクを無視して勝手に! 智さんなんか嫌いっ!」
 涙目で智を睨み、涼一が出て行ってしまった。こいつにはビックリだ。智が直ぐに追い掛けようと立ち上がったら、彰の声がした。
「しっかり捕まえててくれよ」
「そんな事言うと、貰っちゃいますょ」
「大学卒業したら、嫁にやるよ」
「彰さんっっ」
「取り消し利きませんょ、今の言葉」
「男に二言はない」
「そりゃ良い。部長の口癖です」
「良い部長だ。さ、行って」
「はい」
 智は涼一を求めて、一ノ瀬宅を出た。
 さて、どうやって探すかな。この辺は住宅街なので、道が入り組んでいる。地元民しか知らないような、人間様用抜け道も多かろう。
 と━━‥‥視線の先に涼一。見付けたら逃げて行った。どうやら、直ぐに追い掛けて来てくれると思ったのに中々来なくて、自分を見失ったのかしら? と覗きに来たトコらしかった。
「そら、捕まえた」
「何さ何さっっ。フンフンフンっっ!」
 涼一は、本人が考えていたよりもずっと早く、捕まっていた。智に見付かった時、2人の間には軽く100mはあったのにな。ヤバイと思って身を隠し、全力で走ったんだけど、捕まる迄10秒掛かってないような? ボク、チビだけど足早いんだけどなぁ〜?
 紅龍の武闘派達がオリンピックに出たら、多くの種目で世界新記録を叩き出すだろう。所詮、あっちらさんは素人って事だ。プロもトッププロには叶わない。
「くれるって」
「何をっ! 何も上げないっ」
「あれ。お嫁に来てくれないんだ」
「なっ何の話?」
「だから結婚」
「が?」
「お前が大学卒業したら、俺に嫁にくれるって。お父さんが言った」
「えっ♡ ホントっ♡」
「ん。その話されて、念押してた」
「そしたらOKだって?」
「ああ。だから、お嫁に来て下さい」
「はい」と、照れながら返事した。
「この指に何か欲しいっ」
「あ〜」エンゲージリングね。ハイハイと、智が頷く。涼一が、自分の左薬指を摩ったのだ。
「月給の3ヶ月分かぁ〜。じゃ、デザインからして貰おう。丸投げしちゃえ♡」
「何、それっっ」
「否々。知り合いのジュエリーデザイナーにお任せした方が利口かな、と思っただけで。何か好きな宝石(イシ)とかあるか?」
「宝石の名前なんて知らないよぅ〜っっ」
「そうか。俺も知らん。お前のイメージは黄色なんだがなぁ。それも言っとこ」
「黄色ってボクの好きな色だぁ」
「そうなのか?」
「うん♡ 何か嬉しい♡ 宝石かぁ〜」
「一緒に行く? 生で見せた方がイメージ湧くかも知れないし」
「行くっ!」
「ふむ。月曜日の事は出社してみないと判らないしなぁ〜。ま、何とか月曜日中に迎えに行くよ」
「はい。家で待ってるね」
「よし」
「ただいま〜」
 そう言うと、お母さんが走って来た。ヤキモキして待っていたのだろう。お父さんは少し、怒っている。
「涼ちゃん」
「涼一」
「ごめんなさい」
「こんなの、本当に貰ってくれるのかね」
「はい♡」
「返品不可だぞ」
「大丈夫です♡」
「ん。宜しく頼むよ」
「宜しくお願いします。お前もよ」
 お母さんに頭を下げさせられて、ペコッとお辞儀。
「お願いします」
「くくっ。じゃあ、失礼します。おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさい。お気を付けて」
「おやすみなさい。おやすみのキス!」
「はいはい」
 触れるだけの、唇へのKiss。
 お父さんもお母さんもあっちを向いていた。なら、ちゃんとしたキスを貰うんだったと不満顔の涼一をそこに、智は去って行った。
 それを見送ったのはつい先だっての事。
 退屈な授業を欠伸を堪えながら我慢して受け、家で智が来るのを待たないと。
「あっ!」ヤバイと思ってつい声に出してしまった涼一は、一切注目を浴びた。
「どうした、一ノ瀬」
「いえ」
「もう、解けたのか」
 黒板を見てああっと小さく唸り、スタスタ前に出てサラサラと書いた。智のお陰で、あれだけ苦手にしていた3教科も特に英語は、ペラペラになっていた。暗記物は元々自信あるので、予習の効果もあってスペル間違いもあるまいが、保険だけは掛けておこう。
「スペルには自信ないですが、ペラペ〜ラペラペラペラペ〜ラペララ、です」
「ゔっん。正解だ」とやや引きつり加減で頷いた英語の先生は、実は喋れない。それを内緒でこの学院で教鞭を振るっているのだが、発覚すれば一発でクビだ。
 そんな大人の事情なんか生徒には関係なくて、この学院に赴任してそろそろ2年になろうとしているこの先生の音読を訊いた事がないと、アチコチで噂が立っていた。勿論、先生方の耳にも本人の耳にも入っていたが、困った子達ですね〜、と笑い飛ばしている。
 マズイ! 非常にマズイ! 突っ込まれたらどうしようと、先生は毎授業ドキドキだ。
「先生!」
「何だ?!」
 指された娘が立ち上がり、不意に英語で喋り始めた。それに呼応するように数人の生徒が立ち上がって英語で語り、先生は冷や汗タラリ。どうしよう。何て言ってるのか、さっぱり判らない。ティーチャーってのとクエスチョンは判ったけど、何が先生で何の疑問なんだろう。
 どの子も席から動いていなかったが、先生的には追い詰められていた。まだ30分も残っている。自習にしようかな? 急病かなんかで━━‥‥。
 そうだ! そうしよう! それが良い!
 そんな校内の噂に疎い涼一は、なされていた会話の意味が良く判らなかった。
『先生に英語で質問したら、必ず先生はお腹が痛くなりますが、今日もですか?』
『お腹じゃないわ。胸が痛くなるんですよね。先生?』
『何を言っている。先生は頭が痛くなるんだ。そうですよね、先生?』
『止めたまえ。先生は身体が弱いんだ。全身あちこち痛めている。そうですよね、先生?』
『私は予知する。間もなく先生はこの授業を放棄し、自習にすると。そうですよね、先生?』
『そうだね。先生は身体が弱く多くの病い蝕まれている。僕は予知する。先生は持病の発作に見舞われ、授業を自習にして職員室に戻ろうとする。そうですよね、先生?』
「うっ! 持病の心臓発作だ! 早く薬を飲まないと。授業は自習にする〜!」
 この芝居掛かった臭い台詞に、生徒達はシラケていた。その視線が痛い。
「僕の勝ち!」
「あら。胸と言ったのは私よ」
「職員室に言及したのは僕だ」
「アバウト過ぎよ!」
「何の話?」
「知らないの? 委員長」
 委員長とは涼一の事だが、声を訊き付けた女の子が校内の噂を詳しく話してくれて、これが結果だと締め括った。
「そうなんだ」
「ヒアリング出来ていれば自習にしない」
「出来ない、の間違いだ。けれど、自習にした。心臓発作でね。何してんの先生。薬飲むんじゃないのかよ」
「あっああっううっ胸が」
「胸と心臓は別よねぇ。本当に持病が心臓病と胸の病いのお2人さん」
「うん。違うわ。本当の発作なら、あんなにケロッとしていられない」
「ううう〜〜っっ死ぬ〜〜っっ」
「喋れないし、まず歩けないよな。立ってもいられない」
「あっ助けてっ」
「何言ってんのクズ」
「くっくずっ?! 先生に向かって!」
「アンタは、教科書以外の事は何も教えてねぇだろ〜が〜!」
「それで充分だろう!」
「喋れねぇクセに何言ってやがる!」
「ひぃっ」
「委員長。自習だから今から行ってよ、校長室」
「判った。副委員長、一緒に来て」
「はい♡」と言ってキャピッとハートを飛ばしたこの娘は、実は初等科からずっと涼一が好きだった。ま、失恋確定だが━━‥‥。
「校長室に何をしに行くんだっ! 席に戻れ! 自習にはせんっ!」
「心臓発作はどうした!」
「あっあれっわっ」
「行こう」
「はい」
「まっ待たんかっ! 勝手は許さん!」
 そう大声を出したら、又しても、英語で畳み掛けられた。
『どうする気だ? 殴るのか? 体罰で訴えるぞ』
『恫喝しましたよね。それも体罰ですよ?』
「今迄の所迄、全て動画で撮りました〜♡」
 結果から言うとその教師はクビになり、詐欺で訴えられた。争っていたようだが、全面敗訴。
(まだ終わんないのぉ〜?!)
 悲しい受験生。楽しくない補習ちう。
 一言mailしたし、短く了解、と返事も返って来たけど、待つ時間も楽しめる涼一的には、甚だ持って不満の残る時間だった。
「あーもぉっ、あーもぉっ、あーもぉっ!」
「涼一君、ご機嫌斜め?」
「お臍曲がってる?」
「臍は背中だよ」
「んじゃさっんじゃさっ、女子誘ってカラオケ行こう!」
「行かない」
「何で〜。お臍背中なんだろう?」
「何に関係するの」
「どうせ帰っても勉強しかやらないんだろ?」
「生活にはメリハリと潤いが必要!」
「おー! 素晴らしい! だぜ、一ノ瀬!」
「委員長GETしたか〜?」
「した〜♡」
「い・か・な・い!」
 補習が終わって帰り支度をしていたら、3人程が群がって来た。そのお誘いをけんもほろろに断る。
「え〜、委員長行かないなら私達…ね」
「うん」
「おいっ! 涼一君っ何て事してくれるんじゃ」
「何もしてないよ。さようなら」
「勉強するだけのクセ」
「受験生が勉強して何が悪いの」
「それを言われると〜‥‥」
「メリハリと潤い」
「あるよ、ボクには」
「ど〜こに」
「な〜にが」
「メリハリと潤い」
「無理すんなって」
 団子になって男の子達が通り過ぎて行く。
「今日は恋人…婚約者と約束があるの♡」
「何が婚約者だ」
「連れて来てみやがれって話だ」
「お前に好意を寄せている女子は数知らず居るが」
「木田がポイント高いだろう」
「木田さんが何? ボクに好意を寄せてくれてる人なんて居ない…否、1人居る♡ フィアンセ♡」
「じゃあ、連れて来い!」
「何でさ」
「出来ねぇじゃん」
「まぁね。学生じゃないから」
「又々〜」
「強がるなって」
「何の騒ぎだ?」
 何か、校門近くが盛り上がっていた。
「どうせ又、高城まどかのフィアンセだぜ」
「あるある。止めろっつーのっっ」
「しかも、ラ・フェラーリだっつーじゃん」
「マジか!」
「か〜許せねぇ」
「な〜、一ノ瀬。どうせ俺らは、悲しいロンリー受験生だよな〜」
「一緒にしないでよ。ボクにはフィアンセが居るんだから」
 ムッとして、覆い被さって来たクラスメイトを突き放す。けど、実際問題として、迷惑だよねアレ。高城まどかは個人的にも知り合いだけど、あの娘はフィアンセに、そう重要にはされていないと思う。智と知り合った次の日の夜に連れて行かれたプールバーで、彼女のフィアンセと会ったけど、コイビトと一緒だった。そのコイビトに泣き付かれて、智ともう1人が動いたのだ。で、どうやら、フィアンセのまどかよりもコイビトの方が大切らしかった。
 きっとあの人は、まどかの為には動かない。動く事があるとしたらそれは多分、自分のプライドや美学に抵触した時だと思う。それ以外では動かないだろうな。だってあの人(達)、唯の人間じゃないもの、なかったもの、自分もだったけど。
 はぁっと溜め息を吐いて、顔を上げる。
 え‥‥ぇ? えっ! え〜〜っっ!!
「智さん‥‥智さん! 智さんっ! 智さ〜んっっ!」
 避けて通らなきゃと思って顎を上げたら、わやわや騒ぐ女の子達の頭の上に肩があった。で、そのまま上にある顔を認めて、涼一が駆け出した。
 嘘ウソ! 待っててくれたの?! 目立ち過ぎだってば! でも、嬉しい♡
「あっ、委員長っ!」
「知り合いかっ!」
「デカイ人やな」
「どちら様?」
「煩いっ! さっ・とっ・しっ・さぁ〜ん♡」
 成り行きで付いて走って来るクラスメイトに牙を剥き、勢い良く智に抱き付いた。
 だが、智も矢っ張り、ビクともしない。涼一くらいで一々ぐら付いていたんでは、サバイバル戦とかやれない。白兵戦になる事は滅多にないけど、珍しくない程度にはこなしている。
「どうしたの?」
「迎えに来た」
「仕事は?」
「終わらせた」
「わぁ〜いっ♡」と喜びの声を上げ、智にしがみ付く。そして、顔をコスコス、頬をスリスリ、鼻をスンスン。
「それは、何の儀式だ」
「嬉しいの儀式♡」
「何だソレ。まぁ良い。乗れ」
 促されて乗り込もうとしたら、まどかの声がした。
「シュン君じゃないじゃないっ!」
「ごっごめんなさいっ」
 校門が騒がしい=まどか、と言う方程式があって、てっきりそうだと早合点したまどかの取り巻きの女子が、まどかに睨まれている。そして、涼一に気付き声を掛けて来た。
「生徒会長」
「今は君が生徒会長だよ」
「あ、そうだった…。先輩のお知り合いですか?」
「婚約者だよ。大学卒業したら結婚する」
「へぇ。おめでとう御座います」と、普通の事として一度は訊き流したが、今、とんでもない言葉が声になったような━━‥‥?
「あのっ、先輩。今、婚約者と仰いました? 大学卒業したら結婚するって‥‥?」
「言ったよ」
「ぇ…え?…えっ…え〜っ! とっとっとっ殿方ではないのですかっ?! 麗しいけれど」
「男同士だけど何か? おかしいかい? おかしくはないよね。そんな前時代的な事は言わないでおくれよ。我々白山百合の生徒達は、選ばれたエリートなんだから」
 騒めき始めた周りが、呼吸を止めた。瞬間、水を打ったようになる。そして、隣り近所を見遣り、やだなぁとばかりに笑い始めた。
 勿論、まどかも━━‥‥。
「もっ勿論です、先輩。我々白山百合の生徒は、時代の担い手なのですもの」
 そう言ったまどかが、引きつった笑みを顔に貼り付かせた。他の子達、特に涼一と連れだって来ていた男の子達は、バカ笑いをしている。
 上手いな〜とか思ったのは智。涼一の首席も、飾りじゃないかも━━‥‥。
「行くぞ?」
「あ、うん。では、ご機嫌よう」
 屈託のない笑顔でそう告げ、智の車に乗り込んだ。で、6点式のシートベルトをして貰い、シレッとした顔で学校を後にした。
「はぁっっ」
 暫くしてから、涼一が大きな溜め息を吐いた。
「どうした? 先輩。咄嗟の機転で、大事を小事にしたってのに」
「ホント。咄嗟だょ。ウチの生徒って、エリート意識強いから〜。はぁ〜…」
「ふふっ」
「はぁっ。心臓に悪い。で。何処にあるの?」
「原宿だよ。小さな店だ」と言って連れて行ったのは、武闘派も特にファイブカード御用達のオリジナル銃工房。無論、表向きはジュエリーショップだが━━‥‥。
「いらっしゃいませ」
「客だよ、今日は」
「いつもでしょう?」
「おいおいっっ」
 店の奥から出て来たのは、30代に見える優男だった。も少し言うと、俊の情人の1人だ。
「エンゲージリングを頼みに来た」
「おや。今ブームなの? リング贈るの。少し前だけど、宏さんも恋人連れて来てましたよ」
「あれ。じゃ、時間掛かるなぁ〜」
「予算と相手に依ります」
「宏さんの予算は?」
「大体5億円」
「若は?」
「20億超」
「そんなもんだろうなぁ〜。じゃ俺15億5千万くらいで」
「はい。お相手の写真か何かは」
「ああ。あれっ?」
 傍に居るものだと思っていた涼一は、店内を物珍しそうに見て回っていた。
「気に入った品、あるかい?」
「あっ。お店の方ですね。済みません。こう言ったお店に入った事なくて」
「気に入った品があれば出すよ」
「いえっ。デザインされた1点物が良いです!」
「店内にある品は全部、1点物だよ。どれも私のデザインした物だ」
「すっごぉ〜い」
 涼一の目がキラキラし始めて、店主が引いた。
「こら」
「きゃうっっ」
 襟首掴まれてカウンター迄引き戻され、そこで色々と質問を受けた。何に要るのか知らないけれど、好きな食べ物とか好きなスポーツとかも訊ねられた。
 涼一は、それら全てに、正直に答えている。良く判んないけど、このデザイナーさんから、智と同じ感じがした。そう思ったらリラックス出来て、スラスラ話せた。そもそも人見知りだから、初めての人は苦手なんだけど━━‥‥。
「好きな色は黄色です。智さんも、ボクのイメージは黄色だって言ってくれました」
 店主が涼一の返事を受けて、静かに智を見上げた。智は、声は出さなかったが頷いて応えた。
「紅も見えるんですよね、私には」
「だろうな。紅く染めたから」
「それで15億でしたか」
 メモメモ。魔と書いて丸で囲ってある。
「早い方が良いですか?」
「早い方が良い!」
「だ、そうだ」
「了解です。2週間下さい。若用のデザインの中で転用可能なのを探してみます」
「20億も出せないっっ」
「勿論勿論。まんま同じじゃないですよ。安心して下さい」
「あー、驚いた。出来たら会社に連絡くれ」
「承知致しました。又のお越しを」
 それで店を後にして、某一流ホテルで夕食を摂り、そのまま同じホテルのスイートルームで犯る事やった後。
「あのデザイナーさん、トシさん? の好きそうなタイプ。コイビトの1人だったりして」
「ああ。良く判ったな」
「マジっ?!」
「ああ」
「トシさんはゲイ」
「否。バイ。女の情人も何人か居る…筈」
「だよね。まどか君と婚約してるくらいなんだしって、まだ犯ってないかなぁ〜?」
「それはないな。犯ってる筈だ。それに、まどかは部長の婚約者だ」
「え? 部長とトシさんは別モノ?」
「別モノ。トシは人類じゃない」
「良いの? そんな事言って」
「本人も自覚してるよ」
「へぇ。へぇ〜。部長にはまどか君要るんだね。でも、トシさんには要らない、と」
「え〜っとぉ〜」
「大丈夫だよ。本人に言ったりしないから」
「そうだな。なら、うん」
「だよねぇ〜。要らないよね、あんな何処にでも居そうな子供。トシさんはモテるでしょ、男からも女からも。相手に不自由しなさそう。それは、智さんにも言えるんだけど」
 若の話だと思っていたら、いきなり矛先が向いた。白々しい咳払いをし、答える。
「若は玄人ウケする。一方的に惚れられるんだ」
「で、摘んで食って終わり。でも、有効活用」
「うん。喜んで利用されてるよ、皆さん」
「惚れた相手だもの」
「まぁな。そろそろ送って行こう。シャワー入るぞ」
「はぁい」
 髪の世話を焼いて貰って、時刻は夜の10時。
「お前、予備校とか行ってないの?」
「今のところA判定だからね」
「ふぅ〜ん」
 基本、賢いんだな。ま、俺、バカ嫌いだけど。
 それより、大丈夫かな? 一応、一報は入れたけど涼一はまだ高校生だし、心象を悪くするのは嫌だなぁ〜。まだ良い子で居たい。そんな事を考えていたのだが大丈夫だった。ご両親はまだ、帰宅前だった。
「お前、いつも1人なの?」
「この時間だとそうだね。だからお父さんもお母さんも、お金を与えるんじゃん」
「なる程」と納得してみたが、心配には変わりない。だから、戸締りを煩く言って、マンションに着いたら電話する事を約束して、涼一を1人残して去った。勿論、帰り着いたら即行電話した。着替えながらだから、スピーカーホンにしての会話だったが、予定では5分だった。けれど、結果はお父さんが帰る迄(先に戻った)話し込んでしまった。
 まぁ、お仕事ならキャッチが入るので判るが。
 それから2週間。
 会社にサラマンダから電話があった。店名を出すと良く騒ぎになるので、個人名にした。智はその時、たまたま会議で席を外していたが、デスクに付箋が貼ってあった。しかし、智は個人名が判らず、折り返していた。
「何だ〜」事なのだが、電話を受けた者の聞き間違いだった。笑い話にして、電話を切る。そしてこの日も、白山百合学院高等科に智は出没し(コレ楽しい。俊もだと思うが、ガキ共の反応が面白い。クセになりそ♡)、涼一を待って一緒に店に行き、仕上がったリングを見た。
「すっごいっ! 綺麗♡」
 涼一が嬉しそうに微笑む。智も満足そうだ。
「若のヤツの転用?」
「ええ。スケールダウンしてますけど」
「当たり前じゃあ〜」
「くすくす」
「しても良いの?」
 我慢出来なくてそう言って手を伸ばそうとしたら、智にメッされた。
「自分でしたら意味ないだろう」
「あ、そか。して」
 左手を差し出し、薬指にして貰う。
「むふ♡ 学校にして行っても怒られないよね」
「高城まどかもしているだろう」
「そうなの? ボク、校内の噂に疎くて…」
「してる筈だ。部長が渡してる」
「20億だっけ? すっごいんだろ〜なぁ〜」
「まどかさんのは300万くらいです」
「えっ?! じゃ、20億って何っ」
「たった1人の、本物の恋人へのマリッジリングだよ。その恋人も、お返ししたようだが」
「じゃボクも! お返しする! 智さんに!」
「当店の最低価格、デザインからとなると100万からだけど、大丈夫?」
「ダイジョバナイ・・・」
「出来合いだけど、店内の品じゃダメ? それなら、安いので30万くらいからあるょ」
「それでも30万円」
「一からデザインしてるからね」
「そっか。選ぶ!」と言って闘志を燃やした涼一は、智の左手を引き、その手を見ながらあるリングに決めた。30万どころか、66万6千円もしたけど、悪魔的な智にはお似合いなデザインだし、値段も良い。お父さんに怒られるのかしら? と思いながらも、サイズ直しの必要がなかったので、涼一が自らの手で付けた。

《終わり》

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