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コロ休みアダルト文庫『紅蓮』

作: 平 和 (たいら なごみ)

「美姫が生きていたって本当っ?!」
「ああ」
「軽々に言うな」
「しかし、これはどう見ても。母上に生き写しじゃないかっ!?」
「どれ」
「どれどれ」
「おおっ」
「これわっ」
「母様だわっ」
「クソッ! 日本人がっ!」
「日本に居るのか?!」
「場所が判っていながら何故、迎えに行かないの?!」
「美姫は我々の可愛い末弟だ」
「父上が動かんのなら俺が!」
「待て!」
「何故止める!」
「父上!」
「李家の恐ろしさは、ゆっくりとな」
 いつものお昼と同じく、俊は美樹の作った弁当を部長室で水入らずで食べ、午後の仕事を始めた。
 どっさりとある大量の書類の山を見て、今日も21時か、などと思っちゃう。と、スマホが鳴った。表用なので、出る前に相手を確認する。どうせ又、まどかだろうと覗いたら、見た事もない番号。国際電話だ。しかし、知らない番号だった。俊は用心して、録音の準備と美樹を呼んで、スピーカーホンで出た。
「はい。田口」
“魔王、美姫を返して貰うぞ”と言うなり、一方的に切れた。
「今の何語ですか? 中国語っぽかったけど」
「広東語。でも、意味不明」
「若は広東語が判らないですかっっ。誰なら知ってるだろう」
「否々。広東語は判るが、言われた内容の意味が判らねぇ。けど、俺が名指しだしなぁ〜。ま、一応、大ボスの耳に入れて来る」
「はい」
 美樹を秘書の仕事に戻し、今のテープを持って上のオーナー室に、アポもなく運んだ。
 アポなしでオーナー社長に会えるのは、俊1人だけだ。他は、まずワンクッション、間に俊を入れ、その判断を訊いてから上(大ボス)に話を持って行く。俊は、否々、魔王は、紅い神龍の右腕なのだ。肉体労働者の頭のように思われているが、実は組織の頭脳でもある。T大首席卒は洒落や酔狂ではなく、マジに、院に上がって是非大学に残って欲しいと、学長自ら訪ねて来て、あの親父相手に直談判していた。大した根性だが、あの親父だ。学長だったから言い分は最後迄言わせてやったが、それ以上はない。たった一言、帰れ、と言い放ち、さっさと座を外した。俊は頭は下げたが、その気はないときっぱりと断り、応接室から立ち去った。そして今に至る。
「何じゃあ?」
「さぁ?」
「ビキって誰の事」
「さぁ?」
「誰さんなの相手」
「判明しました。香港の李家の子機です」
「李家って、トシさんの親父さんが現役だった頃、つまり、俺の親父の代に大打撃を与えた組織だろう?」
「その分、紅龍も大分弱体化したようですが」
「でも何年前だ? 20年以上前だよな」
「25年前かと」
 オーナー室で、大ボスと悩む。そこで仕事やってるのは、大ボスの第一秘書とオーナーの第一秘書の2人の裏社員。2人共、山川通信系の幹部だ。つまり、情報戦のプロ。それでも、ボスの処理能力に付いて行けない。だから、いつもはもう2人居る。今はお使いに出されてて席を外していたが。
「魔王名指しだよなぁ〜」
「私、李家に、個人的に恨まれてますよね」
「だよね、口振りから」
「ですよねぇ〜」
「心当たりは?」
「あったら電話入った直後に動いてます」
「だよな」
「香港マフィアはノーマークですわ」
「叩いてるからな」
「ええ。でも、考えれば四半世紀前。復活もしましょう」
「それで魔王? ま、実働部隊のトップだが、ビキってだぁ〜れぇ〜? トシさん、フラフラッと中国美人と犯ったんじゃないの」
「犯ってませんよ、中国人とわ!」
「中国人アレルギー?」
「そう言う訳じゃないですけど、縁ないですねぇ、中国系とは」
「じゃ、何だろう」
「さぁ〜?」
 首捻って、俊が目をパチクリ。
 龍司も目をパチクリ。
「山川で探らせるわ〜。上がったら知らせるから、待機しててよ」
「了解です。では」
「あいよ」
 で、俊は出て行き、それを見送り龍司が指示を出した。山川系とは情報戦術部隊。そこからのデータを元に、実働部隊の武闘派が動く。組織の規模が世界最大って事は、情報収集能力も世界1って事だ。龍司の欲した情報は、ものの1時間で揃った。
「あ…ららぁ〜…。しゃ〜ねぇ〜なぁ〜、ジジイってのわぁ〜! ん〜と、あ、おじ様? 龍司です。今からお邪魔しても良いかしら?」
“お〜お〜ボン。勿論勿論。仕事は良いのですか”
「急ぎの事件起きたので、トシさんと美樹も一緒に伺いまぁ〜す」と言って切った。そして、実家にも電話をし、親父に田口邸に行けと高圧的に命令した。ジジイ共に反論なんざさせねぇ。
「トシさん、美樹連れて来てくれ」
 2人をオーナー室に呼び、揃った情報をまず、俊に読ませた。
 ジーッと表情を見ていたが、魔王モードの時の俊の表情は読めない。しかし、今日は呆れたように溜め息を吐いた。
「ジジイ共わ〜っっ! 前時代過ぎる!」
「あ、矢っ張り思う」
「思います」
「美しい姫ね」
「それは当たってます♡」
「トシさんにとってだろっ!」
「充分じゃないですか」
「そ〜かよ!」
 普段、大ボスとこう言う風に遣り取りしてるんだぁ〜、とか、美樹は初めて見るオーナー室の内装の豪華さに目をチカチカさせながら、遠くから一礼した事しかない大ボスを間近にし、感動していた。この若者が紅龍の大ボス。中々のハンサムさんだ。確か2つ下の筈だけど、全然落ち着いてる。さすが紅い神龍(意味不明)。
「美樹にもお見せよ」
「う〜ん」
「じゃ、話して訊かせれば?」
「ジジイ共に責任取らせましょう」
「それは止めたが良〜よ。美樹のショックがデカイぞ。そもそもあのジジイ共のコミュニケーション能力は極めて低い」
「あ〜〜〜〜っっ! そうだった」
 俊が、逞しい両肩がガックシと落とした。
「ミキ」
「はい」
「お前の本名は、李美姫(リビキ)。香港マフィア李家の6人兄弟の6番目の5男坊だ」
「━━‥‥。はぁ?」
「美樹ってのは親父が付けた当て字で、読みも日本語読みにした訳だ。お前が香港から日本に来たのは今から26年前で、その年に日本国籍を作らせて泉原美樹としての人生を与え、孤児院に一旦隠した。そして23年前、5歳の時に田口に引き取られて今に至る」
「え〜っとぉっ。私はどうすれば」
「香港の実家に戻って親兄姉達と暮らしても良いし、このままでも良い。たって、あっちらさんは美姫、つまりお前を返せとゆ〜とる訳だが」
「何で、そう言う言い方をするんですか? 僕が行っちゃっても良いんですかっ?!」
「ああ」
「ぐすっ」
 美樹の頬に、涙が跡を残す。
「その代わり、李家を叩き潰してお前を奪い戻しに行くが」
「若♡♡」
「おっと」
 美樹が嬉しそうに微笑み、俊に抱き付いた。やってらんね〜ぜと、そっぽを向いたのが大ボス。
「ボス。お車のご用意が整いました」
「ああ。行こうぜ、トシさん。美樹も来い」
「はい」
「自分もですか?」
「李家の御曹司だぜ、お前」
「と言われても知らないし」
「そらそ〜だ。ジジイ共が勝手にやった手打ちで日本に来たんだからな、お前」
「そっそうなんですか?」
「ああ。トシさん、端折っちまったが、今後の紛争をなくしましょうと、嫁に出された姫君のようなもんだ」
「戦国時代ですかっっ」
「そうそれ。で、実力付けて来たから取り戻そうって、約束破って宣戦布告」
「李家って悪い奴らだって、自分血縁者か」
「お前は泉原美樹で俺の…俺だけのミキだ」
「はい。若♡」
「やってろ、勝手にっっ」
 玄関前に横付けされているリムジンに、3人で乗り込んだ。俊が同行する時は、オーナーに秘書は付かない。
 自分達より確かな事を知っているから‥‥。
 俊と龍司に取っては久し振りの田口邸。美樹は今朝振り。
「ボンいらっしゃい。何じゃ、小僧共もか」
 いつもなら言い返すところだが、今回は大ボス同伴なので黙っていた。それで、ボスって凄い、とか思っちゃう訳だ、美樹わ。
 ともあれ、ご老体の案内で日本間に行き、そこで待っていた龍司の父親と一緒に、俊のスマホに掛かって来た電話の録音を訊かせた。
「ん〜‥‥」
「25年かぁ〜」
「しみじみすんな、クソオヤジっ! 説明しろっ! 説明!」
「山川で出たろ」
「ああ! それで全部か!」
「だと思うよ」
「父さん!」
「おおっ。龍司も怒っとる。怖い怖い」
 ノラリクラリなジジイ2人に、持参した情報資料を読ませる。2人は老眼鏡を掛けて、それでも腕を伸ばしながら読んでいた。
 フンフンと、一々納得したように読んでいたが、ある所で俊の親父が首を傾げ、多分同じ所で龍司の父親も目をパチクリし、う〜んと唸って顔を見合わせ、ま、先に読むかとでもアイコンタクトしたのか、先を読み始め、全部読んでからポイッとしちゃった。
「投げんなよ!」
「山川の情報もザルだな。ねぇ狂ちゃん」
「全くです、若」
 俊の親父の言う若は、龍司の父親の事だ。龍司は、ボンなのである。
「何だよ、それ!」
「大切な部分が丸毎欠落しているよ、トシ」
「はぁ。何ですか?」
 龍司の父親には、乱暴な口は効かない。
「停戦案を出して来たのは、李家の頭主だよ」
「えっ」
「ついでに、26年前、美姫をワシらに差し出して来たのも同じ人物じゃ」
「え〜と」
「狂死郎の倅の側女にって名指しだったよね、狂ちゃん」
「はい、若。だからウチで引き取ったんだ」と威張られても、何も返せないのである。
「へぇ」
「ふ〜ん」
「はぁ」
 若者3人の溜め息のような返事に、その昔、死神狂死郎と恐れられていた俊の父・京四郎が、不満そうに目を細めた。
「6兄姉弟の中で1番母親に似ているから、将来きっと美人になるからと、美姫が選ばれたんじゃ! ねっ、若」
「そうだったね。ま、その通りになったけど」
「なのに何じゃ! 今更、美姫を返せじゃと?! ふざけとるっ!」
「向こうが土下座するから応じたのにねぇ」
「そうですよ、若」
「お互い、調印もしたのに。ねぇ狂ちゃん」
「はい、若。家に大切に保管してましたけど、戦争仕掛けて来るなら唯の紙切れですね、若」
「そうだね、狂ちゃん。捨てちゃえ〜」
「はい、若。直ちに。よっこらしょっ」
「マッター!」
「タンマー!」
 声と共に立ち上がろうとした京四郎を、俊と龍司が、声を揃えるようにした止めた。
「捨てる前に見せて、おじ様」
「否。こっちに寄越せ、オヤジ」
「そりゃ良いが」
「ゴミだよ? トシ。何の価値もない。ねぇ狂ちゃん」
「はい若。そんなゴミを貰うて何をする気だね、ボン」
「ちょいとね、閃いた」
「若もですか? 私もです」
「同じ事かも♡ ちょっとエッチィけど♡」
「ああ♡ じゃあ、同じかも」
「美樹、ファイト♡」
「大丈夫です。私と一緒ですし。ムフフ」
「同じ度が増したぁ〜♡ トシさんは俺の師匠だしな」
 何の事言ってんのかさっぱりなのは、親父2人と美樹だった。
 ともあれ、調印証を持って来て貰う。
「おお〜、本物っぽい」
「本物ですよ、ボン」
「はいはい」
「写メって送信っとぉ〜。2〜3分で調べが付くと思います」
「うん」
「本物じゃ!」
「いってぇ〜! 何すんだ! クソオヤジ!」
 グーで殴られて、俊が親父に噛み付いた。まぁまぁと、それぞれの若が取りなしている。全くもぉ、この父子は仲良しなんだから━━‥‥。
「おっ? おー、マジ物ですね」
「だから本物じゃ!」
「煩せぇ! クソオヤジ! 使えます、若…じゃねぇ、ボス」
 俊のスマホに、写メった物の調査結果が送られて来て、確認して一言言ったら親父が再びグーパンチを繰り出した来た。それを交わし、土手っ腹に50%程度のパンチを入れる。すると、ヨロヨロとよろけて、京四郎の若に身体を支えられ座らされていた。
「カメラマン、誰にしようか」
「そうですねぇ〜」
「トシさんにビビらなくて、美樹に欲情しない奴って〜と、限られて来るよなぁ〜」
「するってぇと、ファイブカードも智か匠かってトコですね」
「何で?」
「智の恋人は18歳。匠の恋人は45歳」
「なる。ショタとオジコンね」
「匠かなぁ〜。同じ撮るならクオリティにも拘りたいですしね」
「あはは! それ頂き! 良いね!」
 龍司が大ウケしているが、美樹と親父共は矢っ張り判らない。
「なら、本格的に行こう! カメラも4〜5台入れて! 匠監督でさっ! 主演、泉原美樹、事、李美姫。助演、魔王。ムフフ♡」
「じゃあ、シナリオから」
「誰に書かせるんだよっ」
「聖灯先生♡」
「ああ。聖の娘さん。でも、漫画家だろ?」
「それもBLのね♡ クフ」
「そうなんだ♡ クフフ」
「グフッ♡」
「デヘッ♡」
 俊と龍司が意味ありげに含み笑いを交わし、揃って美樹に目を向けた。
「頑張ってな、美樹」
「えっ」
「大丈夫です! 大丈夫だ、俺も一緒だから」
「はっはぁ…?」
「じゃあ、手配とか任せる」
「了解です」
「こいつは貰ってきます。社に戻るぜ」
「はい。行くぞ、ミキ」
「はっはい」
「お邪魔しましたぁ」
「いえいえ」
 で、3人は帰って行き、早くも撮影当日。
 戸惑っている美樹を、撫で子撫で子ちうの俊。
 それもそうだろう。シナリオは実現しなかった(堅気の聖の娘を巻き込むのに、ちょっと抵抗があったので)が、監督の匠は大張り切り。カメラは、智、宏、聖、邦彦の4台。不器用者だと聞き及んでいる邦彦は、ベッドの上の2人を中心にした定点カメラにして、たまに覗いてチェックするだけ。メインカメラは写真が趣味の智。音声はNo.4の役目で助監督も兼任。
「スタートッ!」なる声で、6時間回しっぱなし。美樹は、魔王な俊に酔っていて、ず〜っと良い声で喘いでいた。
「カーット!」との声で、ベッドの2人以外がヘタっと座り込んだ。
「つっ疲れたっっ」
「腹減ったぁ〜」
「こんな重労働だとわっっ」
「バカ者! 監督様これから、編集と言う作業があるんじゃあっっ!」
「60分くらいにしてな」
「いいえっ! 120分ですっ!」
「その拘りは何だっっ!?」
「6時間を1時間になんて無理っ!」
 ダァ〜っと、皆んなして転けた。が、匠の粘り勝ちで、60分のところ90分迄伸ばせた。
 本社の編集室にお籠りして4日。90分の、俊と美樹のLOVE×2な犯りっぱなし動画が出来た。勿論、関係者を呼んで、試写会もした。ダメ出しを食らった。ボスに、主演はあくまでも美樹だ、と言われた。確かに。コレでは、主演魔王である。仕方ないじゃん。俺様、魔王直下の子分なんだしぃ〜、とか自分を慰めて、2回目の試写会。そしたら、魔王から、概ねOKだが美樹の表情とハマってるケツのUPを増やせないか? と言われ、それはウキウキして増やした。海外流出物とかと思って、控えめにしたのだ。なので、3回目の試写会は沸いた。おお〜っ! とか、スゲ〜っ! とか、シャンだなぁ〜っ! とか。美樹は1人で赤面していたが、最後に必ず入るメッセージは睨み据えている。
『停戦の為に献上しといて、今更何を言うか! そんなに僕の幸せが妬ましいのかっ!』と、カメラ目線で、会った事のない親兄姉達に向けて言い放った。完全アドリブだったけど、俊は大ウケしていた。で、何テイクか撮った。これ多分、1番最初のだ。これに、例の合意文書が合成されている。
 このDVDは、実際のドン、6兄姉の長兄、美劉(ビリュウ)宛てに、親書として届けた。
 取り引きのある、アメリカの大富豪から届いた小包。李家も、表の顔がある。表向き、貿易会社だ。何だろうと思いはしたが、特に構える事なく包みを開けたら山下コーポレーションの封筒が入っていた。カッとなって中身を取り出すと、1枚のDVD。兄姉だけで見ろ、と指示があった。意味が判らず、取り敢えず1人だけで見る。すると、長々と続く、母に良く似た末弟を魔王が犯す動画で、怒り狂った。どんな薬を使っている! 殺してやる、必ず! だが、最後の最後に、美姫からの真顔のメッセージがあった。そして、李家頭主の印が押してある調印文書が━━‥‥。
 昔の、遠い昔の事を思い出そうとした。けれど、上手く思い出せない。
 家を焼かれ、裸足で放り出されたあの晩。美劉は8歳だった。2番目の二男は7歳、3番目の長女とそれと双子になる4番目の三男は5歳、5番目の四男は3歳だ。末っ子の五男坊美姫は、僅か1歳。年が明けた暑い夏の日、祖父が6人兄弟を連れて何処か…船に乗って行った。あれば何処だったろう。香港に似て非なる大都市。そして、欧州に渡り、自分と下の弟は英国の全寮制の学校に入れられて、大学を卒業する迄帰れなかった。20歳で大学を卒業し帰国してみると、母は病いで床に伏せって話す事もままならず、知らない男と再婚していた。その男が組織を再興したのだと訊かされたが、知らない所に来たようだった。妹が戻り、弟達も戻ったが、男の事を知らないのは、長兄の自分と二男の2人だけで、もう3人は父と慕っていた。しかし、兄弟が揃うと、頭主の座を自分に譲ると言った。そんなの当然だと思ったが、下3人の抗議は凄まじかった。血を重んじる香港マフィアなのに、どうして他人の義父が支持される。ともあれ、頭主の座に座り、体裁は整ったものの、どうしてだか義父が自分の後見人になり、実権を握り続けた。
 もし、この調印が本当なら、売らなくても良い喧嘩を売ってしまった事になる。
 勢力は盛り返して来たと思うが、紅龍と巴に組むには、時期尚早のような気がしてならない。なのに、何故今末弟で魔王なのか、今も後見人としてかなりの実力を握っている義父に問うてみたが、こちらが望むような回答は得られなかった。寧ろ反対に、問い詰められた。ずっと行方不明だった末弟の生存が確認出来たのに嬉しくないのか、と━━‥‥。
 美劉は、一計を案じた。まずは、調印文書の真偽。彼はブレーンの1人に頼み、調べさせた。
 頭主になりたての頃は、身動き出来ないように義父の息の掛かった者ばかりで固められていた。それが今は反対に、身の回りには自分のブレーンしか置いていない。義父はそれが面白くなかったらしくて、難癖付けて来たが、全部無視してやった。そして、水面下で、自分の勢力を伸ばしている。下の弟、同じく寮に入れられていた弟も義父に疑問を感じていて、ジワジワと自力わ付けているところだ。
 結果は割りと早く出た。間違いなく本物で、亡くなった(殺害されたとの説も)祖父の文字だった。なら、家にも同じ物がある筈と探してみたが、義父に怪しまれ途中で断念。けれど、祖父が殺されていたなら、そんな物、家には残っていまい。それに、何の手も講じず黙って殺された、とも考えられない。
「!」
 どうしようかと悩んでいたところ、不意に子供の頃の事を思い出した。困った事があったらと、祖父に渡された1本の鍵。何処の鍵だか判らなかった(教えてくれなかった)が、後年、スイス銀行の貸金庫の鍵だと知った。
 彼は単身スイスに行くと、その金庫から本物の李家の金印と、あの調印文書と、何通かの銀行通帳を見付けた。
 美劉は、調印文書だけ持ち出すと、シレッと帰国し、英国土産の紅茶を振る舞った。
「万頭に紅茶か」
「思った以上に合うわね」
「そうだ。ニュースは見たかい?」
「何の?」
「ニースに在る紅龍の支部を叩いた」
「何ぃ〜っ?!」
「どうしたのさ」
「兄上の命令なんだろう?」
「壊滅したってさ」
「被害総額は9000億$と大した事ないけど、我々の本気さは知れたろう」
「そんな命令は出していない」
「えっ!?」
「じゃあ、父様?」
「それなら、自分の駒を使うんじゃないか?」
「父上の駒じゃないのは、私と美孔(ビコウ)のブレーンだけだがな」
「え?」
「まぁ、良い。丁度、肉親(キョウダイ)だけだから」と前置きした上で、魔王から1枚のDVDが届いて兄弟だけで見るよう書いてあったと付け加えた。
 灯りを消し、大画面TVでDVDをスタートさせた。
 4人の弟妹の声はない。怒り心頭だろう。自分もそうだった。誰かの、歯軋り音が小さく響いた。
「どんな薬を使いやがった!」
「ブッ殺してやるっ!」
「マインドコントロールされてるんだ!」
「最後迄黙って見ろ!」
 美劉の怒声一発。シーンとなった。すると、丁度エンドロール(迄入れたのだ、匠が)が終わったところで、画面が切り替わり、美姫がUPになり、日本語で啖呵を切った。そして、例の調印証が映し出される。
「こんな茶番っ」
「どんな汚い手を使ったのよ!」
「あの文書は?」
 1人冷静だった下の弟が口にした。
「偽物に決まってるじゃないか!」
「本物だ」
「なっ何を言ってるんだよ、兄上」
「兄様? 美姫は美しい子だったから奪われたのよ?!」
「同じ物が、こちらにもある」
「お祖父様の遺産か?」
「まぁな」
「何だよ、それ」
「父上が欲しがっている物さ」
「え?」
「何を」
「兄様達、おかしいわ」
「矢っ張りな」
「おかしいと思ったんだ」
「兄者もか?」
「ああ。お前も思ってたか」
「まぁね」
「お前達、あいつは実の父上じゃないからな」
「何言ってるのよっ!」
「俺達の父上じゃないかっ!」
「俺達の本当の父上は、26年前の火事で死んだ」
「正確には殺された、内部の何者かに」
「目星は付いたがな」
「そうだな、兄者。はっきりした」
「ん」
「何2人で共謀してるんだよ」
「父上が僕達の本当の父上じゃないとか嘘言って」
「父様の予言が当たった。兄様のどちらか、2人共だったけど、裏切るって」
「ほほう」
「ほ〜う」
「そう来たか」
「不在だったのが痛いな」
「お祖父様は俺達を守りたかったんだろう?」
「多分な。ん? お前もお祖父様の」
「持ってる。指輪を」
「そうか。3歳だったお前に迄覚えてろとは言わんが、5歳だった双子のお前達迄、何故父上の記憶がない」
「えっ?!」
「何っ!? 覚えてるよ! 木に登って降りられなくなってた時、助けに来てくれた」
「知らんな」
「知らない。俺と兄者が寄宿舎に入って以降の事だろう。6歳以降の話だぞ、それ」
「父上は、パニクって屋敷の中を歩き回るお前達を助けに向かって殺されたんだぞ!」
「えっ!」
「あっ!」
 固く封印して来た幼い日々が蘇る。確かに、幼い日に側に在ってくれた父上は、今の父上ではなかった。
「父様は私達のせいで」
「僕達のせいで」
「せいではない。好機だっただけさ」
「そうだな、兄者。上手く利用された」
「何、判んない事言ってんだよ! 父上に報告するからな!」
「なら、お前を李家から追放する」
「兄者」
「兄様」
「兄上」
「どうして?! 居て欲しい時に居てくれなかったクセにっっ」
「居てやりたかったさ、俺も」
「しかし、お祖父様が俺と兄者だけ、寄宿舎に入れちまった」
「張陽(チョウヨウ)に密告したいならしろ。但し、その時は、兄弟の縁を切る。赤の他人の張陽を頼れば良いさ」
「李家と縁の切れたお前を、李家が欲しいアイツが保護するとも思えんがな」
「そっそんな事ないっっ」
「じゃあ行けよ、兄姉裏切って」
 四男にも判っている。父が、李家をひけらかしたがる事も、李家の子供だと言うのを強調したがるのも、そして、薄々感付いていた、本物の愛情ではないと━━‥‥。
「まぁ、これを見てからでも良いだろう」
 そう言って、こちら側の調印証を出す。そして、テーブルに広げた。
 四男が、いつも持ち歩いているルーペで、角度を変えながらも調印文書を見ている。彼は鑑定眼があった。そう言う訓練をして来た。
「ふぅ。本物のようだね。何処で手に入れたのさ」
「奥の手」
「奥の手って?」
「それは」
「言えない」
「兄者?」
「お前と美姫、どちらを渡すか迷ったそうだからな、お祖父様」
「そんな事迄書いてあったのか?」
「日記があった。で、泣かずに笑った美姫にしたそうだ。つまり、お前だったかも知れんのだ。そのくらい、母上に似た弟よ。お前が張陽と肉体関係にある事くらい気付いているぞ」
「なっ何を言ってるんだよ」
「現に今も、兄弟の話を飛ばしているだろう」
「デタラメ言うなっっ!」
「美孔、身体検査」
「おうっ! ん? ん〜? ないぞ、兄者」
「1番怪しいのはケツの穴だ!」
「えっ!」
「やっ止めてっ! 止めてっっ!」
「あったぜ、送信機」
 ジタバタする小柄な弟を腕力で押さえ付け、アナルから引き抜いた物をテーブルの端に置く。
「お前って子はっ」
「今迄の会話がっ」
「大丈夫だ。俺のプライベートルームは特別製。スマホ、見てごらん」
「え?」
「あら」
「圏外だ」
「アナログなのしか繋がらない」
「さすが工学科」
「━━‥‥。知っててどうして助けてくれなかったのさ」
「どうしてと言うなら、どうして直ぐに、助けを求めなかった。言わない・言えないと決めたのは、お前自身だろう」
「こんな奴、放っときゃ良い。それより美姫だ。本物ならこちら側の一方的条約違反だ」
「ああ。しかも、紅龍の支部、1個叩いちゃった後だし」
「あれが幸せな姿なのかは知らないけど、美姫の幸せは壊したくないわ」
「どうするかな」
「俺が日本に行く」
 そう言ったのは、打ちひしがれていた四男坊。彼は彼なり悩み苦しみ決断した。
「同じ境遇なら救いたい」
「ふむ」
「なる」
「確かに」
「では、頼む。美姫を助け出して来い」
「はい」
「幸せならそのままで良い」
「はい」
「幸せはないだろう」
「あれはねぇ〜」
「品性ないわっ」
「筋肉バカなんだろう?」
「日本の最高学府を首席で卒業したそうだが」
「日本だろ? レベル低いよ」
「そうね」
「魔王と呼ばれている漢だと言う事を忘れるな」
「それは自称だろう?」
「なら、僕でも魔王になれるよ」
「本当ね。くすす」
 小さな笑いが巻き起こった。笑ってても良い事なのか? と疑問に思いながら、美劉はディスクを引き出しケースに仕舞った。
「どうするの? そのDVD」
「取っておくよ、暫くの間」
「暫くって?」
「美姫の安全が確認されて安心出来る迄、かな。少なくとも今は、コレが美姫の生きて動いている唯一の動画だ。肉声も入っている」
「そうだな」
 と、いきなり激しくドアを叩かれた。これにびっくりする5人。いち早く立ち直ったこの部屋の主・美劉が、声を発した。
「何だ!」
「衛星TVをご覧下さい!!」
 妹がchを合わせ、それを横目に了解したと外に声を掛けて席に戻ると、サンパウロの街中でのビル火災がライブで放送されていて、それをワイプで抜いたまま、パリのガス爆発のニュースもやっていた。更に、ストックホルムのタワービル崩壊。
「あら、大変」
「ケガ人はどれくらいだろう」
 そんな呑気な会話がされる中、どうしてわざわざ知らせに来たのか考えた。美劉がはっとしたように表情をかえ、自分のシンクタンクに電話をした。
「しまった! 完全に宣戦布告だ! どれも紅龍の支部だ! 洒落にならん!」
「俺、直ぐに日本に向かう! 魔王とやらに会って来るよ」
「俺も一緒に行こう。こうなったら、お前1人じゃ荷が重過ぎる」
「兄者、これ」
「俺に万が一の事があれば、お前が頭主だ。持ってろ」
 差し出された手を、そっと押し戻す。
「嫌だ…嫌だっイヤだっ! そんなのヤダ!」
「聞き分けろ。じゃあ、行って来る」
「兄者!」
 下の弟の手を振り払い、四男と一緒に日本に来た。
 ごちゃとして、汚いモノを隠すようにそびえ建つ香港のビル群とは違う、整理されたビル群。そんな中で、一際背の高いビルに入って行った。そして、受付嬢に名前を言って、田口俊へのアポを入れて貰う。すると、1人の小柄な男が迎えに来た。身のこなし、目配せからして只者じゃない。
 それもそうだろう。田口俊の表裏の秘書の仕事の半分をやってしまえるんだから━━‥‥。
「こちらで少々お待ち下さい」
「はい」
 聖は冷ややかにそう言うと、さっさと自分のデスクに就き、俊に一報だけ入れて、自分の仕事に戻ってしまった。
『ここにはあの痩せっぽち1人だ。アレを殺して奇襲を掛けたら』
「滅多な事は言うな。そこの彼は多分、広東語も出来る。それに、密閉空間に閉じ込められているのは私達の方なのだよ」
「密閉サレテル?」
「エアカーテンだ。化学兵器でも使われたらお終いだ」
「えあかーてん…?」
「ああ。そうだろう? 秘書君」
「ええ。そうです」『お国の言葉でどうぞ』
『我々は人質かね?』
『魔王に、そんなモノ要りません。あなた方は魔王を、紅龍を、本気で怒らせちゃいました。救い用のないバカ共だ、李家って』
『貴様! 言うに事欠いてっ!』
『落ち着け。3箇所以上は止めて来たが』
『じゃ、一枚岩じゃなかったんだろう。頭主としての資質の問題じゃないのか』
『何だと?! お前の細首など、今この場でかき切れるんだぞ!』
『やれるもんならやってみろ』
 喚き散らす方に睨みを利かせ、聖が静かに言い切った。自分の得意分野は地上の乗り物の運転だったけど、本宅主屋住み込み兵隊としてのレベルは保っている。こんな、唯キャンキャン吠えるだけの駄犬など、ひと睨みだ。現に、金縛りして押し黙った。
 すると、聖のデスク上にある卓上ホンから、部長室への入室を許可する声が響き渡った。
 こりゃ、相当お怒りだわ。
 それも仕方なかったろう。こっちは穏便に済ませてやろうと思ってあのDVD(かなりふざけているが)を送ってやったのに、ニース、パリ、ストックホルム、サンパウロと同日に襲撃されて、その翌日に、ローマ、チェンマイ、アルゼンチン、ロスを襲撃された。まぁ、情報屋は居るので、ダメージは最小で済んだが、たった2日間で8ヶ所も襲撃されたなんて許せる問題じゃないし、今日も新たに南米を2ヶ所程やられた。いずれも屋台でやってた出先機関に過ぎなかったので、支障が出ているとすれば表会社だが、こりゃ、現地派遣の裏社員の支社長の責任で、翌日に手頃な空きオフィスを押さえてOA機器を手配し3日後には仕事は再開出来ると、オーナー社長の第一秘書にmailがあって、魔王の元には、実行犯は捕まえてぎゅうぎゅう締め上げたら死にました、と一報が入った。 
 唯、それだけでは終わらない、海外暮らしの裏社員。死んだ男、或いは女が宿を取った部屋に用心深く入室し(トラップがないとも限らない。今回は全件なかったが)手掛かりになりそうなモノを漁った。共通の手掛かりにしたのは、偽造パスポート。偽造の工程でいくつかのパターンに分かれるのだが、今回のは欧州の工房で作られた代物だと判明した。勿論、シメに行く。口は、中々割らない。向こうもそれが商売だし、守秘義務を守らないと顧客が減る。けれど、命を掛ける程の相手なんて居ないので、利き手の爪を1枚剥がしたら教えてくれた。香港の李家からの注文で、全部で20冊作ったと。そして、その入国先と偽名を聞き出し、余っていた顔写真を貰った。まだ襲撃されていない10ヶ所の国と地域の支部へ連絡を入れて襲撃を事前で食い止め、逆に実行犯10名を血祭りに上げた。
 それはそうとして、聖はお客2人を促し、部長室へと導いた。
「なっ!!」
『美姫! このっ獣物っ!!」
 2人は部長室で、全裸で愛し合っていた。
 紅龍の海外支部を襲撃したのが李家だと判ってからこっち、俊と寝食を共にしずっと一緒にいるのだが、自分の身体の中の李家が許せぬらしく、俊にしがみ付いて助けを求めるかのように泣いている。
「はっはっごめっなさっ若っ僕がっ李家だったばかりにっぁぁっ」
「お前とは関係ねぇよ」
「でもっでもっぁ〜んっ奥迄っぁぅっぁぅっぁはぁ〜んっこんな汚れたっ李家の僕ですけどっ愛して下さいますか?」
「お前しか愛さないし、愛せねぇよ。よっと」
「ぁぅっぅっ嘘でも嬉しい♡」
「嘘は嫌いだ。嘘吐きも嫌いだ。約束破る奴も嫌いだ」
「僕の身体に流れてる嘘吐きの李家の血を全部流して、新しのを入れて」
「止めて、死んじゃうから。どら」
「あんっっだってだってっ」
「よっよっ」
「ぁぅっぁぅっ僕で遊ばないでっぁぅっあん」
「遊んでないょ。愛し合ってるだけだぜ」
「こんな汚れた李家のっ」
「お前は泉原美樹。李家とは関係ねぇ。これからもず〜っと、俺だけのミキだ」
「ぐすっ若ぁ〜っっもっと犯して〜っっもっともっと一杯ハメて〜っっわぁ〜かぁ〜っっあ〜ん」
「あらら。良し良し。少し張り付いていなさい。で、何の用だ、李美劉」
 本格的に泣き始めたから止めたった。胸に抱き締め、撫で子撫で子。と━━‥‥。
「きゃあ! 人居たの?! 恥ずかしいっっいや〜ん」アセアセし始めた。が、ふと我に戻り、俊の言った固有名詞を思い出してみる。
「リビリュウって…頭主」
「お前の1番上のお兄ちゃんだね」
「要らないっ! そんなモノ! 死ねっ!」
 言葉と共に、ガラスで出来た重石を、左手でだったけどブン投げた、長兄の頭目掛けて。
 狙いは正確だったが、美劉は難なく交わしたが、四男は青ざめている。今の殺意は本物だった。
「こ〜れ」
「だって若! このボンクラが頭主だったばっかりに、ウチ大損害ですよっ」
「大して出てねぇよ。初めの9000億$だけだ」
「焼けたPCとかデスクとかロッカーとか」
「あ、そっち系」
「社運掛けてるんですからねっ、一応ですけど」
「そうだったね、泉原君」
「DVD見てないのかっ! そんなに僕の幸せが妬ましいか! あ、羨ましいか、世界一GETですもんねぇ」
「ん〜?」
「若の事ですよぉ♡ うふふ♡ 僕の若♡」
「ああ。お前のだ」
 しがみ付いて来た美樹を、両腕で抱き締める。愛おしい。本当に、心からそう思う。
『生かして返してやる。戻って戦争の準備して待ってろや。魔王の本当の意味、教えてやるぜ。ま、知ったら生きてねぇんだけどな』
『では、そうさせて貰う。その時に、美姫を返して貰おう』
『返すも返えねぇもないだろ。お前らの方からの献上品だ。それを性奴にせずに恋人にしてやったのにその態度?』「困ったなぁ〜ミキ。お前の1番上のお兄ちゃんは、俺を殺してお前を取り返すんだって」
「魔王は死なないもん! 人間やってけなくなったら、僕もお供します! 良いでしょう?」
『だってよ』
『どんな薬を使った!』
『ヤクは売るモンで使うモンじゃねぇ。マインドコントロールもしてねぇよ。全てミキの自発的なものだ』
『デタラメ言うなっ! そうでもなきゃ』
『何だよ』
『そう易々と、男になんて抱かれるか!』
「何言ってるの? あいつ。何か知らないけど、ムカッ腹立って仕方ない」
「薬使ってるって。じゃなきゃ、男に抱かれるもんかって。トラウマでもあんじゃね? よっぽど下手な奴と犯ったんだな。それか、粗チンの早漏」
「ひぃ〜っっ! 粗チンの早漏は漢じゃなぁ〜い! 可哀想に。同情はするけど、愛情は湧かないから。あんたら他人。若。通訳してくれますか?」
「多分、通じてると思うぞ?」
「細かいニュアンスとかぁ〜」
「あ〜判った。何だ?」
「美姫、日本語デ良イ。私モ美劉兄サンモ、日本語ガ判ルカラ」
「な〜に! その恩着せがましい言い草! これだから中国人わ! あったま来る! 大体、26年も放っといて今頃何なの! 政略結婚に出した先で過分に可愛がられていると知ってそれを壊しに来た、幸せバスターズの分際で!」
「今の通訳?」
「いえ。今のは良いです。え〜と。僕は若しか知らないし、以外を知りたいとも思わない。薬なんかやらなくたって、若には狂える。もし、僕を末弟だと思っていくらか情があるのなら、このままで居させて。思っていないなら、若から離して破滅して行く僕を眺めれば良い」
「何ヲ言ッテイルンダ、美姫。ソンナ事ヲ言ウノガまいんどこんとろーるダヨ。男ニ抱カレテ気持チ良イモノカ」
「自分が気持ち良いSEX知らないから僕もそうだと思ってる。そんなに僕の破滅して行く姿が見たいの? なら連れてけよ。3日で死ぬから」
「ソンナ強イ薬ヲ使ワレテイルノカ!」
『お前、バカだろう』
『何だとっ?!』
『薬使ってるなら、本人に判らないように使うだろうが。バーカ』
『!!!』
「なぁに」
 俊がアッカンベーして、ベロベロッと舌を大きく出すもんだから、膝の上に座る美樹が不思議そうにしている。
「あくまでも薬のせいにしたいらしいよ、何番目だかの兄ちゃんは」
「5番目四男、美羽(ビウ)だ!」
「だって。やっと判ったな、ミキ。自ら訪ねて来たクセに名告らないんだから。躾がなっとらん。とっとと帰れ。次会う時は、お前らの敗北が決まった時だ」
 魔王としてお客人2人をギンッと睨み付けたら、向かい合うように俊の膝に座り、アナルに、ちっとも小さくならない俊のペニスを銜え込んでいた美樹が、フニャフニャになってしまった。魔王してる時の俊が1番セクシーで1番感じる━━‥‥。
「わぁかぁ♡」
「ん? あちゃ。しくったっっ」
「はぁはぁ」
 俊の逞しい両肩に手を置き、せっせと上下動を繰り返し始めた。腰使いがえぐい。
「若っ若っはっはっ若っもっ嫌っ僕見てっ」
「はいはい。智、匠、お客人がお帰りだぁ」
 そう言うと、キャンキャン吠える美羽を無視して、可愛い可愛い美樹に集中した。
 美劉達要員として呼ばれていた智と匠が部屋に入って来てお客を摘み出してくれたが、SEX始まると最終的に泣き出すので、俊も切ない。
「わぁかぁ…わぁかぁ〜ぐすっ」
「ああ。ここに居る。お前を抱いてるよ」
 李家、叩き潰す。魔王が根暗く燃えていた。
 さて。李家の謀反であるが、母の再婚相手、下の3人が実の父と思って慕っていた男の、長期に渡る李家滅亡への根回しと実行だったと判明した。それに加担していたのは、李家に怨みを持っていた2/3の人員。なので、美劉の知らないところで末弟を探したり、止めろと命令したのに紅龍の支部襲撃を続行していた訳だ。
 2/3も居たのかと、頭主の美劉とそのサポートをしていた美孔は歯噛みしたが後の祭り。
 建て直した屋敷が、燃えている。子供の頃に見た光景だ。幾百幾千の部下達が殺された。命なんて掛けられないと、屋敷から逃げ出そうとした者にも鉛玉が撃ち込まれる。李家は、魔王と直下の十人衆と美樹の12人で、解体されて行った。一切の容赦はない。女子供老人にも、同じ死が与えられている。そう考えると、平等なのかも‥‥。
 病床の母を背負い、焼け落ちて行く家屋敷を見詰めていた。母はずっと何事かを唱えているのだが、何を伝えたいのか判らないでいた。もう、何年も、20何年も━━‥‥。
「お前そっくりだな」
「そっそうですか?」
 初めて見る産みの親。不思議と、冷静で居られた。多分に、傍らに俊が居るせいだと思われるが、だからどうしたとも思わない。この女(ヒト)は、2歳の自分を紅龍に献上した。兄姉達にも、特別な情は湧いて来ない。寧ろ、他人だったらと思った。そうすれば、慈悲の心が芽生えたのかも知れない。
「言いてぇ事言えずに死んだら未練残るってもんだ。おい。宏。ウルトラスーパーミラクルデンジャラスハイパワー」
「何言ってんです、若。解毒剤、飲ませますよ」
「お前、最後迄言わせろよ」
「お続け下さい。よっと」
「もう良い」
 抵抗する気にもなれず、横たわる母が何かの水薬を飲まされるのを、大人しく眺めていた。すると、20数年振りに、母の声を訊いた。思い出の中の母の声よりハスキーで、弱々しいものだった。
『誰に懐いているの。その男がお前達のお父様、私の夫を刺して屋敷に火を放った張本人ですよ。お祖父様の仇でもあります。私から健康と声を奪い続けた憎い男ですよ。美姫、お前は幸せになってね。紅龍にお前を託して良かったわ。狂死郎は嘘は吐かないもの。母様は疲れました。寝みます』
 紅龍科学局の強力解毒剤。一時的に正気に戻すが、命の炎も消える。名前はない。
 女は、一気に喋ると、眠るように逝った。図らずも、6人の子供達に見守られて━━‥‥。
 美樹は、俊に同時通訳して貰った。だからと言って、母子の情が湧く訳でもない。だって、初めて会う人だもの━━‥‥。
『フン。根絶やしにはしないでいてやる。お前らが、騙されてた張本人だからな。但し、次はねぇぞ』
 燃え盛る紅蓮の焔をバックに仁王立ちする漢の姿は、正に魔王だった。
 その魔王の耳に、次々と報告が入る。隠す気もないらしく、口頭で語られていた。耳に入るのは、李系の何処かが壊滅させられた事か、何者か(複数人の事もある)が殺された報告だった。そんな細かい所迄叩くのかとも思ったが、聞き及んでいた魔王ならやるなぁ、なんて他人事のように耳にしていた。そして、李家のモノは我々5人の命だけだと知った。我々に残されたのは、5人兄弟の命と、スイス銀行に預けてある幾莫かの金。
「我々を紅龍の一員にして貰えないか」
 美劉が最後に放った李家の命綱。魔王はすっかり無視すると、無造作に背を向け美樹の肩を抱き寄せ歩き出した。それを見て、美羽が隠し持っていた銃を向ける。だが、撃鉄を上げるなり魔王に、眉間を撃ち抜かれていた。
「そんなんだから入れねって判んねぇ?」
 魔王の言葉は、最早、美羽には届かない。再起を紅龍に掛けようとした美劉の思惑は、弟の軽率な行動で潰えた。ガックリと膝を付く。
『兄者。母上と美羽を弔おう』
『そうだな。父上とお祖父様の仇は打てたしな』
 紅龍が攻め込んで来た時、いち早く逃げ出そうとした張陽は美劉自ら仕留めた。何で李家を恨んでいたのかは判らず仕舞いだったけど━━‥‥。
「美姫! 否、美樹! 幸せにして貰いなさい」
 美樹はヒラヒラと左手を上げたが、振り返る事はなかった。

《終わり》

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