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コロ休みアダルト文庫『狸と狐』

作:平 和 (たいら なごみ)

「良いの? 婚約発表パーティー終わるなりこんな事して。くすくす」
 笑いながらも自分で服を脱いでいるのは、代議士の山田圭介。当然と招待を受けていたのだが、内心、穏やかでは居られなかった。でも、それを言うと自分も結婚したし、俊だけをとやかく言えない。
 俊の第一秘書君、女みたいな顔した長身細身の彼に、パーティーが終わる直前に耳打ちされたので、妻には急な仕事だと言って先に帰し、伝えられた通り、同じホテルのロイヤルスイートに行って少し呑んでいたら、タキシード姿の俊が入って来た。で、人の顔見るなり脱げとか言われちゃって、せっせと脱いでいるところだったが、俊がチョウタイに手を掛けたのを見て、圭介が手を止め大声を出した。
「タンマ!」
「んっ」
 ここで大声が入るとは思わなかったから、俊がびっくり。
「ちょっとそのままで居て!」
「何だ」
「1枚♡」
「は?」
 何のこっちゃと顔を歪めていると、ジャジャーンとスマホが出て来た。
「良いでしょ?」
「あのなぁ」
「良いだろっ。トシさんが正装したトコなんて早々お目に掛かれる訳じゃないんだからっっ」
「はいはい」
 1枚とか言っといて、パシャパシャと4〜5枚撮っていた。
「もう良いか」
「うん♡」
 圭介の満足そうな笑み。この程度で満足するとはお手軽だ。
「あ〜‥‥脱いでるトコも撮ろ♡」
「好きにしろ」と言ったら本当にそうしやがって、何かヌードダンサーになった気分。
「ムフ♡」
 圭介がそれは嬉しそうに微笑んだ。
「宝物増えた♡」
 うっとりと呟き、スマホを胸に抱く。
「ロックして♡」
 ニコニコ嬉しそうにしている情人の顔を見るのは好きだが、今夜は好きじゃない部長の顔で良いカオ作ってたから、フラストレーション溜まりまくりだった。本当なら美樹が良かったのだが、第一秘書にしちゃった弊害が出て、不可能だったのだ。それで、同じ魔物の情人で招待客でもあった圭介で手を打つ事にした。
「さっさと脱げ」
「はいっっ」
 ドスの効いた低い声。この声も好きだけど、今のはちょっと怖かった。なのでせっせと脱いだ。
「シャワー浴びるぞ」
「はーい♡」
 犯る前に一緒にシャワー。
「ふふ♡」
 と、言う事はつまり、悪戯され放題って事で、バスルームから出た圭介は、一方的に辛い訳だ。
「トシさん……」
 こうでなくちゃ魔王(オレ)の情人(モチモノ)じゃない。
「舐めろ」
「はい」
 目も虚ろな圭介は、言われるままに股間に顔を埋め、懸命にしゃぶった。エレクトした物は、もう何度となく目にして来ているし、身の内にも銜えた。あんなの知っちゃったら、他はもう、何の慰めにもならない。新妻とのSEXも、おざなりだ。ま、アレは、実の祖父(実は父親)と犯ってはよがってたようなメスブタだが、その祖父ってのが粗チンで、ソイツにも尻を貸してたけど俊との関係が出来てからずっと、苦痛で仕方なかった。だって、粗チンの早漏なんですもの。そんなのと犯ってよがっていたのだから、圭介の標準上位のペニスがデカイと悲鳴を上げ、犯ったら虜になってくれた。お手軽ちゃっお手軽だ。
「もう良い」
 頭を撫でられて顔を上げると、そろっと頬を撫でられぐいっと引き起こされて抱き上げられてしまった。そのまま、ベッドに運んでくれる。
 こう言う風に、ちゃんと優しいから好き♡
 俊の裸の胸に、甘えてスリスリ。
 ベッドにポイされて、後はくんずほぐれず。
 面白くも何ともなかったパーティーが終わったのが21時。
 俊はホスト側だったので、ゲストの最後の1人迄、まどかと共にお見送りした。それが終わったのが22時半で、高城のご両親とまどかもそのまま見送った。後片付け(たって事務的な事だが)は、聖とその他のモブに任せて、終始何か言いたげにニヤニヤしていた親父と、唯優しく微笑んでいたお袋は美樹と一緒に帰した。この時点で22時45分で、部屋に引き上げられたのが23時だった。で、今は深夜26時半。
 うつ伏せになってる圭介の髪をクシャリと撫でて、1人ベッドから抜け出す。そして、ソファーに腰掛けタバコを1本。
「トシさん…」
「ん〜?」
「満足出来た?」
「ああ」
「良かった♡」
「ふっ。辛くなければこっちに来い」
「はい♡」
 アナルは痛いけど、腰も痛むけど、その両方が嬉しい圭介は、俊の情人。
 圭介はノソノソとベッドから這い出すと、俊の居る、窓辺のソファーに向かった。尻からは俊のザーメンが溢れていて、足を伝っている。けれども、圭介的には嬉しいむず痒さだ。
「トシさん」
「よっと」
「うきょ」
 腕力だけで圭介を軽々と抱き上げ、膝に抱える。すると、圭介が可愛く縋り付いて来た。
 うん。愛おしい。
 この愛おしさ、まどかには感じなかった。精処理道具にもなりゃしない。ありゃ、表用(ブチョウ)のフィアンセ以上以外の何者でもない。同じ連れて歩くなら不細工より美人の方が良いが、クリアしてるのはその点だけか━━‥‥。
「腹減った〜っっ」
「ああ。トシさん、挨拶回りで殆ど食べられなかったねぇ」
「うん。‥‥って、何で知ってんの?」
「トシさん見てた、ずっと」
「おいおい、先生」
「仕事もしてたょ、片手間だったけど」
「しっかり仕事しろ〜」
「値踏みしないとね、トシさんのフィアンセ」
「どうだった」
「唯のガキじゃん」
「うん。唯のガキ」
「トシさんには相応しくない! 今からでも遅くないから、婚約破棄して!」
 言わない、と決めていた言葉だったけど、感情が溢れて止められなかった。
「泣かんで宜しい」
「え? あ…」
 頬を拭われて、自分が涙を溢していた事を知る。こんなに、感情的になった事はない。
「婚約破棄はしない」
「だよね。あんな小娘に負けたのか」
「お前男だから、結婚出来ねぇよ?」
「そうじゃなくてっ」
「くくくっ。可愛いったら」
「バカにしてっ」
「あのガキは田口部長のフィアンセだ。トシの女じゃねぇ。お前の方が大切だ」
「え?」
「勝負以前。同じ土俵にも上がれねぇよ、あのガキは。トシの情人の方がどれだけ大事か。そもそも、あのガキは俺の名刺こそ持ってるが、プライベート用のスマホのNo.知らねぇし、自宅マンションにも呼んでねぇし呼ぶ気もねぇよ。お前の方がずっと愛おしい」
「━━‥‥。トシさんっ」
 圭介が俊に抱き付き、一つ鼻を啜った。今だけの、口から出任せの慰めであっても嬉しい。でも、口先じゃないんだろうな。そう思えるから、信じていられるから━━‥‥。
「何か食いに行こう」
「こんな時間にやってるの、ファミレスくらいだよ?」
「ん〜‥‥ん‥‥あそこ行こっ。ケツ拭いたら服着ろ。ネクタイは要らん」
「え〜?」
 急かされて服を着たら、俊は普通のスーツ姿になっていた。初めから1泊するつもりだったのだろうか? なら、予め教えてくれれば自分も着替えを用意したのに、と一気に考えたが沈黙した。出欠を、ギリギリ迄迷った。妻のある身で俊を責める立場にないのに、気持ちの整理が付かなかったのだ。そして、惚れ抜いていたから出席した、見極めようと思って。そうしたらどうだ。いく分大人っぽい綺麗目な、17歳の唯の高校生だった。
 ま、俊曰く、田口部長のフィアンセらしいから、こっちには関係ないけど━━‥‥。
 俊に連れられて、俊の運転で23区内の小汚いプールバーに着いた。
「やってるの? ここ」
「朝5時迄やってる。ちょっと待ってろ」
「うん」
 俊がパーキングに車を停めに行った。
 薄暗いネオン、所々切れてたり寿命間近で点滅してたりするのもあるが、それに照らされてるのは、色褪せたビリアード台とキューの絵だった。
 何処迄行ったんだろうと首を巡らせると、ギィ〜ッと、建て付けの悪い蝶番の音が不気味に響いて、ビクッとして顔を向けると骸骨に皮膚を貼り付けたような、凶悪そうな老人が出て来た。
 思わず目が合う。
 見詰め合う事、たっぷりと5秒。向こうが視線を切ったので圭介はホッと胸を撫で下ろしたが、見た目より普通な老人の声がした。
「あんた、代議士の山田圭介じゃろ」
「はいっ」
 普通だけど怖い。つい、背筋が伸びた。
「何の用じゃね。玉突きするかね」
「いっあっそのっ」
 返答に困ってしどろもどろになり、別にこっちに来られた訳じゃないけど、得体の知れない圧迫感に後退ったら何かにぶつかった。
「ナンパか? 源ジイ」
「喧しいわい、小僧っ子」
 訊こえたのが俊の声で、肩に置かれている手も俊のものだと思ったら安心して、グッと体重を預ける。すると、抱いてくれた。
「ナンパなら他のにしろ。コレは俺のだ。手放す気はねぇ」
「何人目の恋人だか。昨夜も若い娘っ子が加わったのぉ」
「ケッ。あんなのが情人(コイビト)な訳ねぇだろ。ざけた事言ってると殺すぞジジイ」
「お〜殺してみろ。死ぬる迄待っとるわい」
「食えねぇジジイ。それよか何か食わせろ。腹減ってさぁ〜。来い、圭介」
「ぅ、うん」
 物騒な話ししてるなぁと、背中から抱き締められたまま訊いていたが、俊が無造作に歩を出し、慌てたら手を引いてくれて、俊の肩先を見詰めて歩いた。
「今、宏が厨房に入っとる。何でも作って貰え」
「どうして宏が居るんだよっ」
「ワシが知るか。お客じゃよ」
「いらっしゃいませ♡」
 矢っ張り不気味な音を立てた扉。
「今月初のお客様♡」
 中に入ると、元気良く迎えられた。
「ゥゲッ! 若っっ」
 俊は慣れているのだろう。圭介は手を引かれ、ズカズカ中に進み入る俊の後を、コソコソ付いて歩いた。勿論、愛想良く声を掛けて来た男の事なんて見てないし、若って誰?
「バイトは許可してませんよ、香川係長」
「バイトじゃないっス。金払って働いてます」
「誰が働いてくれと言うた!」
「イヤッえ〜と…自ら進んでっっ」
「本堂課長にチクッちゃおうかなぁ♡」
「キャー! 止めて止して! あいつバカでアホで仕事なんて出来ない粗大ゴミだけど、ヨイショとゴマスリは天下一品で、自分、仕事出来るから目の敵にされてるんですぅ」
「そんなに仕事出来ねぇの?」
「はい。ある種の感動を抱く程です。電話番一つ満足に出来ない」
「そんなのがどうして課長?」
「部下の手柄を自分の物にして、後はヨイショとゴマスリ」
「企業も大きくなると端々に目が届かんね。ま、良いや。何か作ってくれよ。腹減った」
「若、食べる暇ありませんでしたもんね」
「圭介、何食いたい? 何でも良いぞ」
「タンマ! 何でも良くないっス。ココにある食材で出来る物しか作れません」
「あそ。オススメで良いよ」
 圭介の手を引いて、最奥のボックスシートに座った。圭介は左側に座らせて、まだ怯えているようなので肩を抱いていた。圭介が、ちょっと身構えている。
「外でこんな事したら」
「気にすんな。俺等の溜まり場だ」
 等って、誰々の事だろう。
 香川宏係長って、俊の会社の企画2課の香川君? だとしたら面が割れちゃうよぉ。自分は良いけど、婚約発表パーティーなんかしちゃった俊はどうなるんだよ。いくら、何処だか知らないけど、某大企業の社長令息でも、その企業名に傷が付く。そんな不道徳な息子は要ら〜んとか言われたらどうしよう。悔やんでも悔やみ切れない。俊の将来が台無しになっちゃう!
 内心アセアセしてると、ジュースが来た。
「いらっしゃいませ、山田先生」
「あっああ」
 俊の、自分の肩を抱く手を払い落とすんだけど、めげずに戻って来て、3度やったらギュッと抱き寄せられてしまった。汗々アセ。
「若にはバーボンロック!」
「バカヤロ。俺ぁ〜車だ!」
「交機なんて一睨みのクセ」
「俺1人ならな。圭介も同乗してんだよ」
「あ! そか」
「ボケ」
「当たってるだけにキツイ」
「ほざいてろ。ほで、何を作ってくれるの」
「うどんを使えとジジイが吠えるから、皿うどんとシーザーサラダと中華風スープ。お手軽だね」
「1人前は食べられないょ」
「俺食うから良い」
「うん。じゃなくてっっどういう関係なのぉ」
 我慢もこれ迄と、圭介が口火を切った。この辺をすっきりさせないと、どうにもこうにも座りが悪い。
「直の部下」
「企画2課だろ?」
「はい」
「営業部部長のクセ」
「会社取った所での部下」
「実家って事?」
「ん〜‥‥トシの直の部下」
「ふ〜ん。良く判らないや。疲れちゃったょ」
「おろ」
 ふにゃっと俊の胸にしなだれ掛かる。
 そんな2人の姿を目の当たりにしても宏は特に表情は変えず、とっとこ下がると、店に置いてある俊専用湯呑みに番茶を煎れて持って来た。
「暫しお待ちを〜」
 ニッと笑って引っ込んだのは、ファイブカードの一翼を担っている、十人衆No.3の香川宏(カガワヒロシ)33歳独身。ゲイで現在恋人ナシ。乾かない程度にはラヴゲームを楽しんでいるが、気になる相手は居る。
 で、どうして圭介と面識があったのかと言うと、俊から圭介番を仰せ付かったから。今回のパーティーの招待状も、郵送ではなくて宏が議員会館迄持参した。表は歩かせるつもりらしいけど、引き込むって訊いた。なら、来て貰わないと困る。若にケツ犯られてよがってれば良いだけなら引き込むなんて考えなかったろうし、ココにも連れて来ていないだろう。
「お待ちどう様ぁ〜♡」
「凝るね、お前」
「放っといて下さい。私の唯一の、建設的な趣味なんスから」
「良いよ、別に」
「どうぞ先生」
「あっ、有り難う」
「食え〜。頂きます♡」
「え? うん。あのっ香川君」
 料理を運び終えて去り行く宏を呼び止めた。
「はい。何スか? 皿うどんNG?」
「違うよっっ」
「何でしょう」
「君、トシさんの部下なんだよね」
「はい」
 ブレない確かな答え。それを受け、圭介が薄く笑った。
「圭介で良いよ。トシさんの前では僕、代議士じゃないから」
「はい。では、若とご一緒の時は、圭介さんと呼ばせて頂きますね」
「否。普段から。トシさんの直の部下に先生なんて呼ばれると、居た堪れなくなるよ」
「はぁ。でもぉ〜‥‥」
 オラ知らね、とばかりにパク付いている俊に視線を止めた。圭介も、それに気付き俊に目を向ける。この、2人の視線を嫌って、俊が顔を上げた。そして、口の中の物をもぐもぐゴックン。
「何だよ。俺に意見求めてる?」
「はい。代議士先生を名前で呼ぶの、マズくないスかね。それもいきなり」
「TPO考えりゃ良いだろ。圭介と2人切りになるような時は名前にして、第三者が同席するような場合は先生って呼び掛けるとか」
「なる程! さすが若! T大首席卒は伊達じゃない!」
「お前がバカなんだよ。早よ食え。冷めるぞ」
「あのっ!」
「ん?」
「え?」
 圭介が勇気を出して声を張った。俊と宏はキョトン。
「トシさんは特別なんだよっ」
「うん」
「僕の代議士生命なんかより、ううん、僕の命よりもトシさんが大切なんだ。大事なの」
「判ってる。自覚もしてる。俺もお前が大切だし大事だぞ」
「なら判って…」
「ふむ。けどな、お前には代議士で居て貰わねぇと、色々と不都合が出て来るんだよ」
 圭介が首を傾げる。
「政権与党の代議士じゃねぇと入って来ねぇ情報とかあんだろ」
「うん。あるらしいけど」
「それらを知りてぇの」
「無理だよ。代議士と言っても1年生だから、国の骨幹に拘る情報なんて」
「どの古狸が握ってるか、当たりは付けたろ?」
「まっあね」
「そいつらを、骨抜きにしろ。で、手玉に取れるようになってくれ」
「どうやって? 吉良の地盤は硬いけど、金は大して集まらないよ」
「金で売り買い出来るなら、お前に頼まねぇよ。俺がその気になりゃ、日本の国家予算ぐれぇ、1時間後に揃えられらぁ」
「いっ1時間後っっ」
「それでカバー出来ねぇ部分だよ。古狸を骨抜きにして、操り人形にしろ。お前のこの肉で」
「抱かれろって事!?」
「ああ。枯れたチンコだから感じねぇだろうが、メンテはしてやる」
「命令して」
 抱かれろ発言には狼狽したが、メンテに魅力を感じた。でも、これじゃ嫌だ。
 圭介が拗ねたように、俊の方に身体を向けた。
「命令だ」
「はい♡」
 びっくりしているのは宏。世間知らずの代議士先生、すっかり若の虜じゃん。しかし、命令なる一言で、瞳を潤ませうっとりと俊を見詰める圭介から、魔物の臭いを嗅ぎ取った。
 なる程。そう言う事ですか、若。
 この先生は、魂の奥に魔を飼っていたのですね。だから、引き込もうと思ったんだ。
 そうですね。野放しにして敵対されると厄介だ。そうなる前に、取り込んだ方がお利口さんと言うものです。
「じゃ、圭介さん。人目がある時は先生と呼ばせて頂きます」
「あ、はい。よしっ、ガンバッ」
「早よ食え」
「うん。頂きま〜す」
 サラダから食べた。ドレッシングが美味しい。緩くなった中華風スープに箸を伸ばして皿うどん。油っこい物は食べたくなかったから最後にしたのだが、油っこくない。寧ろ、さっぱりしている。しかも、美味しい。なので、ペロッと平らげてしまった。
「ぷはぁ。お腹一杯っっ。でも美味しかった」
「それは良かったです。作った甲斐があったと言うモンです」
 そろそろ良いだろうと、皿を下げに来た宏に笑顔を向ける。
「香川君のお嫁さんは楽出来るね」
「いやぁ〜っっ。自分ゲイなんで嫁さんは」
「あ、ごめんっっ。他人の事言えないけど」
「同性の嫁さん貰います♡」
「うん」
「性格美人が良いな♡」
「ふむふむ」
「気丈な子に限りますが」
「どうして?」
「年の1/3は海外出張なんで」
「なる程。素敵な子が見付かると良いね」
「有り難う御座います。頑張って探しま〜す」
 それで、俊と圭介はそこを後にした。
 ホテルに戻り、仮眠を取ってから圭介は聖に議員会館迄送らせて、自分はタクシーで会社に向かった。
 いつもと同じ朝だ。
 田口部長に婚約者が居る事を知っているのは重役達だけで、一般社員(裏社員除)が知るには、1日2日要るだろう。
 知れ渡った時、社内がどうなるのか全く想像出来ないが、覚悟だけしとこ。2人の秘書、特に、恋人宣言させた第一秘書の美樹には、覚悟だけはしとけと言った。が━━‥‥。
 そんなモンじゃ全然足りなかった。内線電話が鳴りっぱなしで、仕事にならない。かと言って、無視して出ない訳にもいかないし━━‥‥。
 大ボスは、矢っ張り面白がっていた。
「ナロっっ」
 幸いな事に、魔王のお仕事には支障はなかった。寧ろ、専念出来る。但し、相手の被害は尋常じゃない。表の苛々が2剰3剰して上乗せされてるから、コラコラ程度の事が、さようならってお見送りされてしまう。だもんで、社内が落ち着く迄の2ヶ月程、魔王は直接手を下していないが、十人衆を筆頭に、裏社員はフル稼動させられた。根こそぎ根絶やしにされた組織は10や20では聞かず、凶弾に倒れた世界の政財界人は三桁に上り、地図上から消された村も二桁を軽く超す。
 これじゃあ表稼業に支障を来たすってんで、2ヶ月が過ぎて直ぐに、オーナー社長直々の訓示が掲示板に貼り出された。それで、少しずつ収まって行った。矢っ張り、減俸は嫌だろうさ。
 そして、75日。何とか終わった。ゼーゼー言って胸を撫で下ろす、十人衆始めとする裏社員。つまんね、と思うのは、居ながらと言う楽してた魔王で、一頻り大笑いしたのが大ボスだった。
 その同じ75日で、圭介は政界の妖怪ジジイどもを落としていた。初めは、ジジイども共通のオモチャとして取っ掛かりを作った。
 ジジイ達が見守る中でオナニーしたり、バイブを激しく出し入れしたりして、白過ぎる身体をくねらせた。すると、1人2人と、ギラ付く視線を投げて来るジジイが現われ始めた。それが、嫉妬を含んだ纏わり付くような熱い視線になるのを待って、個人的に訪ねて行った。そこでやっと、個人的関係を持たせてやるのだが、そこはそれ、助平心満載のエロジジイだがあの吉良よりもずっとお年を召した先生達だ。マジで2擦り半とか、役に立たないから唯舐め回して精飲して満足なジジイとか、何処から連れて来たのか、ホームレスの小汚いオヤジに犯らせて、それを見て大興奮して自分は気持ち良くなって失神しちゃう困った変態ジジイとか、兎に角、色んなのが居て覚えるのが大変だったけど、今の勉強会と言う名のオナニーショーは、大分趣きが違う。
 どのジジイも好色さに変化はないが、どいつもこいつも、自分だけは特別、と言う顔をして、圭介のオナニーショーをじっとりと見詰めている。それら、日本の政治を操る役にも付かず大臣でもない7人のジジイ達とは別に、党三役と、総理と副総理とも関係を持った。いずれも、俊に仕込まれた圭介の肉に溺れているのだが、自覚はないに等しい。
 圭介とは毎日会いたいし、毎日声が聴きたい。けれど、自分から行動するのはプライドが邪魔をする。だから、日に何度も圭介からの入電、来訪を秘書に確認し、時間の経過と共に怒りに変化して行った。
「まだ来んのかっ!」
「お約束がおありなのでしょうかっっ」
 いきなり怒鳴られても、秘書君も困るってもんだ。今日の予定には、山田先生の来訪は組まれていない。そりゃそうだろう。公式訪問じゃない。至って個人的なそれだ。約束があっても、秘書にはでっち上げるしかない。
 そんな、連中の心の内も圭介の掌の上。ニッと唇に微笑みを浮かべながら、一番焦れているだろう人の事務所に電話を掛ける。そして、留守なのを確認してから、電話をした事実のみを残す。ご本人さんが今、事務所に居ない事は予め承知の事だった。万が一の時の為にと、第一秘書君の携帯番号は知らされているけど、直接掛けられない理由ならある。さてさて、どう出ますか? 先生。
 その日の内に、自宅の方に電話があった。しかし、理由を付けて出なかった。勿論、ワザと。
 次の日、事務所に行くなり秘書君に、昨日電話を掛けた先生本人から電話があって、今日は1日居るので暇が出来たら訪ねて来てくれと、伝言を言付かったと言う。
「総理との会見後、10分なら立ち寄れますが」
「じゃ、入れてくれ。しかし、何だろう」
「さぁ。先生は若手のホープですから」
「何を言うか。まだまだ当選1回目の若輩者だ」
 窓の外を見渡す圭介の唇の端には笑み。総理との会見を直訳すると、総理とのSEXになる。30分しか取れなかったと申し訳なさそうにするが、腹の中では赤い舌を大きく出していた。
 30分もあれば充分だろう、オッサン。助平だけど直ぐイッちゃうから━━‥‥。
 身形を整えて、乱れた髪に櫛を通し、睦言でも期待しちゃてますか、総理。
 それよりも何よりも、俊が恋しい。
 そんな想いを抱え総理と少しも気持ちの良くないSEXをして、けれど、良い声で喘いで上げてからご期待の睦言を少々。身嗜みを整えてから、1年生議員らしく一礼して部屋を出た。足早に車に乗り込み、何度も電話をくれていた幹事長を訪ねて行った。で、10分しかないんです、と可愛く訴えて、ねこねこ甘えた…フリ。
 こんな奴に甘えなくたって平気だ。甘えさせてくれる人は、別に居る。
「ふぅ〜」
「後1件です、先生」
「ああ。ん? もしもし」
 圭介個人のスマホが震え、誰からだろうと見たら俊からで、慌てて出た。以前なら、一方的な呼び出しだったが、代議士になったら時間を尋ねてくれるようになった。それが嬉しいような悲しいような物足りないような━━‥‥。
“圭介か?”
「うん」
“何時上がりだ”
「待って」と一言断って、今日の終了見込み時間を尋ねた。ついでに明日の予定も尋ね、午前中のスケジュールをオフにする。
「21時に終わるから、22時には行ける」
“じゃ、マンションで待ってる”
「はい」
 久しく訊いていなかった俊の低い声が、耳から全身に、じんわりと広がって行く。
 それだけで幸せ♡
 総理にケツ突々かれた事なんて、もう忘れた。
「次の勉強会が終わったら、君は帰ってくれ。私は寄る所が出来た」
「どちらへ? お供しますっ!」
「呑み会だから、素面の奴が居ると場がしらける」
「しかしっ先生はっ」
「代議士にもプライベートはある。呑み過ぎないように注意するよ。明日は、いつもの時間に迎えに来てくれ」
「ご自宅には戻られるのですね」
「当たり前だろう」
「すっ済みません」
 秘書は言いくるめた。残すはジジイ達の前でのオナニーショーだが、これが終われば大本命の俊が待っている。そう思うだけで、アナルがパク付くってもんだ。
 実際、この晩のオナニーショーは、圭介のタガが外れていて、いつになく妖艶だった。その、濡れた瞳で見詰められたジジイ(たって、全員を見渡したが)は、自分だけに熱い眼差しを送って来たと思い込んでいて、可愛いのぉ〜ってなもんだ。
 皆、外に秘書と車を待たせている。又、この勉強会の内容はシークレットだ。誰にも悟られてはならない。なので、時間は守ってくれる。
 圭介は一番の若輩なのでジジイを見送ってから一息吐いて、秘書君に別れを告げ、大通りに向かって歩き始めた。しかし━━‥‥。
「好い加減にしてくれ」
 使命感に燃えているからか、良い点を稼ぎたい為か、はた又、持って生まれた性格故か、第一秘書がしつっこく付けて来る。それで一言声を掛けたが、反論された。
「そうは参りません! 先生は、先生お1人の身体ではないのですよっ!」
「あのな、品川君」
「何かあってからでは遅いじゃないですかっ!」
「だから」
「呑み屋なんて危険な所に、先生お1人で行かせるなんて、不肖・品川純、承服し兼ねますっ!」
「だ・れ・が、呑み屋だと言った」
「呑み会…」
「個人宅だっっ」
「では、お宅の前でお待ち致します」
「ん〜。切り口を変えようか」
 こんな所で愚図愚図したくないが、こんなコブが居たんじゃおちおちタクシーにも乗れない。
「君は自分の交友関係を、余す事なく全て、私に教えられるか」
「それはぁ〜そのぉ〜」
「出来んだろう」
「まっあ。でも、それとこれは」
「同じだ! 金魚の糞みたいに私に付いて歩くだけが能じゃないだろう。賢くなりなさい」
「先生だって秘書の頃、何処でも付いて行ってたじゃないですか」
「信用を得てからの話だ」
「と言う事は…」
「私は君を信用していない。はい。さようなら」
 秘書君にトドメを刺して、大通りに出てタクシーを拾った。そして、俊のマンションに向かう。
 こう言う形で直接訪ねて行った事はないが、部屋の番号は覚えている。圭介の優しい指先が、インターホンのナンバーを押した。
“はい”
 俊の声だ。何か、涙出そう。
「圭介です」
“ああ。上がって来い”
「はい」
 カチッとオートロックの扉が開き、エレベーターに乗った。そして部屋の前。ドアチャイムを鳴らすとドアが開き、俊の第一秘書が顔を出した。
 何故━━‥‥。
「どうぞ、山田先生」
 促されるままに中に進み入る。
 秘書君は、何処迄知っているのだろうか。俊との関係を知るのは、香川君だけで良い。
「待ってたぞ」
「トットシさんっっ」
 そりゃ確かに好きだけど、秘書君の居る空間で全裸は勘弁してよ。えっ? ひょっとして犯ってたって事? 来るのが遅かった?
「明日も通常勤務! だけど俺様欲求不満!」
「威張らないで下さいよ」
「煩せぇ。俺ぁ〜偉かったんだぞ!」
「重々心得ています。あの、圭介さん」
 機嫌悪そうな俊を前に固まっていたら、名前を呼ばれてびっくりした。だもんだから、
「はいっ!」て、ひっくり返った返事をしてしまった。秘書君が首を傾げてくれて、ちょっと恥ずかしい。
「明日、午前中の予定が入っていないのは本当ですか?」
「えっええ」
「では、覚悟なさって下さい。じゃ、私は帰りますね♡」
「うそ〜!」
「何が嘘ですか。私は会社だけでヘロヘロです!」
「ウソ吐け。インスタントSEXじゃねぇか」
「でも、3分ではなかったし、1回2回でもなかったですよね!」
「訊けねぇなぁ」
「若!」
「さっさと脱ぎやがれ!」
「あ〜もぉっ」と呟いて手で顔を覆った青年が、諦めたように小さく息を吐き、ネクタイを緩め始めた。えっ? 本当に脱ぐのっ?!
「圭介。何やってんだ」
「何って…」
「脱げ」
「はい」
 そんな眼で命令されたら、従うしかないじゃないか。にしても、綺麗な青年だなぁ〜‥‥。
 そんな事をポヤンと思っていたら、俊の声で現実に戻った。
「こいつミキな。俺様の所有物」
「ミキって呼べるのは若だけでしょう? それ以外の誰にも呼ばれたくないですよ」
「そーだな。こいつ圭介。俺様の情人(コイビト)」
「泉原美樹です。通称よし君。よし君と呼んで下さい」
「はっはぁ」
「何をくっちゃべっていやがる! 俺様を慰めねぇか!」
「はい。って‥‥若! いつの間にこんなに呑んだんですかっ!」
 何か、反応が違うとは思っていたが━━‥。
「2の4の6本も空けて! 圭介さん!」
「はい?」
「疲れマラの酔っ払いです」
「━━‥‥えっ!?」
「覚悟して下さい」
「しゃぶらね〜か!」
「はーい」
 返事をして美樹が俊のまだ項垂れたままのペニスを舐め始め、服は脱いだけどどうしよう、と困って佇んでいたら俊に手招かれ、結局、一緒にしゃぶっていた。
 所有物とコイビトの差が判らないけど、まぁ良いや。まだ必要とされているようだから━━‥。
 狂乱の宴開催中。
 表社員のグチグチトゲトゲに、ジッと我慢の子‥‥でもないか。魔王としてえげつない指示を連発していたが、美樹で毎日小出しにはしていたが、2〜3日置きに複数人の情人呼び出して足腰立たないようにしてからそれぞれの住まいに帰らせていたが、週に1回は美樹を思う存分犯りまくっていたけど、スッキリして出社すると針の筵が待っていた。これもオーナーの訓示で何とか下火になって、執拗に付き纏う侮蔑の眼差しと軽蔑の眼差しが、今日やっと、通常勤務が出来るくらいに減った。それで、政界の事も気になるからと圭介を呼んだ。そこ迄は美樹も承知していて、ブンむくれている俊をマンションに送り届けたら帰るつもりでいた。しかし、美樹だけが持つワカ〜タイマーが点滅し始め、夕食作りますとか、お風呂用意しますとか、理由をこじ付けて残った。
 美樹のワカ〜タイマーは正確だ。もし圭介1人だったら、しっかり壊されていたろう。
 これはもう、政治家生命の危機だ。若の思い描いていた青写真とも食い違っていたろう。ともあれ圭介は、バカスカ犯られて、半壊くらいでハイヤーで帰宅した。深夜27時半の事だ。寝ずに待っていた好き者の妻が誘って来たが、出すモンないし、そもそも下半身の感覚おかしいしで、酔ったと言い張り、パジャマに着替えるとベッドに潜り込んだ。
 一方の、残っている美樹は、まだ身体を揺すられていた。これが何回目なのか、もう忘れた。二分していたのに、片方は帰ってしまった。内緒でボトル6本も空けてくれちゃって、今、自分の中に収まってるの、まだ大きいじゃん! お化け!!
 罵っても訊いてくれる人じゃない事は、百も承知している。どうせ、可愛い奴め! とか言ってバカスカ犯るに違いない。
 少なくとも、過去がそうだった。誤ちだとは更々思っていないから改める訳もなく、そう進言しても意味もないから、ずっとこのまま〜!
 翌日。
 一方的にダメージが出るのは、突っ込まれてた側で、圭介は頑張ったけど起き出せなくて、二日酔いだと妻には言い訳して朝食を摂らず、頭迄布団を被って五体チェックを繰り返した。矢っ張り、下半身に力が入らない。これじゃあ、腰湯しにバスルームにも行けないじゃないか。思案した圭介は、妻の肩を借りて湯舟に浸かった。それを何と勘違いしたのか、その気満々の妻が入って来た。こりゃ、もう1ランクUPさせないとダメか?
 圭介は妻に、欲望のままに求めるのは獣だよ、と断言した。思い遣りとか我慢が、より良い関係を構築するのだよ、と言い含めた。
 元々妻はバカではないので圭介の話に納得し、この日は予定通り、午後から事務所に行った。
 午前中の腰湯でアナルの腫れが引く訳がない。それでも、大分マシになった。少なくとも、普通(そう)に歩ける。痛む腰を労りつつ、圭介はソロソロと代議士の仕事をやった。
 幸運だったのは外出する用事がなかった事だが、そうすると、助平オヤジや助平ジジイからの呼び出し電話が入る。それらには、後援会の事で手が離せないと断り、直接訪ねて来た奴には、ちょっとだけ2人切りになってねこねこ甘えて助平心をくすぐり、気分良くお帰り願った。
「お客様と電話が絶えませんね、先生が事務所に居る日は」
「全くだよ。これじゃ仕事にならん」
「お断りしますか」
「こらこら。私は1年生だよ」
「はぁ」
「陳情の面会は断れ。私に言われても、道路は1㎜も伸びん」
「そうでしょうが」
「上手く断ってくれよ。それが第一秘書の腕の見せ所だ、品川君」
「はいっ! 頑張りますっ!」
 単純な奴は扱い易い。扱い難いのは、腹黒な助平オヤジと助平ジジイ共だ。はてさて、次の一手は何処に打とうか。楽しくなりそうだ。
 笑いそうになり、ハッと思い止まった。ヤバいヤバい。秘書の前だ。
「いたっ」
 少し姿勢を変えたら腰とアナルが痛んで、昨夜の情事を思い出した。丁度、第一秘書の品川君が下がったところだったので、思い切り赤面してしまった。
 絶倫の遅漏だと言うのは知っていたけど、何回突っ込まれたろう。一々数えてないけど、2桁近く行ってるよね。矢っ張り、お化け! よし君、今頃どうしてるだろうか。大丈夫かなぁ〜?
 の、よし君、事、美樹だが、圭介よりも更に辛い1日を余儀なくされていた。と言うのも、圭介を帰した後も犯られてて、昨夜はさすがに一睡も出来なかった。それは俊もなのだが、あちらは犯りたいだけ犯れたから、スッキリ爽快で顔色も良いし愛想も良い、ご機嫌な部長だった。それが何やら憎らしい。
「大丈夫かい?」
「はい。つうっ」
「ああ。無理しないで、横になっておいでよ」
「いえ。大丈夫です」
「って、青い顔で言われてもねぇ。今日は私が何とかしてみるから」
「聖さんの事務処理能力を疑う気はありませんが、若の秘書、6人居たんですょ」
「うん。役に立ちそうにないのがね」
「役にどれだけ立っていたのかは知りませんが、6人でやっていた事を2人で回し、今は本業の分もこっちに入るから、聖さんと僕でギリギリこなせています。そんな状態で聖さんを1人にしちゃうと、聖さんはてんてこ舞い。部長と魔王はお冠。これじゃ一個も良い事ないですよ。やっと社内も静かになったのに」
「ふむ」
「立ち仕事は全てお願いします」
「判った。外回り、何件かあったよね」
「はい。お願いしま〜す」
「了解」
「お願いついでに、若にお茶を持ってって下さい」
「ヤダ」
「え〜。機嫌悪くないですょう。寧ろ、上機嫌」
「だからヤダ」
「え?」
 腰で座っている美樹が、首を傾げた。
「機嫌の良い若も悪い若もヤダ。絶対ヤダ」
 頑張って〜と、無責任に手をヒラヒラされて、美樹がブーッと膨れてソロソロと給湯室に行った。そして、俊にお茶を出したら、矢っ張りと言うか何と言うか、アナルを舐められていた。
 昨夜は無理をさせられた(とは、実は思ってもいないのだが)ので、裂けて出血した…けど…出血なんて良くある話で、特に珍しい話ではない。なのに、若は毎回落ち込む。そんな若と出食わす度、恐れ多いけど、可愛いとか思っちゃう。なので、舐めて貰っていた。
 他の誰のケツを壊そうが知ったこっちゃない。勝手に痛がってりゃ良いし、ウザけりゃ殺せば済む。けれど、美樹は別格だった。美樹を傷付ける気なんて更々ないし、美樹が痛いのなんて我慢出来ない。なのに、大切で大事な美樹を傷付けてしまう。
 ある意味、仕方ない事だとは思っている。本当の意味で俺様を満足させられるのは美樹だけで、その結果、傷付けてしまう。ま、この反対もあったが、これは原因不明なのでいつ起こるか判らない。どっちにしても、俊はショゲる。
 舐めて貰うだけ。今日こそは舐めて貰うだけ。絶対にそれだけ! って、固く心に誓ったのに、神様のバカ。たって、魔物を加護する神なんて魔神だけだ。嗚呼。その魔神様にアナル舐められてるから気持ち良いんだぁ〜なんて、理性を手放した美樹が、鼻に抜ける甘い声を出しながら、腰を振った。そして、可愛くおねだり。
 この2ヶ月余り、毎日理性と闘って、昨夜タガを外したばかりだから、2回目迄は我慢した。けど、俺様に3回目はねぇぜ! って、ズボンの前を寛がせガツンと1発。これ又、可愛い声で喘ぎやがる! ってオマケしたら出血して、更に深く落ち込んだ。
「若♡」
「ミキ」
「今、綺麗にしますね♡」
 美樹はまともににっこり微笑んで、仁王立ちする俊の股間に顔を埋めた。すると、頭を撫でられた。
「ごめんな、ミキ」
「言わない約束でしょ!」
「あっああ。悪い」
 これは美樹が20歳になった年の話だ。
 俊は既に武闘派の中核でブイブイ言わせていたが、矢っ張り落ち込む訳だ、美樹を傷付けると。で、そんな俊を見て美樹は更に落ち込む訳だが、美しい外見と具合いの良い肉だけで俊の持ち物になった訳ではない。そんな折り、成人祝いに何が欲しい? と訊かれた。美樹は、物の代わりに約束を一つして欲しいとねだった。機嫌の良かった俊はそれを快諾し、美樹と一つ約束をした。
 気の済む迄自分と犯った後、裂けて出血しても何も言わない事。
 俊はブツクサ言ったけど了解してくれた。と言うのも、それ以前も同じような事が何度もあったのだ。俊が欲求不満だった時もあるが、美樹が、何が原因か今以て判らない、狂ったように俊を求める時を入れると、軽く2桁だ。それも、10や20じゃない。
「では、失礼致します」
「ミキ」
「はい」
「愛してる」
「はい♡」
 出ようとドアノブに掛けていた手を引っ込め、俊の左脇に立つと頬に口付けた。そして、そっと耳打ち。
「又、して下さいね♡」
「ああ。お前、可愛いなぁ〜」
「勿論♡」
 美樹が微笑む。
「だって僕、魔王の持ち物ですもの♡」
「そうだな。今日は大人しくしてろ」
「はい。失礼致します」
 ペコッと一礼して部長室を出た。そして、扉を背にしたまま、深い溜め息を一つ。
「長かったですねぇ」
「長かった分の代償は、僕の支払いですけど」
 そんな呑気な秘書2人は、実はすっごく忙しいのである。又、電話が鳴った!
「どうして政略結婚になるのよ」
「だって、相手は30過ぎのオジサンなんでしょ」
「まどかちゃん、まだ17歳じゃない」
「お洒落も恋も、これからじゃん」
「お洒落するわよ、綺麗で居たいし可愛いって言われたいもの彼に。恋もしてるわょ、彼に♡」
「え〜っ何処迄マジなのぉ?」
「まどかには雪村がお似合いだと思うけど」
「あんな子供、論外よ。お金もない、名誉もない、地位もなければ車もない。ナイナイ尽くしじゃない」
「お金はあるわょ、渋谷製薬の専務の息子」
「お金持ってるの、親じゃない」
「ま、そうだけどぉ〜」
「お相手のオジサン、部長でしょう?」
「新聞や雑誌ではそうなっていたわね」
「じゃあ、違うの?」
「重役待遇よ。つまり、重役なの彼」
「嘘だ〜。そんな仕事出来そうじゃないよ」
「失礼ねっ」
「フツーの中年太りなオジサンじゃん」
「!!」
 これには大いに反論してやりたかった。
 だって、俊の裸を知っている。少しも太っていなかった。鍛え抜かれた、逞しい漢の肉体だ。写真だって持っている。けれど、それを声高に主張する訳にもいかないし、見せる訳にもいかない。実は3年前から肉体関係にあるなんて、両親さえ知らないのに学校で公に出来る訳がなかった。
 ああ、シュン君が恋しい。
 まどかは、自分の左手薬指のエンゲージリングを見詰めた。貰ったのはパーティーの時だけど、高校生が普段から身に付けていられる物を敢えてデザインさせた、と言っていた。つまり、このリングは1点物で、まどかしか持っていない。そう思うと顔が綻んじゃう。
「何、ニヤ付いてるのょ」
「彼の事を思い出しただけよ。えっ何っっ」
 挨拶もなく左手を強く引かれ、びっくり。
「所詮、この程度でしょう?」
「何が?」
「安っぽいって話」
「失礼な人ね! これは彼が、高校生の私が普段しててもおかしくない物をって、特別にデザインさせた物よ! 鑑定書、お見せしましょうか?!」
「そっそんなに怒らなくてもっっ」
「声が大きいわよぉ」
「フンッ!」
 まどかがツーンとそっぽを向いた。彼は今日も忙しいのかしら? 電話したら怒られる?
 パーティーからこっち、まどかの身辺も騒がしかった。理事長と高等科の校長とPTA会長、そして担任の4名が学校を代表して招かれたが、政財界の大物も招かれるようなとても雅やかなパーティーだったから、一流所とは縁があるが、逆に超一流とは縁のない凡人だったので、隅の方で目立たないようにコソコソしていた。なので、学校側からは、何も言われていない。ま、言えるモンなら言ってみやがれ的なパーティーだったが、新聞や雑誌で情報を得た生徒達は興味津々。特にクラスメイト達は、誰が口火を切るのかと、様子を伺っていた。ブタを引いたのは、まどかに好意を寄せていた雪村だった。
「あんなオヤジ、辞めとけよ。お前には相応しくない」
「彼に相応しいレディになるわよっ」
 雪村をキッと睨み付けた大きな瞳に涙が光る。
 大慌ては雪村だ。そんな、いきなり泣くとは思っていなかった。何て慰めるべきか困っていたら、パーンと頬を叩かれた。
「え?」
 何が起こったのか、本人だけじゃなく固唾を飲んで見守っていたクラスメイト達にも判らなかった。
「私、雪村君が好きだった頃あるけど、もう大っ嫌い! 彼はオヤジじゃないわ!」
 これ切っ掛けでドヤドヤ来ていたけど、最近やっと落ち着いた。小姑みたいなのが騒いでいるけど、それは無視出来る。あ〜ぁ。シュン君に会いたい。会って抱き締められたい。
 この日の午前中の授業も終え、お昼休みとなった。ママが拵えてくれたお弁当を、本当に仲の良い娘5人と食べる。
 まどかは、料理が一切バツだった。俊の部屋に連れて行って欲しいのは山々だけど食い下がらないのは、付き物の、彼の部屋で彼の為に料理、が出来ないからだ。ママからは、これから扱かなきゃね、と実は脅されている。
「ん〜‥‥電話しよっと♡」
 まどかが悪戯っ子のような笑みを浮かべ、俊に電話をした。
 たって、こりゃ表用のスマホだ。相手がまどかだと判ると、股間に顔を埋めて俺様のペニスを旨そうにしゃぶっているミキの髪を何度も撫でて、それでも中々諦めないので、煩せぇなぁ〜と、ベル15回以上も待たせてからやっと出てやった。
“はい。田口です”
「シュン君? まどかです」
“ああ。どうした”
「今、何してたの?」
“今から昼メシ”
「うわっ。ごめんなさい。直ぐ済ませるからちょっと聞いて。あのね、シュン君」
“何だ”
「会社行っちゃダメ?」
“来て何すんだ?”
「シュン君を仕事の出来ないオジサン呼ばわりした不埒者を成敗したくて」
“くくっ。判った。が、別の日で良いか。今日は午後から外に出る”
「それはシュン君の都合に合わせるわ」
“ふむ。何人で来る気なんだ”
「ちょっと待って」
“ああ”
 スマホの送話口を手で押さえ、今、教室に居る連中に訊こえる程度に声を張った。
「この中で、私のフィアンセのお仕事風景を見学したい人、手を上げて!」
「はーい」
「はーい」
「はーい」と、次々に手が入って上げる。
「えっ! 全員‥‥」
「この場に居ない連中も、行きたいと思うな」
「まっ! もしもし? シュン君?」
“ん〜?”
「30人」
“30人〜!?”
「1クラス分。もぉ、大変だったのよっ、この3ヶ月余り!」
“あ〜。俺も大変だった”
「悔しいやら腹が立つやらで、あ〜もぉっ!」
“怒りを新たにせんでも良い。30人な。判った。日程決まったられる知らせる”
「はい。お仕事、頑張ってね♡」
“おう。じゃ”
 電話を切って、まどかはジ〜ン。久し振りのフィアンセの声に酔っていた。
 一方の俊は返事だけで、愛しい美樹の髪をずっと梳いていた。そして、用済みとなった表用スマホをデスクの端に追いやる。
「出すぞ」
 そう言うと、美樹が判るように大きく頷き、それを見て禁を解いた。
 ドクンドクンと、口内に流れ込む愛しい人の精液。量も多いが濃い。とは申せ、美樹は俊しか知らないので、皆こうなんだ、と思っている。少なくとも、自分とは比べられるとは思うが、自分は軟弱なので水っぽいんだ、と思っていた。とんでもない。それが普通だ。俊がお化けなだけ‥‥否、十人衆も、大ボスだって化け物だ。十人衆、別にそれで選んだ訳じゃないんだけど、いずれもデカマラで、遅漏気味の絶倫だった。俊のデカマラと比しても劣らないのは、大ボスだけだ。さすが大ボス。見た事ないけど。見た事あるのは、大ボスがまだ、若、と呼ばれていた頃に、勉強と武術の家庭教師をしに行っていた俊1人だ。その俊から、デカイと訊かされた。
 俊のは、武闘派幹部の納会で、その時に貸し切った裏絡みの温泉旅館において、たまたま同じ時刻に大浴場に行った奴なら見ている。いつの時も美樹を犯しているところと出食わすのだが、暫し固まり、マジマジと見物してしまう。
 あんなデカイのが入るの?!
 否。出たり入ったりしているけど、これは一つのイリュージョン。美樹は良い声で喘いでいるけど、もっととか奥迄とか言ってるけど、マジですか? と、たっぷり5秒は見入る。
「面白れぇか」なる俊の低い声でハタッと我れに返り、ソソと離れてお湯に浸かる訳だ。
 明日辛いだろうな美樹。労ってやらなくちゃ、なんて、初めて拝んだ奴は必ず思うのだが、今はもう、幹部全員の知るところなので、そんな事を考えるバカも居ないが、逆に美樹は揶揄われていた。魔王専用で魔王しか知らないので、赤くなってワタワタしていたものだが、今年の納会はどうだろう。部長は高校2年生の娘っ子と婚約したが、魔王は美樹こそが妃だと大々的にアピールした。美樹も覚悟したろう、魔王の妃として標的にされる事があると。そう思って美樹を見ると、一回わり締まって来た。人知れず、技に磨きを掛けているのだろう。それは、我が身惜しさからか?
 違う! 欲しいのはいつでも一つ。俊の特別で居る為に出来る事は全てしている。爪の手入れから殺人技の修練迄、一切手抜きはしていない。
 俊の為?
 否! 違う! 自分の為だ。愛するしかなかった俊の特別で居続ける為に、日々精進している。お陰様で、まだ当分は特別中の特別で居られる。
 俊の精液を一滴残さず飲み干し、紅潮した顔を上げ唇をペロリ。
「旨かったか」
「はい♡」
「くくっ」
「又、ご馳走して下さい♡」
「毎日馳走しているが」
「違いますぅ」
「おっ」
「若っとと…部長は海外出張が多いですから」
「この3ヶ月余りは毎日の筈だが」
「ずっとじゃないですぅ」
「はいはい。席を外してない日は馳走する」
「はい♡」
 美樹がにっこり微笑んだ。
「あれ。勃っちゃった」
「おや。まずはしまってくれ」
「はい」
 俊のペニスを大事そうに手で包んでパンツに戻すと、フルオーダー(じゃないと、入るYシャツがないのだ。首の常人離れした太さと肩と腕が入る既製服なんてない。せいぜい、Tシャツとかトレーナーの違いだ)のブラウスをちょいちょいと引っ張って、ジッパーを上げた。
「チンコ出せ」
「はい♡」
 チンコと言われたのに、下着毎ズボンを下ろしちゃう辺り、良くも悪くも美樹だ。
「勃ってるな」
「はい。勃ってます」
 俊の武骨な指がいじいじ。
 美樹が喘ぐ、良い声で。
「ふむ。舐めよ」
「え? うきゃっ。ぁんっっ」
 ひょっとデスクに座らされ、俊にねぶられた。腰をガッチリと抱え込まれているから、逃げるに逃げられない。
「ぃっぁっぁっ…若っ…若…ぁっくっ」
 ものの5分でイッちゃった。
「早かったね」
「若ズルイ!」
「何で?」
「ぐすっ」
「うわっっ」
 美樹が眉根を寄せ、悲しそうに目を潤ませた。びっくりした俊は、雄叫び上げちゃった。何が苦手って、愛する美樹の涙程苦手なものはない。俊の唯一の弱点が、美樹の涙だ。
「アナル、ぱくぱく始めたから…すんっ…アナルにハメて貰ってイキたかったのにぃっぐす」
「判った! もっかい大きくして」
「はい♡」
「ハメてやるから」
「すんすん」
「泣くな」
「はい」
 溢した涙を手の甲で拭い、にっこり笑う。すると、頬を撫でられた。
「お前には笑っていて欲しい」
「ケースバイケースです。笑ってろと仰るなら心掛けますが、心配させないで下さいね。泣き過ぎて、目が溶けちゃうかも」
「それは困るな。ソレ、大きくしてくれ」
「はーい♡」
 一度はしまったモノを今一度取り出し、口に含んだ。無論、育つに連れて口からはみ出すが、そこは指で撫で摩り、完全に起こした。
 おおっ! 何と雄々しく立派な姿形か!
「ケツ向けろ」
「はい♡」
 俊のをしゃぶりながら、自分の指3本でこね回していたが、自分のこの、細過ぎる(と、本人は思っている)指3本なんて、若のエレクトしたモノには及ばない。でも、濡らしておいた方か、若の手間も省けるだろう。
「ああっっ」
 俊の指が2本差し込まれて来た。もう1本、3本で掻き回せるようにならないと、本命は貰えない。頃合いは、俊が知っている。
 美樹は快楽に身体を小刻みに震わせながら、やがて来る大きな悦びに備えた。
 指3本。身体を伝って、エロティックな湿った音がする。そろそろだろうか。
「ぅっはぁああっ」
 指が引き抜かれ、本命がブチ込まれた。たって、いきなり根本迄は銜えられない。身体の力を抜いて、メリ込んで来るモノの確かさに集中。
「ぁぁっ、幸せ…」
 ピタッと密着すると、美樹が溢す。
「もっと幸せにしてやる」
「はい。ぁっぁっ」
 激しいピストン。でも、美樹はこれしか知らないので、普通の事と腰を振る。こりゃ、仕込んだ者勝ちだ。
 そう考えると、まどかもそうだ。俊がロストバージンの相手で、俊に都合が良いように3ヶ月も掛けて仕込んでやった。なので、フェラも前後の穴も感度もそこそこ良いし、良い声で喘ぎもする。が、所詮はその程度だ。美樹とは比べる以前の駄馬だし、他の情人達とも比べられない。ありゃ、部長の持ち物かも知れないが、トシの持ち物ではない。魔王の持ち物となったら美樹1人だ。
 ドクンドクン。拍動がして、奥に感じた。
 ああ、幸せ。死んでも良いと、思える瞬間。
 うっとりと幸せに浸っていたら、あっさりと抜かれてしまった。甚だ持って不本意ではあるが、それで会社だったとも思い出せて、まず若のペニスをしゃぶって綺麗にした。それから、自分は、腿に伝った分だけをティッシュで拭いて、さっさとズボンを上げようとしたら止められて、何だろうと振り向くと誰も居なかった。思わずキョロキョロしたが、俊はしゃがみ込んでいて、美樹の尻を左右に分けてマジマジと見詰めていた。
「あの…若…?」
「ちょっとリキんでみ」
「はい。んっ」
「おおっ」
「なっ何ですかっ」
「溢れて来た」
「そりゃそうですょ」
「こんな狭いトコにハマるんだよなぁ〜」
「そうですね。でも、私のうんこ太いんですよ」
「どのくらい」
「若のエレクトしたペニスくらい」
「嘘吐け」
「はい。嘘です」
 小さく笑い合い、美樹が服装を整えた。間もなく昼休みも終わる。
「ああ。泉原君」
「何ですか、それ」
「婚約者がクラスメイト30人と一緒に、私の仕事風景を見たいそうだから、良きに計らえ」
「日本語の文、崩壊してますょ。そして、了解です。失礼致します」
 一礼して、お弁当箱と水筒を忘れずに部長室を出たら、聖が既に戻っていた。
「何か良い事あったんですか?」
「ふふ♡」
 聖がニコニコしている。釣られて美樹も微笑んだ。
「よし君が第一号!」
「何の?」
「コレ」と言って、左手をかざす。聖の薬指に、リングが光り輝いていた。
 溶けそうな聖の笑顔と言うのは初めて見るが、嫌なものじゃない。寧ろ、いつもそうだと良いなぁ。普段は怖いです。
「マリッジリングですね♡」
「うん。名前掘ってあるんだょ、ホラ」
「ああ。本当だぁ。良いなぁ〜」
「若にねだれば?」
「無駄ですょ。若には婚約者居るし」
「あんなの、建て前じゃないか」
「だとしても、僕は唯のポチですよ」
 淋しそうに美樹が視線を落とすから、聖が困ってしまった。こんなミエミエの特別扱いを受けているのに、本人には自覚がない。それは、取りも直さず俊に責任がある。安心しているのか、胡座をかいているのか、釣った魚には餌をやらない方針なのか…。そのいずれの場合においても、悪いのは俊だ。色目使ったと言って再起不能にしたのが何人居ても、美樹は知らされていないし、緘口令敷かれているから教える訳にも行かないが、あんな娘っ子にリングをデザインさせたのだから、あれ以上の目に見える形のあるモノをプレゼントしたって罰は当たるまい。てか、普通だろ。否。遅過ぎる! 大事な大事なミキなんでしょ!?
 何か…ジワジワと、腹が立って来た。
 いつものルーティンワークをしていた聖が、手を止めるなりスックと立ち上がった。何だ?!
 びっくりしたままで姿を目で追うと、部長室の扉を叩いて…。殴った。
「若っ! わ〜かー!」
“入れ!”
 部長に用じゃなく、若に用だったんだ。何だろう。気にはなるけど覗けないし、大人しく仕事してよう。
「何だ」
「若っ!」
「なっ何だっっ」
 書類から視線も外さず声しか返してくれないので、ムカ吐いて、デスクにバンッと両手を置いた。これにはさすがに驚いてくれて、身体を逸らしている。
「よし君の事、どう思っているんですか」
「どうって?」
「私が知る訳ないでしょうっ! 若の感情なんだからっ!」
「大事に思ってるよ」
「どのくらいっ?!」
「世界で1番!」
「世界1くらい」
「否っ! 宇宙で1番っ!」
「その証拠は?」
「毎日のオフィスSEX。さっきもズコバコ」
「そんな事、誰も訊いてません!」
 ダンダンとデスクを叩くと、俊が引きつった。
「何なんだよ。お前、怖いょ」
「コレ」
 左手を俊にかざす。
「案外、節が太いね」
「誰がそう言う話をしていますかっ!」
「何だよぉ」
「この指輪、昼休みに匠からプレゼントして貰いました」
「そら良かったね。はい、退場」
「若っ!!」
「はいっっ」
「コレは、ネーム入りのマリッジリングなんですけどね。訊いてます?!」
「はいっっ」
「私は匠のモノで、匠は私のモノと言う印なんですけど、若はよし君に、自分のモノって第三者にも判る印、付けてますか?」
「えっキスマーク」
「消えるし、よし君に裸で居ろと?!」
「否っっしるしぃ〜?」
「そうです。印。お揃いの印」
「う〜〜ん‥‥」
「よし君に捨てられても知りませんからね」
「何ぃ〜〜?!」
 聖の勢いに圧倒されていた俊が、声をひっくり返した。
「そんな兆候あるのかっ!」
「心中、穏やかじゃないでしょうねぇ。あんな、一山いくらで叩き売られているような娘っ子との婚約発表に、何千万も掛けてパーティーするし、その娘っ子にはデザインさせたエンゲージリング贈っちゃうし」
「部長に必要なだけだってっっ」
「私に言われてもねぇ。よし君は若から、何一つとして形のあるモノをプレゼントされていない訳ですし」
「形はないが、全力で愛してるぞ!」
「待つ身には、形が要る時があるんです!」
「おっ」
「どうして匠がコレをくれたと思うんですか」
「結婚ごっこ」
「な訳ないでしょ!!」
「悪いっっ冗談だっっ」
 ダンダンダンッとデスクを叩き付けたら、俊が椅子毎後退した。
「ファイブカードの匠には、危険度の高いミッションが回されるでしょう?」
「まっあな、力量以上の仕事は回さねぇが、常に死と隣り合わせだなぁ」
「お仕事に出た時、私が潰されないようにと、プレゼントしてくれたんです」
「ふ〜ん。ほで? 同じモノを美樹に?」
「いいえ」
「じゃ何」
「魔王が失敗する事はありません。人の皮が崩れた時は、この世は混沌でしょう」
「ふむ。判ってるじゃん」
「印! 魔王のモノって名前を書けっての」
「名前ねぇ」
「そうそう。若はよし君と犯れない時、よし君は若に犯って貰えない日に、それを見てお互いにお互いを想うんですよ」
「ふむ。指輪ねぇ」
「よし君は指も綺麗だから、指輪が似合うと思いますよ♡」
「ミキの指は、俺のお気に入りの一つだ」
「そんな惚気、訊いてません」
「惚気られたからな」
「あら失礼」
「指輪かぁ〜‥‥考えとく」
 そう答えデスクに戻って来たが、又、叩き付けられびっくり。
「考えるだけじゃダメですよ!」
「何なのよ、お前のその迫力は」
「社内の噂が凄かったこの3ヶ月余り。第一秘書としての仕事だけじゃなく、不幸の電話と苦情処理に加え、魔王の苛々の捌け口迄務めて、フラフラでしたよ。少し休みなよと言っても、首を左右に振るんです。若が、部長が迷惑するからって。いつ倒れてもおかしくなかったですよ」
「そんなだったの?」
「はい。凄かったんです」
「ふっふ〜ん」
「あの娘っ子でさえオリジナルなんですから、よし君もデザインさせて下さいよっ! あの娘っ子のよりず〜っと高いのですからねっ!」
「判った判った」
「了解と受け取りましたからね♡」
「えっ」
「失礼します」
「あっ」
 一礼した聖が、顔を上げて微笑んだ。
「漢に二言はない」
「おっおうっ」
「はい♡」
 聖の頬笑みが怖かった。
「安心しました。では」
 俊を脅すだけ脅し、約束も取り付けて、聖は満足。部長室の外に居た美樹には、中の事迄は判らないので、聖の笑みの本当のところ迄は推し量れない。何か良い事でもあったのかな?
 そんな美樹に、俊自らの手でマリッジリングを贈るのは、実は次の日だったりする。
 俊が、まどか1人の為にリングのデザインなんか頼むもんか。ありゃ、唯のついで。オマケだ。何しろ、全てが成り行きだった。外務省事務次官のお相手がウチの社員で営業部。そこから始まっている。こりゃ使えるやと相談事を解決がてら娘っ子と関係を結び、3ヶ月も掛けて仕込み、頃合いを見計らって婚約し、万を辞しての婚約発表。その後の3ヶ月余りの騒ぎは予想外だったが━━‥‥。
 今日は、21時迄残業。
 使えなかった以前の表社員6人は、17時きっかりに上がらせていたけど、今は表裏で使える2人の秘書。部長と同じく21時迄残業して俊は美樹と帰宅した。それを見送り、聖は田口邸へ帰る。
「ミキ」
「はい!」
 帰りにスーパーに寄ったので、購入した食材を冷蔵庫に入れていた。けれど、何事においても俊が優先されるので、途中で辞めて俊の側に行く。
「お酒ですか?」
「否。終わったら、俺の隣りに座ってくれ」
「はい。急ぎますね」
 良く判らなかったけど、にこっと笑ってキッチンに戻り、さっきの続き。手ぶらで戻るのも芸がないので、番茶を煎れて持ってった。
「ほうじ茶ですけど」
「ああ。有り難う」
「いっいえっ」
 そんな真顔で言われると、照れてしまう。糸目の部長は二枚目半かも知れないが、目を開けている魔王は男前なのだ。それも、静視していられないくらいの━━‥‥。
「ココに」
「はい」
 ポンポンと叩かれたのは、俊の左の太腿。ま、いつも通り。腰を抱かれ、導かれるままにちょんと座ったら、両腕できゅ〜っと抱き締められた。
 美樹はワタワタ。嬉しいけれど━━‥‥。
「若の匂いがする♡」
 俊の身体に両腕を回し、スリスリ。
「良い匂い♡」
「ホント、可愛いなぁ〜お前」
 吐息混じりの俊の独り言。これが美樹に訊こえたとは思われないが、美樹の身体に回していた右腕を解き、背筋を伸ばす。
「さて。聖なんぞに心配されたくないわい」
「え?」
「今、自分がハッピーだから、何でも薔薇色に染めたいんだろ」
「はぁ」
 若が何を言いたいのか良く判らない。
「これをお前に」
 言葉と共に差し出されたのは、ローテーブルの上に置いてあった白いケース。何のケースなのかは美樹には判らなかったが、俊が蓋を開けたら1本の豪華なファッションリングが収まっていた。そのリングを俊の節太の指が摘み、美樹は左手を引かれ、さも当たり前と薬指にされた。
「?」
 意味するところが判らず、俊に目を向ける。俊は魔王してたけど、優しく微笑んでいた。
 え? なぁに?
「あの」
「リングの裏、見てみ」
 促されるままに、指から抜いて見てみた。そこには、死して尚愛す・トシからミキへ、と英文で掘ってあった。
「若‥‥」
 俊を見詰める美樹の瞳にあっと言う間に涙が浮かび、パタパタと溢し始める。
「私なんかで宜しいのですか?」
「お前しか居ない」
「若、若っ、わかぁ〜、ぐす」
「アナル、パクパクしてないか?」
「してますぅ」
「んだば、新婚初夜と行こうかぁ」
「はいっ。ぐっすん。一杯して下さい」
「おうっ」
「きゃう」
「指輪、してろよ」
「はい。肌身離さず、大切にします」
 ガバチョと抱き締められて、マジマジと見詰め合って深い深いKISS。
 美樹のファーストキスは5歳だった。若の腕に包まれて眠るようになってから、間もなくの事だ。
 初めは触れるだけのKISSを繰り返していた。それから、歯を噛み合わせずマネをしろ、と言われてDEEP Kissを体験。まだ5歳だ。俊だって9歳。
 それからは、日に何度も口付けを交わした。フェラは8歳から、初体験は13歳。一つ階段を昇る度、幸せが増えた。若は、自分には幸せしか運んで来ない。その若に、何がして上げられるだろうか。どんなお返しが出来るだろう。こんなに感謝しているのに━━‥‥。
 贈って貰ったリングを指に戻し、邪魔臭げに服を脱いだ。そして、促されるままにベッドに横になり、新しい気持ちで抱き合った。
 いつになく、美樹のテンションが高い。指輪だけのせいじゃないと思うが、何か、タガが外れた時の美樹に近い。
 頭の隅で冷静さを保っていた俊も、愛する者の恥態を見せ続けられたら切れちゃうのも無理からぬ話で、魔物の交尾が終わったのは、深夜26時も大分27時寄りの事だった。
 白いシーツのあちこちに、精液だけではなく、美樹の紅い血も付いている。
 魔物の血が紅いってのもおかしな話だ、なんて、いつになく冷静にそれを見遣っている俊も、一つ山を越えたのかも知れない。
「ケツ、痛むか」
「はい。でもこれは、若だけが僕にくれる痛みです。切り離したりしません。そしてこれからは、痛みを感じる度、今夜の情交を思い出すんです」
「そうか。仮眠だが寝るぞ」
「えへ♡」
「ん?」
「僕は熟睡♡」
 俊は不思議そうにしているが、美樹は何やら嬉しそう。
「何処よりも安全で安心出来る、若の腕の中ですもの♡」
「ふふ。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
 ものの2分もしない内に、2人の静かな寝息が響いていた。
 翌朝。
 いつものように5時半に目覚ましが鳴り、俊が目を覚ました。目覚ましを止め、美樹の表情を覗き見る。いくらか顔色は悪いけど、良い夢でも見ているのだろうか? 薄く微笑んでいる。
 俊は少し考えてから、いつもの朝を送る事にした。その方が、美樹も気負わないだろうと思ったのだ。
 美樹の頬にそっと口付けて、ベッドから抜け出る。それから、トレーニングウェアになって部屋を出た。
 美樹が目覚めたのは、それから間もなく。魔王の加護が消えてからである。
「あたた。若? は、トレーニング。朝食とお弁当とお風呂の用意」
 起き抜けの掠れた声で呟き、バスルームに消えた。そして美樹も、若の所に泊まったいつもの朝を送った。唯、左手薬指にある指輪が視界に入ると、ドキドキした。夢じゃなかったんだな、と思える迄に、何日要るだろう。
 田口部長の前室。
 俊の運転で、美樹の車で出社したのだが、田口部長には早い時間帯で、でも、美樹には些か遅い時間であった。
「おはよう御座います」
「ああ。おはよう。じゃあな」
「はい。おはよう御座います、聖さん」
 立ったまま、小さな音を立てて口付けを交わした若と美樹。いつも美樹が抱えている荷物は、若が運んで来て、カウンターの上に置いて部長室に消えた。それ自体はいつもの事なのだが、若の背中から視線を切り、美樹に向けてびっくり。美樹が夢見る夢子ちゃんになってる! 目の中のハートは何だ! 昨日、社で別れる迄はこんな事なかったから、昨夜、若のとこで何かあったな?!
「よし君♡」
「はい♡」
 暫くポヤンと俊が消えた扉を見詰めていた美樹が、荷物をロッカーにしまい、椅子に掛けるのを待ってから、徐ろに声を掛けた。
「何か良い事があったんだね」
「はい♡」
 おお。語尾にハートマークが見えるようだ。
「言えない事?」
「いいえ。自慢したいけど、相手は選ばないと」
「私は?」
「OKで〜す♡」
「何?」
「コレ」
 言葉と共に左手をデスクに広げて置いた。
 随分と派手なファッションリングがしてある、意味深に薬指に━━‥‥。
「若にプレゼントして頂きました♡」
「何それっ! 既製品って事?!」
「違いますょ」
「違わなくない! 私が若にクレーム付けたの、一昨日だもん!」
「聖さん」
「あわわっ」
 余計な事を言ったと、聖が手で口を隠す。
 美樹は嬉しそうに微笑んでいた。
「有り難う御座います。大丈夫ですょ。若はちゃんと、僕の事を考えてくれています」
「問い詰めて来る!」
 スックと立ち上がった聖を、慌てて止める。
「僕の話も訊いて〜」
「何」
「まどか嬢のリングが、ついでだったそうです」
「ん?」
「こっちが本命♡」
「そう言うの?」
「はい」
「そう。なら」
 聖が椅子に座った。
「でも、どうやって指のサイズ知ったんだろう」
 それを見遣って、美樹が不思議そうに首を傾げた。聖が意味深に笑う。
「常日頃からにぎにぎしてるから判ったんだよ」
「えっ!」
「くくくっ」
「もぉ。直ぐそうやって揶揄う」
「否。マジマジ。たっくんが言ってた。私、自分の指輪のサイズなんて知らないよ」
「ふ〜ん。にぎにぎかぁ〜‥‥ぁ〜‥‥そうね」
「仕事しろ、仕事」
「はーい」
「良かったね」
「聖さん…」
「おめでとう♡」
「あはっ」
 照れて赤くなる美樹が、可愛いと思った。そして、スラリとした美樹の指だから、華美になり過ぎないのだとも思った。ん! 似合う! でも、どう注文したんだろう。ちょっとだけ、興味が沸いた。本人の写真を持って行ったのかな? それとも手の写真? 案外、イメージする事を羅列しただけかも。想像は膨らむ。
 で、実際は、その全部だった。
 俊のオリジナル銃をここ何年も作っている職人の表の稼業がジュエリーデザイナーで、工房はジュエリーショップ。それを何となく思い出し、美樹の為のオリジナル1点物、マリッジリングを作ろうと思った。まどかは、電話が掛かって来て、直ぐに切ったが宝石屋に居るんだからと、ついでに頼んだ。まどかのは300万程度で、ガキがしててもおかしくないの、くらいしか注文を出していない。又、急かしてもいなかったのに、両方共同じ日に渡してくれるから、渡す順番が逆になってしまった。本当なら、美樹にマリッジリングを渡してから、娘っ子との、面白くも何ともない、表用の婚約発表をする予定だったのに━━‥‥。
 美樹のとまどかのとでは、デザインから大きく違うが、あしらわれている宝石の数も大きさも、何よりお値段が、桁からして大分開きがある。一説に依ると、エンゲージリングは月給の3ヶ月分とか5ヶ月分とからしいじゃないか。エンゲージリングは渡せなかったので、美樹のは月給(勿論、本業の裏)の半年分にした。そうしたら、20億を超えた。デザイナーの目の色が変わる。この美しい指に相応しい品をデザインしよう。何しろ、魔王のお妃様だ。その名に相応しくしなければ。石も選びに選んだ。カットにも拘った。そんな、デザイナーの拘りが形になったのが、今、美樹の左手薬指で燦然と光り輝いているファッションリングだ。制作期間10ヶ月。億するけど、儲けは労力程ない。オマケのまどかのは、半日でデザインし、最短の1週間で作った。その事は、魔王には話したが、バカ受けしていた。無論、本人は知らないし、今のところ、教える気もない。オリジナル1点物には変わりないんだし、文句はあるまいて。
「うふ。うふふ♡」
「わ〜〜っ!!」
 22時。
 田口邸主屋の縁側に座って、左手を掲げては笑いを漏らす美樹を、大声出して脅かす者が居た。
「びびびびび…びっくりしたぁ〜。何ですよぉ、旦那様」
「何をニヤケちょる。締まりのない。ワシにあっさり背中を取られるとは、なっとらんっ」
「旦那様相手に背中を取られないのは、僕の若だけです♡ エッヘン♡」
「まだ続いとるのか、ソレ。好い加減で止めれ」
「や〜ですよぉ。若は僕のなんですから」
「いつからそ〜なった」
「ぇっ? それを訊くんですか? ヤダっっでも教えたいっっ。昨夜からです!」
 ビシッと答えたけれど、直ぐに顔がトロケた。
 相手は俊の父親で、俊は父親を嫌い冷戦状態だが、美樹と俊の父親は、結構、仲が良い。
 老人と言うにはしゃんとした、大柄な漢だった。その、俊に似た顔が奇妙に歪んでいる。
「昨夜から〜?」
「そうです。新婚初夜やりました。今日は少し辛かったですけど、とても幸せでした♡」
「お前は小僧にケツ突々かれてりゃ幸せなんじゃろうに」
「そうですけど、だけじゃないですもん」
 美樹がぷーっと膨れた。
「他に何がある。ああ。チンコしゃぶってる時か」
「それもですけど、コレ、コレ。コ〜レ♡」
 美樹が、左手をかざす。
「左手がどうした」
「判りません? 気付きません?」
「何が」
「もう良いです! おやすみなさいませ!」
「オ〜、指輪があるのぉ〜」
「うふふ♡」
「しかも、薬指に」
「これ。うふ♡」
「趣味の悪い」
「ムッ! おやすみなさいませ!」
「ように感じたが、お前がしとると様になるの!」
「そうですか? エヘ♡」
 美樹が嬉しそうに微笑んだ。
「若が僕の為にとデザインさせた、マリッジリングなんですぅ♡♡」
「今頃か? 相変わらず愚図だのぅ、アレは」
「え?」
「ワシは初めからそのつもりで、院の子供達の中からお前を選んだんじゃぞい」
「有り難う御座います」
「フン! 大事にして貰え」
「はい。おやすみなさいませ」
「おう」
 ドスドスと、わざと足音を立てて行ってしまった。又、美樹独り。
 月の綺麗な夜だった。
 左腕をう〜んと伸ばして左手をかざす。そして、美樹がにっこり微笑んだ。それから立ち上がり、俊の部屋に向かった。
 ここは俊の部屋。でも今は、美樹が使わせて貰っている部屋。寝具に染み込んでいる俊の匂いに安心して、寝んでいるようなもんだ。俊がないと何も始まらないが、同じ理由で、俊がないと何も終わらない。
「おやすみなさい、僕の若♡」
 空に呟き、ベッドの中に潜る。すると、俊に抱き締められているように錯覚して、安眠出来るのだった。
 僕の若のセクシーな姿を夢で見れたら良いな♡
 などと思ったりする美樹である。しかし、そう簡単には見れないのだが━━‥‥。
 まどかのクラス30人が、山下コーポレーション本社に来訪する日程が決まった。
 もう高校生だし、分別は付けられるだろうと言う建て前は脇に置いて、会社見学かい? と大ボスは大ウケしてくれた。
 それはそれとして、らしく資料も作ってみました。byミキ
 ま、いつでも良かったのだが、迎える側の心の準備が必要だった。ガキが30人も来るのかと思うと、頭痛が禿げそうである。まどかが30人だよ、まどかが30人! 否! 現実はもっと厳しい筈だ。まどかがガキなのは周知の沙汰だが、上等な方のガキだ。それよりも劣るのが29人。29人?!
 うわぁ〜っ! 最悪だ。誰か嘘だと、せめて夢だと言ってくれ。ぎゃ〜〜〜っっ!!
 と、言う訳で、魔王がお浚いをしていた、海外出張ないかしら? と━━‥‥。
 しかし、あの大騒ぎの3ヶ月余りで、目星い所は全部叩かせちゃったから、残ってるのはカスばっかで、魔王は勿論、十人衆もお役御免。その下の下くらいの使いっぱでもお釣りが来ちゃうような、圧倒的1人勝ち状態なのだ。そう都合良く、海外出張には行けませんよ、魔王&部長。
 まどかに、電話する。
 この時は必ず、側に美樹が居た。じゃないと、平静を保っていられない。絶対にブチ切れる。魔王的にはブチ切れても全然OKなのだが、それやると、何の為の表稼業だ、って事になる。
 重々ご尤も。必要だと思って婚約したし、引きつらないように気を付けてパーティーも行った。ここでブチ切れたら、これ迄の涙汲ましい努力が全て水の泡だ。なので、美樹は必須。俊の精神安定剤だ。
 美樹に右手を渡し、まずは深呼吸。左手には表用スマホ。
 その、俊の左手小指にピンキーリングがしてあった。美樹が贈った物だ。婚約発表しちゃったから、薬指って訳には行かなかったけど、ピンクゴールド土台で、オブシディアンが嵌め込まれた、中々にゴツイ指輪だ。
 因みに、同じ店で作った。美樹も、てか、十人衆も込みで、そこの工房でオリジナル銃を作る事が多い。だから、自然とそうなった。この指輪は、俊をイメージしてデザインされたのだ。
 月給(当然、裏)3ヶ月分だけど、魔王と比べると雀の涙。そして、リング裏には同じ文言を英文で掘って貰った。
 死して尚愛す・ミキからトシへ。
 同じ文句で芸がないとも思ったが、ピッタリ来る言葉も思い付かなくて━━‥‥。
 とても喜んでくれた。まさかお返しがあるとは考えていなかったと、本当に嬉しそうにしてくれて、ちょっと気が引けた。
 だって、一目瞭然で、俊が贈ってくれた物の方が何十倍も高そうだ。一応、ピンクダイヤは10ctあるが合計してだし━━‥‥。
 でも、若に諭された。金額や見目じゃなくて気持ちだぞって。喩えるなら、まどかに3億円のフェラーリ貰っても、お前からその場で摘んだタンポポ贈って貰った方がずーっと嬉しいし幸せだ、と言う事らしい。これは、何となく判った。自分も同じだから━━‥‥。
「わ…部長。深呼吸、26回目ですが」
「そう言わないでおくれよ、ミキちゃん」
「往生際悪いです」
「だってミキ。相手はガキなんだよぉ」
「そうですね。けれど、法的には婚姻可能なんですよ、まどかさん。17歳だから」
「ギャーっっ止めてぇ〜っっ」
「じゃあ、婚約破棄しますか?」
「出来たら良いなぁ〜」
「って事は、出来ないんでしょう?」
「ゔっ」
「ん?」
「絶対、頭痛が禿げる」
「頭痛は禿げませんよ」
 まどかから電話を貰って1ヶ月半もお仕事を模索して、やっと諦めて半月後の仏滅に見学会。
 日取りを決めたのは、第一秘書の美樹。
 魔王に相応しく、今回こそ仏滅にしたった。
 皆んな、来なくって良いよぉ〜。きっと面白くないから━━‥‥。
「はぁ〜っっ。よしっ。掛けるぞ!」
「若、頑張って♡」
「だはぁ〜」
 さっきからこれの繰り返し。
 そして、深呼吸30回目。
「まどかさんのお昼休み、終わっちゃいますよ。明日にしますか?」
「同じだ。今度こそ掛ける!」
 ピタピタと両頬を叩き、やっと表用スマホでまどかに電話を掛けた。
 婚約発表から5ヶ月後のある日の昼休み。
「はい♡ シュン君♡ なぁにぃ♡♡」
 机に置いてたスマホが震え、画面に田口俊の文字が浮かんだ。まどかはいそいそと出たが、俊のここに至る迄の苦闘を知らない。
“この前言ってた会社見学だが、まだ30人か”
「うん。1クラス丸毎」
“そうか。2週間後の放課後はどうだ”
「良いの?」
“ああ。で、何をしに来るの”
「シュン君のお仕事風景の見学」
“おいおい。それは勘弁してくれ。遊んでんじゃない”
「そうだろうと思うんだけど、言うに事欠いて、シュン君は仕事出来なそうとか言う人が居るのよっっ!」
“かもな〜”
「えっ。仕事出来ないの?」
“指示を出せば部下がやる。それで間に合わないところを俺がやる”
「指示出しの方が難しいわ」
“まぁな”
「部下の尻拭いなんでしょ、要は」
“そうとも言う。じゃ2週間後”
「はーい♡」
“場所は判るんだよな”
「スマホがナビしてくれる」
“何時に来るか決まったら電話しろ。玄関ロビーに第一秘書を迎えにやる”
「え〜と…泉原さんでしたっけ。綺麗な男性」
“そうそう。じゃ”
「あっ! もう切れてる」
 スマホを見遣りブツブツ。まぁ、所は学校だから、色っぽい話は期待していないけど、何か一言あっても良いんじゃない? と、思わずには居られないまどかであった。
 その同じ日の帰りのHRで、まどかが発言した。
 矢っ張り全員ですか━━‥‥。
 ゲンナリする。この人達は、何を見たいんだろう。それが判らない。シュン君の不様な姿とか、失敗したところを見たいのかしら? ま、どちらも有り得ないけどね。
 先生に言って、次のHRで、もっと詰めた話をさせて貰う事にした。
「まどかの生フィアンセ拝める〜」
「見てるじゃない」
「いつ?」
「何処で?」
「校門の所で、車で迎えに来てくれる男性が彼なのぉ〜」
「えっ!?」
「背、低かったよっ!」
「170以上あるわよっ」
「今時170㎝って言ったらおチビさんよ?」
「メタボだったし」
「メタボじゃありません! 体脂肪率6%」
「嘘だね」
「騙されているわよ?」
「可哀想なまどかちゃん」
「んもぉっ」
 HRから付き纏うクラスメイトを振り払い、スタスタと1人で先を行くと、良く知った声で名前を呼ばれた。
「まどか」
「シュン君!」
「おっ」
 駆け寄って飛び付く。けれど、ビクともしない。体重は三桁だけど体脂肪率は6%。嘘じゃありません。
「どうしたの?」
「デートのお誘い」なのは本当だけど、本意ではない。美樹に薦められなければ、今、ここに居なかったろう。疲れるのが判ってて、相手をしようとは思わない。俺様はSだ。Mじゃない。
「予定入ってたか」
「入ってても、シュン君が優先されるのです♡」
「じゃあ、行こうか」
「はい。王子様♡」
「おや」
「くすす♡」
 いつものラ・フェラーリで乗り付け、まどかを
連れて銀座のイタリアンで夕食を済ませ、いつものホテルのいつもの部屋。
「シュン君♡」
 裸で向き合えば、唯の男と女。尤も、男は女に対する不満てんこ盛りだ。けれど、女は男によって開発されて仕込まれたから、これが普通のSEXで恋人同士なんだと思っている。
 ここら辺がお嬢様。俊以外を知らないし、知ろうとも思わないし、以外なんて論外の純粋培養。
 俊純粋培養、と言う一点だけを見ると美樹と同じだが、手間暇の掛け方が丸で違う。愛情の度合いも全く別。まどかからの愛情は迷惑だしウザかった。又、まどかには一欠片の愛情も注いでいない。成り行きでSEXを教えてやり、父親が外務省事務次官だったから先々で使えるかも知れないから名前書いといた、くらいの軽いノリだった。まぁね、表稼業では充分過ぎるカムフラージュだけど、将来的にはまどかは廃人だ。お嬢様なんて要らないから━━‥‥。
 子供は、もっと優良な遺伝子を持つ女に産ませる。その候補はもう何人か居て、タネ付けを自分でやるか人工的にやるかを選ぶだけ。目下のところ、愛しい美樹のケツ以上に魅力的なのってないから、ついでに愛を確かめ合って間がないから、それ以外って本当にどうでも良い。気に掛けているのは、12人居る情人の事かなぁ〜? どっちに転んでも、まどかは出て来ない。こりゃ、ポッコリ出来ちゃった暇潰し用オモチャだ。
「中にっ中に出してっ中にぃ〜」
 俊のペニスを締め付けて、何度目だかの気をヤッた。俊はやっと1発だけど、多い時でも2発だから、1発だからってとやかく言ったりしない。因みに、前後の穴を使えるようにされた。
「赤ちゃん欲しい」
「そうだな」と返しておきながら、腹の中で赤い舌を大きく出す。
 シャワーの後に必ず飲むポカリの中に、強力な避妊剤が溶かされていようとは、夢々想わじ。でも、万全ではないので、万が一妊娠したら出産後直ぐに殺す事になっている。誰が殺すのか迄は決めていないが、第一候補は医師のマサシだった。アイツなら、冷徹に殺してしまえると思う。フィアンセだからって理由だけで、子供を作って俊を縛ろうなんて許せない! と怒り狂ってた程だ。
 現にこの薬、マサシからの横流し。と言うか、新薬の人体実験だった。効き目は間違いないらしいが、人体の何処にどの程度の不具合が出るのかは不明。だからこその人体実験であるが、安全な薬でないのも確か。
 頭痛が禿げそうになりながら、まどかの話を右から左に聞き流しつつ上の空で返事を返し、送り届けてご両親相手に(表用の)良い人を演じてグッタリ疲れて帰宅。
 すると、愛しの美樹が待っていたー♡ たって、まどかとのデートの日は毎回だけど━━‥。
「ミキ〜♡」
「お帰りなさいませ。お風呂の用意、出来ていますよ」
「おう。お前もおいで」
「はい」
 俊が、部屋の中に進み入りながら、器用に服を脱いで行く。それらを順番に拾い、ハンガーに掛ける物、クリーニングに出す物、洗濯機に放り込む物とに分けて、自分も脱いで浴室に入った。今夜も又、美樹特製のポプリが浮いていた。だから、良い香りが充満している。
 そこで、一通り身体を洗ったり洗髪したけど、小娘との楽しくもないSEXで欲求不満ビシバシだったから、美樹は悪戯され放題。しかし、前にしくっているのでしつこくは行わず、場所をベッドに移してズッコンバッコン。
 帰宅は22時過ぎだった。
 お風呂は1時間余り。
 そして今は、深夜25時半。
 お風呂込みで3時間半可愛がられた美樹であるが、4時間は熟睡出来ると、俊の肩口に収まり良い所を見付けてグーッと寝んでしまった。
 その、早技に俊がお目々ぱちくり。でも、美樹なら何でも可愛く見えてしまう。
 愛しい妃の肩を抱き、王も眠りに就いた。
 明けて翌朝。
 目覚ましがいつもの時間に鳴る。それを止めて、美樹を起こさないように起き出しみっちり60分間のトレーニング。汗ダラダラで帰ると良い匂いがして、すかさず美樹の声がした。
「おはよう御座います。お風呂の用意出来ています」
「おはよう。起こしたか」
「いいえ。多分、若が居なくなったからだと思います」
「━━‥‥。フン。風呂入る。お前も来い」
「はーい♡」
 返事をして、ガスを止め裸にしていたエプロンを取って俊の後を追った。
 美樹の、俊への依存度は高い。そうしちゃったのは俊であるが、実家の自分の部屋を美樹に使わせているのも、そのせいだったりする。
 ミッションの時は人格から変わるので大丈夫らしいが、私生活においては俺様の事しか考えられなくなるらしい。
 そもそも美樹を秘書にしようと思ったのは、実家でのほぼ引き籠り生活をクソオヤジに訊かされてからだった。独りじゃ行かないだろうからと、聖と一緒に秘書スクールに通わせて、オヤジの秘書モドキをやらせて今現在に至る。良いんだか悪いんだか━━‥‥。
「なぁ、ミキ」
「はい。モクモク」
「俺と暮らしてぇ?」
「イヤです」
「おっと。何故にそうキッパリと。毎日一緒だぞ?」
「毎日会社で顔を合わせています」
「毎晩、俺の腕枕だよ?」
「だけなら良いですけど、そこに行く迄が毎晩付くんでしょっ」
「毎晩、気持ち良いよ? サービスするよ?」
「毎晩犯られたら、お尻壊れちゃいます」
 拒否の姿勢を崩さない。ちょっとショック。
「大体、私と暮らしたりしたら、情人さん達を何処に呼ぶんですか」
「アパルトマン」
「それに、毎日犯ってますよね、オフィスで」
「まっあな。けど、インスタントじゃねぇか」
「でも、3分じゃないですよね。くだらない事喋ってないで、食べて下さい。私に合わせての出社なんですからね」
「はいはい。良い案だと思ったんだけどなぁ〜」
 ブシャブシャ言う俊は無視して、美樹はモクモクと口を動かした。そりゃ、一緒に暮らしたいけど、それを自分に許すと歯止めが効かなくなりそうで怖い。俊を必要としているのは自分1人ではないし、自分は別格扱いされるくらい特別だったとも知り得たので、これだけで満足だ。恋人にもして貰えたし、マリッジリングも貰えたから充分♡
 何より、俊を信じていられる。何人の情人が居ようと、何人と寝ようと、フィアンセが居たって、俊は自分を求めてくれる。それだけで良い。
 この日の朝は美樹には些かゆっくり目、俊には早目の出社だったけど、残業3時間コースだった。
 それから2週間後の15時半。
 山下コーポレーション本社ビル前に、30人の高校生と2人の引率の先生の合計32人が集まった。さすがに場違いだ。ここらは特にオフィス街だから、高校生の集団が異質である。
 いくら政財官の子息が主に通う名門校でも、所詮は高校生。遠足気分で、既に喧しい。
「そこ! 静かに!」と言う先生らしき男性の声が煩い。
 体育教師だろうか? 着慣れていないから、スーツに着られている感のある男の先生が、場所柄も弁えられず大声を出した。
 まどかからの電話だと、クラス行事になったらしく、それで、オマケの先生が2人くっ付いた。
 おおっと天辺を眺めようとのけ反っているお調子者が1人。そいつは、まんまで倒れた。
 そいつを無視して、整列したままお行儀良く中に入って行く。
 広々として明るいエントランスは、32人が加わっても全然余裕だ。
「素敵なシャンデリア」
 天井を飾る立派なシャンデリア。キラキラしてて綺麗。うっとりと眺め、ここに愛する人が勤務しているのかと感慨深く呼吸を整えていたら、名前を呼ばれた。
「まどかさん」
「はい? あっ…えと…泉原さん」
 突然現われた美形に、高校生がどよめいた。そのくらい、美樹は整っている。
「ご案内致します」
「はい」
 まどかに先生2人を紹介して貰った。HR委員も紹介された。その間に用意した資料を配り、人数を数える。
「29人しか居ない」
「えっ?!」
「委員長!」
「はいっ」
「大声は辞めて下さい。ここは玄関です」
「あっ済みません」
 男性教師に釘を刺し、30人揃ったから会社案内を始めた。しかし、32人も居るから、タイムスケジュール通りに運ばない。お調子者は必ずお調子に乗るモノだし、団体行動の取れない者の2人や3人は居る。点呼の度に1人足りない3人足りないと、先生とHR委員がバタバタ。
 こんな所で手間取りたくはないんだがな。
 美樹の思惑なんて飛び越える高校生諸君。
 そして、いつの間にか、見学者の見学者が居た。
 全く! 暇なOLの情報伝達スピードは、光ファイバーを凌駕する。こいつらの目当てがまどかなのは百も承知していた。どうせ、自分とまどかの対決でも期待しているのだろうが、こんなガキ相手にマジになれますかっつうの。
 で、お調子者の本領発揮で、あれだけ社員とは接触するなと言ったのに、お姉さんと話し込んでいる始末。
 美樹の冷徹な目が、周囲を見遣る。この場に運んで来た奴は、仕事の出来ない者だろう。
「あのっ…シュン君のオフィスは?」
「まだまだ上ですが」
「えっ。まだ上っ」
「ええ。重役待遇ですので、重役と同じくワンフロアが、田口部長のオフィスです」
 登れど登れど恋しい人の所へは連れて行ってくれない。それで、まどかが、オズオズと尋ねて来た。それに答えると、周りも騒めいた。
 それもそうだろう。いくつもの部署に分かれていたフロア。それが丸毎全部オフィスって、一体何人で仕事しているんだ、って話だ。
 途中、トイレ休憩で、25階の喫茶ルームに寄った。広々とした快適空間に女子が喜んでいる。
「休憩時間は30分です」
「何頼んでも良いんですか〜?」
「どうぞ。30分で飲み食い出来る物なら構いませんよ」
「泉原さんが食べたいで〜す!」
 早い時間から問題ばかり起こしていたお調子者が、ここぞとばかりに声を張った。笑いが巻き起こるが、美樹は冷ややかに睨み据えていた。この感情のなさに、笑いが尻すぼみする。
「申し訳ないが、私は既にある人のモノだ」
 声色も冷たい。でも堪えないお調子者。
「俺、将来性ありますよ。将来的には警察官僚」
「何人も居る警察官僚に魅力など感じない。私の所有者は世界1だ」
「うへっ。金メダリスト?」
 それっ切り、相手にするのを辞めた。
 32人全てに飲み物が運ばれて、それぞれにトイレにも行ったようだし、30分経つしで集合を掛ける。しかし、この期に及んでトイレ行きたいとか言い出す奴がいる。子供の相手は忍耐と知った。
 間を大分割愛して、40階迄をザッと案内した。
「以上が、一般業務の階です。これから上が重役室となりますが、皆さんには、田口部長のオフィス52階迄登って貰います」
「41階から51階は〜?」
「君は、私の話を訊いていたか」
「それで質問してま〜す」
 又、別のお調子者。先生って偉大。
 くすくすと、小さな笑いがしたが無視。
「ならば、答える必要はない。今一緒に笑った者はお帰り願おうか。邪魔だ」
 美樹が拒絶したら、軽口も笑いも起こらなくなった。
「フン。では参ります」
 重役用エレベーターに33人で乗り込み、52階に向かう。
 エレベーターを降りた所で一応の解説。
「このワンフロアが田口部長のオフィスです。無駄ですよ、扉開けようとしても。セキュリティはよりシビアになりますので、悪戯の代償は大きいです」
 ガランとしたオフィスだった。下は、静かなりにも人の気配を感じたけど、気配もない。
「何人で仕事しているんですか?」
「このフロアでは、田口部長を入れて3人です」
 ざわざわ。こんなに広い所にたった3人?!
「部長室に案内します」
 ゾロゾロと連れて、見学者を部長室に入れた。で、ホッと一息。
「頭痛が禿げる、の意味判ったですよ、僕」
「あはははは」
 その頃の俊は、お子様軍団に青くなっていた。
 何だ? あの落ち着きのないお調子者は。じっとして居られんのか? 美樹、良くここ迄連れて来たなぁ〜‥。
 大学時代、教生で高校生に教えに行った事あるけど、睨み付けて言う事を訊かせたからなぁ。
 あれは反則だわ、今思っても━━‥‥。
「お仕事しなくて良いんですか?」
「今の俺の仕事は、君らのお相手」
 ニコニコと笑いつつ、頭痛が禿げそうになっていた。こう言う時は特に、邪魔臭いと思う表の顔。何が部下思いで優しい2枚目半だー!! ふざけんなー!! バーロー!! 俺様は魔王だ! クスン…。
 17時半。
 山下コーポレーションから珍客32人が去った。
 お冠はまどかちゃん。シュン君とロクに話せなかったわ、と言う事らしいが、いつもお仕事しているお部屋が見れてご満悦。お仕事風景は見られなかったから、少し残念だけど━━‥‥。
 その32人を送って行った美樹に代わり、聖が誠に珍しく、俊に紅茶を出していた。
「どうぞ、若」
「サンキュー」
 言葉と共に上っ面を啜る。そして、デスクに潰れた。聖は穏やかに笑っている。
「頭痛が禿げるの意味判ったそうですよ」
「ミキか?」
「ええ」
「意味なんかねぇよ。唯の不条理だ」
「それが判ったんでしょう?」
「なる程。や〜参った。先生は神か」
「我々の神は神龍だけです」
「そりゃそーだ。タカ兄も忙しかったろう」
「若。メッ」
「イケネ」
「私の忙しいはいつもの事です。やり慣れない事をやったよし君を、労って上げて下さい」
「おう。キリキリ仕事するぞ」
「くすっ。失礼します」
 聖、退場。
 すると、丁度、戻った美樹と出食わした。
「若に紅茶出しておいたよ」
「有り難う御座います。はぁ」
 美樹が、溜め息と共に椅子に掛けた。
「子守りは大変だよねー」
「はい」
「若の気持ち、判ったんじゃない?」
「面白がっていますね」
「うん♡」
「先生は神」と、美樹が小声で呟いた。
「夫婦で同じ事を言う」と、しみじみ溢したが、
「夫婦って?」と美樹は不思議顔。
 そんな美樹に、バシッと言ったった。
「若とよし君」
「なななななっっ…どどどどどっっ」
 予想通りの見事な反応。聖が愉快そうに笑う。真っ赤になって、そんなに狼狽る事ないのに。若が知ったら悲しむよ?
 その意味も込めて、美樹の左手薬指のファッションリングを指先で突々いた。
「マリッジリングだろう?」
「ゔっ」
「くすっ。あ、同じついでに私も同じ事を。我々の神は神龍だけだよ〜」
 この後、聖に紅茶を煎れて貰ったが、聖のしたり顔は許せなかった。けど、不在だった間の秘書の仕事は任せっ切りで、30分押しだったから申し訳なくて━━‥‥。
 この日も21時迄残業し、聖とは会社で別れた。
 若におねだりして、今夜は若のマンションにお泊まり。若に、子守りを押し付けた、と言ったらオマケしてくれた。そしたら、辛い現実が待っていた。


《終わり》

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